読書猿 Reading Monkey

  • ¥0

    無料

日の当たらない学術書、目も当てられない新刊書、古今東西あらゆる本を、笑って指南、読書猿。全国の「本好き」と「本嫌い」に送る超ジャンル書評・書籍紹介。その筋では今や有名、読書プッシュマガジン。読書猿。

著者サイト
 

メールマガジンを登録(無料)

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。
※ 各サービスで登録しているメールアドレス宛に届きます。

メールマガジンを解除

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 
メルマガ名
読書猿 Reading Monkey
発行周期
不定期
最終発行日
2017年01月19日
 
発行部数
1,014部
メルマガID
0000000970
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
ニュース・情報源 > 雑学・豆知識 > その他

まぐまぐ!メールマガジンの用語集です。
下記の用語以外の不明な点はこちらをご覧ください。

 
発行周期
週1回、月1回などの発行頻度です。
部数
メルマガの配信数を記しています。
カテゴリ
まぐまぐ!に登録されているカテゴリです。
形式
メルマガには以下の配信形式があります。下部「メルマガ形式」をご参照下さい。
 
最終発行日
最後にメルマガが配信された日付です。
メルマガID
メルマガを特定するIDです。
RSSフィード
RSSを登録すると、更新情報を受け取ることができます。

― メルマガ形式 ―

  • PC向け
    パソコンでの閲覧に最適化したメルマガ
  • 携帯向け
    スマートフォンやフィーチャーフォンでの
  • PC・携帯向け
    PC・携帯どちらでも快適にご購読いただけます。
  • テキスト形式
    文書だけで構成された、一般的なメールです。
  • HTML形式
    ホームページのように文字や画像が装飾されたメールです。
  • テキスト・HTML形式
    号によって形式が変更する場合があります。

閉じる

メールマガジン最新号

昨日お送りした読書猿 Reading Monkey第144号ですが、
濁点部分の文字化けがあったので訂正版をお送りします。
再開当初から不手際で申し訳ありません。

=== Reading Monkey ======================================
   読 書 猿   Reading Monkey
    第144号 (一夜限りの復活号)
======================================================
■読書猿は、全国の「本好き」と「本嫌い」におくるメールマガジンです。



■■読書猿『アイデア大全』(フォレスト出版)=============■

 ご無沙汰しています。読書猿のくるぶしです。
 この度、初著書を上梓したのでお知らせを含めてメルマガ「読書猿」を
復活しました。


アイデア大全

 単行本(ソフトカバー)
 判型:A5変形
 出版社: フォレスト出版

 ISBN-10: 4894517450
 ISBN-13: 978-4894517455
 発売日: 2017/1/21

書き下ろしです。

タイトルどおり、アイデアのつくり方、発想法の本です。
このトピックに関する限り、知ってることは全部書いたので、アイデア、発想法
関連の集大成になってます。

無名の新人ですので、情報拡散や感想、書評などでご支援いただけると幸いです。


(関連記事:読書猿ブログ)
読書猿名義で『アイデア大全』という本を書きました。1月21日書店に並びます。
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-780.html


◯この本を読んで欲しい人

 想定読者は、いままでの考え方を変えたい人やアイデアを必要としている人ですが、
実は、発想法なんて無縁だとか、アイデアを生むなんて自分には無理だと思っている
人にこそ、読んでもらいたいです。
 
 本の中にも書きましたが、創造性についての心理学研究は、次のことを教えています。
・「アイデアを生み出すことができるのは、特別な才能を持った人だけであり、自分には
そんなことはできない」と多くの人が信じていること
・アイデアなんて考え出せないという人たちを押しとどめている最大のものは、「自分は
ひどく間違った(受け入れられない化け物のような)考えを生んでしまうのではないか」
という恐れであること
・しかし実験してみると、彼らのほとんどが何らかのアイデアを生み出すことができ、
そのうちには独創的と評価されるものすら少なからず(ある実験では3割も)含まれる
こと

 アイデアを生む方法(発想技法)の多くは、あえて間違えて考える方法であると、
言ってもいいかもしれません。
 すべてが成功する訳ではありませんが、あえて間違えるからこそ、今までにない考えを
生むことができます。
 そうして生み出されるアイデアのほとんどは、どうしようもないクズですが、それは
生み出した人がクズということではありません。
 よいアイデアを出してこれる人は、よいアイデアが出るまで数多くのクズのアイデアを
出し続けているのです。

 アイデアに苦手意識がある人を励まし、背中を押せる本になっていればいいな、と
思っています。


 あともうひとつ、アイデア本を今までちょっと馬鹿にしていた人にも、読んでもらいた
いと思っています。
 考えを吟味しようにも、まず考えを得ないことには(着想なしには)吟味しようがない
ように、発想法は元々〈考え始める〉ことの技術であり、あらゆる知的営為の原点にあた
るものです。
 原点であるからこそ、発想法の影響や発想法に類似するものは、知的営為のあらゆると
ころに見出すことができます。

 この〈発想法が知的営為の原点〉であり、〈あらゆるところに見出すことができる〉
ことこそ、『アイデア大全』の寄って立つところです。

 以下に「まえがき」と「目次」をお見せします。


◯まえがき――発想法は人間の知的営為の原点

本書は実用書であると同時に人文書である

 本書は、〈新しい考え〉を生み出す方法を集めた道具箱であり、発想法と呼ばれる
テクニックが人の知的営為の中でどんな位置を占めるかを示した案内書である。
 このために、本書は実用書であると同時に人文書であることを目指している。
 実用書は、まずもって読者のニーズに応えようとする書物であり、誰もが今すぐ実行
できるノウハウ/提案でできている。
 しかしアイデアを生み出す方法についての書物は、それだけでは足りないはずである。
 なぜなら、誰でも今すぐ実行できることは、目の前のニーズに応えはするものの、読
者や読者のニーズを包む状況を変えるには足りない。悪く言えば、状況追認のレベルに
留まってしまう。
 我々がアイデアを、新しい考えを必要とするのは、これまで通りではうまくいかない状
況に直面しているからだ。したがって、これまでのやり方で考えていては、行き詰まりを
脱することができない。
 一方、人文書は人文学に属する種類の本であり、たとえば哲学・思想、宗教、心理、
教育、社会、歴史のようなジャンルに属する書物の総称であると、一般には考えられて
いる。
 もう少し本質に遡って考えるならば、人文書とは、現にどうあるか/どうやればいいかに
留まらず、本来はどうあるべきかまで描き出そうとする書物である。現状追認に抵抗する
書物、世界の有り様についてオルタナティブを提示しようとする書物である。
 たとえば哲学は当たり前を疑い、我々が知ることや考えることの前提を問い直す。歴史
学は人々が忘れた過去を掘り起こし、かつての人々や社会の有り様を現在と突き合わせ、
我々が歴史のどこにいてどちらへ進んでいるかを省みさせる。
 これまでにない新しい考え(アイデア)を必要としている人は、できるのはわずかであった
としても現状を、大げさに言えば世界を変える必要に迫られている。そのために世界に対
する自身のアプローチを変える必要にも直面している。
 この場合、必要なのは、ただ〈どのようにすべきか〉についての手順だけでなく、その
やり方が〈どこに位置づけられ、何に向かっているのか〉を教える案内図であろう。
 それゆえに本書は、発想法(アイデアを生む方法)のノウハウだけでなく、その底にある
心理プロセスや、方法が生まれてきた歴史あるいは思想的背景にまで踏み込んでいる。


新しいアイデアは縦横の繋がりから生まれる

 本書は、さまざまな発想法を集め、まとめるだけでなく、その根をたどり、横のつなが
りを結び直すことにも努めた。
 というのも、昨今のアイデアに関する書籍を眺めるに、紹介されている発想法が孤立し
た営みとして扱われ、他の知的営為とのつながりを取り上げることが稀であるように思え
たからだ。
 新しいものを生み出すことを志向するためか、古いものとの交渉は軽視されている。そ
のためにそれぞれの技法はその根を無視され、横のつながりさえ失っている。
 しかし人の営みがすべてそうであるように、知とそれを生み出す営みは孤立しては成り
立たない。もともと新しい考えを生み出す方式は、知の営みの端緒にして枢要な技術とさ
れてきた。
 たとえばルネサンスのユマニスト[*1]たちは、古典古代の弁論術の中で、第一部門であ
る「インヴェンチオ」を最も重視した。〈創意〉〈思いつき〉を意味するこの語は、言う
までもなく発明(invention)の語源となった言葉である。
 またヴィーコ[*2]は、判断や推理に先立って、その対象を見出すことが必要であると主
張し、それを担う力を人間知性の第一作用と考え、「インゲニウム」と呼んだ。ヴィーコ
によれば、これは「適当な媒介(medium)を見つけだすことによって相互に離れたところに
ある異なった諸事物を一つに結合する能力」だという。これは発想法についての、最初の
近代的な記述の一つである。
 同様の主張は、マニエリスム[*3]の〈奇想〉に、シュレーゲル[*4]の〈機知〉に、シュル
レアリスムの綱領に(デペイズマン、181ページ)、カイヨワの〈対角線の科学〉に(269ペ
ージ)、そしてジェームズ・ヤングの『アイデアの作り方』に見つけることができる。


人類のあらゆる知から集めた技法

 発想法について、より深く掘り下げ、より広い範囲を掘り返すことを通じて、本書は、
類書が扱う範囲を超えて、広範な分野から技法を集めたものになった。
 発想法や創造性開発の分野だけでなく、科学技術、芸術、文学、哲学、心理療法、宗
教、呪術など多くの分野を渉猟し、新しい考えを生み出す方法を採集した。
 これは、本書が発想法の人文書であろうとするためにも、避けられないことだった。
 先に人文書について考えたように、より深く人文学の本質を求めるなら、次のように
なるはずである。すなわち人文学の任務とは、人が忘れたものや忘れたいものを、覚えて
おき/思い出し、必要なら掘り起こして、今あるものとは別の可能性を示すことである。
 これが人文知の始原となった文芸復興(ルネサンス)でユマニストたちが行ったことであ
り、今も、最も広い意味で人文学と呼ばれる知的営為が取り組むべき任務である。
 この人文学を支えるのは、人間についての次のような強い確信である。すなわち、人
の営みや信じるもの、社会の成り立ちがどれだけ変わろうとも、人が人である限り何か変
わらぬものがある、という確信の上に人文学は成立する。
 この確信があるからこそ、たとえば何百年も昔の人が書き残した古典にも真剣に向かい
合うことができ、何かしら価値あるものを受け取るかもしれないと期待することができる。
 人文学のこの確信はまた、歴史縦断的にだけでなく、分野横断的な方向へも我々を導く。
時間的に遠く隔たる人たちの仕事になお読むべきものがあるならば、分野的に遠く異なっ
た試みにも我々が求めるものが見つかるかもしれない。
 本書では同じ確信に基づき、時代も地域も分野も文化も異なる人たちが試みてきた方法
の中に、類似のアプローチを見出した。
 たとえば「いつ・どこで・だれが・何を・どのように」と自問する方法は、名前も付け
られないまま多くの人に日々実践されているが、英語圏では初のノーベル文学賞を受賞し
た作家の名をとってキプリング・メソッド(→109ページ)と呼ばれる。その歴史はずっと
古く、弁論術(レトリーケー)の伝統の中で育まれた
 トポス[*5]の中でも最も息の長いものであり、もともとは「どんなテーマでも論じられる」
と主唱したソフィストたちに由来する技である。また、水平思考で有名なデ・ボノが開発
したある技法(→シソーラス・パラフレーズ、279ページ)は、神殿を破壊され領地を奪われ、
神の呼び名さえ失ったユダヤの民が〈ユダヤ人〉であり続けるために編み出した経典解釈
の実践(→タルムードの弁証法、285ページ)と共通点がある。マイケル・マハルコがHall
of Fame(栄誉殿堂)と呼ぶ仮想的に知のドリームチームをでっち上げる手法は(→ヴァー
チャル賢人会議、156ページ)、コーデックス(綴じた書物)が登場して以来続けられてきた
開典占い(stichomancy,bibliomancy)の焼き直しである。
 懸念や不安に留まらず書き続けよ、というゴールドバーグの方法は(→ノンストップ・ラ
イティング、42ページ)、シュルレアリストたちの自動書記法と呼応するだけでなく、人類
学者レヴィ=ストロースの執筆手法でもある。


実践してこそ価値がある

 本書は、理解の書であると同時に実践の書でもある。これは、本書のテーマである発想
法の本質に由来する。この技術の理解は、本質上、実際に使ってみることを通じて得られ
るからだ。
 発想法とは、新しい考え(アイデア)を生み出す方法であるが、アイデアを評価するにはあ
らかじめ用意しておいた正解と比較する方法がとれない。というのも正解をあらかじめ用
意しておけるのであれば、新しいとはいえず、アイデアでなくなってしまうからだ。
 このことは、文章理解や問題解決に比べて、発想法の実験的研究が遅れを取った原因で
もある。
 アイデアとそれを生み出す技術の評価は、結局のところ、実際にアイデアを生み出し実
践に投じてみて、うまくいくかどうかではかるしかない。
 そのため本書では、古今東西の思考実践を集めるだけでなく、具体的な手順を思考のレ
シピとして指示し、具体例(サンプル)とともに明示した。こうすることで、多くの思考実践
をツールとして、自分で試してみることができるようにした。
 古代の弁論家、ルネサンスのユマニストらが論じたように、発想法は我々の知的営為の
最初に来るもの、それゆえに最も肝要なものである。
 正しく論を組み立てることも、構想を広げ、また現実化することも、まず〈考え〉を始
めることなくしては、成り立たない。
 まだ誰も見たことのない何かに向けて考え始めよう。ここに集めた技法は、そのための
道具(ツール)である。


◯目次

第I部 0から1へ
 第 1 章 自分に尋ねる
01 バグリスト Bug Listing
   …不愉快は汲めど尽きぬ発想の泉
  02 フォーカシング Focusing
   …言葉にならないものを言語化する汎用技術
  03 TAE のマイセンテンスシート Thinking at the Edge My Sentence Sheet
   …何を書くかを身体に尋ねる
  0 4 エ ジ ソ ン ・ ノ ート Edison's Notes
   …発明王はここまでやる、1300 の発明をもたらした 3500 冊
  05 ノンストップ・ライティング Nonstop Writing
   …反省的思考を置き去りにする
 第2章 偶然を読む
  06ランダム刺激 Random Stimuli
   …偶然をテコに、枠を越える最古の創造性技法
  07 エクスカーション Excursion
   …手軽に大量のアイデアが得られる発想の速射砲
  08 セレンディピティ・カード Serendipity Cards
   …幸運な偶然を収穫する
  09 フィンケの曖昧な図形 Finke's Ambiguous Parts
   …創造性の実験から生まれたビジュアル発想法
 第 3 章 問題を察知する
  10 ケプナー・トリゴーの状況把握 Situation Appraisal
   …直観を思考のリソースにする、懸念の棚卸し法
  11 空 間 と 時 間 の グ リッド Space/Time Grid
   …異なるスケールを探索し、問題とその兆しを察知する
  12 事例-コード・マトリクス Cases/Codes Matrix
   …質的データを深掘りし仮説を見出す
 第 4 章 問題を分析する
  13 P.K. ディックの質問 P.K. Dick's Question
   …常識と日常を叩き割る最凶の問いかけ
  14 なぜなぜ分析 Ohno Method
   …トヨタ生産方式を産んだ「カイゼン」由来の思考ツール
  15 キプリング・メソッド Kipling Method
   …5W1H という万能思考
  16 コンセプト・ファン Concept Fan
   …水平思考の開発者による、思考の固着を剥がすスクレイパー
  17 ケプナー・トリゴーの問題分析 Problem Analysis
   …why(なぜ)を what/when(いつ何が)に変換する
 第 5 章 仮定を疑う
  18 仮定破壊 Assumption Busting
   …発想の前提からやりなおす
  19問題逆転 Problem Reversal
   …発想の狭さを自覚させる簡易ゲージ
第II部 1から複数へ
 第 6 章 違う視点で見る
  20ルビッチならどうする? How would Lubitsch have done it ?
   …偉大な先人の思考と人生を我がものにするマジックフレーズ
  21 ディズニーの 3 つの部屋 Disney's Brainstroming
   …夢想家ミッキー・実務家ドレイク・批評家ドナルドダックで夢想を成功に結びつける
  22 ヴァーチャル賢人会議 Hall of Fame
   …発想法の源流にまで遡る、方法としての私淑
  23 オズボーン・チェックリスト Osborn's Chechlist
   …ひらめきを増殖させるアイデア変形の十徳ナイフ
 第 7 章 要素を組み合わせる.
  24 関係アルゴリズム Crovitz's Relational Algorithm
   …認知構造の深い部分で働くメタファーの力を賦活し利用する
  25デペイズマン Dépaysement
   …シュルレアリストが駆使した奇想創出法
  26 さくらんぼ分割法 Cherry Split
   …軽便にして増減自在の、新世代型組合せ術(アルス・コンビナトリア)
  27 属性列挙法 Attribute Listing
   …潜在的な記憶宝庫を賦活化し使い倒す
  28形態分析法 Morphological Analysis
   …鬼才天文学者が開発した悉皆的発想法
 第 8 章 矛盾から考える
  29 モールスのライバル学習 Morse learns the enemy
   …あえて避けているところはないか? そこに探しているものはないか?
  30 弁証法的発想法 Dialectical Thinking
   …矛盾は汲めど尽きぬ創造性の源泉
  31 対立解消図(蒸発する雲) Evaporating Cloud
   …組織/社会の問題から個人の悩みまで、対立/ジレンマを解体するスキナーナイフ
 第 9 章 アナロジーで考える
  32 バイオニクス法 Bionics
   …何十億年の自然淘汰が磨いた生物の持つすぐれた「知恵」を我がものにする
  33 ゴードンの4つの類比(アナロジー) Gordon's Analogies
   …問題解決過程の録音と分析から抽出されたシネクティクスの中核技法
  34 等価変換法 Equivalent Transforming Thinking
   …アナロジー発想法の最終到達
  35NM 法 T 型 NM Method T type
   …4 つの質問で自分の中のリソースを違うやり方で読み出す、アジャイルなアナロジー発想 法
  36 源内の呪術的コピーライティング Gennai's Branding
   …世に呪術(まじない)の種は尽きまじ
  37 カイヨワの〈対角線の科学〉 Science Diagonale
   …分野の仕切りを貫通する、最も長い射程を持つアナロジー法
 第 10 章 パラフレーズする
  38 シソーラス・パラフレーズ Thesaurus Paraphrase
   …類語辞典を発想の支援ツールにする
  39 タルムードの弁証法 Dialectcs of the Talmud
   …すべてを失ったユダヤ人が生きのびるために開発したテクスト解釈法
 第 11 章 待ち受ける
  40 赤毛の猟犬 Rolling in the grass of ideas
   …アイデアの原っぱで転げ回る
  41 ポアンカレのインキュベーション Poincare's Incubation
   …すべてはここからはじまった、発想法/創造性研究の源流
  42夢見 Dream works
   …夜の眠りを味方につける
アイデア史年表.
索引



(第65号から再掲)
■■廣川洋一『イソクラテスの修辞学校』(岩波書店)===========■

 プラトンは学園の入門者達に幾何学を学ぶことを要求し、『国家』に描いた
理想のカリキュラムでは、30歳にいたるまでの長い時間を数学(算術、平面
幾何、天文学、音楽)に費やした後でないと、真に学ぶべき哲学的問答術には
進めないとした。数学のトレーニングの中で、鍛えられ培われるだろう力、す
なわち「空論にちかいまでに詳細な議論と、現実遊離といわれるくらいの高遠
な思索」を行いまたそれに耐える力なしには、プラトンが希求すべきであると
する知は獲得できないと、考えたからである。
 プラトンの学園「アカデメイア」に先んじること数年、同じアテナイにもう
ひとつ高等学問機関が開設された。イソクラテスの学校である。
 元は法廷弁論の代筆家だったイソクラテスの学校は、プラトンの「アカデメ
イア」同様、その教育理念の中心にピロソピアー(ギリシャ語、原義を「知を
愛すること」)を据えていた。もちろん二つの学校は、カリキュラムの面で
も、教育の方針についても、そして身につけるべきであるとする知のあり方に
ついても、大きな違いがあった。
 プラトンのいうピロソピアーは、多様性と変化に満ちた現実から一旦距離を
置こうとする観照者の知であった。「空論にちかいまでに詳細な議論と、現実
遊離といわれるくらいの高遠な思索」のトレーニングはそのために他ならな
い。それは対象に関していえば、その本性を把握せんとする知(エピステー
メー)であり、我々が知る哲学(フィロゾフィ)も無論、このプラトンのピロ
ソピアーの系譜に連なるものであった。
 しかしプラトンのそれは、実のところ古代ギリシャ語のピロソピアーという
言葉の用法としては、かなり特殊なものだった。より伝統的用法に近いところ
で、だがやはり特殊な意味をピロソピアーという言葉に担わせようとしたの
が、イソクラテスである。プラトンがそのイメージを数学者・神秘家ピタゴラ
スに求めたのとは反対に、イソクラテスがいうピロソピアーは、政治家であり
賢者であったあのソロンや同じくすぐれた政治家であったペリクレスについ
て、古代ギリシャ人が抱いていたイメージに起源がある。
 歴史家ヘロドトスやトゥキュディデスの証言によれば、彼ら政治家・賢者は
決して観照者ではなかったが、ピロソペインし(知識を探し求め:ソロン)、
またピロソペインする(教養を積む:ペリクレスとアテナイ人)ことを怠らな
かった。[ピロソペインは無論ピロソピアーの動詞である]。
 イソクラテスが自身の学校で行われる、言論の錬磨を中心とする〈教養理
念〉をピロソピアーと呼んだのは、このような伝統的用法に即してだった。人
は、ピロソペインする(=教養を積む)ことによって、つまり〈教養理念〉と
してのピロソピアーによって、運命としての「素質」からの解放を可能にす
る。あるいは、人が言葉の使用によって他の動物から区別されるように(言葉
を使うことによって、動物から人へとなり得たように)、言論の錬磨を中心と
するピロソペインする(教養を積む)ことによって「よりよき人間」となり得
るのだ、とイソクラテスは考える。ここに教育なるものの存在理由があり、そ
して、のちに人間的教養・人文的知と呼ばれることになるだろう知のあり方が
ある。これはローマ世界を席巻し、キケロらを通じて中世世界に、そしてイタ
リア・ルネサンスの人文主義へとつながり、これに影響を受けたイエズス会の
教育システムを通じて、近代においてふたたび学校システムへと強い影響を与
えることになる。

 イソクラテスにとってのピロソピアーの意義が、以上のようなものであった
とすれば、そのピロソピアーの内容(そして彼が希求すべきとする知の内容)
はどのようなものであったのか。イソクラテスは、「教養ある人」とはどのよ
うな者であるかと自ら問い、概ね次のような解答を与える。すなわち「教養あ
る人」とは、よき思慮・賢慮(プロネーシス)を持った者であり、それ故に彼
はすべての実際的行動・実践を立派に行うことができるはずである、と。この
よき思慮(プロネーシス)こそが、イソクラテスが希求すべきとする知に他な
らない。
「有益な事柄についてあり得る仕方でドクサを持つ(=健全な判断をする)こ
とは、益もない事柄についてエピステーメーを持つ(厳密な仕方で知識を持
つ)ことよりもはるかに有力である」(「ヘレネ頌」)
 ここでイソクラテスは、大抵の場合に妥当する知と、あらゆる場合に妥当す
る知(不変妥当な知・必然的真理)を比較している。プラトンらが求める知が
後者、すなわちエピステーメー(厳密な知識)であることは言を待たない。エ
ピステーメー(厳密な知識)を手に入れることは、必ずしも不可能ではない。
たとえばプラトンが初学者に学ばせようとする幾何学がそうである。しかし、
すべてのことについて、幾何学ほどに厳密な知を手に入れることが可能だろう
か。とくに言説や行動といった実践的な場面について、「それを手に入れれば
何を為すべきか、あるいは何を言うべきかを〔確実に〕知る事のできる」よう
な知を手に入れることが可能だろうか。
 さらに加えて次のことを指摘しなければならない。あらゆる場合に普遍妥当
な真理は、本来的に「時と場合」を欠いている。「好機(カイロス)は知識
(エピステーメー)の目に止まらない」。しかし「時と場合」に応じて処する
ことこそ、「立派に語ること」「立派に行うこと」、実践的知性に求められる
べきことではないか。
 イソクラテスは、エピステーメー(厳密な知識)の「健全な断念」の上に、
すばやい実践的知性の座を据える。観照者としてのピロソポスがエピステー
メー(厳密な知識)へ向かおうとするのに対し、実践知性を担うピロソポス
は、たいていの場合に妥当するドクサ(健全な判断)の働きを養おうとする者
として現れるだろう。物事の好機(カイロス)によく注意を払い、多くの場合
にそれらから結果するものを見定めようと努めるものは、もっともよく好機
(カイロス)を把握する。この、よく好機(カイロス)を把握する力が、言論
の錬磨のうちに育てられるであろうドクサ(健全な判断)であり、そして人間
生活や人間の活動についての知である思慮(プロネーシス)は、このドクサの
作用に他ならない。


(第64号から再掲)
■■P.グリマル著、高田康成訳『キケロ』(文庫クセジュ)=========■

 たいした本ではないが、これしかないのだからしょうがない。逆に「何故こ
れしかないのか」、言い換えれば「ヨーロッパに長きに渡り絶大な影響を与え
たキケロが、日本においてかくも冷遇されているのは何故なのか」の方が興味
を引く。おかげで日本人は西洋のなんたるかを知ることなく、ヒューマニズム
を「人道主義」と勘違いして訳してしまい、レトリックは修辞か美辞麗句に堕
落してしまい、議論や話し合いがへたくそのまま、「民主主義」も「市民社
会」も根付かず、おまけにとうとう戦争にまで負けてしまったのである。
 この件については訳者による「キケロ学の不成立について」という小論が巻
末に添えられている。
 極東の島国ニッポンは、ヨーロッパを真似るについて、英仏独を参考にした
のであるが、最終的にはヨーロッパの後進国だったドイツに狙いをしぼった。
これから成り上がるについては、プロシアの末足(すごい追い上げ)が参考に
なると思ったのである。
 しかし、後進国には後進国なりの悩み、コンプレックスがあった。西洋近代
は俗にルネサンスから始まったといわれるが、ドイツにはそのルネサンスがな
かった。中世を振り払い近代化を進めるにあたっての「本源への回帰」を欠い
ていたドイツは、まったくおくればせながら、極めて観念的・理念的な「回
帰」を行う。
 ルネサンスが極めて人文的・ローマ的、すなわちキケロ的な古典古代への
「回帰」であったとするなら、ドイツの「回帰」においては、病的ともいえる
ギリシャへの志向がそれに替わる。これが19世紀ドイツに吹き荒れる「ギリ
シャの暴挙」である。劣等感の裏返しである、本源主義、ホンモノ志向は、あ
らゆる亜流をあしざまに罵ることになる。
 ギリシャ熱にうなされたゲルマン魂は、ギリシャの亜流としてのローマ、あ
らゆるラテン的なものを攻撃する。その反響はいまも我々がよく知る「哲学
史」に見ることが出来よう。哲学史を書いたあれらの哲学者たちは、古代ギリ
シャ哲学の以降には、ドイツの観念論しか(やがてそれに統合されるものし
か)認めなかった。折衷主義、見るべきモノのないローマ・ラテンの哲学と
は、今も「哲学史」における通説である(哲学史にかかったゲルマン的バイア
スを見よ)。 
 なによりも攻撃は、ラテン的なモノを代表するキケロに集中する。キケロは
もはや亜流あつかいされるだけではすまない。たとえばプロイセン科学アカデ
ミー会員のローマ史学者として、政治的にも絶大なる影響力をふるったテオ
ドール・モムゼン。カエサルに象徴される君主原理を高らかに礼賛する彼は、
共和原理の代表者としてのキケロへの暴言でむしろ知られる。今世紀のキケロ
研究が、ヨーロッパ中にふきあれた「モムゼン・ショック」からの復興にその
努力の多くを費やさなければならなかったほど、キケロ殺しとしてのモムゼン
の影響は甚大だった。
 ヴィンケルマンにはじまり、モムゼンをその代弁者のひとりとする、ドイツ
近代の「ノイ・フマニスムス」(新しいヒューマニズム)は、当然の事ながら
「古いヒューマニズム」(ヨーロッパ近代のヒューマニズム)と自らを画する
ものと主張した。「ノイ・フマニスムス」がいかなるものかといえば、「古い
ヒューマニズム」が弁論・修辞に彩られる古代ローマを想定するのに対して、
「ノイ・フマニスムス」の方はもっぱら詩的な古代ギリシャを想定する。前者
が言葉の、現実社会での働きを重視せざるを得ないのに対して、後者はあらゆ
る表現手段・表現媒体を越えた(つまり言葉も現実社会も超えた)ところへと
抜け出てしまう。その意味で「ノイ・フマニスムス」は、近代ヒューマニズム
の「超剋」に他ならなかった。そしてこれは、ナチスが敗北するまでドイツを
中心地に広範な影響力を行使し得たのである。
 そしてその近代ヒューマニズムこそ、キケロ的雄弁の伝統の上にあるものに
他ならない。ヴィンケルマンらが発見したギリシャ詩人の「高貴な素朴さ」か
らすれば、キケロの修辞など悪しき技巧にすぎないというわけだ。彼らは、弁
論家キケロに、そして社会で他人と生きなければならない人間に、何故「言葉
を弄すること」が必要かを理解しなかった。
 そして近代ドイツの風下に立っていた日本である。ある調査によれば、ほと
んどの旧制中学の図書館目録にモムゼンの書はいくらも見えるのに、キケロの
ヨーロッパ語訳すら見出すことは困難だったという。


■■キケロ『弁論家について』(岩波文庫)=================■

 レトリカ(弁論術)は、発想法、構成法、修辞法、記憶法、提示法(今でいうプ
レゼンテーション)をコンポーネントとする、実践知性の総合技術である。
 キケロはこの技術における史上最高の実践家であると同時に、ピタゴラス-プラ
トン以来の厳密知とソロン以来の実践知の系譜とを調停しようとした理論家、思想
家であった。
 ルネサンスでも、あるいはフランス革命でも、あるいはキリスト教ですらも、お
よそ我々が「西洋」と呼ぶ文明を形成したムーブメントにあって、この大昔のロー
マ人から直接間接にインスピレーションを得なかったものはほとんどないといって
いい。
 ヘンな宗教にはまって、さんざんな青年時代をおくっていた放蕩者のアウグスティ
ヌスは、このローマ人の書に触れて真人間となり、やがては聖人にまでまつりあげら
れた。
 同じく聖ヒエロスムスは夢の中で、この共和制ローマ最大の弁論家と自ら信仰の源
たるイエス・キリストとどっちを取るのかと迫られ、「イエスです」と答えては「こ
のウソツキ野郎」と神様にどなられる始末だった。
 ルネサンスの口火を切ったペトラルカが骨の髄までこのローマ人にぞっこんであった
のは周知の事実であり、この人文主義者(ユマニスト)たちの武器庫となり、導きの星
となったものこそ、世界で最初にフマニテート(人間性)なる概念を提出したキケロそ
の人だった。
 さらにはモンテーニュ、マキャヴェリ、、グロティウス、モンテスキュー、ヴォルテー
ルの傍らにあり、繰り返し英国議会に現れ、あるいは合衆国憲法を起草中のトマス・ジェ
ファーソンの側らにも立っていた。
 有名な辞書をつくり現在の「英語」制作者のひとりでもあるジョンソン博士は、しょっ
ちゅうこのローマ人のセンテンスを真似して自分の言葉を鍛え上げていったし、エドモ
ンド・バークはローマ人の文体を何とか盗もうとし、彼の弁論集を何度もひっくり返し
て読んだ。
 
 
--------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して
発行しています。(http://www.mag2.com/ )
==========================================================
○電子メールマガジン「読書猿 Reading Monkey」 一夜限りの復活号

【読書猿のブログ 読書猿Classic: between / beyond readers 】
→http://readingmonkey.blog45.fc2.com/

【読書猿のバックナンバー】
→http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/DOKUSARU.html

======================================= Reading Monkey ====
メルマガ全文を読む
 

▲ページトップへ

▲ページトップへ