エニアグラム アソシエイツ 通信

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メルマガ名
エニアグラム アソシエイツ 通信
発行周期
不定期
最終発行日
2017年03月09日
 
発行部数
179部
メルマガID
0000017205
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > 心理学

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   エニアグラムアソシエイツ通信
   Enneagram Associates Communication Network
 03/09 2017
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<顔立ちと性格について+内的ワーク タイプ9>

エニアグラムサロン 3月10日

顔立ちと性格について+内的ワーク

今月はタイプ9に焦点を当てます。

新プラトン主義の創始者プロティノスは「一者の流出」という思想を発展させました。
プロティノスの思想は中世のキリスト教思想家(教父と呼ばれる人々)に
大きな影響を与えています。

プロティノスの「一者」は神的なものであり、それは全体性を意味し、一なるものであり、
不可分のものでした。そこから、万物が流出する。

一なるものは、高次のより純粋で霊的な存在から、物質的な存在へと流出していく。
そしてこの世界が創造される。
霊的な高みへ、一者への帰還は、この逆の方向をたどることになるというわけです。

・・・大学に入って間もなく、哲学科でこのプロティノスの講義を行う教授がいて、
何のことが意味がわからないまま、不思議な魅力のある内容だったのでずっと
休まず講義に出続けていました。

それから何十年か経ち、エニアグラムに出会って、再びプロティノスに出会った不思議。
エニアグラムがたんなるタイポロジーで、アメリカ発のものであったなら、
私はそんなに興味を持たなかったと思います。

さて、一者とは「一にして全なる者」。
私たち人間は一者の流出により創造された霊的な部分と物質的な部分の混在する存在です。
中世キリスト教思想家の間では、天使論が盛んで、天使の位階(ヒエラルキー)は
九段階に分かれています。

熾天使(セラフィム)
智天使(ケルビム)
座天使(トロノイ、王座)
主天使(キュリオテーテス、主権)
力天使(デュナメイス、力)
能天使(エクスーシアイ、能力)
権天使(アルカイ、権勢)
大天使(アルカンゲロイ)
天使(アンゲロイ) これは守護天使でしょうか。

9ということで、エニアグラムの9タイプをこれらの天使に当てはめてみたい衝動に
駆られるかもしれません。

しかし、九天使は階層構造になっていますが、エニアグラムにおける9タイプに位階は
ありません。
エニアグラム図における各タイプの配置は等価なものとして置かれています。

エニア図の内側に記された線は、プロティノス的な文脈でいえば、
各タイプが神的なものとの合一へと向かう、あるいは自らの全体性を取り戻す道筋を
示しているとも言えます。それが統合の方向ということですね。

分裂の方向は、神的なものから離れる道、かつては堕落の方向といわれていました。
「堕落」とは神的なものから離れること、です。

エニア図はフラットな平面において9タイプの配置が行われているので、
分かりにくいのですが、これをらせん状に上昇し、また下降していくものとイメージすれば、
各タイプは心的変容を経て、より全体性を取り戻していくということになります。

また、囚われが強くなり、ないしは健全度が下がるほど、らせん状の下降が始まり、
全体性からはより切り離されていくということになります。

というのが、エニアグラムサロン第三回めの前ふりです。

<3月10日エニアグラムサロン 顔立ちと性格 内的ワーク タイプ9 続き>

顔立ちに関しては顔の外枠と内枠について
 外枠:膨脹タイプ 中間タイプ 縮小タイプ
 内枠:パーツ(感覚受容器)

顔全面 3つのゾーン
 頭脳ゾーン(脳・目と額)  視覚・聴覚
 感情ゾーン(呼吸器・のど) 嗅覚 喉
 本能ゾーン(顎・口) 栄養摂取 腹部につながる。

各ゾーンの関連
 本能―感情:本能的・感情的生活に重み。
 感情―頭脳:ユングは頭脳タイプと感情タイプの間には相互に還元できない対立があると
       考えたが、この意見は経験的知見に反している(ルイ・コルマン)。
 本能―頭脳:感情ゾーンがへこむ。中央ゾーンが後退。

拡張の仕方
 受動的拡張:丸い肉付きと緊張の少ない(やわらかい)表情
 能動的拡張:丸い肉付きに平たい部分、力感のある表情
 制限的拡張:波状の肉付きあるいは起伏縮小の肉付き

といったところを再確認し、タイプ9のテーマに入ります。
例によって、タイプ9とおぼしき人々の顔写真を見渡してみましょう。
そこから、共通の特徴を洗い出します。

<タイプ9と『この世界の片隅に』>

タイプ9のテーマに入ります。ラス&ハドソンの理論をベースにしています。

タイプ9のテーマは存在すること。
Being Being and Presence 「いまここ」にいるということ。
わたしたちはリラックスしていまここにいるということがなかなか難しい。

体は緊張し、思考や感情とは同一化しやすい。あらぬ空想の中をたゆたい、妄想的思念に駆られる。
そして、エモーショナルなものに沸き立つ。意識はいまここからはなれ、
アリティとは程遠いところにいってしまいします。

自分自身が自らの全体性から切り離され、すでにパーソナリティの囚われに入ると、
―タイプのとらわれにはいるとー自分自身の全体性から切り離される。

いまここのプレゼンスにとどまるためにはリラックスしていなければならない。
けれども、真にリラックスすることは難しいとトラスさんは言います。

タイプ9においては、たしかに「いる」ということができる。
本能センターのタイプであり、地に足のついたあり方ができる。が、真にそこにいるかどうか。
自我レベルではそこにいながらにしていない、というか、ただぼうっとしている、
リアリティとのつながりなくして、そこにいる。

「めざめてあること」がBeingであるとするならば、タイプ9において、
そして私たちの内なるタイプ9的側面は、目覚めてそこにいるわけではない。

真にリラックスしていれば、目覚めている。すべてが生き生きと、繊細に感じられる。
つながっているという感覚が持てる。ところが、私たちがリラックスしているという状態は、
ごろ寝している、PCやスマホで漫然と検索し、チャットしている、
酒を飲みほろ酔い加減でいる・・・など。

それをリラックスと言っているが、リラックスが真に緊張の解けた状態であるとするならば、
こういう状態は緊張が解けた状態というよりはむしろ、「マヒしている」という状態。
リソ&ハドソンのエニアグラムではそういうことになります。

たしかに、通常、わたしたちが家でリラックスしているという状態は、
真に緊張が解けた状態でないことがわかる。
緊張には身体的な緊張、感情的な緊張、頭の緊張というものもある。

私は『ゲーム・オブ・スローンズ』という長辺のファンタジードラマのファンですが、
かなり残酷なシーンなども出てくるし、なかなか息をつけない。人物造形が深くて、
シーズンを追うごとに、登場人物が内的に成長しているのが分かってくる。
二度みないと、それがわからないのだけれど。また登場人物同士の関係が深まっていくのも
理解できて面白い。
このあいだ、ちょっと時間があったので続けてみていると、だんだん頭痛がしてきました。
リラックスではなく、ある種の緊張と興奮がもたらされるドラマなのです。

そういうのは、家で休みの日にリラックスしているとき、映画を見ていますといっても、
リラックスしているわけじゃない。ということがよくわかりましたね。

私がタイプ9ではなく8なので、リラックスを求めるより、ビビッドな感じを求めてしまう
ということがあるわけです。

ここで、「呼吸をする」ということ。それがリラックス、いまここにいる、ことにつながると
いうことになり、近頃はバーチャルワークショップのなかでも、
呼吸・瞑想をする時間が設けられていたりもします。

私は2年前から、「呼吸」を探求するためにヨガをやっていますが、エニアグラムヨガで、
身体的にリラックスした状態というのも体験できるようにしたいと思っています。

タイプ9の囚われはSloth(怠惰)です。これは家でごろごろしているとか、怠けているとか、
そういう意味ではありません。

つながっていない、自分にはかかわりがないといった感じ、重い気分、無関心。関わっていない、
かかわっているようでも半分ぐらいしかかかわっていない。
参加していない、そこにいながら、いない。

たとえば、愛する人と、かかわっているようでいて真にかかわっていない状態。
人の話を聞いているようでいて、ちゃんと聞いていない。心ここにあらず。

「えっ、聞いてなかった」

そういうような状態は誰でも経験があるのではないでしょうか。

子供のころ、あまりかかわりたくないこと。親がけんかをしている、嫌なことがあった、
そういうとき空想の中に逃げ込む。心地よい空想の世界にいる。そういうような状態。
それは必ずしもわるいものではないが、人生において常にそういう状態でいたら・・・。

無関心というやりかたで、この世界からかい離する。リアリティとかかわらなくなる。人と、世界と。

水面下には「怒り」があります。しかし、タイプ9における怒りは表面に浮上しにくい。

この世界は残酷だ、ひどい、この世界の一部であることに耐えられない、超越したい。
でも、生き生きとかかわらない方がいい。「自分にできることなんて何もない」

「怒り」のさらにその背後には「悲しみがある」

ここで、見ておいてほしい映画があります。が、その話はあとにして、
「怠惰」という囚われについての続きです。

タイプ9の美徳は「つながり」です。全体性へ向かう。
自分と人、世界。美徳とは変容したハートのありよう、ハートの資質・状態を表しています。
そこには恐れがない。

タイプ9はエニアグラム図において3-6-9という正三角形を形作る頂点にある。
ここから、私たちは全体性から、切り離されていくところが象徴的にあらわされているとも言えます。

全体性の回復は、だれにとってもテーマとなります。

で、みておいてほしい映画は『この世界の片隅に』です。
昨年、『シン・ゴジラ』『君の名は』とこの映画の三本が高評価でした。
とりわけ『この世界の片隅に』は徐々に観客動員数が増え、高評価につながりました。

第二次世界大戦勃発から終戦にかけて、一人の素朴な女性が主人公のアニメです。
すずさんというその女性は、絵が上手でとてものんびりした女性です。
広島から呉に嫁に行き、そこで日々の食料を手に入れ、
家族に食べさせるものを工夫するなどしながら暮らしています。

すずさんの内面の表出は、映画を見ているときに、
観客の涙を誘ったりするようなものではありません。

これはオタキングの岡田斗司夫氏(私のリスペクトするオタク系論客)による
ハイドラマ、ロードラマの分け方ではハイドラマといえるもの。
安易に感動を誘うドラマではなく、非常に質の高い表現となっている。
観客はこの映画を見て、見終わって、どういう反応をしたらいいのかわからない。
そのあと、じわじわと心の中に・・・。

とはいえ、これは決してわかりにくい映画ではありません。
むしろ、状況は非常にわかりやすいのです。

ここでこの映画をエニアグラム的に読み解くと、まさに今回の課題であるタイプ9の内面の
表出そのものではないでしょうか。

温和でおだやかで、ちょっとぼうっとしたところもある、すずさんの感情の表現、
激しくはない、しかしその内面で起こっていること。

「怒り」そしてさらにその底にある悲しみ。やりきれなさ。

そういったものが観客に伝わるので、じわじわとこの映画は広まっていったのだと思います。

映画館に行けない人もDVDになったら、ぜひごらんください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<お知らせ>

社団法人エニアグラム・コミュニケーション・ラボのセミナーは次回
4月8日(土)午前11:00~午後5時を予定しています。
現在、ホームページ準備中です。

エニアグラムアソシエイツのサイト移行完了しました。
URL・連絡先これまでと変わりありません。

http://enneagramassociates.com
e-mail:info@hito.main.jp
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