医療と仏教の協力関係をめざして

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現代社会の日常生活や医療・福祉の領域で仏教的な素養が求められています。伝統的な仏教に仏の心を一緒に学んで見ませんか。

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メルマガ名
医療と仏教の協力関係をめざして
発行周期
月刊
最終発行日
2018年02月04日
 
発行部数
209部
メルマガID
0000093340
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > その他

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メールマガジン最新号

御案内 2018/ 2 (B.E. Buddhist Era,仏暦2561年)  

我々が普通の思考で生きることを考えると、私は理性知性分別でしっかりと

考えて「幸福」を目指して生きて行こうとします。しかし、生きていく上で必ず直面

するのが老病死です。分別で考えると「老い」よりは「若くて元気」が良い、プラス

価値です。病気よりは健康である方が良い、プラス価値です。そして生きていて

こそ「華だ」、死んでしまえばお終い、と分別して判断します。

人間の考える幸福の状態を示すのが仏教のいう「天国」です。仏教では「天

国」は六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天界)の一つです。そこは人間の願

い事がかなった世界(有頂天など)です。しかし、依然として迷いの世界です。人

間の理想とする

憧れの世界です。天国の住人には天女がいます、天女の姿はいろいろな絵

に描かれていますから見た記憶はあるでしょう。一つ質問ですが、年を取ったお

ばあちゃんの天女を見たことはありますか? ないでしょう。天国の女性は、老

病がなく、18歳ぐらいの若さで年を取らないようです。しかし、天人五衰と死はま

ぬがれないそうです。

自分の周りに幸福のためのプラス価値を集めて行くことが人生だと思ってい

る人がほとんどでないでしょうか。健康で、体力の若さを維持して、経済的安定、

社会的に評価され立場、温かい家庭、良い人間関係等、快適な住環境等々を

自分の手元に……。しかし、人間という存在は老病死を避けられません。

私の受け持ちの患者が81歳の時、自死未遂事件を起こして入院しました、大

事に至らず回復して退院しました。その後、私の外来診察に来られた時、話の

中で「先生!、私なんか役位に立たない。皆に迷惑をかける。姨捨山に捨てら

れてしかるべきなのに……、あんときあのまま眠りたかった!」と言われたので

す。老病死は分別ではマイナスのマイナスのマイナスですから「不幸の完成で

人生を終わる」と仏教者が発言しています。「幸福」を目指しながら、どうして「不

幸の完成」になってしまうのでしょう?

日本人一億二千万人はすべて「不幸の完成」で人生を終わるのですよ…、こ

んな国は素晴らしい国と言えるでしょうか。フランスの哲学者が「人生の最後の

15年、20年を廃品だと思わせる文明は挫折している証明だ」とその著「老い」に

書かれていました。

我々の理知分別の思考のどこに問題があるのでしょう?

「私」が「幸福」を目指して「生きる」、を分析的に考えて思考してみます。

主語の「私」に関して、仏教では「縁起の法」に沿って、固定した「私」という存

在はなく、無我、無常であると指摘します。例えば、日本語で「風が吹いている」

と表現しますが、風に吹いているものと、吹いていないものがあるでしょうか。空

気が移動しているさまを風というように、「吹いているのを風」というのが正確で

す。仏教的には「作用、はたらきの中に主語が立ち上がる」と言われています。

空気の吹いているのを風というのです。

因縁和合して働き、作用、行動、動きが発生するのでしょう。無我というあり方

は、現代風に言えばシステムのようなものと理解するとよいように思われます。

いろいろな因や縁が集まって私が現象(無我という有り様)として存在している

のです、そして無常というように常に変化しているのです。いろいろな因や縁で

反応して動くあり方です、しいて言えば「行動の様式」、「決断の仕方」、「判断の

仕組み」と言えるようなものでしょうか。

「そんなことを言っても現にここに私がいるではないか」という声が聞こえてき

ます。現代の日本人はデカルト的に「われ思う、故に我あり」という実感を持って

の発言です。縁起の法でいうと現象は一刹那ごとに生滅を繰り返している。そ

の一瞬一瞬で完結している、だから非連続の連続という表現をしています。でも

ちょっと長い時間で見ると変化していることは認めるでしょう。お互いに年を取っ

て身体の変化(老化現象)が身に染みて頷けるでしょう。

生物学的には、生物学者の福岡伸一氏は我々の生命の在り方を「動的平衡」

と言って、固定したものではなく「流れ」「はたらき」という表現で言っています。

仏教風に言えば、私という固定した存在はない、無我、無常だというのです。無

我だから私の物というような所有物はない、所有物というようなものも偶々のご

縁で私と縁があるように見えている存在です。縁次第で変化していく無常の存

在です。

煩悩に汚染された自我意識はしっかりした「私」があり、わが物、安定した変

わらない物(お金、土地、家、金など)があって欲しいのです。そして、あると思っ

て、私の周囲にプラス価値を集めて幸福感を得ようとして努力します。しかし、

一時的な満足感はあっても必ず壊れていきます。不自然な在り方、非本来的な

在り方は、それを推し進めてゆく時、種々の摩擦や軋みを必ず生じ、自然な在り

方や本来的な在り方へ戻されるのです。あるがままがあるがままです。自分の

思いや好みで作り上げたものの在り方が、あるがままに正されてゆくのです、そ

の働きを如来と言うことはできないでしょうか。

我々が人間として生れて生きてゆく時、我々の内部に秘めている遺伝子も因

縁の一つです。生まれてからの種々の環境も因縁の一つでしょう。生物進化の

過程で男女の性別が分化した頃から、生物に必然として具わったものが老・病・

死という事です。私の中の遺伝情報を構成しているものの一つの発現が老・病・

死ということです。老・病・死は分別で対象化して、善悪、損得、勝ち負けのよう

に評価するような対象物ではなく、私を構成している、私と一体の存在(内部に

必然として抱え持っている)だという事です。右手で右手を叩くことはできないよ

うなものです。遺伝情報なくして私は存在しないのです。

因縁和合して今、ここに、一刹那生滅を繰り返している存在(現象としての主

体、無我)しているように見える在り方の中に主語が立ち上がる。生きている相

(すがた)の中に主語(私?、無我)がある、立ち上がったように見えるのです。

私は分別をしっかりはたらかせてプラス価値を集め、マイナス価値を少なくし

てゆく、「幸福」を目指して生きる結果、老病死につかまって「不幸の完成」で終

わるという在り方の迷いの姿が見えてきたのではありませんか。仏教と名の付く

もの(聖道門、浄土門ともに)の内容の基本は転迷開悟です。迷いの存在の在

り様に目覚め(悟り)て仏の智慧の中を生きて行くのが仏教ということでしょう。

因縁の和合の一刹那に、入手できる情報を総合的に判断して、善かれと思

われる方向へ生きる方向の決断をするのです。脳科学的にも仏教的にも「人生

とは取り返しのつかない決断の連続」である。念仏して思考、決断、行動の中に

「仏の前なる生活」が展開するでしょう。精一杯、未練なく生き切って往く道に導

かれ、仏を憑(たの)む、お任せの往生浄土の世界が展開するでしょう。南無阿弥陀仏。



平成30年3月(第361回目)の例会は下記の如く行います。

日時:3月19日(月)、午後8時から9時30分まで 講師:田畑正久、

場所:宇佐市下高家1014番地円徳寺電話0978-32-1128 会費:500円 

次回: 4月16日(月)、5月21日(月)、主催:歎異抄に聞く会(高家)



平成30年3月(第166回)の例会として下記の如く開催します。

場所: 中津市永添1207  正行寺 電話:0979-22-2304

日時:3月30日(金)、午後7時30分より9時まで 講師:田畑正久、

次回: 4月27日(金)、5月28日(月)、正信偈に学ぶ会(正行寺)



平成30年3月の例会は下記の如く行います。

場所:別府市南的ヶ浜町1-19 善正寺 電話;0977-22-3871

日時:3月13日(火)最終回です、午後6時50分から8時30分まで

講師:田畑正久         主催:歎異抄に聞く会(別府市)



平成30年3月の例会を下記の如く行います。

日時:3月4日(月)最終回です、午後6時50分―8時30分まで 

場所:法専寺、大分市 勢家町3丁目1-34 電話;097-534-1367 

会費:500円  講師:田畑正久, 主催:正信偈に学ぶ会(大分市)
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