医療と仏教の協力関係をめざして

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メルマガ名
医療と仏教の協力関係をめざして
発行周期
月刊
最終発行日
2018年04月07日
 
発行部数
210部
メルマガID
0000093340
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > その他

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御案内 2018/ 4 (B.E. Buddhist Era,仏暦2562年)  
妻が願った最期の「七日間」、という投稿。2018/03/09付「朝日新聞」「声」より
涙がにじむ。結婚して52年。昨年11月に突然の入院。すぐ帰るつもりで、その
まま1月不帰の人となる。1月中旬、妻容子が他界しました。入院ベッドの枕元のノ
ートに「七日間」と題した詩を残して。
《神様お願い この病室から抜け出して 七日間の元気な時間をください 一日
目には台所に立って 料理をいっぱい作りたい あなたが好きな餃子(ぎょうざ)や
肉味噌(みそ) カレーもシチューも冷凍しておくわ》
詩の中で妻は二日目、織りかけのマフラーなど趣味の手芸を存分に楽しむ。三
日目に身の回りを片付け、四日目は愛犬を連れて私とドライブに行く。《箱根がい
いかな 思い出の公園手つなぎ歩く》
五日目、ケーキとプレゼントを11個用意して子と孫の誕生会を開く。
六日目は友達と女子会でカラオケに行くのだ。そして七日目。
《あなたと二人きり 静かに部屋で過ごしましょ 大塚博堂のCDかけて ふたりの長いお話しましょう》
妻の願いは届きませんでした。詩の最後の場面を除いて。《私はあなたに手を
執られながら 静かに静かに時の来るのを待つわ》  容子。 2人の52年、ありがとう。
(2018/03/09付「朝日新聞」「声」より)

この夫婦の結婚の3年前に以下の本が出版されている。映画化されたので読ん
だか鑑賞されたのでしょう。「愛と死を見つめて」大島みち子さんが書き残した日記
集。マコこと河野 実とミコこと大島みち子の3年間に及ぶ書簡集を書籍化したもの。
顔に軟骨肉腫ができる難病でわずか21年の生涯を閉じたミコ。本の中の文章の一部。
「私に、健康な日を3日だけ下さい」 1962年08月05日の日記より。
大島みち子さんは、顔に軟骨肉腫ができる難病となり、手術で顔の半分を失い
ましたが、さらに病気は悪化、22歳の誕生日の前日1963年8月7日に、自らのメ
モリアルデーを刻んで、この世を去って逝きました。 テレビで「マコ、わがまま言っ
てごめんね。ミコはとってもしあわせなの」という歌とともに、全国の若者たちを感
動させたお話です。 「健康な日を3日下さい」というのです。

1週間とは欲張らない。10日とは欲張らない。たった3日でもいいから、健康な日
が頂きたい、というのですね。もし頂けたらこう生きたいという詩なのです。
1日目 わたしはとんで故郷に帰りましょう。 そして おじいちゃんの肩をたたいて
あげて、 母と台所に立ちましょう。 父に熱カンを1本つけて、 妹たちと 楽しい食
事を囲みましょう。

2日目 私はとんであなたのところにいきたい。 あなたと遊びたいなんていいませ
ん。 お部屋の掃除をしてあげて、 ワイシャツにアイロンをかけてあげて、 おいし
い料理をつくってあげたいの。 そのかわり お別れのとき やさしくキスしてね。
3日目 わたしは、ひとりぽっちで 思い出と遊びましょう。 そして、静かに1日が過
ぎたら、 3日間の健康ありがとうと 笑って永遠の眠りにつくでしょう。    

 なんとつつましい願いでしょう。 たった1日の健康な日も許されることなく、死ん
でゆかねばならなかった大島みちこさんでしたが、もし1日でも健康な日が許され
るとすれば、大島みちこさんは、どんな思いで故郷へとんで帰ったことでしょう。 そ
して今生最後のおじいちゃんへの肩たたきを、精いっぱいの思いでたたいてあげ
たことでしょう。 今生最後のお父さんへのお酒のお燗を、心をこめて最高においし
いあんばいにお燗して、お父さんにすすめたことでしょう。 今生最後のお母さんと
の台所仕事。またという思いがあればいいかげんになります。 これっきりと思え
ば手を抜くこともない。精いっぱいの真心を込めてお料理をしたことでしょう。
かえりみれば、私たちも誰一人として明日の命を確実に保証していただいてい
る人はいないはずです。
人には必ず終りがある、それは誰にでもです。「今日一日を生きる」とは、正にそ
う言う事であって、今日が「終りの日」と心得、心を尽くす事。特別な事ではなく、日
常の些細な事に、です。彼女にとっては、このたったの三日間でさえ叶わない夢だ
ったんです。
仏教の教える世界の表現として「存在の満足(知足)」(今村仁司著、『清沢満之
の世界』による)があります。私たちは存在することを当たり前、当然として、そのこ
とへ関心を向けない傾向があります。しかし、仏教の智慧はそのことへの目覚め
の視点の大事さを教えます。仏教の智慧の心を、「ものの背後に宿されている意
味を感得する視点」と表現することがあります。前に掲載した記事はまさに日常性
の日々の生活場面に大事なことが潜んでいることを示唆しています。
大峯顕氏講演碌(一部田畑の取意)によると、フィヒテ(1762-1814)の「生の哲
学」において、実体的な魂の存在に批判を加えた人でした。彼は次のように言って
います。キリスト教の言うような魂の不死・不滅については何一つ言わない。なぜ
ならそんな実体的な魂は存在しないからである。自分の哲学にとって何があるか
といえば、いたるところ生命がある。死はない。死はどこにあるかといえば、ほんと
うの生を見ることができない人間の死んだ目の中にあるだけである。したがって、
人間は死ぬと言っている人は本当に生きていない人で、初めから死んでいる人だ
とフィヒテは言っています。
これは真理ですね。「死が怖い」と言っている人は、ほんとうの生を知らないから
です。だから、死んだら困る、という人にだけ死があるのです。「死ぬことは阿弥陀
さんにまかしてあります」という人には死はありません。これは真理ではないです
か。阿弥陀さんは「お前は死ぬぞ」とは仰らない。阿弥陀さんは「お前は仏になる」
と仰ってるのだから、その通りに受け入れて、あとは余計なはからいを一切しない。

こういう人は死なないで往生するのです。真宗の信をほんとうにいただいた人は
みなそうです。妙好人は死にません。浅原才市は、私は臨終も葬式もすんだと言う。
それでは何をしているのか。ナンマンダブと一緒に生きている、と言っています。
フィヒテは「いたるところ生命がある。死はない」と言うのです。実体的な不死の
魂に固執し、その魂が現世から天国へ行くというような考え方は、本当の宗教では
ない。そういう人が言う永遠や天国とは一種の他界に過ぎない。仏教で言えば、や
はり娑婆に過ぎないわけです。
だから浄土真宗の場合でも浄土と言っているけれども、なにか別の娑婆を考え
ているのではないか。お浄土へ行ったらおおぜいの仏さまがおられて、私もそこへ
行って空いている蓮台に座る、という。そんな浄土は、「老人だまり」ならぬ「仏だま
り」とでもいうべきもので、そこへ行ったはずの人から何の音信もないとなれば、そ
んなところへ誰も行きたいとは思わないではないですか。どんなに往生浄土と言っ
てもどこか寂しいわけです。しかし、親鸞聖人は初めからそんな往生浄土を説いて
おられないのです。
仏の働きの場、浄土において、執われから解放されて、「存在の満足」に導かれ
る教えが浄土真宗です。凡夫の考えに固執するな、凡夫の言うことよりも如来の言
うことを信じなさいというのです。凡夫とはこの自分のことです。他人事ではない。
あゝ私は今まで間違っていた。如来の言葉を疑って自分の考え方につい固執して
いたなということがフト頷けて念仏するのです。これは如来がわからせてくださる
のです。あゝ、如来の仰るとおりだと自分が変わる。こうなったことが助かったこと
ではないですか。
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