医療と仏教の協力関係をめざして

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メルマガ名
医療と仏教の協力関係をめざして
発行周期
月刊
最終発行日
2017年08月09日
 
発行部数
216部
メルマガID
0000093340
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > その他

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御案内 2017/08 (B.E. Buddhist Era,仏暦2561年)
一般の表現で、「宗教を信じるとか、信仰する」、という表現が普通になされて
いますが、私は仏教に出会う前は、その表現になんの疑問をも持ちませんでし
た。
大学生の時、細川巌師に出遇い、浄土真宗のお育てを被るようになってから、
上記の表現には宗教への偏った先入観が入っているように感じられるようにな
りました。師より「仏教への出発点においては『信じる』ことの必要はない」、と教
えられましたし、「信心とは、仏の智慧を頂くことである」といただいて、そのこと
が納得できるからなのです。
「人間とは?」「人生とは?」など含めて、いろいろな事象に出くわす時、自我
の分別意識でしっかりと見つめ、考えることと、仏の智慧の視点で見て考える、
ことを比べて、どちらが全体像を見ているかを考える時、仏の智慧での視点の
方が、物事の全体像をよく見ていると頷くようになるのでした。
物事の判断を考えるとき、理知分別の局所的視点と、仏の智慧による全体的
な視点を考える時、物事を全体的に見通す視点を持つことによって、ものごとの
判断もより適切になされると考えるようになります。その結果、自分の理知分別
でしっかりと考えると同時に、仏の智慧の視点で、自分を含めた大局的な見方
をするように心がけて、念仏します。すると、分別の思考を当たり前と思ってい
たと視点が、相対化され、長所・短所が見えてきて、その分別の思いを翻して、
分別を超えた仏の智慧の視点を拠り所に考えていこうと導かれます。
常に両方の視点を行き来しながら、俯瞰(ふかん)的に全体像を見極め、納
得のできる判断をするように心がけるのです。その結果、仏の智慧の視点を大
事にしています、という表現になり、対外的には「仏教を信じています」という表
現になるのです。自我意識の分別の愚かさを智慧(無量光)によって照らし破ら
れる、という過程をへての上の事なのです。
仏法に出遇うまでは、傍観者としての人生を考えていたように思われます。
小賢しく考えて、世間的に上手に立ち回り、世間的幸福を手に入れて、できれ
ば社会的に認められるような世俗的幸福を漠然とイメージして生きていたように
思われます。ある仏教学者が、そんな考えを整理して教え、示してくれています。
この理知分別の考え方は虚無主義、快楽主義と個人主義が複雑に絡み合って
形成されている人生観です。それは、「私の人生は一回だけで、死んだら終わり。
だから、生きているうちに、楽しいこと、心地よいことをするしかない。私(だけ)
が幸せになることが、人生の目的である」ということになります。
生きる、生きていることに意味を見出せないけれど、生きていかざるをえない
ので、その基準を、最も生きている実感を得られやすい、個人の快楽に求めよ
うというわけです。
いつも楽しく過ごしたい、それが幸せというものであれば、人生の最後は必然
的に不幸せです。幸せになろうとして、幸せを未来に求めるというのであれば、
現在はつねに不幸せな状態だとなる。幸せを求めれば求めるほど不幸せにな
る、という悪循環に陥ってしまいます、と仏教学者は指摘します。そして、この人
生観の中に、極端なエゴイストから理想主義のヒューマニズムまですべて含ま
れる、と言うのです。この考え方に唯物的な近代科学の見方が、追い打ちをか
けます。「私たちの世界はすべて物質に還元でき、生命を構成する物質が集積
したときに〝生〟が有り、それらが分散したときに〝死〟がある、ただそれだけ
のことです。〝生きている〟ことに意味はありません。〝生きている〟こと自体
に意味がないのに、その質(生命の質)を問う意味はありません」
この様な私たちを見透かして、大悲される物語が法蔵菩薩の神話的なご苦
労の物語です。
その法蔵菩薩のご苦労の神話的物語が次から次へと菩薩のような人を誕生
させてきたのが浄土教の歴史でしょう。物語を自分の事として受け止め、仏の
智慧に順じて、「仏へお任せします」と執われから解き放たれた生き方の人を具
体的に誕生せしめてきたという事です
菩薩のような人とは、その人の生き方は、いろいろな現実に直面しながらも、
時代が悪かった、あの人が協力してくれなかった、などと他へ責任転嫁や愚痴
は言わずに、「これが私の引き受けるべき現実、南無阿弥陀仏」と受け止め、精
一杯に、与えられた場、境遇を生きる姿を示される人です。
西本願寺の徳永一道師は、「信とはゆだねること」といわれ、次のようなエピ
ソードを紹介しています。
「あるとき、宗祖の「信心」は弥陀の大悲に自らのすべてを「ゆだねる」だと話
したら、ドイツの女性から「なぜ信ずることがゆだねることなのか?」と訊かれた
ことがある。答えにつまった私は、彼女が抱いているマリアという赤ちゃんがス
ヤスヤと眠っていることに気づいて、何気なく「マリアに訊いてみたら?」と言っ
たら、彼女はそのしぐさと表情で、私が言ったことを十分に理解したことを示した。
マリアが何の心配もなく眠っていられたのは、母親である彼女の胸に抱かれて
いたからである」。与えられた種々の条件の中を「随所に主たれ」という禅語の
ように、自分に成り切って生きるのです。
キリスト教の人たちの信心をあらわした文章も教えられます。以下に示します。
「ネコ型、サル型、それとも….」 北森嘉蔵という神学者は人が救われるパタ
ーンを「ネコ型」と「サル型」に二分しました。子猫危険が迫っても何もせず、親
猫が首を咥えて運ぶに任せています。自分では何の努力もせず、ただ神様の
業に委ね切るというのがネコ型です。
一方、子猿は危険が迫ると精いっぱいの努力をして、木によじ登って難を逃
れようとします。自分にできる最大限の努力をして救われようとするのがサル
型。

棚村重行という神学者は、これに「コアラ型」を追加しました。危険が迫ると、
親コアラが子供コアラを背中に乗せ、子供コアラが必死にしがみついた状態で
退避します。子ネコのように、親ネコに無自覚なまま運ばれるのではなくて、子
供コアラも親にしがつみつくという「ささやかな努力」をしている訳です。
私は、これらに加えて「ヒツジ型」があると思います。子羊は、弱くてたどたど
しい歩みですが何とか自分の足で歩くのです。但し、自分一人で歩くのではなく
て、羊飼い(主イエス)と共に歩くのです。主イエスの歩まれる方へ、主イエスの
声と杖に従って歩くのです。そして歩けなくなった時には、主イエスが抱いて歩
いてくださることを信じて歩くのです。さて、あなたはどの型でしょうか。
仏教では、自分の現在の有り様が「迷い」であり、「迷い」を超えて「悟り」、「目
覚め」を目指すのです。自分のことは自分が一番よく知っている、と言いたいの
ですが、ある坊守さんが、よき師との出遇いを実感を込めて「私よりも、私のこと
をご存知の方がいた。私より私を愛そうとする方がいた」と表現されています。
仏の教えで、自分になりきる道が、精一杯生きる道だと教えていただきます。そ
れが死をも超える道に通じているのです

平成29年9月(第355回目)の例会は下記の如く行います。
日時:9月18日(月)、午後8時から9時30分まで 講師:田畑正久、
場所:宇佐市下高家1014番地 円徳寺電話0978-32-1128 会費:500円 
次回: 10月16日(月)、11月20日(月)、主催:歎異抄に聞く会(高家)

平成29年9月(第160回)の例会として下記の如く開催します。
場所: 中津市永添1207  正行寺  電話:0979-22-2304
日時:9月29日(金)、(水)午前・午後、講師:田畑正久、
次回: 10月30日(月)、11月27日(月)、正信偈に学ぶ会(正行寺)

平成29年9月の例会は下記の如く行います。
場所:別府市南的ヶ浜町1-19 善正寺 電話;0977-22-3871
日時:9月22日(金)13時より、彼岸法要。講師:田畑正久
次回; 10月3日(火)、11月7日(火)、主催:歎異抄に聞く会(別府市)

平成29年9月の例会を下記の如く行います。
日時:9月4日(月)、午後6時50分―8時30分まで 講師:田畑正久,
場所:法専寺、大分市勢家町3丁目1-34 電話;097-534-1367会費:500円
次回; 10月 2日(月)、11月6日(月)、主催:正信偈に学ぶ会(大分市)
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