バトルボール~大衆複合球技~

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メルマガ名
バトルボール~大衆複合球技~
発行周期
不定期
最終発行日
2007年08月18日
 
発行部数
0部
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形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
スポーツ・アウトドア > その他スポーツ > その他

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「君しかいない……」
神様は池上健史の手を握りしめそうつぶやいた。
神様の目は祈りに満ち溢れ、願いを託す小さな力が指先に込められていた。
池上の頬を一筋の涙がつたい、重ね合わせた二人の手に落ちた。神様が自らの命を賭けて最後の夢を託す相手は無冠の帝王だった。
劇画界の神様、戸塚いさむが逝った。少年少女に、いや全ての人々に希望をくれた戸塚が逝った。
信じられない、信じたくない! だが、現実を直視しなければならない。
後の劇画家達は戸塚の遺志を受け継いでいかなければならない。
戸塚が生涯を通じて訴えてきた生と死、愛と正義、そして語り尽せぬ大きなテーマを受け継いでいかなければならない。
戸塚作品が私達にくれたメッセージは計り知れない。読み返すたびに感動を喚起する。
旅行中の事故で働き者の妻を失った大工の棟梁、猪熊豪助が匠の技を全て注ぎ込み、妻そっくりに作った傑作「豪腕マダム」。
マダムが物語の最後に豪助を「あなた」と呼び、豪助を助けるために自ら炎に包まれるシーンには、あのフランダースの犬もしっぽを巻いた。
また「チャンバラ大帝」は主人公、剣斎蔵の無法者退治を描いた長編時代劇であり、
「ボンボンの棋士」は華族の家庭で英才教育を受けた天才将棋さし、銀次郎の波乱に満ちた一生を見事に描き切った。
しかし、戸塚自身がライフワークと呼ぶ作品「覇の鳥」抜きに、彼の業績は語れない。
世界に存在するあらゆる「闘い」は、全てひとつの根源的闘争の種から始まり、覇の鳥は勝負の行方を左右するもの、絶対的勝利を象徴するものとして描かれている。
覇の鳥は物語の随所に登場し、闘いの展開を見守り、時には惑う者を導く愛の使者として羽ばたく。
偉大な劇画家と池上健史の出会い…それは偶然の出来事だった。
池上が馴染みの店「昭和パルティ」でキューを握っていた時、戸塚が雑誌の編集長と共に現われたのである。
戸塚はたちまち池上の華麗なキューさばきに魅せられた。以来彼はビリヤードに取り憑かれ、やがてあるひとつの決心をする。
ビリヤードをテーマにしたスポーツ根性劇画、いわゆるスポ根ものを手がけようと思いたったのである。
新旧GBRC統一戦の苦難の道程を逆境の人生訓として、主人公・池上健史に語らせようとしたのだ。
取材を進める戸塚はやがて“浮世の鬼”藤巻建設の傍若無人な弾圧、スポーツ界の風上にも風下にも置けない極悪非道を知る。
その藤巻建設に素手で立ち向かう池上の姿に、感動を抑えきれない戸塚は、遂に池上健史の伝説「鉄腕大帝グレートハスラー」を発表する。
劇画界に大センセーショナルが巻き起こり、「戸塚劇画、新分野開拓!!」「天才、新境地開眼!!」といった活字が、連日各誌のトップを埋め尽くした。
だが、この作品の中でも新旧GBRC統一戦は、やはり夢物語として描かれている。
また、池上健史の象徴とも言える“魔性”が、「鉄腕大帝グレートハスラー」の中に一切描かれていない事が今日まで大きな謎とされてきた。
その真意をはかりかねたビリヤードファンから、様々な非難、罵声が戸塚に浴びせられ、彼の劇画家生命を危ぶむ声さえ聞かれた。
だが、やがてそうして戸塚を愚弄した者達も、物語の裏に隠された重要な意味を悟る日がやって来た。
新作発表の緊急記者会見の席上、戸塚はこう語った。
「池上健史の魔性を安易に取り上げる事はできなかった。少なくとも一劇画家にはまだまだ神秘的なもの。もうしばらく時間が欲しい……」
この時、既におぼろげな超大作の輪郭が戸塚の心を支配していた。
戸塚のライフワーク「覇の鳥」は、「戦争編」「抗争編」「喧嘩編」「賭事編」ほかどれひとつを取っても優れた作品である。
しかし、戸塚にとって自らがライフワークであると言い切った「覇の鳥」が羽を休める場所はない。
いくら筆を費やし、構想を練っても「覇の鳥」に託したテーマを語り尽くすことは決してできない。
永遠のテーマはどこまで行っても永遠であり、決して終わる事はない。正確に表現するなら、一人の劇画家が普遍的な永遠のテーマに挑んだのだ。
むしろ劇画家としての非力に喘ぎこそすれ、戸塚の胸中に満足感は遂に一度訪れなかったに違いない。
彼の謙虚さや真摯な創作態度を考え合わせる時、そう推し計る事にいささかの無理もない。
「鉄腕大帝グレートハスラー」発表により巨匠の地位を不動にした戸塚は、
池上健史との出会いを回想し、かつて味わったことのない電撃が全身を駆け巡ったと語っている。
戸塚は池上の“魔性”に奇跡を見た。
そして、この奇跡と勝負をテーマとする「覇の鳥」が結びつくのに時間はさほどかからなかった。
奇跡と勝負……戸塚は即座にイエスキリストの復活を思い浮かべた。
人類の救い主としてこの世に生を受けた神の子イエス。
しかし、彼は世を惑わす者としてゴルゴダの丘で十字架にかけられてしまう。彼は死に瀕しながらも再臨(再び救い主となって蘇ること)を約束した。
そのキリストの最期から、やがてまた2000年の時が経とうとしている。
戸塚はキリストの誕生した2000年前に遡り、物語の舞台をイエスが育ったナザレに置いて「覇の鳥・決闘編」を描くべく筆を執ったのである。
今では観光客や物売り達の喧騒に満ちているナザレだが、半面、物乞いをする子供達、観光客の手を引くこじき…いたる所に惨めな人生も垣間見える。
また、狭く暗い小さな家々がひしめいている。
イエスの生きた時代は、今より更に貧しかった。彼が毎日見たものは、そんな生活の辛さや貧しさだけではなかった。
昼間の暑さと夜の冷たさの差が烈しく、肺炎で命を落とす者が後を絶たないばかりか、マラリヤが猛威を振るい、人々は次々と倒れていった。
そんな生き地獄の前にイエスはあまりにも無力であった。飢餓や貧困、そして病魔に決闘を挑むにはあまりにもちっぽけな存在だった。
戸塚はナザレに羽ばたく覇の鳥を空想した。覇の鳥はやがて神の遣いとしてイエスの眼前に舞い降りる……。
池上健史の魔性をバックボーンに、キリストの生涯と社会が熱望して止まない救世主の再臨を永遠の生命を通して描こうとした戸塚の志しはしかし、
とうとう「覇の鳥・決闘編」として実を結ぶ事はなかった。
君しかいない……戸塚のこの言葉は一体何を意味するのか。戸塚はライフワークの完成を池上健史に託したのではない。それは劇画界が担うべき問題である。
池上健史は指先に伝わる戸塚のかすかな力にすべてを悟っていた。
ビリヤード界の救世主となって奇跡を起こせ……つまり、おのれの魔性で新旧GBRC統一戦を制覇せよと戸塚は池上に訴えたのだ。
「覇の鳥・決闘編」は限りなく大きなメッセージを残し日本劇画史上最大の絶筆となった。
池上の心は戸塚を失った悲しみに暮れ、ナザレの町でボロ布を身にまとい、おのれの無力を呪うイエス同様打ちひしがれていた。
だが、池上は人々の期待を、夢を、そして人生を背負っていた。
史上空前のビリヤードブームに火をつけ、かつて王座に君臨した無敵の帝王が、このまま終わるはずはない。
池上健史が“神の子”として再臨する時、新旧GBRC統一という奇跡は必ず実現するに違いない。

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