奈良検定お勉強日記

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奈良検定お勉強日記
発行周期
ほぼ 週末刊
最終発行日
2017年07月31日
 
発行部数
313部
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カテゴリ
行政・政治・地域情報 > 地域の情報 > 関西

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◆奈良検定お勉強日記◆          2017.07.31   Vol.486
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奈良検定関係のおベンキョウをした内容をメルマガにしてお届けします。

過去問を中心としたお勉強が中心ですが、問題に関する雑談なども取り混ぜて
お送りしたいと思っていますので、既に合格された方にも読み物として読んで
いただけるとうれしいです。

発行人は
2010年(第4回)に2級、
2011年(第5回)には1級、そして
2012年(第6回)にはソムリエに合格をしました♪

■□■ 本日の内容 ■□■

<< 奈良まほろばソムリエ検定 2017年 1級 問31~問35 >>

問31 「砂かけ祭」で有名な河合町の広瀬神社は、古来、何の神といわれるか。
ア.水  イ.風  ウ.火  エ.土

問32 野見宿彌と当麻蹶速が相撲をとったという旧跡のカタヤケシが
参道脇にある桜井市の神社はどれか。
ア.穴師坐兵主神社 イ.等彌神社 ウ.久延彦神社 エ.綱越神社

問33 下北山村池峯の池神社がその岸に鎮座し、白蛇が住むと伝えられる池はどれか。
ア.益田池 イ.越田池 ウ.明神池 エ.鏡池

問34 奈良市の佐保路に連なる次の寺院のうち、最も西に位置するのはどれか。
ア.海龍王寺 イ.興福院 ウ.不退寺 エ.法華寺

問35 「五色椿」の名所として知られる白毫寺は別名何と呼ばれているか。
ア.山村御殿 イ.隅寺 ウ.転法輪寺 エ.一切経寺

==解答======================================================
 31-ア 32-ア 33-ウ 34-エ 35-エ
============================================================

■さあ、では、お勉強しましょう♪■

★問31は、「砂かけ祭」で有名な河合町の広瀬神社は、古来、「水の神」といわれる。
(公式テキストP189)

"主祭神は佐保川、初瀬川、曽我川、高田川等、大和盆地を流れるすべての河川が
大和川一点に合流する地に祀られていることから、水の守り神で、山谷の悪水を
良水に変え河川の氾濫を防ぐ神であり、また水田をうるおし、五穀の豊穣を守ることから、
朝廷をはじめ万民の食物を守る御膳神である。”
※一文、ながーい(笑)

ってことで、主祭神は、食物を守る御膳神(みけつかみ)>若宇加能売命(わかうかのみこと)
外宮におわします豊宇気比売大神(とようけひめのおおかみ)と同じ神様らしいです。


2014年1級の問47で既出なので、その時のメルマガを貼って復習しておきます。
(2014年5月18日発行、Vol.365)

>>>以下再掲

”祭り(砂かけ祭り)が有名で何度も出題されているものの、
神様を問われる問題はこれが初めて?!うそーと思ってしまいました。

廣瀬神社のご祭神は、「若宇可能売命(わかうかのめのみこと)」。
別名は「豊受気比売大神(とようけひめのおおかみ=伊勢外宮)」(!)、
「宇加之御魂神(うかのみたまのかみ=稲荷神社)」、
廣瀬大忌神(ひろせのおおいみかみ)などがあり、
すべて同神との説あり。

おっと、さきほどやった、大年神さまの同母兄弟・宇迦之御魂神(稲荷神)のお名前が…。
この二柱の御子神は、どちらも農耕に関係のある神であり、
神大市姫命もまた農耕神・食料神として信仰される存在。
農作物の生育には欠かせない神様。

しかし伊勢の外宮とは大きく出たじゃないか、てか、何故豊受気比売大神?
でも、豊受さんは「ごはん」の神様だから、やはり「ごはん」は雨が降らないと
収穫できないからして、雨=水は必要だよねってことなのかな。

何故、ここに水の神様が祀られることになったかというと、
ここの場所が関係してます。

廣瀬大社はこんなところに鎮座しています。
(→https://www.google.co.jp/maps/@34.5940483,135.7489047,15z)

廣瀬大社は、「ヒラノテクシード」という会社の左隣にある森の中にあります。
(写真表示に切り替えると、判りやすいです。細長い森は長い長い参道です)

でも先ほどの地図の方がわかりやすいかな。
(→http://www.nunato.com/nara2-32.htm)

地図中真ん中を右(東)から、左(西)へと流れているのが大和川。
この流れに、北から南から、流れ込んでくる川がここらへんで続々と集合し、
大きく王寺町の辺りで丸く張り出してのちに、大阪側へと流れていきます。

それを単純に示すのが、この図。
(→http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/midori/kanryou/yamato/photo/kawa_kakudai.html)
この図の、川の合流が一番混んでいる場所が廣瀬大社の場所です。

そこに水の神を祀るというのは、治水の必要な場所ということでもあるわけでして。

創建の起源は、
”崇神天皇九年(前89年)、廣瀬の河合の里長に御信託があり、一夜で沼地が陸地に変化し、
橘が数多く生えたことが天皇に伝わり、この地に社殿を建て祀られるようになる。”
(→http://www.hirosetaisya.com/rekishi.htm)

一夜にして、陸地が沼地に変化することはあるかもしれない(洪水で)けど、
沼地が陸地に変わるってのは珍しい変化では?

それと橘って「トキジクノカグノコノミ(非時香菓)」ですよね。
非時香菓って垂仁天皇の時代に田道間守(たじまのもり)が常世の国から持ち帰った
不老不死の霊薬だってヤツでしょ?
それが、父の時代にあるってのはどうなの?

ま、その突っ込みはヨイとして。
(間違った突っ込み??)

先日訪問してきた龍田大社は風の神。
あちらは風鎮大祭なるお祭りがありますが、
こちらは水に関係するお祭りがあり、それが「砂かけまつり」

境内でおん田祭りを執り行い、その中で田男たちが砂を掛け合い、
この砂が多ければ多いほど雨がよく降る=水が豊富=農作物がよく育つという。

水(雨)は多すぎても少なすぎても農作物には影響を与えますが、
奈良盆地の中は降水量は少ない方。
以前やりましたね。

『大和豊年米食わず』

”降雨量 が少ないことも重なって水は常に不足がちで、古代以来、農民たちは干害に泣かされ、
連日雨が降ると逆に川が氾濫し、しばしば水害をこうむるという悪循環を繰り返してきました。
昔から言い伝えられてきた「大和豊年米食わず」とは、大和にちょうど良い量の雨が
降って豊作になった年は、他の地域では降り過ぎて凶作だったことを言いあらわしているのです。”
(→http://www.pref.nara.jp/7042.htm)

昔の人(気候的には今もですが)は、天候、中でも治水が農業にとって何よりも問題に
なっていたので、ここに神様がいてくださるというのは心強い、
心のよりどころとなっていたのでした。

今度、治水の神様特集で歩いてみようかな…。”

>>>以上再掲おわり

★問32は、野見宿彌と当麻蹶速が相撲をとったという旧跡のカタヤケシが
参道脇にある桜井市の神社は、穴師坐兵主神社。
(公式テキストP126)

これも丸パク問題。
2013年1級の問44で既出ですので、その時のメルマガを貼っておきます。

>>>以下コピペ(ははは)

”社伝によれば垂仁2年の鎮座という古社で、天平2年(730)には神戸の租稲
千四百三十六束があてられ、延喜の制では名神大社としてその名を轟かせていたらしい。

場所は檜原神社の北、巻向駅から東へ徒歩25分といったところ。
(→https://mapfan.com/map?c=34.54518612485928,135.85806431904967,15&s=std,pc,ja)

兵主神社への参道の途中には第12代傾向天皇の纏向日代宮跡(まきむくひしろみやあと)があり、
兵主神社の手前には相撲神社があります。
(→http://blogs.yahoo.co.jp/maritesuhime/archive/2010/9/13)

もとは弓月岳上にあって上社とも称したが、天明2年(1782)の『穴師神社由来書』には
応仁の乱の際に焼失したので、下社の穴師大兵主神社の現社地に遷座したとある。

で。
「カタヤケシ」って何かというと。

”今を去る上古約二千年前垂仁天皇七年七月乙亥(七日)大兵主神社神域内
小字カタヤケシにおきまして野見宿禰、当麻蹶速による日本最初の勅命天覧相撲が催されました。
これが世界に誇るわが国国技相撲の曙光であります。
爾来相撲が国技として国家大本の行事とされ悠々の今日に至っています。
日本書紀に「野見宿禰は乃ち都に留まりて仕へまつる」とあり当地に屋敷を賜り
古代国家創世期における大和朝廷国土開拓の推進者として貢献されました。
その偉大な得を偲びここカタヤケシを日本民族の象徴的聖地として世に知られています。”
(→http://inoues.net/club3/yamanobe_sitami2.html)

…と桜井ライオンズクラブさんが立てた由緒板には書いてあるようですが。
だーかーらー、カタヤケシって何なんだと何回言ったら…(以下略)。

まあ、小字カタヤケシとあるので、地名ってことでいいのではないかと思ったんだが。
やはり「細かいことが気になる性格の人」というのは他にもいるようでして。

カタヤケシって何だーーー!とリンクの海に漕ぎ出でたら、
どうやらファイナルアンサーな説にぶちあたりました。

”ずっと以前、かれこれ20数年も前になるが、郷土史家の方に、カタヤケシ=片屋家司
だと教わったことを思い出した(というか、旧かぎろい誌に書いてあった^^;)。
念のため広辞苑をひいてみると
方屋(かたや):相撲場の4本柱の内。土俵上。力士が土俵上に入ることを方屋入り、
というとある。
歴史学者の樋口清之先生も、カタヤケシが相撲発祥の地であることを確認してくださった
ということを、郷土史家の方はおっしゃっていた。”
(→http://kagiroi.narasaku.jp/e49332.html)
※リンク切れでした…ブログ運営会社が営業終了ってどういうことさ(ブツクサ)

どうやら、土俵ってことでいいのではないかということだけど。
(そこだけ草の生えてない、土俵ぜん!とした場所もありましたし)

片屋は「土俵」かあ…。

そういえば、wikiの”横綱土俵入り”の項では、
”横綱土俵入り(よこづなどひょういり)は大相撲の最高位である横綱が本場所の幕内取組前や
巡業先などで行う土俵入りである。片屋入り(かたやいり)とも呼ばれる。”
(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E7%B6%B1%E5%9C%9F%E4%BF%B5%E5%85%A5%E3%82%8A)

とあり、相撲好きとか、相撲とりの間ではよく知られた言葉みたいだし。
横綱土俵入りのうんちくを語ったページでは、

”「江戸寛政期の谷風、小野川が横綱土俵入りを初めて行なったとき、
その威容をととのえる意味で、入場するとき先払いに露払いと、
後ろに太刀持ちを従えたのが始まり。
太刀持ちは吉田司家から横綱免許状とともに「片屋入りの節に持太刀を許す」という
別の免状が出るほど格式の高いものである。初めは土俵下に控えていたが、
幕末のころから土俵の上へあがるようになったといわれる。
力士は大名の抱えで士分格のため、この儀式が生まれた」”
(→http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/yokok/yokoki32.html)

…と、「片屋入りの節に持太刀を許す」との文言があるし。
なので、「片屋」=「土俵」で間違いないみたい。

でもそれだと、「ケシ」のイワレは…?(とことん細かいことが気になる性格)
すると、

”それでは、カタヤケシのケシとは何を意味するのでしょうか?
これはさすがに謎ですね。
垂仁天皇の前で催された史上初の相撲で、敗者の力士は命を失ったと伝えられます。
だとすると、カタヤケシのケシは「消し」に通じるのでしょうか?
とりとめもない疑問が湧いてきます。”
(→http://ryokan.taishoro.com/2008/09/post_257.html)

「カタヤケシ」「方や、消し」

「ケシ」は「消し」に通じて、消す≒コロス=命を落とす?
キャー!!(汗)
ガクガクブルブル。

確かに、野見宿禰VS当麻蹶速の対戦では、敗れた当麻蹶速は命を落としたというし。
(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E9%BA%BB%E8%B9%B4%E9%80%9F)

余談ながら、あまたの剣闘士(グラディエーター)が闘いで命を落としたところが
「コロッセオ(殺せよ)」ってのは…出来すぎですかね……。
(って、それ日本語による駄洒落じゃん★)

ハナシを元に戻して。

相撲神社の看板にはこんな文言があるようで…。

”国技発祥の地 天覧角力・開祖 相撲神社
 国に国歌、国花があるが如く日本の国技は相撲である。相撲はもとは神の信仰から出て、
国土安穏、護国豊穣を祈る平和と繁栄の祭典であり、第十一代垂仁帝の七年、野見宿彌と
大麻蹶速が初めて天皇の前で相撲をとり相撲節(七月七日)となりそれがもとで後世、
宮中の行事となった。
 昭和三十七年十月六日、大兵主神社に日本相撲協会時津風理事長(元横綱双葉山)を
祭主にニ横綱(大鵬、柏戸)五大関(琴ヶ浜、北葉山、栃ノ海、佐田ノ山、栃光)をはじめ、
幕内全力士が参列。相撲発祥の地で顕彰大祭がおこなわれ、この境内のカタヤケシゆかりの
土俵に於いて手数入りが奉納された。”

って、半分は思いっきり現代のハナシだった(汗)
(→http://hamadayori.com/hass-col/sports/Kokugi.html)

ま、とりあえず、相撲と来たら、ここがピンとくるようになればよいのではないかと。
それと「カタ”ヤ”けし」ですからね>「かた”ケ”やし」ではなくて。
(土俵の別名は、漢字で「片屋」って書くらしいですから)
それこそ「方や、消し」≒「カタヤ、消す」と覚えればバッチリではないかと(笑)

他の選択肢は。
イ.等彌神社は、桜井市の鳥見山の北西に位置する、桜井市立図書館の前の神社。
神武天皇の頃には鳥見山中で皇祖神を祀ったとされるが、中世には現在地に移転した模様。
『延喜式神名帳』にも掲載されている由緒正しい神社。、明治までは能登宮と呼ばれていた。
(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%89%E5%BD%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE)

ウ.久延彦神社(くえびこじんじゃ)は、大神神社の末社のひとつ。
ご祭神の久延毘古命は、案山子さんのこと。
『古事記』では、大国主さんが出雲にお越しになった際に、
少名毘古那神が海の向こうからどんぶらこっこと現れた時、
「あれは誰?」となった。誰もその存在を知らなかったので、
ヒキガエルさんの助言により、”何でも知っている”クエビコさんに
聞いてみたら「あれはスクナヒコナさんですよー」とあっさり教えてくれた。
案山子(クエビコさん)はどこへも自分では行けないけれど、
実に物知り。ゆえに知恵の神様ってことであがめられている。
(→http://www.genbu.net/data/yamato/kuehiko_title.htm)

エ.綱越神社は、「おんぱら祭」で有名な神社。
大神神社大鳥居の南側にあるんだそうで…先日そこらへん歩いていたのに、
立ち寄るのをすっかり失念していた(がっくし!)←帰り道で疲れていたのもあるんだけど。

「綱越」と書いて「つなこし」と読むが、これはこの神社の有名なお祭り
「夏越祓(なごしのはらえ)」が
「なごし」→「なつこし」→「つなこし」→「綱越」になったものと見られる。
7月30・31日のおんぱらまつりが有名ですが、現在では茅の輪くぐりをする
お祭りの神社というよりも、夜あがる花火大会の方で有名かも。
(→http://www.genbu.net/data/yamato/tunakosi_title.htm)

★問33は、下北山村池峯の池神社がその岸に鎮座し、白蛇が住むと伝えられる池は明神池。
(公式テキストP215)

2012年1級の問42で既出。
(今回はこればっかしね^^)

>>>以下もコピペですよ~

池神社(いけじんじゃ)は、下北山村にある神社。
隣接する明神池に住むヌシが
天に昇ると雨が振ると信じられていた。
(→http://www.oodai.info/travel/archives/1304)

確かにキレイな湖だけど、竜神伝説があるような、おどろおどろしさはない。
もとは役行者が大峯へ入る時、ここを訪れて「うむ、ここは…」と指摘したことで、
お祀りがされるようになったらしいんですけどね。

場所が場所だけに、なかなか行けそうにもありません。
とりあえず、知識だけでも蓄えておかねば。

明神池は「注ぐ谷なく、出るに川なき」として崇められる池。
今でも不敬の事があると雷が鳴り、雨が降り、豪雨となって荒れるとか。

池の前が神社というか、神社の前が池というか。
神社は森を背負っていて薄暗いけど、目の前は道路を挟んで
池が広がっているので、開放感ある空間です。

でも、最初は池の坂峠に建っていたのが、元和年間(1615~1624)に
現在の地へ移ってきたのだとか。
立地としては、現在地の方がいいですよね。

池神社と明神池を写したビデオがあったのでご紹介。
(→http://www.youtube.com/watch?v=o_lqn7IHfqk&feature=related)

その他の選択肢は。
ア.益田池は弘法大師により掘られた灌漑用の池だという池。

”平安時代初期、弘仁13年(822年)に、高取川に堤防を築いて
水の流れをせき止めて作られた巨大な灌漑用の貯水池。
堤防は現在の鳥屋橋北から鳥坂神社まで長さ約200メートル、
高さは8メートルあり、満水時の貯水量は140万トンから180万トンと
推測されている。”
(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E7%94%B0%E6%B1%A0)

益田池の推定値はこんなに大きい。
(→http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/ikeq/yomimono/masuda.html)

現在の橿原ニュータウンとかぶるくらいの広さ。
残念ながら現在では池はすでになく、池の堤が一部だけ史跡公園として残るのみ。
(→http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966/e/6bcfcecff0913dcab6c71eee87914a74)

益田池って何か最近聞いたな…って思ったら、あれだ。
益田岩船は”益田池の石碑だったのでは?”って、アレ。
(→http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/s_kinki/002_iwa/002.htm)

なるほど、なるほど。
 
イ.越田池は、現在の五徳池と考えられている池。
(→http://blog.rinnou.net/zenken/archives/2012/04/post_1228.html)

平城京左京の東南隅には、現在五徳池と称する南北250mほどの大きな池が
あります。
(→http://www.mapion.co.jp/m/34.6471655555556_135.820279444444_5/)

この池はもともとはもっと大きかったといい、
『日本霊異記』などに記される「越田池」と考えられています。

では、越田池とはなんぞや。
越田池という文字は、『七大寺巡礼私記』に出てくるようで…。
”越田池の北側辺りで、自分を呼ぶ声がしたので、あたりを見ると、
十一面観音が土に埋まっていたので、拾って帰って、興福寺に持ち帰った”
という箇所がのがあるそうな。
(→http://www.koten-kikoh.com/shichidaiji/index.html)

エ.鏡池は東大寺大仏殿の南にある池のことでいいのかな?
(→https://www.library.pref.nara.jp/nara_2010/0570.html)

>>>以上 コピペでした~

★問34は、奈良市の佐保路に連なる次の寺院のうち、最も西に位置するのは、法華寺。
(公式テキストP51下の地図で確認を)

最近このテの問題増えているような気がします。
各お寺の詳細は省きますが(←手抜き)

(西)法華寺←海龍王寺←不退寺←興福院(東)

★問35は、「五色椿」の名所として知られる白毫寺は別名、一切経寺と呼ばれている。
(公式テキストP64)

これもたびたび出題されているので、過去問から張り付けて復習しちゃいますよ(はは)
2008年1級の問57で出題されました。
(2010年6月11日発行、Vol.102)

>>>以下コピペ

問57は、宋版一切経の転読から、一切経寺とも呼ばれた寺院だから、白毫寺。
(公式テキストP64)

白毫寺は天智天皇の皇子である志貴皇子の離宮を前進とする寺院とされている。
(その頃ってまだ平城京には都は無いよね…)

開基は勤操(ごんそう)というヒトらしい。
鎌倉時代に西大寺の叡尊によって再興され、叡尊の弟子である道照が、
中国から持ち帰った「宋版一切経」の転読を開始したことから、
一切経寺という名で呼ばれた。
(→http://www.y-morimoto.com/hananotera/18byakugo.html)

一切経とは、
”釈迦(しゃか)の教説とかかわる、経・律・論の三蔵その他注釈書を含む
経典の総称。大蔵経(だいぞうきょう)。”
(→http://kotobank.jp/word/%E4%B8%80%E5%88%87%E7%B5%8C)

もうちょっと詳しくいうと、
”即ち釈尊が説かれた「経」と戒められた「律」及び釈尊とその弟子が
「経・律」を解説した「諭」の3つで、つまり一切経6,956巻をいい、
精神面はもとより、天文・人文・医術・薬学・人道など社会全般の
あらゆる面を説き明らかにしたもので、
仏教百科事典とも言うべきものです。”
(→http://www.tetsugen-zakura.com/itsusaikyo.html)

おばけ大百科とか、怪獣大百科みたいなもの???(チガイマス)

しかし「大百科」とはいえ、出版社が違えば内容が違うようなもんで、
いろんな地域や派閥ごとでは「コレがお経だ!」とチョイスした内容が違う。

現代の文字があるような時代に「作られた」宗教(新興宗教ともいいますが)
みたいに最初から文字があって、教祖自ら自分の教えを著述したのならば
「これが正しい!」といえるけど、人が聞き伝えてきた内容というのは
いつしか伝言ゲームになってゆくもんだから、尾びれ背びれがついて
「教え」とははみ出す部分も出てくる。そのうち、創作されたものまで
出てくるってんだから、本当に釈尊が発した言葉以外のものまで「お経」
に含まれてくる、と。

それら全てをひっくるめて大蔵経(一切経)。
(→http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/aboutsutra.html)

”漢訳大蔵経には北宋勅板大藏經をはじめ、高麗初雕大藏經、契舟大蔵経、
高麗続蔵経、高麗大蔵経、新脩大藏經、南伝大蔵経など、世界的に重要な
大蔵経が約20種あるが、その漢訳大蔵経の中で、高麗大蔵経は校正を
徹底して綿密で、かつ高い完成度といった面で完璧であるとされる。”
(→http://80000.or.kr/japan/intro/intro01.html)

宋から持ち帰ったのは、この北宋勅板大藏經なのかな?

代表的な経典としては、法句経、阿含経、般若経、維摩経、涅槃経、華厳経、
法華三部経、浄土三部経、金剛頂経などが挙げられる。
中には聞いたことあるものもありますね。

つまり、さらっと簡単にいえば、「たくさんのお経を持ち帰って、
それをパラパラとめくってお経を読んだことにしてましたよ」って
ことですな(略しすぎ)

は~すっかりややこしくなってしまった頭を少し解放。
ここの人気者はやはり椿。

大和の三大名椿(さんだいめいちん)のうちの一つがここの椿。
一本の木に赤、白、桃色、斑入りといろんな色が交じり合った花が咲くことで有名。
(→http://homepage2.nifty.com/q-tech/gosikitubaki.html)

ちなみに三代名椿は、
「五色椿」(白毫寺)
「糊こぼし」(東大寺)
「散り椿or武士椿」(伝香寺)。
(→http://shigeru.kommy.com/narasanmeitin.htm)

白毫寺の椿の木は、興福寺の塔頭である喜多院から移植したものとのことです。

その他の選択肢は。
ア.山村御殿は円照寺の別名。
場所はJR帯解駅から東へ行ったあたり。
(→https://www.google.co.jp/maps/place/34%C2%B038'37.3%22N+135%C2%B050'44.1%22E/@34.643694,
135.845583,15z/data=!4m5!3m4!1s0x0:0x0!8m2!3d34.643694!4d135.845583?hl=ja)

普段は拝観不可ですが、奈良交通のバスツアーでは入れる模様。
(→http://gurekomom.blog.fc2.com/blog-entry-7.html)

イ.隅寺は海龍王寺の別名。
場所は法華寺の隣り。
(→http://www.kairyuouji.jp/access/index.html)

ウ.転法輪寺は…。
五條にあったり
(→http://inukai.info/)
御所にあったりしますが。
(→http://www.katsuragi-syugen.or.jp/)

「〇〇寺の別名」ということでいえば、

在原業平ゆかりの寺として有名な「不退寺」の寺号は、不退「転法輪寺」。
それを略して「不退寺」

前ふたつの出題パターンとは違いますがね。

■編集後記■

いやいや、今回は手抜き出来て助かった~(笑)
暑さでへばっておりましたので、頭もあんまり回ってないし。
ちゅうことでとうとう(?)7月もおしまいです。

今年はなんだか暑さが堪えてしんどいですわ。
早く秋に…いや、涼しくなってくれれば夏のままでもいいのですが。
(それじゃ農作物が育たないでしょ)

早く秋にならんかなあと心待ちにしております。
今年は行きたい処たくさんあるんだよなあ(謎)

夏休みの宿題よろしく先送りにしていたところにもたくさん行きたいし。
頭の中だけでも秋にして、いろいろ妄想してます。
早く涼しくなってくれ~。


★★ 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。★★


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