奈良検定お勉強日記

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メルマガ名
奈良検定お勉強日記
発行周期
ほぼ 週末刊
最終発行日
2017年09月10日
 
発行部数
314部
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形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
行政・政治・地域情報 > 地域の情報 > 関西

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◆奈良検定お勉強日記◆          2017.09.10   Vol.488
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奈良検定関係のおベンキョウをした内容をメルマガにしてお届けします。

過去問を中心としたお勉強が中心ですが、問題に関する雑談なども取り混ぜて
お送りしたいと思っていますので、既に合格された方にも読み物として読んで
いただけるとうれしいです。

発行人は
2010年(第4回)に2級、
2011年(第5回)には1級、そして
2012年(第6回)にはソムリエに合格をしました♪

■□■ 本日の内容 ■□■

<< 奈良まほろばソムリエ検定 2017年 1級 問41~問45 >>

問41 「今井御坊」とも呼ばれ、徳川頼宣が揮毫・寄進した
「功徳蔵」の扁額を本堂に掲げる寺院はどれか。
ア.願行寺 イ.称念寺 ウ.圓照寺 エ.本善寺

問42 「茅原のトンド」で有名な御所市の吉祥草寺で誕生したと伝えられるのは誰か。
ア.義淵 イ.小野篁 ウ.役小角 エ.柿本人麻呂

問43 西国三十三所観音霊場の第七番札所で、龍蓋寺とも呼ばれる寺院はどれか。
ア.橘寺 イ.岡寺 ウ.飛鳥寺 エ.川原寺

問44 「堅恵の廟」とされる、榛原石で築かれた石室がある寺はどれか。
ア.文殊院 イ.佛隆寺 ウ.大野寺 エ.室生寺

問45 東大寺戒壇院の戒壇堂にならぶ四天王像のうち、
筆と巻物を持っているのはどの像か。
ア.持国天像 イ.増長天像 ウ.広目天像 エ.多聞天像

==解答======================================================
 41-イ 42-ウ 43-イ 44-イ 45-ウ
============================================================

■さあ、では、お勉強しましょう♪■

★問41は、「今井御坊」といえば「称念寺」
(公式テキストP162)

”今井御坊ともいう。”
テキストにはいきなり、そう、書いてあります(笑)

2010年1級の問45で既出。
それを使って復習しておきます。
(2010年11月26日発行、Vol.139)

>>>以下再掲

今井といえば橿原市の今井町でしょう>と決め付けてかかっているワタクシ。
今井町は寺内町として発達してきた町なので、町の中心は寺。
その寺の名前が称念寺。

でもって基本的なことなんだけど、御坊とは何か?
”「御坊」とは本山から正式に認められた直轄寺院のことで、江戸時代は
地域の役所としての役割を果たしていた寺院のことをいうそうです。
(廃仏毀釈によって制度は廃止したとのこと)
昔はお寺と行政が充分に結びつき、機能していたということです。”
(※引用元はリンク切れでした)

つまりはお役所としての機能を持っているお寺だったということで。
今井御坊とは「今井のお役所」ってことでいいのかな。

称念寺の場所はここ。
(→http://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_imai/kankou/spot/shounenji.html)

そしてようやく本題の「扁額」に話は移ります。
入母屋造本瓦葺の本堂には徳川頼宣(とくがわよりのぶ)寄進の
「功徳蔵(くどくぞう)」の三字木額が掲げられている。

徳川頼宣って誰だ?将軍じゃないはずと思って調べてみる。
徳川頼宣は徳川家康の十男(!)で、常陸国水戸藩、駿河国駿府藩、
紀伊国和歌山藩の藩主を歴任して紀州徳川家の祖となった人物。
んじゃ吉宗の元祖ってこと?と思ったら、確かに八代将軍徳川吉宗の
祖父にあたるんだそうで。
(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E9%A0%BC%E5%AE%A3)

将軍家は八代まで進んでいるのに、その祖父っていったら、
家康が年いってからの子供だったってことか。

で。問題の「功徳蔵」(くどくぞう)の額は本堂に掲げられていて、
その意味は
”あらゆる功徳をおさめ、たくわえられている仏の意”らしいです。
その写真はこちらで。
(→http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/images/image-12/1003-24.jpg)
※ひゃ、思っていたのと全然違って「ゴーカケンラン」って感じだ。
浄土真宗の仏殿ってのはもともとキンキラキンらしいので、
これでフツーなのかも。

では何故、徳川家の人の揮毫がこの寺にあるのかというと、
こんなことがあったそうです。
”第三世住職が紀州徳川家の城普請に貢献したことで三ツ葉葵を寺の紋に
使用することが認められたとのことだ”
(→http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2008_10_03.htm)

なるほどねー。
一宿一飯の礼を絵や書で返したと同じようなことでしょうか。(レベルが違う?)
でも、自分ちの家紋を瓦につけても良いよって、ある意味「印籠」と同じ
役割を果たすわけで。そりゃ、武士だって、イチお寺といえど下へは置かない
対処を求められたことでしょうな。

>>>以上 再掲おわり

その他の選択肢は。
ア.願行寺は「下市御坊」とも呼ばれるお寺。
(→http://www.town.shimoichi.lg.jp/0000000276.html)

ウ.圓照寺は中宮寺、法華寺とともに、大和三門跡の一つ。
別名「山村御殿」 
(→https://www.library.pref.nara.jp/nara_2010/0111.html)

エ.本善寺は「飯貝御坊」とも呼ばれるお寺。
(→http://japan-heritage-yoshino.jp/tradition/%E6%9C%AC%E5%96%84%E5%AF%BA/)

ものすごい急こう配をタクシーで登ってもらいましたが、
春は桜(懐いの桜)がきれいだそうです。
(→http://www.tree-flower.jp/29/honzenji_1009/omoino-sakura.html)

★問42は、「茅原のトンド」で有名な御所市の吉祥草寺で誕生したと伝えられるのは、役小角。
(公式テキストP197)

吉祥草寺&角小角での出題は何度も出題されているので
2015年2級の問88の時の勉強と、
2017年ソムリエ級の問22の時の勉強を使って復習しておきますね。
(ええ、手抜きですとも!)

>>>以下加筆訂正の上、再掲

この吉祥草寺(きちしょうそうじ)は役行者の誕生所なんだそうな。
(→http://www.en-chan.com/)
※ドメインが“えんちゃん”ってのがカワイイ★

吉祥草寺は、山号が茅原山、院号が金剛寿院。ここは役行者の出生地とされ、
吉祥草寺は役行者の創建と伝えらているんだとか。ということは、創建が役行者
ならば、彼が生まれたときはまだお寺じゃなかったってことだよね?いつ建った
のかなあ。文武天皇の存命は683年~707年、一方役小角は634年?~
706年。文武天皇が吉祥草寺を訪れたのが700年というから、その頃には
お寺の伽藍があったということになり、計算は合ってますね。それはともかく、
境内の一角には小角が使ったという産湯の井戸があります。

役小角(えんのおづぬ)は数々の「伝説」を持つ人物ですが、実在の人物。

『続日本紀』では文武天皇3年(699)に、
人心を惑わせているという理由から伊豆大島へ遠流に処されたとある。
また一説では金剛山と葛城山の間に橋をかけようとしたことから、葛城山の一言主が怒り、
人にとりついて文武天皇に小角の讒言をしたために伊豆に流されたともいう。
いずれにせよ、伊豆大島に流されたと書かれてます。

そんな小角の出生のヒミツ(?)は『日本霊異記』にあります。
役小角は舒明天皇6年(634)に現在の奈良県御所市茅原に生まれたとされます。
634年生まれで、699年に遠流されたというのなら、65歳のころ。
その当時、還暦オーバーって長寿も長寿じゃなかろうか。
その年で、昼は伊豆大島にいて、夜は富士山でトレーニングしてたという「伝説」も
あることから、本当にどんな元気なジジィやねんって感じ。

まあそれはともかく。
17歳で飛鳥寺に入って孔雀明王の呪法を学んだといいます。
小角17歳は、651年=白雉2年となれば、用明天皇2年(587)に
蘇我馬子が建立を発願して寺が建ってから、50年以上経っているってことになります。
そのころは「孔雀明王の呪法」なんて学んでいたのかあ。
どんなもんなんだ?クジャクミョウオウノジュホウって(なんか強そう)

そして、小角といえば葛城山。
葛城山で修行して、あちこちの山に入っての修行三昧。
吉野では金剛蔵王大権現を感得して桜の木にその姿を刻んだという。
山岳修行を行う修験道の基礎を築いたとされます。

>>>以上さらっとコピペでした

その他の選択肢は。
ア.義淵さんは、岡寺を建てた人。
(→http://www.okadera3307.com/rekishi.html)
 
イ.小野篁は、昼は役人、夜は地獄の役人として働いたという人(いつ寝とるねん)
菩薩戒を受けたいという閻魔大王に依頼を受けて、矢田寺(金剛山寺)の満慶上人に引き合わせ、
めでたく菩薩戒を受けられたお礼に
「まあ、地獄でも見てってよ」と地獄めぐりをさせてくれたんだとか。
(→http://www.japanmystery.com/z_miyako/rakuchu/jigoku.html)

このエピソードは「矢田地蔵縁起」に描かれてます。

エ.柿本人麻呂は飛鳥時代の歌人。
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%BF%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E9%BA%BB%E5%91%82)

なんだろう、この選択肢のバラバラ感(笑)
ま、いいけど。

★問43は、西国三十三所観音霊場の第七番札所で、龍蓋寺とも呼ばれる寺院は、岡寺。
(公式テキストP162)

さっき義淵さん出てきたばっかりなのに、また岡寺ネタ?!
ってか、あちらは選択肢で、こちらは本出題ですけど。

まあ、
「ろっく。つぼおかはせなんえん」の話ですから>岡寺でいいですよね(何が?)

西国三十三所観音霊場 第六番札所…壷阪寺
           第七番札所…岡寺
           第八番札所…長谷寺
           第九番札所…興福寺南円堂

で、六番~九番で、「ろっく」
「壷阪寺(つぼ)」「岡寺(おか)」「長谷寺(はせ)」「南円堂(なんえん)」
なので、岡寺でおっけー。
以上、サクッと終了。

★問44は、「堅恵の廟」とされる、榛原石で築かれた石室がある寺は、佛隆寺。
(公式テキストP149)

2011年1級の問54で既出。
その時のメルマガ内容をコピーして復習します。
(2011年4月22日発行、Vol.170)

>>>以下 加筆訂正の上再掲

佛隆寺は宇陀市のお寺。モチヅキザクラと、石段と、
空海おみやげの茶臼が有名。

で。
堅恵さんって誰だというお勉強。

堅恵は、空海の弟子。佛隆寺は嘉承3年(850)にこの堅恵によって
建立されたと伝わる。
一説には、興福寺別当の修円(しゅうえん)が住まいしたともいうらしい。

境内に築かれた石室は、榛原石(出た!)で出来ており、一見石室に似た施設。
もう古墳だの石室だのが作られていた時代ではないので、
なんでこの時代にこんなものが、ここに作られたのか。
(→http://blog.kunio.raindrop.jp/?eid=934820)

石室(?)内には五輪塔もあるんだとか。
行ってみたいなあ。

前出の、修円@興福寺別当の墓とされるのがここの十三塔。
しかし実際は元徳2年(1330)に造立されたものだそうで。
平安前期の修円さんの時代とは異なる。

佛隆寺って山の中でなんとなく不便って気がするのだけど、ハイキング
(てか山登り)で行けば一山越えて室生寺方面へ抜けられるんだそうな。
(→http://www.geocities.co.jp/Outdoors-Mountain/3471/saburougatake.htm)
※”桜の大木と長い石段”の光景ってこうなってるのですね…。
佛隆寺は根性入れて登らんといかんのか。

>>>以上コピペ

このメルマガ書いた時点では、佛隆寺って未体験ゾーンでしたが、
2012年の春に訪問しました。
(→https://plaza.rakuten.co.jp/karuho/diary/201204260002/)

とご紹介いたしましたが、堅恵の廟の写真がないじゃないかっ!
(どうも写真載せるの面倒と思ってしまう性格ゆえ、文章ばかりになってしまうんだが)

堅恵の廟の写真はこちらのサイトをご覧ください。(←丸投げかい)
(→http://www.geocities.jp/kawai5510/nara-uda-buturyuji.html)

佛隆寺の桜はこちらからどうぞ。
(→http://4travel.jp/travelogue/10662887)

★問45は、東大寺戒壇院の戒壇堂にならぶ四天王像のうち、
筆と巻物を持っているのは、広目天。
(公式テキストP266)

テキストにちゃんと書いてあります。

”持国天は刀、増長天は戟、広目天は巻子と筆、多聞天は塔と宝珠を持つが、
増長天の左手と多聞天の右手を除いて各像の手首先と持物は明治時代の後補である。”
P266

これぐらいでゆるしてくれますか?>復習
手抜きですんません(拝)

とりあえず実物の東大寺戒壇院の四天王像でも拝んでご確認ください。
(→https://東大寺-御朱印.jinja-tera-gosyuin-meguri.com/category/%E5%A5%88%E8%89%AF
-%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA%E3%83%BB%E6%88%92%E5%A3%87%E5%A0%82%EF%BC%88%E6%88%92%E5%A3%87
%E9%99%A2%EF%BC%89%E3%80%8C%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E7%8E%8B%E7%AB%8B%E5%83%8F%E3%80%8D%E3%80%90)

■編集後記■

さて、今年の9月はいきなり秋の気配を漂わせて始まり、
「暑さ寒さも彼岸まで」と唱えつつづけて残暑を耐え忍んできたきた私を、
ちょっとだけウキウキさせました。
秋、始まりますね。

8月30日には奈良へ避暑に行った割にはあまり涼しくもなく(ないでしょ、8末の奈良だもん)
本薬師寺周辺のホテイアオイを見て、それに続き、涼みに行った(?)
橿考研付属博物館は冷房の効きがいまいちで(をい)
結局一番快適なのは近鉄電車の中だったというオチ。

いやいや、奈良博もなかなかどうして涼しかったですよ、もちろん。
夏は博物館・美術館巡りに限る!ってなもんですから。

例の、奈良博プレミアムカードをゲットしたあたくし、
その恩恵に早速あずかるために源信展の後期分の見学に行ってきましたわ。

こりゃ、正倉院展の時とかにも絶大な力を発揮しそうです。
一度目はざくっと見て、二度目はじっくり見るとか、
前期後期かけ替えがあるものをどちらも見るとか。

てか、そういう風に使わないと値上がり分の元は取れないわけでして。
せいぜい奈良博に通うことにします。

あー、その前にトーハクの「運慶展」も始まるか~。
夏バテ引きずってる場合じゃなさそうです。

秋の奈良はじまるよ~(ワクワク)


★★ 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。★★


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