奈良検定お勉強日記

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メルマガ名
奈良検定お勉強日記
発行周期
ほぼ 週末刊
最終発行日
2017年10月09日
 
発行部数
318部
メルマガID
0001000511
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
行政・政治・地域情報 > 地域の情報 > 関西

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◆奈良検定お勉強日記◆          2017.10.09   Vol.491
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奈良検定関係のおベンキョウをした内容をメルマガにしてお届けします。

過去問を中心としたお勉強が中心ですが、問題に関する雑談なども取り混ぜて
お送りしたいと思っていますので、既に合格された方にも読み物として読んで
いただけるとうれしいです。

発行人は
2010年(第4回)に2級、
2011年(第5回)には1級、そして
2012年(第6回)にはソムリエに合格をしました♪

■□■ 本日の内容 ■□■

<< 奈良まほろばソムリエ検定 2017年 1級 問56~問60 >>

問56 「秋されば 春日の山の 黄葉見る 奈良の都の 荒るらく惜しも」
(『万葉集』巻 8-1604)が詠まれた時代背景はどれか。
ア.恭仁京遷都後の平城京の荒廃  イ.長屋王の変と政局の混乱
ウ.天然痘流行による社会の荒廃  エ.道鏡登場による政局の混乱

問57 「勝間田の 池は我知る 蓮無し 然言ふ君が 鬚無き如し」
(『万葉集』巻 16-3835)が詠まれたのはどこか。
ア.磐余 イ.阿騎野 ウ.西の京 エ.當麻

問58 元興寺に現れる妖怪退治と不審ヶ辻子町の町名由来譚などが収録されている書物はどれか。
ア.『日本霊異記』 イ.『御伽草子』 ウ.『徒然草』 エ.『雨月物語』

問59 ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが松永久秀の多聞城を紹介した書物はどれか。
ア.『扶桑略記』 イ.『大日本史』 ウ.『日本史』 エ.『日本紀行』

問60 松尾芭蕉の句「〇の香や 奈良には 古き仏達」の〇に入る花はどれか。
ア.藤 イ.椿 ウ.菊 エ.墨

==解答======================================================
 56-ア 57-ウ 58-ア 59-ウ 60-ウ
============================================================

■さあ、では、お勉強しましょう♪■

★問56は、「秋されば 春日の山の 黄葉見る 奈良の都の 荒るらく惜しも」
が詠まれた時代背景は、恭仁京遷都後の平城京の荒廃。
(公式テキストP318)

”恭仁京遷都後の奈良の都の荒廃を嘆いた歌には、
次のような歌がある。”
P319

詠み人は、大原今城(おほはらのいまき)。

”父は未詳。高安王・桜井王などの説がある。
母は大伴女郎(04/0519大伴女郎歌一首題脚「今城王之母也。今城王後賜大原真人氏也」)。
大伴女郎は不詳(旅人の妻大伴郎女と同一人とする説、
及び坂上郎女と同一人とする説は成り立ち得ない)。
大原真人賜姓以前の名は今城王。”
(http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/imaki.html)

”おそらく生まれは慶雲年間(705~708年)以前。死去は772(宝亀3)年以後。 ”
ってことなんで、
恭仁京遷都(天平12年/740年)の頃には、35歳くらい?

”741年(天平13年)の9月に左京右京が定められ、
11月には大養徳恭仁大宮という正式名称が決定され、
大極殿が平城京から移築され、大宮垣が築かれていき、宮殿が造られた。
条坊地割りが行われ、木津川に大きな橋が架けられた。
しかし、都としては完成しないまま743年(天平15年)の末にはこの京の造営は中止されて、
聖武天皇は近江紫香楽宮に移り、742年(天平14)秋には近江国で宮の建設が始まり、
さらに744年(天平16年)2月に、穂積老を留守官に任じて難波京に遷都、
さらに745年(天平17年)5月に都は平城京に戻された。”
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%AD%E4%BB%81%E4%BA%AC)

大原今城を嘆かせた奈良の都の荒廃ですが、
天平17年(745)には再び「奈良の都」が復活したので、
短かったですね>留守になっていたの。

★問57は、「勝間田の 池は我知る 蓮無し 然言ふ君が 鬚無き如し」
が詠まれたのは、西の京。

”『歌意』
勝間田の池には私の知る限り美しい蓮などありませんよ。
そういうことを言うあなたに髭が生えていないようにね。”
(→http://manyo.org/hatisu.htm)

どういうことなのかというと…。

”その昔、天武天皇の第七皇子新田部親王(にたべみこ)が都の近くの勝間田池に出かけて
美しい蓮の花を見て感激します。

帰宅して早速日頃から憎からず思っている側近の美しい女人に
「 今日、勝間田の池を見たのだが蓮が今を盛りに咲いていてね。
  いやぁ見事だったよ。とても言葉で言い尽くせないほどだった」

 と話しかけます。 そこで女人は即座に詠いました。

「 勝間田の 池は我れ知る 蓮(はちす)なし
        しか言ふ君が 髭なきごとし 」 
               巻16-3835  親王の側女

(勝間田の池のことは私が良く存じています。蓮などございません。
これはこのようにおっしゃるあなた様の髭がないのと同じで、
間違いないことでございます )

これは高度な言葉遊びで「蓮」は同音の「レン」すなわち「恋」「伶」に通じ、
親王が蓮に事寄せて「お前はなんと素晴らしい女なのだ」といったのに対して
彼女が「そんな口先の事を仰せになっても駄目ですよ。
私は知っているのですから」とすねてみせたのです。”
(→http://manyuraku.exblog.jp/10737066/)

ふーん。
ややこしいことで(いまいちピンときません)

それはさておき。
この勝間田の池というのは現存せず。

しかし、奈良市西の京にある通称大池が、それであろうとされています。

大池といえば、池ごしの薬師寺の塔の写真で有名な、あの池です。
(→http://www5e.biglobe.ne.jp/~narara/newpage%2016-3835.htm)

場所はここ。
(→http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK200803270014.html)

ちゅうことで、西の京でした。

★問58は、元興寺に現れる妖怪退治と不審ヶ辻子町の町名由来譚などが
収録されている書物は、『日本霊異記』

不審ヶ辻子町は”ふしんがづしちょう”
※ふしんが「つじ」ちょうって覚えていたわ(汗)

何が「不審」なのかといえば…。

”その昔、夜になると元興寺の鐘楼に鬼が現れ、人に危害を加えるので、
道場というお坊さんがこれを退治しようと争い、逃げる鬼の後を追ったが、
このあたりで見失ってしまったところから、不審ヶ辻子と呼ぶようになった。”
(→https://plaza.rakuten.co.jp/unfolding/diary/201111110000/)

場所はここらへん。
(→https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92630-8394+%E5%A5%88%E8%89%AF%E7
%9C%8C%E5%A5%88%E8%89%AF%E5%B8%82%E4%B8%8D%E5%AF%A9%E3%83%B6%E8%BE%BB%E5%AD%90%
E7%94%BA/@34.6792971,135.8306207,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x6001398c07deb9a1
:0xd65f84e5cf6ea7ad!8m2!3d34.6791185!4d135.8325034?hl=ja)

奈良ホテルの南のあたりがそうです。

写真の看板があるあたりを西へ行くと、和菓子屋さんの「とらや」と
「ヒサゴ屋食堂」の間に出てくる道に通じます。

”○この話は、古くは『霊異記』に記されている。以後、妖怪のことを「ガゴゼ」
あるいはこれに近い音で(がごじ、ぐわごぜ、がんごう、がんご)呼ぶ地域が日本各地に伝わっており、
その語源として元興寺ガゴゼ説が有力である。(柳田國男著『妖怪談義』参照)”
(→http://www.enyatotto.com/youkai/gagoze/gagoze.htm)

★問59は、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが
松永久秀の多聞城を紹介した書物は『日本史』。

『扶桑略記』と『日本紀行』は違うとして、
『大日本史』と『日本史』はさて、どっちかなあと思ったけど、
『大日本史』は徳川光圀だわねと。

”(前略)ここを訪れたルイス・フロイスの記録によれば・・・

見上げるほどの高さの数階の建物(天守)があり、漆黒の瓦に真っ白な壁と西洋風の窓格子を
設けた外国では見た事のないような立派な建造物だったと・・・。

白い壁は、石灰に砂を混ぜるのではなく、紙を混ぜていたようで、特に、
その白さが強調される造りだったようです。

その内部の壁には歴史物語が描かれ、光り輝く真鍮(しんちゅう)の柱には、
菊の花が彫刻され、見事な庭園を備えていたのだとか・・・

さらに、城下を歩けば、、「今できたばかりなのではないか?」と思わせるほどの、
清潔で白く輝く道が続き、まるで天国のようだったと・・・。”
(→http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2009/12/post-1a1a.html)

★問60は、松尾芭蕉の句「〇の香や 奈良には 古き仏達」の〇に入る花は、菊。

菊の香や 奈良には 古き仏達

”清浄な菊の香りの漂うこの奈良には、遠い昔から多くの仏達が慈顔
うるわしく鎮座しておられることだ。”
(→http://www.ict.ne.jp/~sasa-mi/narakuhi22.htm)

この句碑があるのが、称念寺。
(→https://narashikanko.or.jp/spot/temple/shonenji/)

称念寺っていうと今井町の称念寺が浮かぶけど。
(→http://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_imai/kankou/spot/shounenji.html)

この句碑があるのは奈良市内の称念寺。
(→http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1389226439931/index.html)

句碑の姿はこちらで。
(→http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/letter/sanpu3.htm)

■編集後記■

体育の日の三連休いかがおすごしでしたか?
私は月末の奈良行きのため、いろいろと忙しいです(謎)
交通費やら、宿代やら、飲み代(?)のために、貧乏暇なし連休無しで働いておりました。

ってことで、待ってろよ~奈良ぁ~★
(短いですが、これにてオシマイ)


★★ 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。★★


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