「社会起業」を切り口に、社会や未来を考える「社会起業電脳研究室・メールマガジン」

  • ¥0

    無料

ビジネスの手法を通して社会の問題を解決する「社会起業家」。この社会起業家を切り口に、社会や未来を考える「社会起業電脳研究室」のメルマガです(団体名をP-SONICから「社会起業電脳研究室」に変更しました)

著者サイト
 

メールマガジンを登録(無料)

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。
※ 各サービスで登録しているメールアドレス宛に届きます。

メールマガジンを解除

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 
メルマガ名
「社会起業」を切り口に、社会や未来を考える「社会起業電脳研究室・メールマガジン」
発行周期
ほぼ 月刊
最終発行日
2017年07月27日
 
発行部数
52部
メルマガID
0001031707
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
行政・政治・地域情報 > 団体 > 団体全般

まぐまぐ!メールマガジンの用語集です。
下記の用語以外の不明な点はこちらをご覧ください。

 
発行周期
週1回、月1回などの発行頻度です。
部数
メルマガの配信数を記しています。
カテゴリ
まぐまぐ!に登録されているカテゴリです。
形式
メルマガには以下の配信形式があります。下部「メルマガ形式」をご参照下さい。
 
最終発行日
最後にメルマガが配信された日付です。
メルマガID
メルマガを特定するIDです。
RSSフィード
RSSを登録すると、更新情報を受け取ることができます。

― メルマガ形式 ―

  • PC向け
    パソコンでの閲覧に最適化したメルマガ
  • 携帯向け
    スマートフォンやフィーチャーフォンでの
  • PC・携帯向け
    PC・携帯どちらでも快適にご購読いただけます。
  • テキスト形式
    文書だけで構成された、一般的なメールです。
  • HTML形式
    ホームページのように文字や画像が装飾されたメールです。
  • テキスト・HTML形式
    号によって形式が変更する場合があります。

閉じる

メールマガジン最新号

==================================================================

  「社会起業」を切り口に、社会や未来を考える
   社会起業電脳研究室・メールマガジン   No.237
 (旧「P-SONICの社会起業メールマガジン」)

                        2017年7月27日号

==================================================================
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 メルマガ発行人 社会起業電脳研究室室長・森 琢磨のプロフィール
 →http://www.psonic.org/aboutpsonic/leaderprofile/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
───────────────────────────────────
<PR>

○ドウシシャ 電動ふわふわとろ雪かき氷器 2017年モデル DTY-17BK

 シロップや練乳、牛乳を凍らせて作る台湾風かき氷が作れる
 糖分が入った軟らかい氷をしっかり押さえて削れる特殊構造。
 薄く削って食感をよりなめらかに。氷の粗さ調節機能付き。

 台湾風かき氷専用レシピ付き。
 お店で食べるような極上スイーツがご自宅で出来ます。
 
 http://amzn.to/2tFWIp8


───────────────────────────────────

社会起業電脳研究室・室長の森です。
 
 ごぶさたです。
 約3か月ぶりのメルマガ更新ですね。

 暑い日々が続きますが、
 皆様いかがお過ごしでしょうか?

 
 「暑い時こそ、辛いものを食べたい!」

 という欲求があるのかは知りませんが、

 今年も、セブンイレブンで
 「蒙古タンメン中本 北極ラーメン 激辛味噌」が売られていました。

 個人的には、耐えられない辛さ。
 あまり万人におススメできるものではないです。
 
 しかし、うちのカミさんは、
 北極ラーメンに唐辛子を入れて食べてます。

 いったい、どうなっているのだろう?



さて、今回のメルマガは、
 以下のラインナップでお送りします。

(一)冷脳暖心:『構造構成主義とは何か』から考える信念対立の克服 -1-
(二)すきより:『チームの力』から考える組織運営 -5-
(三)社会起業とは:ソーシャルイノベーション考 ~『社会イノベータへの招待』編~ -2-


:::::::::::::::::::::::::::::::::::

【冷脳暖心】『構造構成主義とは何か』から考える信念対立の克服 -1-

  
 しばらく、このコーナーでは、

 「クールヘッド・ウォームハート」について、
 いろんな観点から、掘り下げてみたいと思っています。

 
 過去のまとめはこちら。

"「クールヘッド&ウォームハート」シリーズ名作選"
http://ameblo.jp/p-sonic001/entry-12161551360.html


 これまで、ハイトの『社会はなぜ右と左にわかれるのか』をベースに、
 
 「クールヘッドはウォームハートの奴隷である」という観点から、
 いわば感情、道徳レベルの対立について、
 ふれてきました。

 今回からは、よりクールヘッドよりの、
 理性的判断からくる意見、信念対立について、

 『チームの力』の思想的バックボーンとなっている、
 西條剛央氏の『構造構成主義とは何か』をベースに考えます。
 http://amzn.to/2eZaeiU


○研究者レベルでも、建設的な議論は難しい


 「クールヘッドはウォームハートの奴隷である」から、

 普通の人同士で意見が対立すれば、
 クールヘッドベースドな、建設的な議論は非常に難しい。

 ただ、普通の人よりは、
 はるかにクールヘッドベースドでものを考える必要があるはずの、
 研究者や専門家レベルでさえも、
 往々にして、建設的な議論にはなかなかならないのだそうです。

「学者、研究者といわれるさまざまな人々と議論をし、
 また議論の仕方をみてきたが、

 (中略)

 たいていは建設的議論にはなることなく、
 信念対立が繰り返され、

 結果として領域間や理論対実践、実験対現場、基礎対応用といった
 さまざまな対立図式に陥ってしまうことだ(『構造構成主義とは何か』冒頭)」


 まぁ、理論は感情の後付けという考え方からすれば、
 それも当然といえば当然かもしれない。

 少なくとも、

「さまざまな領域の専門家を集めれば、個別研究と異なる、
 新たな発見があるのではないか?」

 という淡い期待は、
 
 「総合ルールの不在により、泡となって空のかなたへと消えていく
 (『構造構成主義とは何か』冒頭)」

 のが現状といえる。


 ただ、それでも、
 やっぱりもう少し建設的な議論はできないものか?

 西條氏は、そのために必要なのが、構造構成主義だといいます。

「構造構成主義は、人間科学(社会)の不毛な信念対立を解消し、
 建設的な協力体制を生み出すための『原理』(考え方の筋道)なのである」
 (『構造構成主義とは何か』冒頭)


○人間科学(社会)の不毛な信念対立はなぜ起こるのか?


 人間科学(社会)の不毛な信念対立を解消するためには、
 そもそも信念対立がなぜ起こるのかを理解しないといけない。

 『構造構成主義とは何か』では、
 この点を基礎研究と応用(臨床、現場)研究の観点から考えています。

 基礎研究は物理学とか数学といった、いわゆる厳密な科学に相当します。
 応用研究はフィールドワークや臨床研究といった、
 現場主義的な科学になります。

 要は、

(1)基礎研究的な立場に立つと、
   応用研究は客観性に欠け、いいかげんに見える

(2)応用研究的な立場に立つと、
   基礎研究は役立たない

(3)それぞれの立場で前提としているルールがそもそも違う
 

 (3)については西條氏は、

 「多様な学問領域を集めてコラボレートさせようという試みは、
  ラグビーとサッカーの選手を同じフィールドに放り込んで
  ゲームをさせるのと同じ」(P9)

 なのだと指摘します。
 
 ラグビー選手がボールを手でつかんで走ろうとすれば、
 サッカー選手は、それは反則だ! と怒りますよね?


 この構図、何も研究うんぬんに限定しなくても、
 いろいろな場面でよく見られる構図だといえます。

 会社で言えば、経理部門と営業部門でも、
 似たような構図が見られますよね?

 経理側からすれば、厳密に会計チェックをしているのに、
 営業サイドは、厳しく言わないと、なあなあになりがち。

 営業側からすれば、そんな細かい会計チェックは、
 営業成績にはなんら役立たない。
 むしろ、営業を束縛しているように感じることも多々ある。

 そもそも、経理側は「ミスしないのが当たり前」の減点主義で評価され、
 営業側は「売り上げてナンボ」の加点主義で評価される。
 前提としているルールがぜんぜん違う。

 ボランティアやNPOの分野でも、
 現場に立てば立つほど、「俯瞰を絶つ直視」パラドックスに陥るため、
 客観的、あるいは俯瞰的にものを見ようとする立場と、
 現場との間で深刻な軋轢が生じやすい。

 
 先取りした話をすると、
 これは「関心相違性」から来る対立になります。

 ハイトの議論では、そもそも感情レベルで、
 道徳基盤という「関心相違性」があるわけですが、
 
 それに加えて、たとえ感情レベルの問題を制御できたとしても、
 自分の視点による「関心相違性」の問題に直面することになります。
 


(後編へ続く)


───────────────────────────────────
<PR>

○アイリスオーヤマ サーキュレーター 静音 固定

 新型ファンでコンパクト設計を実現。
 直線的なパワフル送風で室内の空気を循環させ、

 夏は冷房、冬は暖房効率を上げ一年中使えます。

 http://amzn.to/2v20JIb 

───────────────────────────────────

(ここから)


○信念対立克服の方法論がわからないでは、
 リーダーもどうしようもできない


 人間科学(社会)の不毛な信念対立に対して、
 克服、ないしはそこまでいかなくても、
 もう少し双方生産的に歩み寄れないものか?


 ふつう、この問題に対して容易に思いつく解決策は、

 「リーダーがなんとかする」

 リーダーが信念対立している面々に対して、
 「もっと建設的な話をしようよ」とか呼びかけたり、
 あるいは強権をもって無理矢理対話のテーブルに持ち込んだり……

 一見、わかりやすい解決策ですが、
 実は解決策になっていない。

 というのも、リーダー自身が、
 どうやって信念対立を克服できるかの方法論がわかっていないと、
 物事は何ら改善されない。

 「リーダーが主導して、○○によって信念対立の克服を目指す」

 ことは重要ですが、
 結局”○○”の部分が不明瞭では、どうしようもない。

 西條氏はこれを、「勝て」と指示はするが、
 そのための方法論を教えないコーチのようなものだと指摘します。


○実証データの積み重ねでは信念対立は克服できない


 結局、信念対立克服のための方法論に立ち返るのですが、
 いくら理性は感情の奴隷だからって、
 研究者レベルであれば、データ(ファクト)による、
 実証ベースで信念対立の克服は可能なのではないか?

 この「実証データによる信念対立克服」は、
 非常にわかりやすいアプローチではありますが、
 西條氏はこれでも、信念対立を克服することは難しいのだといいます。

 これは、クーンのパラダイム論で考えるとわかりやすい。
 実証データ以前に、暗黙のうちに仮説が前提とされており、
 (西條氏はこれを「根本仮説」と表現します)
 実証データで根本仮説をくつがえすことはできない。

 天動説と地動説を例にすれば、
 天動説という根本仮説が前提にされていれば、
 実証データはそれに沿った形で集められるし、
 根本仮説に合わないデータは、「要検証」とかで後回しにされる。

 この根本仮説は一神教的な「神」のようなもので、
 「神」のもとでどんなに実績(実証データ)を積んだとしても、
 その実績をもって、他の「神」を否定する根拠にはなりえない。

 もちろん、実証データなんて無意味だ、というわけではないのですが、
 こと信念対立克服となると、実証データの役割は限定的、
 ということになります。


○構造構成主義のベースは現象学


 じゃあどうするのか?
 
 西條氏はそのための方法論を、
 哲学、とりわけ現象学に見いだそうとします。

 そう、かの構造構成主義は、
 現象学がベースになっているのです。


 次回からは、「信念対立克服の現象学」とでもいうべき、
 構造構成主義のエッセンスについてふれていきます。
 
 哲学全般、わりととっつきにくいと思いますが、
 現象学は、哲学の中でもかなり面倒な(わかりにくい)分野なので、
 次回以降、どうなるか不安です……



:::::::::::::::::::::::::::::::::::


─────────────────────────────────
<PR>

○1日1行! 2年で350万貯めた あきのズボラ家計簿

 今後、給料がどんどん減少額していくなかで、
 家計管理は重要ですね。

 http://amzn.to/2v25nWG


─────────────────────────────────


/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


【すきより】『チームの力』から考える組織運営 -5-


 社会起業電脳研究室の前身であるP-SONIC時代から、
 折に触れて行ってきた、

 「スキルアップ寄り合い」略して「すきより」。


 「すきより」新シリーズとして、
 
 「『チームの力』から考える組織運営」というトピックで、
 NPOなどの組織運営について考えていきたいと思います。

 
 これまでの「すきより」シリーズと同様、
 博士と助手ちゃんによる、対話形式で行います。


※以下のホームページでも閲覧できます。
 本格的に対話形式になっていますので、
 ぜひごらんになってください。
(IEのバージョンが古いと、うまく表示されません)

 http://www.psonic.org/category/sukiyori/
 


○人材の「適材適所」は関心と能力のバランスが大切



【博士(以下「博」)】みなさん、こんにちは。



【助手(以下「助」)】こんにちわ~!



【博】今回からは、いよいよ最後の原理となる、

   「人間の原理」をとりあげたい。



【助】「人間の原理」では、

   どのようなことが述べられているんですか?



【博】ポイントなるのは、以下の2つ。


<「人間の原理」の内訳>

  (3)-1:「関心」ベースの適材適所とモチベーション
  (3)-2:信念対立はなぜ起こるのか
 


【博】まず、適材適所についていえば、

   どちらかといえば、「能力」が前提となっていることが多い。

   Aさんはコミュ力が強く、アクティブだから営業向け、

   Bさんは几帳面で数字に強いから経理、とか。



【助】将棋の駒のようなイメージが近そうですね。



【博】そう考えれば、適材適所というと、

   いかに個々人の能力に応じて、

   駒を配置していくか。

   駒を有効に配置し、使うことが、

   それすなわち適材適所。



【助】つかう?



【博】まぁ、助手君がカチンとくるのも無理はない。

   人間は駒ではないんだしね。

   ただ、じゃあ「人間らしく」ということを考えると、

   何が必要なのか?

   もちろん、奴隷のように扱うなんてのは論外として。



【助】ま、実際の労働環境では、

   その「論外」も、本当に論外なのかは、

   ものすごく怪しいですがね。



【博】西條氏は、この「人間らしく」のベースを、


  「すべての人は関心を充たして生きたいと欲してしまう」

   
   ……と定義しています。



【助】まぁ、人それぞれ、関心は違いますしねぇ。

   そういや、「価値の原理」の定義は、

  ”すべての価値は、目的や関心、欲望といったものに応じて、
  (相関して)立ち現れる”

   
   ……でしたっけねぇ。



【博】適材適所についても、能力だけを考えていると、

   関心を見落としてしまい、

   その人のやる気を結果的に削ぎかねない。

   器用な人とかは、関心が薄いことにも、

   そつなく実績を出せるからね。

   かといって、関心のみ高くても、能力が全然だめだと、

   お話にならない。   



【助】関心と能力のバランスが大切というわけですね。

   ま、実際のところ、とくに日本なんかでは、

   能力、まして関心以前に、

   とにかく会社にとっての適所が優先されますけどね。



【博】現実の制約を踏まえて、西條氏は、

  「できるだけその人の関心と能力に

   みあった仕事や役職を与えること」

   …が適材適所の本質なのだといいます。



【助】ふんばろうプロジェクトは、

   ボランティア個々人の関心と能力をベースに、

   プロジェクトを多数立ち上げていたんでしたよね?




【博】実際のところ、ボランティアだろうと営利企業だろうと、

   顧客や支援者、さらには組織内のニーズが先立つから、

   ふんばろうプロジェクトのようには

   なかなかいかないだろうけど。
   


<まとめ>

・「人間の原理」の内訳

  (3)-1:「関心」ベースの適材適所とモチベーション
  (3)-2:信念対立はなぜ起こるのか

・適材適所の本質は

 「できるだけその人の関心と能力に
  みあった仕事や役職を与えること」



(中編へ続く)


───────────────────────────────────
<PR>

○駒付き本格将棋盤フルセット

 適材適所を考えるうえでも将棋をどうぞ(?)

 http://amzn.to/2v1ZgS0

 

───────────────────────────────────

(ここから)



○信念対立はなぜ起こるのか



【博】「人間の原理」の中で、個人的に最も重要だと思うのは、

   「信念対立はなぜ起こるのか」だと思ってます。

   というより、構造構成主義のエッセンスはここだといっていい。



【助】ぶっちゃけ、構造構成主義のエッセンスは

   現象学ですけどね。

   信念対立というのは、一種の宗教対立のようなもので、

   異なる正しさ同士がぶつかりあうわけだから、

   「正しさ」を強要する宗教ベースじゃなくて、

   「疑うこと」を前提とする哲学、とりわけ現象学ベースでいこう。

   そんなお話ですよね?



【博】そうなのだけどね。

   ま、そういった小難しいお話はここではおいといて、

   信念対立に関してポイントとなるのは、以下の通り。


<「信念対立の回避と解消」の内訳>

 (3)-2-1:ボランティアは宗教になりやすい
 (3)-2-2:契機→関心→価値(信念)
 (3)-2-3:価値→関心→契機をさかのぼることが信念対立の克服の第一歩
 (3)-2-4:相手の「物語」に対する想像力を働かせる
 (3)-2-5:異なる信念を持つ相手の「存在」を認められるのか



○ボランティアは宗教になりやすい



【博】まずは、「ボランティアは宗教になりやすい」について。



【助】ボランティアも、「自分たちが正しい」と考えがちだから、

   組織間でも組織内でも信念対立、一種の宗教対立が勃発しやすい。

   この点は、過去に「社会起業とは」コーナーで取り上げられてましたよね。

   "非営利団体が分裂する理由=宗教が分裂する理由"
   http://www.psonic.org/archive_whatcbsb/no73/



【博】で、自分の正しさを強要しがちなのも、

   ボランティアと宗教は似てる。

   「定期的に現場に行かないボランティアなんて意味ない」なんて、

   現場原理主義というべき態度は、なんか宗教っぽいけど、

   それだと活動が広がらない。

   

【助】そういうのありますよね。

   で、結局、組織内では盛り上がってるのかもしれないけど、

   そもそもの目的からしたら、かなりの損失になってる。



【博】ボランティア団体やNPOなんかでは、何かと

   「みんなちがって、みんないい」を金科玉条にしてるわりに、

   信念対立を回避できないってのは、なんか皮肉だね。



【助】実際のところ、

   「自分たちの持ってる信念とか道徳感情に抵触しない限りは」

   みんなちがってていいじゃないか、そんなとこでしょ?

   現実の信念対立の前には、そんなきれいごとは無力ですわな。



○価値→関心→契機をさかのぼることが
 信念対立回避、克服のための第一歩



【博】……ま、まぁ、そうかもしれないけどね……

   ま、だからこそ、

   「なぜ信念対立がいつの間に発生しているのか」が重要になる。

   西條氏は、信念(価値)が発生するプロセスを、


   「契機→関心→価値(信念)」


   このように説明しています。



【助】関心は価値(信念)に先立つ。

   そして契機は感心に先立つ。



【博】なんか、「実存は本質に先立つ」みたいなノリやね。



【助】要は、関心を持つにいたった契機を明確化しないと、

   お話が始まらない、というわけですな。



【博】「価値の原理」でもあったように、

   まずは皆が同じ目的を共有しないと始まらないのだけど、

   同じ目的を共有してても、

   いつの間にか信念対立が起こる理由の一つがここにある。

   活動の内容ごとに経験が異なるから、

   契機も当然変わってくる。



【助】ボランティアの場合、

   支援者(寄付者)と接する人と、

   受益者(実際に困っている人)と接する人とでは、

   当然契機が違うから、関心も違ってくる。

   いつの間にか、相互に信念対立が生まれる。



【博】また、ふんばろうプロジェクトでは、

   「物資を公平に渡せないくらいなら渡さないほうがいい」

   という、一見お役所的な意見もあったそうだけども、

   それは、その人が物資を渡しているうちに、

   いざこざがあったり、クレームを受けた体験をしていたから(契機)



【助】前例主義は「方法の原理」だけでなく、

   だいたいこういう組織の人は(特にお役所)、

   こうした契機に触れる経験が多いからそうなりがち、

   という側面は強いですよね。



【博】だから、信念対立しそうな状況になったら、

   互いの価値→関心→契機をさかのぼっていくことが、

   信念対立の回避、解消の第一歩となる。



○価値→関心→契機をさかのぼるプロセスには
 多数の罠が待ち受けている



【助】う~ん、言うのは簡単ですけど、

   実際のところ、確率論的に相当厳しいと思いますけどねぇ。



【博】また、「状況の4分の3は霧の中」みたいな話になるわけね。



【助】そうですね。実際のところ、

   以下の問題が発生して、その人の関心や契機をさかのぼれる確率は、

   格段に低下するでしょうね。


 ・聞き手となる第三者と話し手の「価値→関心→契機」が、
  そもそも違っている罠
 (大体「面倒事はごめんだ」が価値になってる聞き手と、
  「自分の信念に従って現状を変えたい」が価値になっている話し手、
  という構造になりがち)

 ・聞き手の傾聴スキルがそもそも低いという罠
 (聞き手がちらちら時計や携帯を見てたら、話しても話しにくい、など)

 ・話し手がそもそも自分の関心を自覚していないという罠
 (聞き手に一定以上の傾聴、質問スキルがないと、この場合何も引き出せない)

 ・話し手が関心のもとになった契機を自覚していない罠
 (やっぱり、聞き手に相当のスキルが問われる)

 ・聞き手に、「自分と違う価値、関心、契機」を
  受け入れる心の度量やゆとりがないという罠
 (聞き手が、現場第一主義のオラオラタイプだったりして、
  話し手を低く見ているとか)

 ・そもそも、双方どちらかじっくり時間を確保できない罠
 (これもけっこうありがち)



【博】……うん、確かにそうかもね。

   それでも、信念対立の回避、あるいは克服のためには、

   取り組まなければならない狭き門だとは思うけれど。



【助】それは、もちろん否定はしないですけどね。
   
   「人は、だれしもが関心を満たしたい」が原理であるならば、

   誰かが「関心を受け止めてくれる人」に

   ならないといけないのでしょうしね。



<まとめ>

・<「信念対立の回避と解消」の内訳>

 (3)-2-1:ボランティアは宗教になりやすい
 (3)-2-2:契機→関心→価値(信念)
 (3)-2-3:価値→関心→契機をさかのぼることが信念対立の克服の第一歩
 (3)-2-4:相手の「物語」に対する想像力を働かせる
 (3)-2-5:異なる信念を持つ相手の「存在」を認められるのか

・価値→関心→契機をさかのぼるうえで、多くのの罠が待ち受けており、
 実際に契機までさかのぼれる確率は非常に低い



(後編へ続く)


───────────────────────────────────
<PR>

○コーチング・バイブル―本質的な変化を呼び起こすコミュニケーション

 結局、信念対立の克服ツールの一つはコーチングでしょうかね。
 
 http://amzn.to/2v23JnZ

───────────────────────────────────

(ここから)



○各人の信念の根本にあるのは、
 各人の「人生の物語」



【博】西條氏は、「価値→関心→契機」もひっくるめて、

   その人ごとに<物語>を持っているから、

   相手の<物語>に思いを馳せることが、

   自分の信念を相対化するうえで役に立つといいます。

   たとえば、震災遺構を保存するかどうかでも、

   賛成派と反対派、あるいはそれぞれの派のメンバーごとに、

   異なる<物語>がある。


      
【助】<物語>ですかぁ。

   そういや、ジョナサン・ハイトも、

   各人の道徳感情を形作る要因として、

   遺伝、環境のうえの最後の要因として、

   「人生の物語」を挙げてましたね。


  "もっとも重要な物語は、自分の人生に関するものだ。"
  (『社会はなぜ左と右にわかれるのか』P433)

  "これらの物語は、必ずしも真実の(原文傍点)物語である必要はなく、
   これまでの自分の経験が単純化され、取捨選択されたもの、
   あるいは理想化された未来に結びつけられたものでもあり得る。"
  (『社会はなぜ左と右にわかれるのか』P433)



【博】ハイトの場合、「人生の物語」の話は、

   結局リベラルと保守主義者の人生の物語の違いになる。

   あまりにもかけ離れた物語ゆえに、

   ハイトも相互理解は難しいと言っていますね。



【助】まぁ、突き詰めてしまえば、

   「私の人生の物語は、私だけの物語だ」

   といえますからねぇ。

   他の人の物語に思いを馳せたところで、

   何が変わるのか、という問題はありますね。



【博】それを言っちゃぁ……

   それはともかく、ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』も、

   見方を変えれば、<左と右>の「価値→関心→契機」を、

   さかのぼろうとする試みだったとはいえる。



【助】確かに。

   6つの道徳感情のくだりは、

   「関心」の違いといってもいいわけで。




○信念対立した者同士「認め合う」ことは難しくても
 「どうでもよくなる」「棚上げする」道はあるのかも



【博】信念対立についての西條氏のまとめは、

   無理に信念対立を克服しようとしなくても、

   相互を「認め合う」ことは、

   なんとかできるんじゃないのだろうか、というところでしょう。

   どんなにその人の信念は受けられられなくても、

   その人が己が信念で一生懸命生きているという「存在」を、

   認め合うことは、できるのではないか。



【助】ムリでしょ。



【博】……身もふたもなさすぎるよ、君……



【助】信念対立してても存在を認め合えるのであれば、

   世の中、ジェノサイドなんて起きないでしょ?

  
  "アリストテレスが書いたように、

 「怒れる者は、怒りの対象が苦しむことを願うが、
  憎悪を抱くものは、憎悪の対象が存在しなくなることを願う」のだ"
 (『暴力の人類史・上』P566)



【博】ジェノサイドは、ちょっと極端すぎやしないかい?



【助】いやいや、ネット上の掲示板とかSNSとかを見てれば、

   上記の引用も、うなずかざるを得ないのでは?

   確かに、ジェノサイドは極端すぎるケースでしょう。

   ジェノサイドレベルであれば、法とかによる抑止とか、

   分割統治とかに落ち着くのでしょうけどね。



【博】じゃあ、信念対立した者同士が、

   相互に「認め合う」ことはできない?




【助】信念対立している限りは、

   それだけで「認め合う」ことはできないでしょう。

   ただ、信念対立について「どうでもよくなる」「棚上げする」ことは、

   あながち不可能ではないと思うんです。



【博】というと?



【助】信念対立が重度でなければ、

   それ以上の利害関係があれば、まぁ棚上げできるでしょう。

   カープファンと巨人ファン同士が認め合えるとは考えにくいですが、

   職場等の利害関係があれば、それは棚上げできるでしょ。



【博】確かに。



【助】あと、これはどちらかというと信念対立というより、
 
   論争についてですが、

   論争に決着がつくのって、論争自体が「どうでもよくなる」ことで、

   決着がつくケースもありますよね。

   別に、事実をいくら並べ立てようが、論争に決着がつくことはほぼない。



【博】ただ、重度の信念対立の場合、

   絶対にどうでもよくならないけどね。

   どんなに時間が経っても。

   日本人は、「時間と共に水に流す」ことがうまいけど、

   世界標準からすれば、それは例外中の例外といえる。



【助】世界標準からすれば日本は平和で、

   「被害者」になったケースが国レベルでは少ないからでしょ。

   話を戻せば、軽度の信念対立であれば、

   「時間と共にどうでもよくなる」ことは少なくないのでは?



【博】テキトーやねぇ。



【助】信念対立の回避とか克服には、

   ある種のテキトーさがベターなんですよ。

  「関心を相対化」するといったほうが、恰好がつきますかね。



○最後に



【博】これまで見てきたように、

   『チームの力』でいわれていることは、

   原則論であって、実行には非常に困難が伴う。

   うまくいく確率の方が少ない。

   それでも、「原則から外れると失敗する」類のものである以上、

   チームで何としても成し遂げたい目的があるのならば、

   無視できないものであることは、間違いない。



【助】こうした「原則系の成功哲学」ともいえそうなものは、

   最近、特に嫌われているというか、鼻つまみにされてますよね。

   ノウハウ系の成功哲学も、鼻つまみされてますが。



【博】E.O.ウィルソンとか、ピンカーとかを引用しながら、

   何かと冷や水を浴びせまくってきたお前が言うなや。

   ま、そういうのが、世間では好かれるんだけどね。



【助】やってると楽しいというか、なんか高揚感が出てくる。

   さて、それが社会全体にとってプラスなのかマイナスなのか、

   どうなんでしょうね?



【博】わかんないけれど、

   少なくとも、少なくない人の関心が、

   「チョーシにのってる奴」に対する怒りや憎悪であるならば、

   それを止めることはできないだろう。

   そうなった契機について、理解しようとすることが、

   今後一層必要かもしれない。



【助】結構、それは貧困問題とかと関わるのかもしれないですね。

   そうなると、ますます貧困問題に対して取り組む、

   NPOなどの組織が必要なのでしょう。

   そうした組織が活躍するうえで、

   『チームの力』が役立てばいいですね♪



【博】最後は、無理やり前向きにまとめたね……



<まとめ>

・相手の<物語>に思いを馳せる
・信念対立の回避とか克服にはある種のテキトーさが必要なのかも


/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


───────────────────────────────────
<PR>

○物語シリーズ セカンドシーズンBlu-ray Disc BOX(完全生産限定版)

 いろんな物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
 (このシリーズ、結構人気みたいですね)

 http://amzn.to/2v2lyTK


───────────────────────────────────


─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

【社会起業とは】ソーシャルイノベーション考 ~『社会イノベータへの招待』編~ -2-


 社会起業の「革新性」について、
 『社会イノベータへの招待』から考えるシリーズ。

 今回は、前回に続いて、プラットフォームについてふれます。

 前回、プラットフォームに求められる機能について、
 以下の3つのうち、(1)についてふれました。

(1)共通インターフェースの提供
(2)価値醸成(「信用醸成」のほうがニュアンスとしては近い)
(3)インセンティブ付与

 今回は、その続きになります。


○「信頼」がプラットフォームの大前提


 『社会イノベータへの招待』によると、

 プラットフォームに求められる機能のカギとなるのは、
 「信頼」なのだそうです。

「プラットフォームを使うことで信頼が醸成されるような
 設計を行うことが重要であるという意味で、
 信頼はプラットフォームの設計にとって大きな考慮事項となる(P65)」

 確かに、プラットフォームを、

「多様な主体の間で協働を成立させる技術や組織的基盤」と定義するならば、
 その前提として、何らかの信頼がないと機能しないことは間違いない。

 「信頼」としてのプラットフォームを考える上で、
 非常にわかりやすいのは、お金。

 「1万円」と書かれたただの紙切れに価値があるのは、
 その前提として、政府に対する信頼があるのは間違いない。
 そして、このお金をプラットフォームにして、
 さまざまな協働が成立する。

 自国の通貨に対して信頼が希薄になっていると、
 他国の通貨や金銀、貴重品、
 最近だと仮想通貨がプラットフォームの土台となっていきますよね。


 また、「信頼」としてのプラットフォームには、
 複数の人や団体をつなぐ上でのハブの役割もある。

「社会イノベーションの多様なプレーヤー間での信頼を醸成するうえでも、
 信頼できる第三者の存在は重要な要素になるだろう。

 プラットフォームに参加することで、
 プラットフォームを信用の仲介者として、
 他のさまざまな主体とつながっていくことができる(P65)」


○ネットワークビジネスにどこまで持続可能性があるか?


 プラットフォームの持続性を考える上で重要なのは、
 個々の参加者に、どのようなインセンティブを付与できるか、という点。

 この点に関して、『社会イノベータへの招待』では、
 次のように記載されています。

「多くの個が参加することによって『ネットワークとしての利得』を生みだして、
 それが着実に個の利益に還元させる、
 『個の利益』と『全体の利益』の調和メカニズムを作って、

 『持続可能な』協働の輪としていくことである。」(P66)

 
 カギとなるのは、「ネットワークとしての利得」。
 これをどのようにシステム化していくか。

 難しい問題ですが、
 私レベルのアタマで考える限りでは、
 以下の2つが思い浮かびます。

・ネットワークビジネス
・規模の経済

 
 まぁ、ネットワークビジネスについては、
 ご存じの方も多いでしょう。
 誘われた方も多いでしょうしね。

 確かに、一見ネットワークビジネスは、
 「個の利益」と「全体の利益」の調和メカニズムが
 できているようにみえる。

 ただ、ネットワークビジネスと聞いて、
 いいイメージを持たない人がほとんどいないように、
 「持続可能な」協働の輪にできるかが非常に難しい。

 ぶっちゃけネットワークビジネスは、
 各人の家庭や友人という「強いつながり」を
 食い散らかして広がっていくビジネス。
 
 だから、収入という「個の利益」レベルで考えていくと、
 ネットワークビジネスはどこかで先細りしがち。

 ただ、利益レベルのインセンティブではなく、
 (シュヴィーダーなら「市場値付け」的人間関係)
 
 そのビジネスが扱う商品、あるいはその企業や団体そのものが、
 もっと別の道徳基盤(<ケア><神聖>基盤)に訴求できるものがあれば、
 爆発的にネットワークが拡大する可能性はある。

 よく言われるように、「儲ける」の「儲」は、
 漢字を分解すると「信者」になる。

 つまり、信者を作ることができれば、
 そのネットワークビジネスは、
 宗教と同じような感覚で広がっていく可能性がある。

 やっぱり、ネットワークビジネスでも、
 成功しているところは、
 <ケア><神聖>基盤に訴求しています。
 
 「子どもの健康にいい」とか言われたら、
 お母さんとしては、やはり心動かされますよね。



○社会イノベーションで「規模の経済」を考えることは可能か?



 あとは、「規模の経済」という考え方による、
 ネットワークの利得。

 たとえば、『社会イノベータへの招待』では、
 以下の例が紹介されています。

「『合同会社きょうと情報カードシステム』(KICS-LLC)が、
 加盟店舗はクレジットカード手数料1%削減という
 単純明快な還元スキームを作ることによって
 1,300店舗が参加するネットワークを構築し、
 店舗間の交流を活性化させていることなどは参考になる(P66)」

 この場合は、加盟すればするほど、
 合同会社KICS側にもメリットが増えるという、
 わかりやすい規模の経済的なネットワークの利得といえます。

 
 ただ、プラットフォームにおいて、
 規模の経済を考えていくと、

 「誰がプラットフォームを制するのか?」

 という、プラットフォーム競争ともいうべき問題が出てくる。

 企業の場合、プラットフォーム競争は死活問題ともいえ、
 プラットフォーム競争を制する者が世界を制すといっても過言ではない。

 かつては、VHSとベータマックスで、
 熾烈なプラットフォーム競争がなされ(これはもう古いかな?)、

 コンピュータだとWindowsがプラットフォーム競争を制し、
 携帯電話だと、2017年現時点では、
 ほぼiPhoneとAndloidでプラットフォーム競争がなされている状況。


 ビジネスの世界では、とりわけ日本では、
 プラットフォームを企業同士の協働でなんとかしようとしがちだけれど、
 実際のところ、企業同士の協働によってなされたプラットフォームよりも、
 空気を読まない企業が力技でプラットフォーム化したケースが多い。

「プラットフォームは通約不可能なので、
 その闘いの勝敗を決めるのは論理ではなく力関係であり、
 必要なのは協調ではなく競争である。」
(『イノベーションとは何か』P72)


 ただ、これまで記載したプラットフォーム競争は、
 おもに技術面のお話であり、

 社会イノベーションの場合、
 上記のようなケースを考える必要はないのかもしれない。

 むしろ、現状は逆に、
 みんながみんな独自仕様で社会課題に取り組みがち。

 世界レベルだと、アショカのように、
 一つのベストプラクティスを大陸レベルにスケールアウトしようという
 動きもあるみたいですが、

 現実問題、社会課題の解決といった問題の場合、
 なかなかスケールアウトが難しいのもまた事実。

 「ネットワークが大事だ」ってなお話は、
 NPO業界ではずっと語られてきたお話ですが、
 実際のところ事例が少ないのを見ても、
 プラットフォームを考えていくのは、厳しいのが現状ではあります。


 ただ、難しいとか無理といった批判は、
 正直聞き飽きた人も多いでしょうから、

 続いては、もう少し建設的な観点から、
 社会イノベーションのための
 プラットフォームを作る上での要素について考えます。




(中編へ続く)

─────────────────────────────────
<PR>

○いまさら聞けない ビットコインとブロックチェーン

 仮想通貨のプラットフォームは、
 やっぱり強大な社会イノベーションになるのでしょう。

 http://amzn.to/2v24eyg

─────────────────────────────────

(ここから)


○プラットフォームは、誓約と制約によって
 多大な成果を生み出すことができる


 社会イノベーションのための
 プラットフォームを作る上での要素について、

 『社会イノベータへの招待』では、
 オープン度(自由度)の観点から考えています。

 このように書くと、

 「やっぱり、オープンで自由度が高い方がいいよね」

 となりがちですよね。
 オープンイノベーションという言葉もあるくらいですし。


ただ、興味深いことに
 『社会イノベータへの招待』では、

 何でもオープン、自由にすればいいというわけではなく、
 オープンとクローズドのバランスが大切なのだと指摘しています。

「創発的なプラットフォームづくりを考えるうえで、
 しばしば浮上する課題が、オープン性(自由度の高さ)と、
 制約(自由度の制限)との関係を適切に設計する必要性である(P66)」

「人々の協働は、その組織化に際して
 適切な制約があるほうが活性化すると言えるのではないか(P66)」


では、「適切な制約」とは何か?
 それは、以下の2通りの考え方があるのではと思うのです。

(1)組織外部の制約
(2)組織内部の制約

 
 組織外部の制約とは、いわば法律や制度といったもの。

 『社会イノベータへの招待』では、たとえとして、
 NPO法という制約を受け入れることで、
 NPO法人は逆に社会への信頼度を高めたと指摘しています。

「NPO法を制定したことで、
 NPOが守らなければならない制約を規定したわけだが、

 これによって逆にNPOが社会的に認知され、
 今日では広く社会に浸透するまでになっている。(P67)」

 
 組織内部の制約については、
 『社会イノベータへの招待』では直接の記述はないですが、
 
 組織のビジョンやミッション、
 およびそれに付随する制約一般になるのでしょう。

 というより、NPOなんかでは、
 ビジョンやミッションに共感し、それを受け入れているから、
 メンバーになっている。

 言い方を変えれば、ビジョンやミッションに対して、
 誓約しているともいえる。


 まとめると、

「プラットフォームは、誓約と制約によって、
 単なる人の寄せ集まりを超えて、
 集団をまとめ、多大な成果を生み出すことができる。」

 ということになるのでしょうか。


○誓約と制約は諸刃の剣

 
 プラットフォームが効果的に働くには、
 誓約と制約が必要だというのであれば、

 いっそのこと、オープン性なんて考えずに、
 誓約と制約を厳しくすれば、集団はまとめられるんじゃない?

 
 ……ぶっちゃけ、「集団をまとめる」という観点に立てば、
 誓約と制約をうまく使えば、驚くほど効果的に集団をまとめられる。

 いくつかの有名な心理学実験によって、
 そのことがわかりやすく(?)示されています。

 たとえば、スタンフォード監獄実験。
 これは、看守と囚人という役割に起因して発生する、
 一連の誓約(看守は囚人に絶対服従)や制約(服装や空間など)で、
 人は簡単に役割に順応してしまう。

 この実験をベースにした映画もあります。
 http://amzn.to/2v20Inw


 もっともこの場合の事例にふさわしいのは、
 サードウェーブ実験でしょうか。

 要は、アメリカの学校のあるクラスにて、
 「自分たちはファシストにはならない」といった子供たちに対して、
 一種の社会実験として、厳格な誓約と制約を与えたところ、

 数日でクラスは驚くほどまとまってしまい、
 結局、厳格な誓約と制約によって、
 人は(とりわけ子供たちは)簡単にファシストになってしまうことが証明された。
 そういう実験です。

 この実験をベースにした映画もあります。
 http://amzn.to/2v26TYF


 ただ、一連のヤバイ心理学実験やファシズムを挙げるまでもなく、
 誓約と制約には、運用を間違えると集団や外部社会に対して、
 甚大な悪影響を与えるリスクがつきまといます。

 その点では、誓約と制約は諸刃の剣ではある。


 そもそも、プラットフォームのそもそもの定義が、
 「多様な主体の間で協働を成立させる技術や組織的基盤」であって、

 誓約と制約がガチガチすぎると、
 そもそもよそ者は入れなくなってしまう。


○「適切な」誓約と制約の基準は?


 プラットフォームは、オープンにすればいいというものではなく、
 適切な誓約と制約が必要になる。

 誓約と制約が強固であればあるほど集団をまとめあげられるが、
 集団の暴走を招きかねないというリスクがある。

 じゃあ、「適切な」誓約と制約の基準は、
 どこに設けるべきなのか?

 それは結局、「どういうプラットフォームを築きたいのか?」に、
 かかってくるのでしょう。

 地域コミュニティ内部を強化するためのプラットフォームであれば、
 厳しめの誓約と制約が効果的なのかもしれません。
 ムラの掟とでもいったほうがわかりやすいでしょうか。

 とはいえ、一般的には、
 いろんな人を巻き込みたいのがNPO法人情でしょう。

 ただ、どんな人間も歓迎する、なんてことはありえない。
 少なくとも、ビジョン、ミッションに賛同していることは必須。

 逆の言い方をすれば、
 そうしたビジョン、ミッションに賛同している人間、
 ともすると、ええかっこしぃとか意識高い系とか揶揄されそうな、
 そんな人間にとっての居場所を提供するのも、
 プラットフォームの一つの役目といえます。



(後編へ続く)

─────────────────────────────────
<PR>

○エクスペリメント

 『es〔エス〕』の衝撃再び!
 わずか6日で中止になった実在の”スタンフォード大学監獄実験”を
 ハリウッドリメイク!!

 http://amzn.to/2v23QQl

─────────────────────────────────

(ここから) 


○NPO業界でプラットフォーム競争は起こりうるのか?


 プラットフォームに関する問題の中には、

 「異なるプラットフォームが存在していた場合、
  共存が可能か、不可能か?」

 という問題があります。


 これは、法律、あるいはビジネスでのプラットフォームでは、
 答えは明らかです。

 異なるプラットフォームの共存はありえない。


 法律の場合、人や地域などの違いで、
 恣意的に法律が適用されたりされなかったりでは、
 プラットフォームとして機能しないですよね?

 ビジネスの場合では、
 よくいわれるVHSとベータの規格競争のように、

 プラットフォームは「共存」ではなく「競争」がベースになる。
 いかにデファクトスタンダードを勝ち取るかがポイントになります。

 iPhoneのiOSとAndloidもそれぞれが別のプラットフォームで、
 両方の製品がありますが、
 別に両者が仲良く共存しているわけではなく、
 シェアを奪い合う競争をしているにすぎません。


 ただ、NPOとかソーシャルビジネスとか、
 そういった分野の場合、答えはそう単純ではない。

 なんてったって「みんなちがって、みんないい」を、
 金科玉条にしがちな人々の集まりですからねぇ。

 現状では、プラットフォーム競争、なんて次元以前に、
 そもそも、確固としたプラットフォームを確立している団体自体が少ない。
 その点、しばらくは、プラットフォームといえるものの、
 ベストプラクティスがぽつぽつ出てくるかどうか、という状態が続くのでしょう。

 まぁ、欧米なんかでも、NPO業界でのプラットフォーム競争なんてのは、
 寡聞にして聞いたことがないですから、
 そんなことは、心配しないでいいのでしょうかね。


 

─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─


■ご意見・ご感想はこちらから(メール変更しました)
 info□psonic.org

 (メールを送信される場合は、
  □を@に変換して、送信してください)

▼メールを書くまえに必ずご一読ください。

 1. メールには、必ず目を通しておりますが、
    返信できるとは限りませんので、あしからず


────────────────────────────────□
 発行者  社会起業電脳研究室 室長  森 琢磨

 ホームページ http://www.psonic.org
 Eメール    info□psonic.org
 (メールを送信される場合は、□を@に変換して、送信してください)
-----------------------------------------------------------------
 解除はコチラから → http://www.mag2.com/m/0001031707.html
□───────────────────────────────
 Copyright(C)2009  社会起業電脳研究室
 (旧・青年社会起業家サポートグループ「P-SONIC」)
 本メールマガジンに掲載された記事を転載される場合は、
 文書の出所を明記して下さい
メルマガ全文を読む
 

▲ページトップへ

▲ページトップへ