武士の女の品格――武士の妻女からみた武士道
家(一族郎党)の守りは妻の役割とし躾けられた武士の
妻女(妻と娘)の作法を通し、武士道とは何であったか
をさぐる。発行人の著『使ってみたい武士の作法』『サ
ムライと日本刀』の続編であるともいえる。また、男女
共同参画時代にこそ求められる女性の品格を問う。
【サンプル】
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武士の女の品格――武士の妻女からみた武士道
一、「ウチの奥さん」の語源は武士語
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「ウチの奥さん」、つまり「奥の人」との意味で「奥さん」と呼ぶのは日本の夫だけだ。
この「奥さん」の呼び名は武士の「殿様」の妻「奥様」から来ている。
庶民は武士の作法、立ち振る舞いをカッコいいと憧れていた。明治になり武士族が自ら
サムライのシンボルであった二本差しを止め、四民の身分格差がなくなると、習い事や言
葉もマネした。長屋住まいでもかみさんを「ウチの奥さんは」と武士語をマネた。
なぜ、武士が自分の妻を「奥」と呼び、その家来や他の家の者が呼ぶときは「奥様」な
のか。
禄高(給料の高い)の武士の家は、門をくぐると殿様(夫)がいる表御殿(屋敷)と、
その裏の奥御殿に奥様(妻)が住む奥御殿がある。表御殿は夫の表向きの用事、家での仕
事場である。近習(秘書)、家来(社員)、雑用係り(足軽・中間)がいる。
奥御殿は寝起き、食事、家族団らんの場である。奥御殿の家事の仕切り、女中、召使い
の採用、解雇などの一切は奥様の権限。殿様は口を出さない。もし、口出ししようもの
なら同僚から「あいつは武士の風上に置けぬ奴」と笑われる。逆に奥様は表御殿の人事に
口を挟むことはない。
なぜ、このような役割分担ができたのか。
武士は、まずもって「戦<いく>さびと」(軍人)である。戦<いく>さが本業で武門
の誉れが最優先である。「家のことは頼んだぞ」と、夫は妻に最期の言葉になるかも知れ
ない一言をかけ、戦場へおもむく。妻も、これが夫の最期の顔になるかと見据えながら
「おまかせあれ」と答える。
夫が仕事場へいったからといって「亭主元気で留守がいい」などと、庶民の妻のように
鼻歌を歌ってはいられない。勝って無事に帰ってきたときの祝宴の準備。また、戦<いく>
さには勝ったがケガしてきたときや、同僚が戦死したときの準備も怠りなくしておく。
不運にも討ち死にたとき、負けいくさもときも想定し、家族、縁類、召使らのその後の
ことなども考えておかねばならない。
「家のことは頼んだぞ」「おまかせあれ」の夫婦の掛け合いの中には、二人の戦場は別
であるが、共に戦う戦友の固い絆がある。
江戸時代になって戦さも絶え、天下泰平。お城が仕事場になって久しくすると、戦国の
世の習いも薄れた。しかし、戦国の世のいくさびとの習いを保ちつつ、武士は威厳を保た
ねばならない。そこで、昔からは建前としてあったが、日本の実情に合わず実行していな
かった
大昔の支那(中国)のしきたりをマネすることが流行(はや)りはじめた。
その一つが「七去三従(しちきょさんじゅう)」。「七去」とは、妻に課せられた七つ
戒め。つまり、これに一つでも当てはまると、問答無用で離縁されるという妻には怖い掟
であった。
一つ、義理の父、母(舅、姑)に従わない。二つ、子供を産めない。三つ、べちゃくち
ゃと無駄話しする。四つ、盗難癖がある(これなど支那らしい項目)。五つは淫乱、つま
り貞操観念がない。六つ、嫉妬深い(武士は特に嫉妬を女中根性と蔑んだ)。最後の七つ
は、悪い病気を持っている。古くから嫌味嫌<いやみきら>われわれた癩病<らいびょう>、
また精神障害である。
「三従」は、生家では父に従い、嫁にいっては夫に従い、夫の死後は子に従うこと。
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武士の女の品格――武士の妻女からみた武士道
一、「ウチの奥さん」の語源は武士語
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「ウチの奥さん」、つまり「奥の人」との意味で「奥さん」と呼ぶのは日本の夫だけだ。
この「奥さん」の呼び名は武士の「殿様」の妻「奥様」から来ている。
庶民は武士の作法、立ち振る舞いをカッコいいと憧れていた。明治になり武士族が自ら
サムライのシンボルであった二本差しを止め、四民の身分格差がなくなると、習い事や言
葉もマネした。長屋住まいでもかみさんを「ウチの奥さんは」と武士語をマネた。
なぜ、武士が自分の妻を「奥」と呼び、その家来や他の家の者が呼ぶときは「奥様」な
のか。
禄高(給料の高い)の武士の家は、門をくぐると殿様(夫)がいる表御殿(屋敷)と、
その裏の奥御殿に奥様(妻)が住む奥御殿がある。表御殿は夫の表向きの用事、家での仕
事場である。近習(秘書)、家来(社員)、雑用係り(足軽・中間)がいる。
奥御殿は寝起き、食事、家族団らんの場である。奥御殿の家事の仕切り、女中、召使い
の採用、解雇などの一切は奥様の権限。殿様は口を出さない。もし、口出ししようもの
なら同僚から「あいつは武士の風上に置けぬ奴」と笑われる。逆に奥様は表御殿の人事に
口を挟むことはない。
なぜ、このような役割分担ができたのか。
武士は、まずもって「戦<いく>さびと」(軍人)である。戦<いく>さが本業で武門
の誉れが最優先である。「家のことは頼んだぞ」と、夫は妻に最期の言葉になるかも知れ
ない一言をかけ、戦場へおもむく。妻も、これが夫の最期の顔になるかと見据えながら
「おまかせあれ」と答える。
夫が仕事場へいったからといって「亭主元気で留守がいい」などと、庶民の妻のように
鼻歌を歌ってはいられない。勝って無事に帰ってきたときの祝宴の準備。また、戦<いく>
さには勝ったがケガしてきたときや、同僚が戦死したときの準備も怠りなくしておく。
不運にも討ち死にたとき、負けいくさもときも想定し、家族、縁類、召使らのその後の
ことなども考えておかねばならない。
「家のことは頼んだぞ」「おまかせあれ」の夫婦の掛け合いの中には、二人の戦場は別
であるが、共に戦う戦友の固い絆がある。
江戸時代になって戦さも絶え、天下泰平。お城が仕事場になって久しくすると、戦国の
世の習いも薄れた。しかし、戦国の世のいくさびとの習いを保ちつつ、武士は威厳を保た
ねばならない。そこで、昔からは建前としてあったが、日本の実情に合わず実行していな
かった
大昔の支那(中国)のしきたりをマネすることが流行(はや)りはじめた。
その一つが「七去三従(しちきょさんじゅう)」。「七去」とは、妻に課せられた七つ
戒め。つまり、これに一つでも当てはまると、問答無用で離縁されるという妻には怖い掟
であった。
一つ、義理の父、母(舅、姑)に従わない。二つ、子供を産めない。三つ、べちゃくち
ゃと無駄話しする。四つ、盗難癖がある(これなど支那らしい項目)。五つは淫乱、つま
り貞操観念がない。六つ、嫉妬深い(武士は特に嫉妬を女中根性と蔑んだ)。最後の七つ
は、悪い病気を持っている。古くから嫌味嫌<いやみきら>われわれた癩病<らいびょう>、
また精神障害である。
「三従」は、生家では父に従い、嫁にいっては夫に従い、夫の死後は子に従うこと。
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- 2012/01/15 武士の女の品格 49
- 2011/12/15 武士の女の品格 48
- 2011/12/01 武士の女の品格 47
- 2011/11/15 武士の女の品格 46
- 2011/11/01 武士の女の品格 45




