聖ピオ十世会だより「マニラのeそよ風」

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カトリック教会の聖ピオ十世会に所属しているトマス小野田圭志神父は、フィリピンのマニラの修道院から「マニラのeそよ風」をメールマガジンとして発信中です。主に、カトリック教会の伝統的な霊性、教義の説明をはじめ、キリスト教文化、芸術、グレゴリオ聖歌、音楽、建築の源であるラテン語の聖伝ミサについてのお話や、黙想のメッセージなどが紹介しています。

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メルマガ名
聖ピオ十世会だより「マニラのeそよ風」
発行周期
必要に応じて不定期に発行します
最終発行日
2016年09月29日
 
発行部数
77部
メルマガID
0001069260
形式
PC向け/テキスト形式
カテゴリ
生活情報 > こころ > 宗教

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メールマガジン最新号

聖ピオ十世会だより  2016/09/29 大天使聖ミカエルの祝日

~~~~~~~~~
マニラの eそよ風 (第435号)
~~~~~~~~~

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 今日は、大天使聖ミカエルの大祝日、日本の守護の聖人の祝日です。兄弟姉妹の皆
様におかれてはいかがお過ごしでいらっしゃいますか?

 今年は、5月に長崎と秋田への巡礼があり、5月13日には大阪に聖母の汚れなき
御心に捧げられた常駐の御聖堂が出来ました。8月にはグリニョン・ド・モンフォー
ルによる聖母黙想会があり、聖母行列で締めくくられました。9月にはティシエ・ド
・マルレ司教様が大阪と東京とで聖伝の典礼様式に従って堅振を授けてくださり、1
9名の方々がキリストの兵士となりました。あっという間にロザリオの聖月になろう
としております。天主からいただいた数え切れないほどの多くのお恵みを私たちは心
から感謝します! マニフィカト!わが霊魂は主を崇め奉る!


 ファチマ100周年の霊的な準備をしつつ、よい実りを得ようとしている私たちです
が、ファチマの聖母のメッセージの核心について、最近、聖ピオ十世会総長である
フェレー司教様が「友人と恩人との皆様への手紙 第86号」の中で説明してくださ
り、その論理的結論として何をすべきかを提案してくださっています。

 ファチマのメッセージの核心は、「天主が聖母の汚れなき御心への信心を望んでい
る」と言うことにあります。私たちは、聖霊の御助けによって、聖母の汚れなき御心
の中に、ますます深く入り込みたいと思います。聖母の汚れなき御心が歌ったよう
に、その同じ心で、天主を讃美したいと思います。

 ところで、聖母の汚れなき御心から流れ出た天主への讃美の歌に、マニフィカトが
あります。この聖母の歌の起源は聖母の汚れなき御心であり、それが聖母の口に現れ
る前に、聖母の心から発出したものです。聖母の汚れなき御心のありのままを表現し
ている歌です。童貞聖マリアは、聖霊の現存に満たされて、聖霊と一つになって、こ
の歌を歌いました。

 聖ヨハネ・ユードは次のように書いています。拙訳を次にご紹介いたします。

 この歌の素晴らしさ

聖書には、聖なる女性たちによって作られた聖なる歌が載っています。例えば、モー
セとアアロンの姉妹のミリアムによる歌、デボラによる歌、ユディットの歌、預言者
サムエルの母であるアンナの歌などで、天主から受けた多くの特別の恵みをに感謝す
る歌です。

しかし全ての賛美歌のうちで、最も聖なる歌、最も尊厳ある歌は、天主の聖母マリア
のマニフィカトです。何故なら、この歌を歌った方が最も聖なる方であり、最も尊厳
のある方だからです。また、この中で歌われている内容が、最も偉大で感嘆すべき玄
義であるからです。

バレンシアの大司教であったビラノーヴァの聖トマスはこの賛美歌が唱えられたその
時、聖霊は、天主の聖子の先駆者において、また、その父と母とにおいて、多くの奇
跡を行ったこと、経験から何度も、これを唱えることが悪魔に取り憑かれた体から悪
魔を追い出す素晴らしい方法であることが分かっていることを書いています。
彼はこう書いています。

「この歌は、預言者であるチタラの演奏者がいつもこれによって栄光を受けたかのい
とも甘美な十の弦を持つチタラである。これで悪魔は追い出され、先駆者は聖化さ
れ、胎内の子は踊り、母は預言する。このチタラは今でも敬虔に歌われ、心の悪しき
思いは追い出され、肉の邪悪な誘惑は弱くされ、最悪の悪魔どもは逃げ出す力がある
と私は信じる。」
«Hoc est illud dulcissimum decachordum, quo citharista propheticus toties
gloriatur: hoc daemon expellitur, Praecursor sanctificatur, puer exultat,
mater prophetat. Hoc decachordo etiam nunc cum devote concinitur, iniquas
cordis susgestiones propulsari, lubricas carnis tentationes emolliri, daemones
pessimos effugari merito crediderim. » D. Thom. a Villanova, Concio de Visit.
B. Virg.

この聖母マリアの賛美歌を唱えることによって多くの奇跡が起こったことを、その他
の多くのまじめな著者たちは報告しています。特に聖アンセルムは、自分自身に起
こったこととして、多くの病に苦しみ疲れていたところを、マニフィカトを唱えたと
ころ完全に治癒したことを書いています。

チェザリウスという人によれば、ある聖なる修道士は、聖母マリアに特別な信心があ
り特にこの歌を唱える信心が篤かったのですが、この修道士の死の近くに聖母マリア
が現れてあと七日の後にこの世を離れることを教え、彼に祝福をしてくれました。七
日目になると、この修道士は臨終の苦しみのありました。すると、その修道院の修院
長の前で、聖母マリアが多くの天使たちと聖人たちとを連れて現れ、考えることも出
来ないほどの喜びを持って彼が霊魂を天主に返すその瞬間まで、一緒に居て下さいま
した。

ジャック・ド・ヴィトリ枢機卿は、オニーの聖マリア(Sainte Marie d'Ognies)の伝
記の中で、この聖女の死が近づいたときこの賛美歌を歌っていると聖母は彼女に現れ
て終油の秘蹟を受けるようにと教えてくれ、それから多くの聖人たちとイエズスとの
現存において臨終を迎えた、と書いています。

これらは全てこの歌を信心を持って唱えることが、私たちの主イエズスと、その天主
の聖母、終生童貞なる聖マリアとにとってどれほど心地よいことであるかを示してい
ます。

聖母がこの世に生きておられた間、聖母がこの歌を何回か歌った、あるいは唱えた、
という証拠はありません。しかし、これを何回か唱えた、あるいは歌ったということ
を疑うことは出来ません。聖務日課の晩課の間、ある複数の教会で、聖母マリアが多
くの天使たちに囲まれて現れたのを人々は多く目撃している記録もあります。その
時、人々は、言葉にすることができないほど素晴らしいメロディーで魅力的に、信徒
たちや司祭たちと一緒にこのマニフィカトを歌っておられたのを聞いています。

もしも私たちが聖母マリアのこの賛美歌を歌ったり唱えたりする時には、私たちも自
分を聖霊に捧げ、聖母がまた無数の聖人聖女たちがいとも聖なるやり方でこれを歌っ
たあるいは唱えたのと同じ信心、同じ聖なる心の状態に、私たちを一致させるように
いたしましょう。


 マニフィカトが聖母マリアの御心の賛美歌と呼ばれ得る理由

マニフィカトは、いくつかの理由のために聖母マリアの最も聖なる御心の真の賛美歌
と呼ばれます。

まず第一に、何故なら、この歌は聖母の汚れなき御心にその起源を持ち、それが聖母
の口に現れる前に、聖母の心から発出したからです。

第二に、何故なら、聖母マリアがその御心から受けた動きによってのみ、聖母はこの
歌を発声したからです。つまり、聖母の肉体の御心、霊的な御心、天主の御心の動き
以下でも以上でもなかったからです。
聖母の肉体の御心は、特別な喜びに満たされ、非凡な熱意と喜びとを持ってこの歌を
歌わせました。
聖母の霊的な御心は、天主に魅惑され、天主のことだけになり、この言葉を言わしめ
ます。わが精神はわが救い主なる天主によりて喜びに堪えず、と。Et exultavit
spiritus meus in Deo salutari meo!

聖母の天主の御心、つまり、聖母の御胎内におられその御心にとどまっておられる、
天主なる子であるイエズスは、聖母の御心の心、霊魂の霊魂、精神の精神であり、こ
の賛美歌の第一の作者だからです。幼きイエズス・キリストこそ、天主の聖母、終生
童貞なる聖マリアの精神にこれらの考えと真理とを授けた方だからです。聖母の唇を
通してこれを発声させたのは正にこの天主なるイエズス・キリストだからです。

第三に、マニフィカトは、愛の母の御心の歌であり、聖父と聖子との心の霊である聖
霊の歌だからです。聖霊は、聖母マリアの心であり、聖母の精神でもあります。童貞
マリアは、聖霊の現存に満たされ聖霊と一つになっているので、聖母の声は聖ザカリ
ア、聖エリザベト、胎内の洗者聖ヨハネとをこの同じ聖霊で満たしたのです。

最後に、マニフィカトは、愛の童貞マリアの愛の心の賛美歌だからです。何故なら、
燃え立つ天主への愛が、この歌の全ての言葉一つ一つを言わせたからです。聖ベルナ
ルディーノによると、マニフィカトの歌の一つ一つの言葉は、この比類のない聖母の
汚れなき御心に燃える天主の愛の熱烈なかまどから燃え出る愛の炎だからです。

おお、愛の歌!愛の母の童貞の御心の賛美歌!
愛の天主の御心、つまり、イエズス・キリストにその起源を持つ賛美歌!
聖霊という創られない愛、ペルソナである愛の心に、その起源を持つ歌!
美しき愛の母のいとも聖なる口にしか、これを歌い、これを唱えるにはふさわしくな
い歌!
セラフィムでさえ、ふさわしくないとされる歌。
私たちのような惨めな罪人が、どうしてこの天主的な言葉をあえて発音することが出
来るだろうか?
この歌が含まれている崇高な神秘をどうして私たちの罪で汚れた口が唱えることが出
来るだろうか?
どれほどの尊敬と崇敬とをもって、このいとも聖なる賛美歌を歌い、唱えなければな
らないことだろうか!
この歌を口にするためには、どれほどの舌の清さと口の聖徳が必要だろうか!
この歌を頻繁に唱え、歌う司祭や修道者たちの心には、どれほどの愛の火と愛の炎に
燃え立っていなければならないだろうか!
この愛の歌を歌い、唱えるためには、すべで心で、全て愛でなければならないだろう!

おお、美しい愛の母よ、私たちをして、御身がこの地上でこの賛美歌を歌った、御身
が今でも諸聖人諸天使らと共に天で永遠に歌うその聖性に、熱心に、愛に、参与させ
て下さい。聖子イエズス・キリストから、御身と共に永遠にこの歌を歌う者たちの数
に私たちも加えて下さるようにその恵みを取り次いで下さい。それは、聖三位一体が
御身において、御身によって行った全ての偉大な御業を永遠に感謝するためです。御
身という手段を通して全人類になさった無数のお恵みを感謝するためです。

 以上で聖ヨハネ・ユードの言葉の引用を終わります。

 さて、聖ピオ十世会の総長フェレー司教様が書かれた、友人と恩人との皆様への手
紙 第86号を、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。様々な義務のために、こ
れをもっとすぐに兄弟姉妹の皆様にお知らせできなかったことをご容赦願います。


天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



友人と恩人の皆さまへの手紙 第86号

2016年07月16日

1917年-2017年、ファチマのメッセージの現代性

親愛なる友人と恩人の皆様、

 1917年、聖母はかたじけなくもこの地上を訪れ給いました。聖母は複数の部分で構
成された一つのメッセージを、ファチマの三人の幻視者たちに託しました。そのうち
のいくつかは「秘密」の名の下に分類され、ファチマの「メッセージ」と「秘密」
は、ほぼ同義の言葉にまでなりました。とはいえ、この二つの言葉を区別することは
必要です。メッセージはただちに伝えられました。秘密に属する部分は、のちに、い
ろいろな日付で、一番遅くとも1960年には明かされるはずでした。秘密のいくつか
は、教会と全世界の主要な出来事に、天主に対する人類の態度に関することです。そ
れらは二つの大戦のこと、多くの国々がまるごと消滅してしまうこと、全世界に深刻
な誤謬が広められること、教皇と司教によるロシアの奉献、けがれなき御心の凱旋、
そして平和の時が訪れることについて取り上げています。

聖母のけがれなき御心への信心を世界中に打ち立てること

 教会によって真実のものと認められたファチマのご出現の百周年の祝いまであと一
年となった今、このご出現とメッセージの重要性をもう一度繰り返させて下さい。こ
れは信仰についての多くの根源的な真理を思い起こさせ、人間の歴史への天主の現実
的な介入を示しているからです。

 1) メッセージの本質は、1917年6月13日に、聖母がシスター・ルシアに与えたお言
葉の中にあります。「イエズスは、あなたを使って、私のことが知られ、私が愛され
るようにお望みです。イエズスは世界に私のけがれなき御心への信心を確立したいと
お望みです。私は、この信心を受け入れる人々に、救霊を約束します。彼らの霊魂
は、天主の玉座を飾るために私みずから植えた花々のように、天主に愛されることで
しょう。」

 ファチマのメッセージ全体を、その秘密を含めて振り返ってみると、このメッセー
ジが、教会と世界の歴史においてかつて与えていた、今なお与え続けている影響力を
考える一方で、すべてのことが天主からの介入を中心に巡っていることが明らかに
なってきます。「イエズスは世界に私のけがれなき御心の信心を確立させることをお
望みです。」

 のちに、シスター・ルシアはイエズスの聖心に、なぜロシアの奉献をお望みなのか
を尋ねました。すると、主はこのようにお答えになりました。「なぜなら、この奉献
を、マリアのけがれなき御心の凱旋として、私の全教会が認めることを望んでいるか
らだ。それは、そうして、彼女への信心が広まり、けがれなき御心への信心を、私の
至聖なる聖心への信心の隣に置くようにするためである。」(一九三六年の春)


 2) ファチマのメッセージから浮かび上がってくる二つ目の根源的な真理は、個人と
しての歴史であろうと、民族としての歴史であろと、人間の歴史への、全能の天主の
現実的介入です。

 これは私たちにとって明らかな真理ですが、現代では、この真理は、無神論的でリ
ベラルな、また社会主義・共産主義的世界、フリーメーソン的世界において、今日ひ
どく攻撃されています。現代世界は、創造主にして救い主、天主、私たちの主イエズ
ス・キリストとは何の関わりもなく、自己の活動が実現でき、その計画を達成するこ
とが出来ると好きなことを言っています。不幸なことに多くの教会の指導者にも、こ
の世、国家、地上の政府は、王たるキリスト、つまり諸国の王であるキリストに何の
義務もない、という思想が染み込んでいます。しかし、ファチマのメッセージの多く
の要素は、これとはまったく逆のことを教えています。ここに、その三つのものを見
てみましょう。

 a) 至聖なる童貞マリアはファチマの子どもたちに、天主は国々の平和をマリアの御
手のうちに置かれたと説明している。国々が平和を享受するか、あるいは戦争による
苦しみを受けるかは、何よりもまず、天主のみ摂理の明確なご計画により、聖母に頼
るかどうかにかかっている。

 b) 聖母のけがれなき御心に奉献せよとのご要求に、ポルトガルの司教たちは応えて
従ったが、スペインはこの要求を無視した。その後にスペインを苦しめたが、ポルト
ガルは免れることができた不幸は、スペインの司教たちがこのけがれなき御心への奉
献を怠った結果である、とシスター・ルシア自らが、説明した。

 c) 世界がもし回心しないなら前よりももっと酷い戦争が起きるだろう、という告知
の後、第二次世界大戦が起きた。この大戦の最も重要な日付を注意深く見てみれば、
それらがいとも聖なる童貞マリアの祝日に一致にすることを記憶に留めておかねばな
らない。特に五月八日、聖寵の仲介者なる聖母の祝日──その昔は聖ミカエルの祝日
──がドイツ軍降伏の日であり、八月十五日、聖母被昇天の祝日は、日本の天皇が敗
北を受け入れた日付である。

人間の歴史への天主の現実的介入

 3) 「天主を侮ってはならない」(ガラツィア6:7)シスター・ルシアの証言によれ
ば、次は聖主ご自身の言葉です。1929年、聖母がルシアにロシアを奉献する時が来た
──無視されたままのご要求──と告げに来た二年後のことです。
「私のしもべたちにこれを知らせなさい。彼らが私の命令(ロシアを奉献すること)
を、フランス王のように遵守しないので、フランス王が陥ったのと同じ不幸に従うこ
とになるだろう、と。」(1931年8月)

 このお言葉は、1689年、イエズスの至聖なる聖心が、フランス国王ルイ十四世にな
された要求、また、国王は実行することを退けた要求を思い起こさせます。百年後、
フランス革命が勃発し、ルイ十六世の退位とギロチンによる処刑をもたらしました。
ご自分のしもべたちに対する聖主の脅迫は恐るべきものです・・・。「フランス王が陥っ
たのと同じ不幸に従うことになるだろう」と。
あまりにも多くのキリスト信者たちへの現在の迫害、奉献された人々への攻撃は、残
念なことに、聖主の聖職者である司祭たち、司教たちは、この不幸のカリスを、まだ
滓に至るまで飲み干していない、と考えるべき根拠を示しています。

 このすべてのことが、マリアのけがれなき御心への信心について聖主ご自身が与え
給うたファチマとそのメッセージの重要性を示しています。

 二十世紀と二十一世紀の歴史は、この天主のご意向に深く条件付けられていると結
論づけることが出来ます。つまり、けがれなき御心への信心を望む意向と、この世と
多くの教会の指導者たちとが、まことに非凡な奇跡の数々をもって余りにも明確に示
されたにも関わらずこの意向を実現することの極めて重大な怠りとの歴史です。

 聖母のお言葉そのものによれば、こうも結論づけなければなりません。天主のご計
画は、教皇と全世界の司教たちが一致してロシアを奉献する時、聖母のけがれなき御
心の凱旋の最高の頂点に到達するあろう、と。この凱旋とともに、平和の一時期が世
界と教会に約束されています。

 今までのところ,奉献の多くの試みがなされましたが、聖母によって約束された効
果を勝ち取ってはいません。近年、ロシア正教の宗教的刷新が否定しようもない事実
にも関わらず、現在、ロシアの奉献も、世界における聖母のけがれなき御心への信心
の発展も、どちらも目にすることはありません。それどころかまったくの反対です。

ファチマのご出現百周年を迎えるための準備の一年

 ファチマのご出現百周年をふさわしく準備するために、私たちは、聖母のけがれな
き御心が非常に強く要求された祈り、ロザリオの祈りの新たな十字軍を開始すること
を決定しました。

 天主のご意向にできる限り寄り添って答えるために、また、罪の償いの必要性を強
く求められた聖母のことを考え、私たちはロザリオの祈りに、多くの犠牲を結びつけ
たいと思います。1200万環のロザリオと5000万回の犠牲をお捧げできることを、私た
ちは強く望んでいます。

 私たちは、全霊を挙げて、けがれなき御心への信心を広めるために働くことを、特
に祈りと償いのこの期間の間、望んでいます。これが私たちの十字軍の第一の意向で
す。この意向に、聖母のけがれなき御心の凱旋のために、そして聖母のご指示による
ロシアの奉献のためにという、聖母の子としての願いも付け加えます。最後に、私た
ちが世界の教会の両方においてくぐり抜けているこの困難な時代に、聖ピオ十世会の
ために、そのすべての事業のために、聖ピオ十世会と協力している全修道会のために
天のおん母の特別なご保護を乞い求めます。

 天主のおん母への愛のために、その悲しみに満ちたけがれなき御心への愛のため
に、私たち自身が行うつもりであるこれらの祈りと犠牲を増やし、この信心をもっと
熱烈に実行し、それを広めるために、私たちは皆さんすべてをこの十字軍にお招きし
ます。こうして、熱心に準備をしたのちに、皆さんの家庭や仕事をけがれなき御心に
奉献することを、また、五回の初土曜日の信心を実行すること、個人個人がカルメル
の聖母のスカプラリオを身につけること、聖母がパリのバック通りでお与えになった
不思議のメダイ -- このメダイの裏側には、イエズスとマリアの二つのみこころが描
かれています -- を配ることを、皆さんに提案します。

 このようにして、私たちが天のご要求に、私たちの小さな貢献をお捧げし、天主の
ご保護を受けることが出来ますように。特に、時期が来た時には、すべての約束の中
でも何よりも最高に美しい約束の実現である、私たちの救霊、罪人たちの救霊を得る
ことが出来ますように。

 願わくは、 "Nos cum prole pia benedicat Virgo Maria" と唱える聖務日課の美し
く敬虔な祈りの如く、聖母が幼きイエズスとともに皆さんを祝福し給わんことを。

2016年7月16日、カルメル山の聖母の祝日において。
+ベルナール・フェレー

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