カンボジアこぼれ話

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長く内戦の影響を受け、不幸な歴史を背負ったてきたカンボジア。今、この国は復興とすばらしい躍進の時期を迎えています。筆者が見聞きしてきた十数年のカンボジアに関わるお話です。

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メルマガ名
カンボジアこぼれ話
発行周期
ほぼ 週刊
最終発行日
2011年02月20日
 
発行部数
0部
メルマガID
0001140911
形式
PC向け/テキスト形式
カテゴリ
行政・政治・地域情報 > 地域の情報 > その他

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━━━━━━ カンボジアこぼれ話 ━━━━━━━

Vol.10 またまた小競合いです。 /カンボジア王室(9) 2011.2.20  

━━━━━━━━━ http://www.cambodia-adviser.com ━━━


為替情報(現地目安)
Japanese Yen  US $1 : 83.12 Yen
Cambodian Riel US $1 : 4057.30 Riel
Cambodian Riel JP \100 : 4880.90 Riel
※本日のカンボジア現地サイトの発表レートです。
あくまでも参考資料です。


「カンボジア・アドバイザー・ドットコム」の松井寿之です。
昨年秋より原稿を書く時間がとれず、発行が遅くなってしまいました。
たいへん申し訳なく思っております。

●トピックス

今月初め、
またタイ・カンボジア国境のプレアビヒア遺跡周辺で両国軍の武力衝突がありました。
今回も数人の死者が出ているようです。
プレアビヒア遺跡の問題はタイ・カンボジアの国境未確定地域にあり、
もともと入口はタイ側にあったものの、遺跡はカンボジア側ということで、
カンボジアが世界遺産登録をしたことに端を発しています。
何とか円満にいかないものかと思ってしまいます。
しかし、私の友人には、
あれは両国が国内での不満の眼を他に向かせるため、
なんてウガった見方をする人もいるのですが。。。

世界遺産といえば、
お隣ベトナムでは、世界遺産ハロン湾のジャンク船が沈没して、
日本の方も一人亡くなられています。
私もその昔、ハロン湾の船上で一泊したことがありますが、
あの美しい景色にも危険があるのだと再認識させられました。

メルマガ発行ができなかった間に、
カンボジアには大きな動きが出てきているようです。

特に、日本企業のカンボジアへの進出ニュースが多くなり、
新しい波を感じずにはいられません。
ミネベアやパナソニックも進出しました。
またイオンも本腰を入れての進出を検討しているという情報もありました。
私も以前、イオンワンパーセントクラブの現地奉仕活動のお世話を
させていただいたことがありますが、
イオンさんはシェムレアプにも
イオン・ノロドム・シハヌーク博物館というのも寄贈されておられ、
足場は充分というところでしょうか。

昨年秋に、
日本のIT企業の進出のお手伝いと、
水産物輸入段取りのお手伝いをさせていただきましたが、
どちらも今年後半までには本格化しそうな状況だそうです。

カンボジアにとっても今後の発展に繋がっていくようであれば、
これほど嬉しいことはありません。


●こぼれ話

カンボジア王室(9)

1979年1月。
親ベトナム国家である「カンプチア人民共和国」の樹立が宣言されました。
新政権では、現在もクメール人民党の重鎮であるヘン・サムリン氏が書記長、
フンセン氏が新首相、チア・シム氏が国会議長になりました。

しかしまだ当時は宝石の産地パイリンを中心とするタイ国境地帯に逃れた
クメールルージュも残存しており、シハヌーク元国王派、ソン・サン派なども存在し、
再び内戦状態に突入してしまいます。

内戦の過程で1982年にはクメール・ルージュがシアヌーク派、
ソン・サン派の三派で連合し「民主カンプチア連合政府」を樹立。
ベトナム軍に支援された「カンプチア人民共和国」に対抗しました。

1989年にベトナム軍が撤退。
1990年6月、紛争当事者による東京会議が行なわれ、
先の4派による、「カンボジア最高国民評議会」の設置の合意を見ました。
1991年には評議会の議長となったシハヌークが帰国、
各国の調停により、10月にパリ和平協定が結ばれました。
協定により、1992年から国際連合カンボジア暫定統治機構による統治が開始。

1993年には国連カンボジア暫定統治機構
(日本で有名な明石康氏が事務総長を勤めるUNTAC)
の監視下で民主選挙が実施されました。
世界中から選挙監視団員が参加し、
日本からも沢山の方が参加され、
亡くなられた中田厚仁さんの名前を記憶されている方も多いことでしょう。

この選挙で、シハヌーク氏の次男であるラナリット氏が党首の
フンシンペック党が120議席中、58議席を占め第一党になりました。
国民議会が設立され、内戦続きだったカンボジアに一応の平和が訪れました。

この年の9月。
制憲議会は新憲法を発布し立憲君主制を採択、
ノロドム・シハヌークが国王に再即位しました。

やっとやっとノロドム王家・シハヌーク氏に国王の座が戻ってきたのです。


私が初めてカンボジアを訪れたのはこの後でした。
私が自分の目で見てきたのはこの後のことになります。

次回は「カンボジア王室 最終回~現在まで~」について書いてみたいと思います。

では、次号の記事をお楽しみに!!


※たいへん申し訳ないことですが、
メルマガ<経済の夜明け~カンボジアと周辺諸国>
は内容重複も多いことから休刊とさせていただくこととなりました。
よろしくお願い申し上げます。

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・発行 カンボジア・アドバイザー・ドットコム 
・発行責任者  松井寿之
・URL  http://www.cambodia-adviser.com
・問い合わせ・ご意見  cambodia_adviser@suartasia.com
 
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