まつさか通信

  • ¥0

    無料

松阪市の文化、芸術、歴史そしてグルメ等を全国に発信します。

 

メールマガジンを登録(無料)

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。
※ 各サービスで登録しているメールアドレス宛に届きます。

メールマガジンを解除

もしくは

※ 各サービスのリンクをクリックすると認証画面に移動します。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 
メルマガ名
まつさか通信
発行周期
ほぼ 週末刊
最終発行日
2018年04月13日
 
発行部数
5部
メルマガID
0001677264
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
旅行・おでかけ > 国内 > 東海

まぐまぐ!メールマガジンの用語集です。
下記の用語以外の不明な点はこちらをご覧ください。

 
発行周期
週1回、月1回などの発行頻度です。
部数
メルマガの配信数を記しています。
カテゴリ
まぐまぐ!に登録されているカテゴリです。
形式
メルマガには以下の配信形式があります。下部「メルマガ形式」をご参照下さい。
 
最終発行日
最後にメルマガが配信された日付です。
メルマガID
メルマガを特定するIDです。
RSSフィード
RSSを登録すると、更新情報を受け取ることができます。

― メルマガ形式 ―

  • PC向け
    パソコンでの閲覧に最適化したメルマガ
  • 携帯向け
    スマートフォンやフィーチャーフォンでの
  • PC・携帯向け
    PC・携帯どちらでも快適にご購読いただけます。
  • テキスト形式
    文書だけで構成された、一般的なメールです。
  • HTML形式
    ホームページのように文字や画像が装飾されたメールです。
  • テキスト・HTML形式
    号によって形式が変更する場合があります。

閉じる

メールマガジン最新号

 松阪は江戸時代松坂商人(伊勢商人、伊勢乞食)と呼ばれ数々の豪商を輩出しました。
すぐれた偉業に、今この時代に生きる私たちは勇気づけられます。
松阪市と市民は、当市を「豪商の町松阪」とネーミングして偉大な遺産を後世に語り継ぐ努力をしています。

 数ある豪商の中で今回は紙問屋「小津屋」の創業の祖小津清左衛門長弘(おづせいざえもんながひろ)を紹介します。
 小津家の旧宅(本宅、本店)は参宮街道沿い本町に現存し、「松坂商人の館」として公開されています。
 江戸時代、小津家近隣には三井家(https://ja.wikipedia.org/wiki/三井家)、長谷川家(https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/kanko/kyuhasegawatei.html)、長井家(http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/nagai_ke.html)などの屋敷(本宅、本店)が軒を連ねていました。

(森嶋)長弘は寛永2年(1625年)、商家森嶋家の次男として生まれ、18歳で江戸に出て紙店に奉公します。
 商売に長け、人望を得て一人前の商人に育った29歳の時に店(たな)を譲り受ける機会が到来しましたが、一奉公人の長弘にそのようなお金はありませんでした。
 そんな長弘に手を差し伸べたのが江戸で成功した松坂商人たちでした。

商才と誠実な人間性を認められた長弘は、小津一族本家の小津三郎右衛門(本居宣長の曽祖父)から大金200両を借り受けました。更に「小津屋」ののれん(ブランド)の使用も認められました。
紙店「小津屋」が誕生しました。

 承応2年(1653)に江戸大伝馬町一丁目に紙店(小津屋)を開き、その後隣地に木綿店(松坂木綿を扱う伊勢屋)、江戸本町に二店目の紙店(大橋屋)を開き江戸で一番と言われる紙問屋に成長します。
 
 長弘自らも森嶋改め小津清左衛門長弘と改名しました。以来、代々当主は小津清左衛門を名乗っています。
残念ながら時代は変わり現在の小津産業(http://www.ozu.co.jp/corporate/info/profile/index.html)の社長は今枝英治さんという方です。
長弘は弟二人を江戸に呼び寄せ、店を切り盛りします。当時、江戸は紙の普及期であり、商売は右肩上がりでした。

長弘は39歳で江戸店(えどだな)を弟二人に任せて松坂に戻りました。
しかし不運にも弟二人は早世し、再び長弘は江戸にもどり店を采配します。
貞亮3年(1686)、62歳で家督を別の弟4代目長生(ながなる)に譲り、松坂に戻り玄久と名乗り隠居します。

 隠居生活に入った8年目に、創業者の経験を後世に伝えるための7カ条の掟書を定めます。

 江戸で30年余、松坂で隠居して20年余、宝永7年(1710年)86歳でその生涯を閉じました。
メルマガ全文を読む
 

▲ページトップへ

▲ページトップへ