脚線美の誘惑
「終わらない夏」をテーマとした九篇の物語からなる小説集です。
『夏少女』『エトランゼ』『脚線美の誘惑』『ガール・イン・ザ・ボックス』『夏への扉』『DREAMING GIRL』『黄昏で見えない』『静かにきたソリチュード』『海を見ていた午後』
公開作品のアップグレードヴァージョン、未公開作品を発行します。
【著者紹介】 麗澤檸檬
小説を書くのが三度の食事より好き。あなたの近くにもこんな人がいるのではないですか(笑)? 詳細は関連WEBをご覧ください。
【サンプル】
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脚線美の誘惑 サンプル版
麗澤檸檬
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【SEA BREEZE の梗概(シノプシス) 】
真夏の二日酔いに Arthurs Theme は正解だった。
ぼくと彼女は昨夜から朝方まで飲み、起きたのは昼過ぎだった。
箱入り娘 で、午後10時の門限を破って外泊したのは、彼女にとっては初め
てのことだった。
「これ、ニューヨークシティー・セレナーデ?」
ベッドでタオルケットに包ったまま、彼女が聞いた。
「題名は忘れた」
ぼくはバスタオルを持つと浴室まで歩いて行き、シャワーを浴びた。
歯を磨き、鬚を剃り、SEA BREEZE を叩きつけた。
何気なく洗面台を見ると、そこには片方だけの 真珠のピアス が置いてあっ
た。
それは明らかに彼女のものではなかった。
「朝ごはん、何食べる?」
彼女が寝室から聞いた。
「朝ごはんっていう時間じゃないな」
ぼくは急いでピアスを隠すと、上の空で応えた。
蝉しぐれが一際大きくなった。
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DREAMING GIRL
紗希が二十一歳で逝ってしまってから、もう十年が経ってしまった。僕は紗
希と過ごした短い夏の日を、彼女が大好きだったこの海岸で思い出す。紗希は
サーフィンをしている時が一番幸せそうだった。彼女にはサーフィンが似合っ
ていた。そして、僕の知っている誰よりも彼女のライディングは洗練されてい
た。紗希の夢は、世界中のビーチでトップクラスのサーファーとライドするこ
とだった。
そして、彼女はパートナーとして僕を必要としていたのだと今になって思う。
僕は紗希を愛していた。僕が彼女の虜になった理由の一つは、彼女のライフス
タイルだった。彼女のライフスタイルの根本である「テイク・イット・イージ
ー」には、アメリカ人の父親の影響が色濃くあった。光り輝く紗希の人生は、
その真只中で癌によって全てを奪われた。
紗希と僕は同じ大学で、体育会に所属しているサーフィン部だった。サーフ
ィン部といっても、マイナーなスポーツで、マニアックな一部の人たちが中心
とした全国大会が年に数回催され、その大会の上位入賞を目指してトレーニン
グするサークルだった。紗希は大学のキャンパスでも一際目立つ美少女で、ハ
ーフであることもあり、誰もが彼女を恋人にしようと狙っていた。そんな理由
続きを読む
で、彼女を目当てにサーフィン部に入部してくる連中も多かったが、ライバル
が多過ぎて、大半がリタイアした。僕はといえば、紗希が入部していたのは全
く知らず、実家が海の近くだったせいで、高校の頃から波乗りばかりやってい
たので、大学に入学しても退屈しのぎ程度の軽い気持ちでサーフィン部に入っ
たのだった。
十年前のあの夏、僕たちは波のサイズの大きさでは人気の高いO海岸で合宿
をしていた。
早朝から海に入り、波の高い午前中一杯はライディングを主体としたトレー
ニングをやり、昼食を挟んで休憩を取ってから、午後はストレッチングを兼ね
た陸上トレーニングをするというメニューだった。夕方から波のサイズが上が
ると、希望者だけが海に入った。
合宿も中盤を迎えたあの日、僕と紗希はふたりで夕方から海に入った。他の
連中は疲れきっていたが、僕たちはお互いのライバル心みたいなもので、かな
り意地を張っていたのだ。波は頭ひとつだった。何回目かのライディングを終
えて、彼女は一人で浜に戻った。
「どうしたんだ?疲れたのか?」
僕は彼女に向かって叫んだ。
「祐司!ちょっと来て!」
僕はテイクオフをあきらめて、浜に向かった。
「どうしたんだ?」
僕はしゃがみ込んでいる彼女に向かって言った。
「胸が痛くて……」
紗希が蒼ざめた顔で答えた。
「パドリングがきつかったのか?」
「なんか、胸にごつごつした感じがするの。ボードにあたると痛い……」
「怪我をしているのなら、医者に行った方がいいな。部長に言って、医者に
行こうか」
「うん」
僕はすぐに合宿所に走り、部長に訳を話した。全てに於いて無頓着な部長が、
柄にもなく一緒に行こうかと動揺していたが、彼女は心配ないからと言って断
った。僕は部員のワゴンを借りると、彼女を乗せて一番近い町医者に向かった。
ウィークデーの夕方でもあり、その外科医院は空いていた。紗希の診察は二
時間以上もかかり、その間僕は待合室で待たなければならなかった。経済新聞
とスポーツ新聞が何誌か置いてあったので、僕はその時間でほとんどの記事を
読んでしまった。看護婦から診察室に入るように言われ、僕は彼女と並んで医
師の話を聞くことになった。医師は年配の見ただけで温厚な感じのする好人物
だった。
「今、一とおりの診察と、ここで出来る限りの病理学的な検査をやりました
が、」
医師はゆっくりと、注意深く話し始めた。
「紗希さんの乳房にはかなり大きなしこりがあります。ご自分でも気づかれ
ていたと思われますが……。検査の結果では、悪性の可能性があります。一
日も早く総合病院で加療処置を取ることをお勧めします」
「悪性というと……?」
僕はショックのため、取り乱していた。
「乳癌です」
医師は静かに言った。
「加療処置って何ですか?」
「手術をする必要があるでしょう。ご希望があるならば、紹介状を書きます」
合宿所に戻る途中で、紗希はまっすぐ帰りたくない、と言い出した。彼女は
気丈にも、医師の話を冷静に受け止め、医師の前では取り乱して泣くようなこ
とはしなかったが、僕と二人になると堪えていた感情を抑えきれず、堰を切っ
たように泣き出した。結局、僕たちは近くのモーテルで最初で最後の愛を交わ
した。彼女はショックに因る気持ちの昂ぶりと恐怖心を静めて欲しがっていた
し、僕は彼女の望むことなら何でもしてあげたいと考えていた。僕は紗希と抱
き合っている時、この美しい身体のどこが病んでいるのかと、怒りに似た感情
を抑えることができなかった。
「わたしの綺麗な身体を覚えていてね」
彼女は静かに囁いた。
「忘れるもんか!僕は絶対に忘れないよ」
「ありがとう。それから……」
彼女は静かに続けた。
「祐司はもうわたしと会わない方がいいわ。わたしは多分、大学を中退する
ことになると思う」
「なぜ大学をやめるのさ?」
「こんなことになっちゃって……。わたし、大学には居られない……。
わかるでしょ?」
「大学をやめる必要がどこにあるのさ?そんなに絶望的な状況ではないだろ
う?紗希はいつからそんな弱虫になったんだよ?」
彼女は僕の胸で肩を震わせて泣いていた。抱きしめると紗希の匂いがした。
紗希は合宿を中断して、姿を消した。彼女は誰にも自分がどこにいるのか教
えなかった。
夏休みが終わり、新学期になってから、彼女がどこにいるのか知りたかった
ので、僕は大学の学生課に行ってみた。学生課の職員は、休学しているとだけ
言った。
何事も無かったかのように、新学期が始まった。部活の練習で、いつも近く
に居た紗希が今はいない。僕は胸が締め付けられるような喪失感に悩まされた。
彼女から何の連絡もなく、一週間が経ち、二週間が経つといても立ってもいら
れなくなった。僕は彼女の自宅に電話をかけてみることにした。決心して電話
をかけると、何回かけても留守番電話だった。仕方がないので、留守番電話に
自分の名前と電話番号と連絡がほしい旨の録音を残した。
更に十日程経ったある夜、僕の自宅に年配の女性から電話があった。紗希の
母親だった。
母親は疲れた口調で、紗希が都心の総合病院に入院しており、手術が近くな
っているため、僕に会いたがっていると口早に話した。僕は病院名と病室、可
能な面会時間を聞くと、明日に必ず行きますと答えて電話を切った。
翌日、僕は紗希に会うため都心の総合病院に向かった。ナース・ステーショ
ンで病室を確認すると、部屋は個室だった。入院病棟に午後の時間がゆっくり
流れていた。病室に静かに入ると、彼女は眠っていた。こころなしか、少し痩
せたように見える。腕の点滴のチューブが痛々しかった。僕はナース・ステー
ションに戻り、花瓶を借りて、持参した花束を病室に飾った。他にもいくつか
の花束があった。見舞い者のための椅子があったので、僕は紗希のまわりの点
滴やらさまざまな機材やらに気をつけながら、彼女のベッドの傍に座った。僕
は紗希の寝顔を見つめながら、あらめて彼女の美しさに感銘に近いものを受け
た。彼女の寝顔には、病の影すらなかった。夏合宿での小麦色の日焼けは、彼
女の健康を象徴しているかのようだった。そのようにして、僕は飽きずに彼女
の寝顔に見惚れて一時間程が過ぎ、喉が渇いたので売店に行って缶コーラを買
って飲んだ。病室に戻ると、彼女は起きて微笑んでいた。
「今来たの?」
「一時間くらい前かな」
僕はゆっくり彼女の傍に座った。
「ずるい!なんで起こしてくれなかったのよ?」
「久しぶりの紗希の寝顔を楽しんでいたのさ」
「美人だった?」
彼女が悪戯っぽく言った。
「美人、美人」
僕は答えた。
「寝顔美人なんて言わないでよ!」
彼女が口をとがらせたので、僕は苦笑した。
「スイートピーを持って来てくれたの?」
「うん。紗希が一等好きだったろう?」
「覚えていてくれたんだ。ありがとう」
彼女は嬉しそうに言った。
「どういたしまして。具合はどうなの?」
僕は注意深く言った。
「明後日が手術……。わたしの胸がなくなっちゃうの……」
僕は何と言っていいのかわからず、彼女の顔を見つめることしかできなかっ
た。
「でも、もう吹っ切れたの。祐司にはしっかり見てもらっておいたし……。
覚えてくれている?」
彼女は明るく言った。
「ちゃんと覚えているよ」
僕はこみ上げる熱い何かを堪えながら、やっと言った。
「嘘つき……」
彼女が囁いた。
「僕は嘘なんかついてないぞ!」
僕は少し声を大きくして言った。
「ムキになるところが怪しいぞ~」
彼女はわざと悪戯っぽく言った。
「じゃあ、今ここでもう一度見て!」
「ここで?看護婦さん来ないのか?」
「大丈夫よ」
僕と紗希の秘密が、またひとつできた。
紗希の手術の翌日、彼女の母親からお礼を兼ねた電話があった。彼女の癌の
進行は予想以上に早く、全身に転移しており、医師の予想では持ち堪えても三
ヶ月だろうとのことだった。この話は彼女には伏せて欲しいと母親は涙声で言
った。僕は愕然として、その後、紗希の母親と何を話したか覚えていなかった。
手術が終わったら、一週間後に逢いに行くと紗希と約束していたので、約束
した日に僕は病院に向かった。正直に言って、僕は彼女にどのように対したら
いいのかわからなかった。ただ、彼女の母親が病状を伏せて欲しいと言ってい
たので、普通に振る舞うしかないと覚悟を決めた。病室に行くとご両親とおぼ
しき年配のご夫婦がいた。彼女はベッドで眠っていた。僕は挨拶をした。紗希
のご両親だった。父親も母親も、まるで彼女の兄姉かと思われるほど若く、彼
女の美しさはこの二人から与えられたものであることがはっきりとわかった。
紗希が眠っているので、僕はご両親とロビーに行き、自己紹介をした。父親は
アメリカ人にも拘わらず、流暢な日本語を話すナイス・ミドルだった。二人と
も、紗希から僕のことをよく聞いていると言った。母親は、既に紗希に病状と
今後について告知済みであること、彼女がそれを受け止めて、現在は精神的に
落ち着いていることを話してくれた。父親は、紗希から残された時間を僕と過
ごしたいと強く要望されていること、もし、僕が迷惑でなかったら彼女の望み
を叶えてやってくれないだろうかと話してくれた。僕はその場で、彼にはっき
りと承諾した。
翌日、紗希は退院し、僕の運転で彼女の大好きなO海岸に近いリゾートホテ
ルに向かった。僅かな、あまりにも短い数ヶ月だった。
季節は夏から秋へと移ろい、彼女は病魔と闘い、激痛に耐えた。
その朝、紗希は僕のライドが見たいと言い出した。彼女はもう一人では歩け
なかったので、ホテルのドクターと看護婦に手伝ってもらい、車椅子をワゴン
に乗せると、海岸に向かった。低気圧が去った後の晩秋の海岸にはいい波が立
っていた。快晴だった。僕は彼女を抱きかかえて車椅子に座らせると、海岸の
見晴らしの良い場所まで車椅子を押しながら移動した。
「いい波ね。わたしも一緒にライドしたかった……」
紗希はこの数ヶ月間で、痛々しいほど痩せ、肌は透き通るほど白くなってい
たが、それでも、病的な感じではなく、病魔も彼女の美しさまでは奪えなかっ
た。
「寒くないかい?」
僕はウェットスーツを着ながら言った。
「大丈夫」
「じゃあ、行って来るよ!」
「ここで見ているわ」
僕は沖に向かってパドリングを開始した。僕は紗希に注意をしながら、何回
かテイクオフし、彼女のリアクションを確認した。彼女は僕のテイクオフの度
に拍手した。更に何回目かのテイクオフの後、彼女が微笑んだまま反応がない
のに気がついた。
「紗希!」
僕は大声で叫んだ。紗希の反応はなかった。彼女は遠くから見ると、眼をつ
ぶったまま笑っているようだった。僕は大急ぎで浜まで戻った。
彼女は静かに微笑みながら永遠の眠りについていた。僕は紗希の亡骸を抱き
ながら、彼女の大好きだったこの浜に座り続けた。
了
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脚線美の誘惑 サンプル版
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発行元:儲かる稲妻ライティング塾 http://www.writingkouza.com/
著者:麗澤檸檬 info@writingkouza.com
発行周期:月刊毎月10日
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