映画監督・辻岡正人の未経験者でもわかる映画の作り方

映画監督・辻岡正人の未経験者でもわかる映画の作り方

  • 自分や家族の簡単な映像記録の残し方が学べる
  • 自主映画の作り方を知ることができる
  • 直接メールでメッセージや質問を送れる
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辻岡さんが俳優になられたきっかけを教えてください。

高校生の時まではバスの運転手か警察官になるっていう夢を持ってたんです。それが高校2,3年生くらいっていう将来のことを真剣に考える時期になって、いろんなことに興味と関心が向き始めたんですね。

そんなときにたまたま家で毎週購入していた『ザ・テレビジョン』の誌面にあった「塚本晋也監督の映画『バレット・バレエ』のメインキャストを募集します」という記事を見つけたんですよ。すごく衝撃を受けて、「どうせ無理だろう」と思いつつ書類を送ったんですけど、その後半年くらい音沙汰がなかったので、「やっぱり無理だったんだろうな」って諦めかけていたときに助監督の方から「オーディションがあるから東京に受けに来ることは可能ですか?」って連絡が来たんですね。当時は大阪に住んでいたんですが、受けにいきました。

そのオーディションはというと、ガクガクブルブルでした(笑)。監督から要求されたことも上手くできなかったので、「これは完全に無理だな」って大阪に戻ってまた半年くらい経った忘れた頃に合格の通知が来たんです。応募してから1年後ってことですよね。

当然ですが撮影も東京で、しかも半年ほどかかるということで、そこで初めて親に「実は塚本晋也さんという監督の新作映画のオーディションに受かったから、高校を休学して半年間東京に撮影に行きたい」って相談しました。そうしたら親が、山本晋也さんと勘違いしたらしくて(笑)。当時は山本さんのほうがテレビにもよく出られていてエッチなトークとかもされていたので、そういういかがわしい映画なんじゃないかと不安があったみたいなんですね。ですからいろいろ説明して誤解を解いて、最終的には認めてもらい、東京のスタッフルームで寝泊りしながら撮影に臨みました。

もちろんそれが僕にとって初めての映画制作の現場ですから、どうやって作っていくかも知らなかったですし、塚本監督が自主映画を日本に定着させた代表的な方だったってことも知りませんでした。ですから、脚本・主演・監督・撮影・照明・美術とすべてを自分でこなしながら陣頭指揮を取っている塚本監督の現場を見て、「これが映画の作り方なんだ」って勘違いしたんですよね。それで、「じゃあ頭の中にビジョンがあれば、もしかしたら自分でもできるかもしれない」と思ってしまったんです。

そんなわけで、その撮影が終わった後は「映画が撮りたい」という思いが強くなってしまってもう高校どころじゃなくて。それで大阪の高校は休学したまま、今度はちゃんと東京で一人暮らしをして、バイトでお金を貯めつつ脚本を書いてまわりの仲間を集めて自主映画を作り始めました

初めての映画の現場からそう時間が経っていませんが、脚本というものはそんなにすぐに書けるものなのでしょうか?

クオリティは別として、頭の中でイメージしたものを文字に起こすということに関しては問題ありませんでした。ただ、脚本の文法や決まった書き方など知らない状態で、とりあえず頭の中のものを吐き出したものだったので、プロの方から見たら「ありえない」ものだったと思うんですが、とにかく映画が作りたかった自分にはそれしか術がなかった、という感じでしたね。

映画監督・俳優 辻岡正人さん

そもそも昔から映画好きだったのですか?

そんなことないんですよね。ずっとドラマが好きでよく見ていましたし、身近でした。

完全に塚本監督に魅了されてしまったんですね。

そうですね。『バレット・バレエ』という映画は、今から15年くらい前に、「BLANKEY JET CITY」というバンドがありまして、そのドラムの中村達也さんという方が初めて映画に出られるということもあり、意外と注目されていたんです。中村さんがギャングのボスで、僕はメインキャスト5人組の1人。渋谷に住む若者たちの荒くれた人間模様が詰められているもので、ブームにもなりました。

そんな僕にとっての初めての映画がヴェネチア映画祭に出品されたので一緒に行ったんですけど、ブラッド・ピットが「この映画をアメリカでリメイクしたい」って言っていたのを間近な距離で聞いて、「映画の力ってすごいな」というのを肌で感じることができました。それまで大阪の小さな街で生活をしていた、言ってみれば「鳥かごの中にいた自分」が、映画と出会って、海を越え、日本人だけじゃなくいろいろな国の人の心を動かせるということを知って、どんどん映画の世界にのめりこんでいきましたね。

一般的には映画の世界は華やか、というイメージがありますが、これは大変だったというエピソードなどはありますか?

精神的に参ったのは、スポンサーがいくつかついた商業映画を監督したときですね。関係者の数だけでも200~300人くらいになってコミュニケーションも密に取れませんし、予算や撮影日数というのも限られますし、さらに俳優さんを拘束できる日数にも限りがあります。そんな中でも映画をよい良いものにしようと撮っていくんですが、OKを出しているものの、そこに何か自分の信じられない部分や、充実さに欠ける部分を感じたりすることがあります。

だから三池崇史監督とか園子温監督とかは本当にすごいと思いますね。「この予算」「この期間」の中できっちり求められるエンタテメイントを作り上げてしまうという監督力にはすごく感服します。

では、映画に携わっていて良かったと思うときは?

お客さんの反応ですね。所見のお客さんの反応を見たときに、「やってて間違いなかったんだな」という充実感で満たされます。

そんな辻岡さんのおすすめの作品を教えていただけますか?

僕が好きな映画は80年代あたりのアメリカのバブル的な時期のもので、ウォルター・ヒル監督という名匠の『ウォリアーズ』という、ニューヨークのブロンクスを舞台にしたギャングたちの縄張り争いの映画だったり、これもやっぱりギャング、若者たちを主人公にして、荒ぶる魂を描いた『ストリート・オブ・ファイヤー』という作品なんですけど。

ただ、それを自分では作れないんですよ。自分が作るものと憧れるものってまた違っていて、そこは難しいですよね。

映画監督・俳優 辻岡正人さん

メルマガでは映画の作り方をレクチャーしていただけるようですが。

基本的にこのメルマガはプロを目指す方はもちろんですが、そうではなくて、ご家庭でホームビデオを作ろうという方に読んでいただくとためになる、という内容にしていこうと思っているんです。今はビデオカメラとパソコンがあれば、それなりのものが自分で作れてしまう時代じゃないですか。ですから、どういうふうに順序立てていけば物語として成立して映画っぽいものを作れるか、ということに照準を合わせて、自分の新作の進み具合などとリンクさせつつ書いていこうと思っています。

映像を残すということは写真として残すことと別次元で難しいというイメージがあると思うんですが、「そんなに難しいものではないんだ、カメラとパソコンさえあれば意外と簡単にできちゃうものなんだ」ということを伝えていきたいですね。

最後に読者の方々にメッセージをお願いします。

絶対損はさせないノウハウを伝えますので、ぜひ一度読んでみてください!

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映画監督・俳優 辻岡正人さんプロフィール

ヴェネチア国際映画祭出品映画『バレット・バレエ』(98年:塚本晋也監督)で俳優デビュー。03年の23歳時に監督デビュー作『ロスト・バイ・デッド』で注目を集める。多数の報道とマスコミ露出で東京公開で動員記録更新、その反響が若者を筆頭に全国へ伝染し、自主映画として珍しい全国劇場公開となる。以後『老獄/OLD PRISON』「JUDGEMENT」などを監督。トロントリールハート国際映画祭・監督賞受賞。氷見絆国際映画祭・優秀賞受賞。ハンブルク国際映画祭では監督特集される。俳優としては映画『クローズZERO』「極道の食卓」 『まだ、人間』「くそガキの告白」などに出演。14年には監督最新作『BLACK ROOM』が第67回カンヌ国際映画祭マルシェデュフィルム部門に正式出品。国際的評価を得る(2015年秋、新宿バルト9をはじめ全国公開)。

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