東條英利の「日本の見方」

東條英利の「日本の見方」

  • 物事の本質を見分ける力が身に着く
  • 基礎教養力が養える
  • 直接メールでメッセージや質問を送れる
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簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか。

一番わかり易いのは私の曾祖父が東條英機という者でして、東條家の直系の長男だけに英の字がついているので、ご挨拶したときに、察する方はわかるみたいなところはあります。

ただ私自身は皆さんが想像するような特別な家庭ではなく、本当に一般の家庭と同じ環境で育ちまして、公立の小中高に通い、私立大学に進学し、大学を卒業してからは一般企業に勤めていました。

独立してからは、「神社人」というサイトを作り、神社神道に関する活動をしていたのですが、活動の幅を広げていこうとした際に、神社・神道のみだと非常に狭義な活動になってしまうなと思ったんです。そもそも私の活動の原点は外国に行ったときに自分の教養の無さというものを感じたことがきっかけだったので、まずは教養を身に着けて、海外との違いをきちんと判る人材を育成する環境を作りたい、と考え国際教養振興協会を設立し、現在は東京と大阪、広島、そして岡山を軸に、講演活動などをさせて頂いております。

自分の教養のなさを感じたことがきっかけというのは何かあったのでしょうか?

一般の家庭と同じ環境で育ったと言っても、こういう名前を持って生まれていますので、昔はコンプレックスが大きかったんですね。なぜかというと、自分の自我というものが形成される前から、東條英機のイメージで良かれ悪かれ大きいレッテルを貼られるわけですよね。そうすると自分は何なんだろうと思う癖がついてしまってたんですね。そういうこともあり、どちらかというと自分の名前から逃げてきた側面があって、高校の社会科の授業も日本史を選択せずに世界史を学んだりして。

だから実は他の人より日本の歴史に疎かったりしたんですが、大学卒業後に就職した企業で4年間、香港に駐在していた時に「日本から来ました」っていうと、当然周りの方は日本のことを聞いてきます。そうすると自分がいかに日本について勉強してこなかったんだというのがすごく分かるんですね。それを恥ずかしいなと思い、もう少し自分のことをきちんと学んでおくべきだったなと実感しまして、それからは自分の家だったり、日本のことだったりとかそういうことを学ぶ必要があるなと思うようになりました。

なるほど。さて今年は戦後70年ということでいろいろと注目されていますが、安倍首相の70年談話に関して率直な感想をお聞かせください。

率直に言ったら、長いなと(笑)。長くならざるを得ないほど、気を使わなければいけない対象が多いから、結局いろいろと盛り込まなければならなくなってしまって。

内容の良し悪しは捉えどころによって大きく変わるところがありますので、一音一句精査していけばそれなりにどうなの?ってところはあるのかもしれないですけど、全体像としてはやむを得ない内容だったかなというのは理解しています。ただ、それだったら正直の話、わざわざ談話を出さなくてもいいんじゃないのって思いますけどね。やっぱ出したら出したで反応を示すわけで。じゃあ日本以外の国でどこがやってますかっていうとどこもやってないんですよ。

だから今回の反応もネットなどで見て非常に思うのは、アメリカの方々は、謝る必要がないっていう意見が大半なんですね。なぜかというとアメリカこそ謝りだしたらきりがないんですよ。ベトナム戦争はどうなの?イラク戦争はって。そうなるとアメリカの威厳って保てなくなっちゃうんですよね。だから、過去はなるべく振り返らない、前に行こうと。

それはいささか、乱雑なところもあるんですけど、ただ前向きってことは当然必要で、戦後70年というと当時20歳の方が90歳。戦後80年になると経験した方はほとんどいらっしゃらなくなってくると思うんですよね。我々の世代が今後の社会を担っていくのは確実なわけで、今の対話のボリューム感を見たら、過去の話が多すぎて、未来の話がすごく少ないんですよ。じゃあ50年後100年後、僕たちは何をしようとしているのか、どうするのかって。

会社組織なども全部一緒ですけど、目標があるから今の行動があるわけじゃないですか。もし会社でも過去の栄華だけがあって、今後の目標がなかったらどうやって生産性を高めるかってすごく難しいはずなんです。それと近いことが起こっていると思うんですよ。

だから安倍さんの談話は解釈的には難しいところはあるんですけど、未来に対する切り替えという点で言えば一定の評価はできるんじゃないかなと思いますね。

安倍首相の靖国参拝見送りもありましたが。

私はそもそも歴史問題っていうのは存在しないと思っているんです。なぜかというと、歴史問題と言ってはいるものの、「歴史認識」を「政治問題化」しているにすぎない。

例えば、パク・クネ大統領は1000年恨みつらみって言う表現をしてたりしますけど、1000年前というと平安時代ですよ。平安時代のことを我々に請求するんですかって。そもそも物事の価値観と言うのはその時代背景に大きく左右されるんですね。先の大戦というのも植民地が是とされてた時代であり、人種差別も起こっていた時代。現在それはダメですよっていう価値観をもっている時代。それなのにその当時をさかのぼって糾弾するっておかしな話だと思うんですね。それって結局のところ自分の都合のいいように、過去の事象を遡って解釈をしていいということになってしまいますから。

今後の社会をつくっていく、未来に向かっていくためにも、教育は大事だと思いますが、日本人の教養、教育に対してどう思いますか?

もっと本質的な教育体制は必要だと思いますね。そもそも教育って日本国としてどういう国民が欲しいかという目的のもとに施される戦術なんですね。アメリカは自由とか権利、平等を目的とするので、独立戦争とかそういうキーになるところを重点的に教えるんです。中国は共産党主導ですので、毛沢東語録とかがかなり重点的に教えられていると。じゃあ日本はどういう国民が欲しいんですかっていうと、答えられない。だから結局グローバル教育が進んでいる韓国がいいとかシンガポールがいいとかノルウェーがいいとか、そういう目先のことばかりに目がいってしまう。

でも先ほど言ったとおり教育は目的に付随するものなので、グローバル教育を推進している韓国とかシンガポールとかは内需が少ないため、海外とのビジネスが主要に展開されているので当然語学も必要になります。なので、グローバル教育が必要ですってことになるんですけど、日本は内需主導のマーケットなので、必ずしも語学が必要かというとそうでもないんですよね。事実私たちの多くは10年近く英語を学んでいながら、使わなくても生活できるじゃないですか。だからそれなりに目的に合わせた教育をしなければいけない。

具体的にはどういったことが必要になるのでしょうか?

その人本人に関わることをもう少し教養として身に着けさせたほうがいいと思っています。

講演でよく、「愛情+理解=愛着」って言葉を使うんですよ、愛情に理解が加わってこそ愛着になると。だから地方において、地方に愛着を持ってもらうには、地方における理解を進める必要がある。

例えば広島では、平和記念公園が観光地として有名で、年間120万人ほど観光客が来るのですが、そこから歩いて行ける距離にある広島城は20万人足らず。6分の1になるんです。さらにそのうち県内の人は、年に2,3万人程度。つまるところほとんどの人が来てないわけです。事実広島県の方に話を聞いてみると、まだ一回も行ったことないという方は結構いるんです。それは外国人観光客や県外の人からすると関係なくて、広島城でいいスポットはあるんですかとか聞かれたときに、答えられない。それって順番違うよねって思うわけです。

よく国際化って言われてますけど、国際っていうのは「国が際立つ」と書くじゃないですか。国際の本来の意味ってそこなんですよ。だから我々が持ってるそれぞれのものを色とりどりに際立たせていくためにも、自分たちを知る教養が必要なわけです。それでお互いを相互理解し、敬う心を持っていれば、国際化の本当の意味を謳歌できると。その意味をもうちょっと考えて、磨いていく必要があるかなと思いますね。

そういう意味でも、お正月や祝祭日の意味とかそういう勉強こそ小学校などの初等教育で盛り込んでもらって、自分、日本について考える機会を作ったほうがよっぽどいいと思うんですよ。

英語の勉強を低学年化しようという話もありますが。

あんなものは全くもって不要です。私の周りの外国人で日本語ペラペラな人もたくさんいますが、どれくらいで話せるようになったか聞くと、平均して3年くらいなんです。勉強するきっかけになったのは何かというと、アニメや漫画、映画など、コンテンツに興味があってそれを理解したい、という事です。  

要するに教育というのは興味関心があって初めて腑に落ちてくる。興味関心がなければ何年やろうが腑に落ちてこないのは当たり前なんですね。しかも内需主導のマーケットでは活用する場所もない。これが英語教育の根本的な問題です。

だったらまず自分自身を充実させたうえで、高校生の3年間だけでみっちりやる方が断然いいと思います。じゃあ高校でみっちりやるのはどうやるのかというと、例えば、隣の席にきれいな外国人の女性がいたら、この子と会話したいなってある程度の人が思うと思うんですよ。私だったら絶対思いますよ(笑)。そしたらどうやったらデートに誘えるかとか一生懸命考えるじゃないですか。そういう環境さえあれば3年で絶対話せるようになると思います。

メルマガについてもお聞きします。「一切語るなかれ」という家訓もあり、今まであまり外部配信を積極的にされていなかった印象がありますが、メルマガを出そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

まず最大のポイントは会員制ということで一定のクローズドな仕組みがあるっていうとこですね。例えばTwitterにしてもブログにしても不特定多数の人が見られるという点ではそれなりの配慮というものが出てくるじゃないですか。Facebookは若干クローズドな感じですけど、それなりの人が見られるということは一定の配慮は必要になるわけで、なかなか言いづらいなと。だからメルマガみたいに、興味があるとか読みたいと思っていただける方だけ見られるという状況だといろいろと言いやすいなと。

どうしてもテーマがテーマだけあって妙に生々しかったり、センシティブなことが多いじゃないですか。Facebookでもニュースに多少突っ込んだことも書きますけど、投稿するときに結構言葉を選んでるんですよ。それでもよく読んでもいないのに意見してくる人とかも出てくるんですよね。それって勝手な先入観で言ってるだけであって、そういう人が出てくると、相当気を使って書かないといけないんだよなとか思うんですよね。

では最後にメルマガ読者にメッセージをお願いします。

もともとを言えば東條英機というのは戦後タブー化した存在であるのでメディアなどで取り上げられることもあまりなく、思いのほか知られていなかったりすることも多いんですが、インターネットの普及によって少しずつ理解が広がってきているというのが現在です。

ただ私が見た限りですと感情論的な情報に支配されているものが多くて、本質論的に物事をとらえているのは少ないなというのがあって。東條英機に関することじゃなくても、そういう情報って多いと思うんですよね。

私は環境が複雑であった以上、それなりに物事を客観的に見たり考えてきたという自負もあり、他の評論家やコラムニストの方々よりは、そういう部分は利点としてはあるのかなと思っているので、それを一つの物差しとして若い子たちの考えのきっかけになってもらえればいいかなと思いますね。

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東條英利さん プロフィール

1972年生まれ。第40代内閣総理大臣の東條英機は直系の曾祖父にあたる。2008年、日本文化・伝承の源泉となる神社・神道を学ぶ仕組み作りとして、全国神社情報専門ポータルサイト「神社人」を主宰。2013年、一般社団法人国際教養振興協会代表理事に就任。日本人の基礎教養力向上を目的とした勉強会、講演活動を全国的に展開し、神社、神道、文化、歴史、教養といったテーマで各種執筆活動を行っている。著書に『日本人の証明』(学研パブリッシング)、『神社ツーリズム』(扶桑社)、監修に『神社の基本』(エイ出版社)がある。

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