谷村パチンコランド・メルマガ版

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パチンコに目覚めたキッカケについて教えてください

パチプロまがいの生活をしている高校時代の後輩がいたんです。その後輩は、パチンコの勝ち額で車を買ったり、両親に温泉旅行をプレゼントしていたんですよ。

ボクが40歳の頃、たまたま彼が上京してきたときに、パチンコに連れて行かれたことがあったんですが、当時は羽根モノが全盛で、釘が良ければ素人でも勝てたんですよね。

そのとき、初めて「パチンコって勝てるんだ!こんなに儲かるんだ!」ということを知りました。世間で言われているようなマイナスイメージも、このときになくなりましたね。

さらに、ボクはタバコを吸わないので、煙と匂いがダメで、ホールに長時間居られなかったから、短時間打って、ちょこっと勝って帰るってことを繰り返してたんです。

そんなことをしているうちに、CR機の幕開けの時代が来たわけです。
初代「CR花満開」の登場ですよ。

それで1994年、花満開を打って、なんと年間400万円も勝てたんです。生まれて初めてパチンコ屋さんに開店前から並んだのもこの頃ですね。

パチンコ漫画家としての歴史の始まりは?

花満開に夢中で、ついにパチンコ台まで買っちゃったんですよ。
それが「週刊モーニング」でスパイ物を連載する準備をしている頃で、モーニングの編集者の方が家に来ると、深夜でもボクは床に置いた花満開を打ちながら8mmカメラで液晶画面を撮影しているんですよね。

それを見た編集者の方に「もうスパイ漫画はいいから、パチンコ漫画を描いたらどう?」と言われてスタートしたのが、「パチンコドンキホーテ」だったんです。それがパチンコ漫画家としての歴史の始まりですね。

パチンコに対するスタンスを教えてください

この度「まぐまぐ!」のメルマガ版でも配信が始まった「谷村パチンコランド」ですが、これまで携帯サイトで毎日休まず10年間コラムを書き続けてきた中で、ボクは一度もパチンコに対して苦言は呈しても、決してマイナスになるようなことを書いたことはありません。

なぜかと言うと、ボクは「パチンコはとても楽しい、素人がやっても面白い、ちゃんとやれば勝てる」ということを伝えたいからなんですよね。
それを17年間で5000万円勝ったことで証明したと思っています。

パチンコに対するイメージとして、一般的に陰湿なものや、借金なんてことを言われたりもしますが、ボクの中では、もともとそういったマイナスイメージは一切ないんです。
パチンコランドのコンセプト、「みんなで楽しく勝っちゃおう」というスタンスは、ボクがパチンコにのめり込んだ40歳の頃から17年間、まったく変わっていないのです!

谷村ひとしさん

オスイチ、カニ歩きといった立ち回りでパチンコが勝てる! と気付いたキッカケになる出来事はありますか?

ボクが最初に本格的に打ち始めた花満開や「CRギンギラパラダイス」って、今のパチンコよりもはるかに甘い機種で、1日中だらだら打っていても、確かに勝てたんですよ。

ボクも当時は、3ヶ月くらい毎日、1日中同じ台を打ってたりしていたんですが、1日ホールにいると、朝、夕方、夜と調子の良い台が見えてくるんですよね。すると自然に、これは1台にこだわっていてもしょうがないな、と思い始めたんです。

ですから、朝調子が良いと感じる台は朝打って出して、昼過ぎの台は昼打って出して……。そうして出していったほうが、当然効率は良いですよね。

カニ歩きって、無駄に打っているように見えるかもしれませんが、出そうと思った台に狙いを定めて打っているので、座ってすぐに偶然当たったというよりも、当たって必然だという感覚なんです。

「この台そろそろ出るぞ」と言って座って本当に当てているんですから、常連さん、店員さんにまで「パチンコ上手いですね」と言われるようになってきて、次第に“こういう打ち方はアリだな”と気付き始めました。

朝から打って10連チャンしても、あとはハマリっていう台を一日中打っていたら負けですが、10連チャンの部分だけいただいちゃえば勝ちじゃないですか。そういった着眼点がカニ歩きの始まりですね。

大金を遣って1日中打つというのもパチンコの魅力ですが、いかに短時間で効率よく勝つか? が醍醐味だと思うんです!

パチンコを楽しむ上で、最低限のマナー、やってはいけないタブーなどがありましたら教えてください

負けた理由を他人のせい、台のせい、ホールのせい、果てはメーカーや、他のお客さんのせいにすることですね。それは邪道ですし、とても浅はかだと思います。

パチンコの負けは、すべて自己責任だと思っています。自分の負けをなぐさめるために、他のもののせいにするのはズルいと思っています。
そういう人に限って、文句を言いながらも出さないホールに通い続けていたり、旬の過ぎた勝ちづらい機種を打ち続けていたりするんですよね。

他人や何かのせいにせずに、自分の負けを素直に受け止めて、見つめ直すことがプラス収支への第一歩だと思います。

パチンコがイヤになったことはありますか?

一度もありません。
負けていたらイヤになることもあると思いますが、勝っている人は、イヤになるようなことはないのではないでしょうか。勝てればパチンコは絶対楽しいものなんですよ。

負けて文句を言うような人も、パチンコが好きだから文句を言ってまで打ち続けるんですよね。スポーツのファンと同じです。チームが負けていても、そのチーム好きだから、監督の采配に文句を言いたくなる。

本当にパチンコがイヤになってしまった人は、何も言わずに去っていくものなんですよ。
ボクは、そういう人たちの心を動かすような漫画を描き続けていきたいと思っています。

この度、東日本大震災で被災地支援のために、本の印税やパチンコの勝ち額を義援金にされたとのことですが、それはどういった思いからなのでしょうか?

ボクは普通の作家として、漫画の原稿料があります。パチンコで勝ったお金はこういうことに活かすべきときだと思い、震災が起きてすぐに銀行の窓口へ行ったんです。

印税や勝ち額を義援金にするということは、これからも続けます。ボクが作家としていつまで続けられるかはわかりませんが、原稿料をいただいている限りはずっと続けていかなければいけないと思っています。

谷村ひとしさん

谷村先生にとってパチンコランドとは?

パチンコの楽しさを伝えたいという思いでパチンコ漫画を描いていて、表現に限界を感じたときがあったんです。

それは海シリーズのブームもあって、ありがたいことにボクの漫画がパチンコ漫画界では有名になった頃ですが、やはり最初からオスイチ自体を信用していなかったり、谷村ひとしという存在自体を信じていなかったりする人たちがいたんですよね。

ボクの存在も、収支も本当なんだということを証明するひとつのツールとして、携帯サイトというものがうってつけだったんです。

ただ毎日コラムを書いたり、パチンコを打った日は収支を付けるという、単なるパチンコ好きの漫画家の日常なんですけど、“同じ打ち方をしている”と共感してくれた方も多くて、たくさんお便りをいただきました。

全国に、ボクの打ち方に共感してもらえる方がいる、この気持ちは、ボクがパチンコを打ち始めたホールのアットホームな雰囲気にすごくよく似ていて、それを携帯電話の中で作ることが出来たんですよね。

もちろん、これまで誹謗中傷する人も居ましたが、そういった人たちが逆に恥ずかしくて去って行くほど、純粋にパチンコが楽しくて、勝ちたい、パチンコ好きな人たちが結集された世界だと思います。

メールマガジンを始めようと思ったキッカケは? また、メールマガジンをどういうものにしていきたいですか?

パチンコランドの皆様から、「スマートフォンでも見られるようにして欲しい」、逆に「スマートフォンを買わないのはパチンコランドを見られなくなるからです」なんてお便りをいただいたり、ホールでもファンの方に聞かれたりしたんですよね。それにどうしても応えたかった部分が大きいですね。

スマートフォンやPCの世界もどんどん進化していきますから、動画配信も可能になれば、もっともっとパチンコのリアルな楽しさや、ライブ感を伝えていけるようになるだろうと思うんです。

ボクが毎日のコラムだけでは伝えきれないことも、たくさんあるんです。これをキッカケに伝達の幅を広げることで、より深いパチンコのことを、より多くのファンの方に伝えていけたらいいですね。

谷村ひとしさん

最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします

昔は携帯電話なんて持たなかったボクにとって、2000年のパチンコランドのスタートは画期的でした。

ボクの書いたことに読者の方が応えてくれる、温かいお便りをいただけることは、本当にありがたいと思いました。

それが10年以上続いたこともありがたいのですが、11年目にスマートフォンやPCでも見られるようになって、これからも、より本物のパチンコファンの、本物のサイトであることを証明していけるんだ、という期待と喜びがあります。

ボクの収支を信じてくれなかったり、批判的な方もいますが、ボクの化けの皮を剥ごう、なんて思ってくれることも逆に大歓迎です!

ボクは負けず嫌いで、パチンコを独自に研究して、勝つためのコツっていうのを見つけたんだと思っています。それを“色んな人に伝えたい!”ただ純粋にそう思い続けているんです。

これからも変わらず、現在の読者様だけでなく、より幅広く、多くのパチンコファンにその気持ちを伝えていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

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谷村ひとしさんプロフィール

1953年9月13日生まれ。福岡県北九州市出身。高校卒業後の1972年に、漫画家・影丸譲也氏のアシスタントに。1979年に手塚賞・講談社新人賞を受賞し独立。同年、週刊少年ジャンプにて『ショーアップハイスクール』でデビュー。その後、数々の作品を経て、1995年に週刊モーニングにて『パチンコドンキホーテ』の連載スタート。“オスイチ打法”など、これまでの常識を覆す自らの実戦立ち回りを描いた作品は、読者の高い評価を得て大ブレーク。現在に至るまで意欲的に自らのパチンコ実戦ドキュメントを題材とした漫画を発表し続け、パチンコを始めてからの17年の収支がついにプラス5500万円を突破した。また、2000年10月開始の公式携帯電話コンテンツ「谷村パチンコランド」では、現在まで1日も休まずコラムを執筆し続けており、多くのパチンコファンの支持を得ている。

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