東北まぐ43号 2015年02月
シェアオフィスから広がる輪/気仙沼、「いまできること」アクションspf3.11、海苔WS/石巻マルシェ、写真レポート「50days」、会津のたまごぱん
東北まぐ
震災以降、空き家になっていた飲食店跡に、シェアオフィスが誕生した。
co-ba kesennuma(宮城県気仙沼市)
はじめに
〜シェアオフィス・co-ba kesennuma〜
はじめに
「co-ba kesennuma」を運営する杉浦さんは、愛知県出身。日本一周旅行の途中で震災にあい、そのままの東北各地のボランティア活動に関わりはじめた。現在は気仙沼に移住し、県内外の人々をつなぎ、気仙沼の魅力を発信する活動に奔走している。
気仙沼の中心地、漁港にほど近いに場所にあるシェアオフィス「co-ba kesennuma」。
震災後、空き家になっていた飲食店の跡地を改修して、昨夏オープンしたコワーキング・シェアオフィスだ。1ヶ月1万円で、作業スペースやWi-Fiなどが利用でき、会社の登記もできるという。取材で訪れた際も、気仙沼の特産品をインターネットで全国に紹介する地元企業や、気仙沼を中心に活動するNPOのメンバーが利用していた。1日1000円でも利用できるので、県外を拠点に活動する団体や、取材で訪れた人たちが、必要な日だけ活用する事も多いという。「打合せの時に利用する人や、普段は県外にいながら、気仙沼に来たときに第2のオフィスとして使っているという方もいますよ」と、運営者の杉浦恵一さん。

また、スペースの中には、ドラムセットやバーカウンターもあり、貸し切りのイベント利用やワークショップの会場としても活用されているそうだ。隣接するキャンドル工房では、3月11日に向け、毎月11日に全国でキャンドルを灯す「ともしびプロジェクト」の製品づくりが急ピッチで進んでいる。
「いま、被災地で行われている色々な取り組みは、全国で行われている“地方創成”の最先端かもしれません」と話す杉浦さんは、県外の人と地元の人の出会いの場づくりが成功の鍵だと考えている。イベントで一時的にひとを集客するだけではなく、その中から「気仙沼ファン」を増やし、長く深く関わってもらえる仲間を見つけることが大事だと考えている。そのためには、気仙沼に関わる様々な団体や企業、ひとが横断的に連携し、「ひと、もの、こと」の3つをお互いにシェアしていくことが、今後の課題だと考え、このシェアオフィスを誕生させた。

「とにかく、たくさんのひとにco-baを活用してもらって、どんどん新しいアイデアや繋がりが生まれる動きのある場所にしていきたいですね」と力を込める。
杉浦さんは「震災から4年。町の様子はずいぶん変化しています。新しい建物が建った場所、これから何かが始まる場所、空き地のまま草が茂っているところもあります。皆さん自身の目で、4年の道のりと、その変化を感じてもらえたら嬉しいです」と話す。

皆さんが東北に足を運ぶきっかけとなる事を願って、東北まぐ第43号をお届けいたします。
はじめに
co-ba kesennumaの様子。

はじめに
隣接するキャンドル工房。

Information
co-ba kesennuma
〒988-0017 気仙沼市南町2-2-25
0226-25-8131
「いま行かねば!」から「ここに住みたい」へ
学生ボランティアが歩んだ震災以降の4年。(その1)
行ってきました東北
教職を修めるために大学に籍を置きながら、気仙沼大島の中学校で補習授業の臨時講師をつとめる神田さん。学生による支援団体の代表として、様々な活動も平行して行っています。
〜ACTION Students' Project for 3.11/神田大樹さん〜

学生による被災地支援団体「ACTION Students' Project for 3.11」の代表を務める神田大樹さん(24)。
震災当初は、大阪大学に通う大学生でした。昨年の春から気仙沼大島に移住し、この3月で2年目を迎えます。大阪大学で地震の研究を行い、将来は研究者の道を目指していた神田さんですが、現在は教職へと進路を変更し、今後も気仙沼を拠点に生活したいと考えています。「震災がきっかけで、大学入学当時考えていた道とは全く違った方向に進むことになりました」と笑う神田さん。
神田さんの歩んだ震災以降の4年間を振り返り、今必要な東北支援のかたちと、これからについてのヒントを探します。

「今行かねば!!」
きっかけは、震災を報じるニュースの映像でした。「大変なことが起こっている。現地で何か出来ないだろうか」と考えた神田さんは、すぐさま行動を起こし、仲間とともに震災2ヶ月後の5月に宮城県の沿岸部に向かいました。
最初に訪れた石巻のボランティア拠点には、物資や人手が集まり、すでに現場に入っていた団体によって、組織だった活動が始まっていました。一方で、アクセスの難しい気仙沼大島には、支援の手が十分に届いておらず、まだ手つかずの状態だったと言います。仲間からは「ボランティア経験が少ないので、組織のしっかりした石巻で活動を行ったほうが安心じゃないか」と言う声があがりました。しかし、学生だからこそ出来る支援とはないかと考え、出来るだけ人手の少ないところで、継続的に活動することを目標にします。大学の教員にも協力してもらい団体を立ち上げ、気仙沼大島での支援活動を継続することになります。
休日を利用し、毎回バスをチャーターして、数十人から100人近い人数を集め、がれきの撤去作業を行いました。

「僕たちに出来ることとは?」
1年を過ぎる頃には、途方もないがれきの山も片付き始め、周囲でも作業終了とともに撤退する団体が現れ始めました。もう少し自分たちに出来ることはないだろうかと考えていたところ、島の子どもたちの元気がないという話を耳にし、「子どもたちと遊ぶ」という活動をスタートさせました。状況を探ると、震災後は学校の校庭が避難所にかわり、子どもたちの遊び場が失われていました。家屋が流されたり、被災で両親が仕事場を失ってしまった家の子どもも居り、深刻な大人たちの表情に萎縮している子どもたちの様子が垣間見えてきました。「島の大人よりも、子どもたちに少しでも年齢が近い僕たちが、気晴らしに思いっきり体を動かしたり、話を聞いてあげればいいんじゃないか」と考えた神田さんたちは、学校の体育館で「運動会」を企画しました。

当日、たくさんの子どもたちが小学校の体育館に集まってくれました。「楽しかったー。次はいつやるの?」と喜んでくれた子どもたちの笑顔に、大きな手応えを感じた神田さん。子どもたち以上に積極的に参加し、いっしょに大笑いしてくれた島のおじいちゃんやおばあちゃんたちとも、距離が縮まりました。結果的に、「子どもたちをなかなか構ってあげらなかったので、とても助かった」という保護者の信頼を得た神田さんらのメンバー。
保護者や学校の先生とも意見を交換しながら、「子どもたちの教育に関わる支援」にニーズを見つけ、活動をシフトチェンジしていきます。2年目以降は「ビュートレス」という、特殊なクレヨンを使って窓に絵を描くワークショップや、子どもたちと一緒に将来を考えるワークショップを企画し成功させ、島の子どもたちとの関わりをどんどん深めていくことになります。

「支援者の視点から、島の視点へ」
「”我々は災害支援のプロフェッショナルです。この作業を手伝いに来ました!”と旗を掲げいた団体は、その作業が終息するとおのずと撤退していました」と神田さん。「僕たちは専門のない学生だから、”何か出来ることはありませんか?”と、常に島の人たちの話を聞きながら行動したので、こうして長い期間、活動を続けることが出来たのだと思います」と振り返ります。

1〜2ヶ月に1回のペースで、子どもたちを中心とした支援を続けているうちに、大阪に帰ることがもどかしく思えてきたという神田さん。島の人たちと濃密な交流を続けるようになり、気仙沼の魅力、島の文化の奥深さに触れ、震災以降に生じた課題にも島の人たちと同じ視点で考えるようになっていきました。「大阪からの通いでは、圧倒的に時間が足りないと感じ始めました」という神田さん。

いつしか、”大好きな大島の人たちと、この土地の未来をもう少し一緒に見てみたい”と言う思いが、募ってきました。
次号に続く・・・(取材/岸田浩和
行ってきました東北
震災直後は、休日を利用して頻繁に大島へ足を運び、がれき撤去作業にあけくれました。

行ってきました東北
成り行きで子どもたちに関わるようになった神田さん。神田さんたちが企画した「運動会」や、「ビュートレス」という窓に絵を描くワークショップを通じて、子どもたちとの距離をちぢめていきました。

行ってきました東北
小学生の子どもたちに、島の歴史や魅力、文化を知ってもらうため、地域新聞づくりをスタートした。子どもたち自身が、島の取材を行う。

Information
ACTION Students' Project for 3.11
東松島・海苔まつり!ワークショップ参加レポート
〜石巻マルシェ・東京大森〜
海苔まつり
ワークショップは2回開催、各回15名の定員は満席
1月24日に「石巻マルシェ・大森ウィロード山王店」で行われた、「海苔ワークショップ」に参加してきました!(「東北まぐ」1月号で紹介)

当日講師を務めたのは、宮城県東松島市大曲浜のイケメン海苔漁師、相澤太あいざわ・ふとしさん。東松島市はアクロバット飛行を行う「ブルーインパルス」を持つ航空自衛隊・松島基地があることで有名ですが、実は知る人ぞ知る海苔の産地でもあるのです。そして相澤さんは若くして「奉献乾海苔品評会」で優勝し、皇室に海苔を献上した経験もある一流の海苔職人です。

いつもおにぎりやお寿司で食べる海苔ですが、そもそもどうやって育ってるの?味の違いってあるの?と疑問いっぱいで参加。ワークショップでは相澤さんから、海苔の胞子を牡蠣殻につけて海苔のタネを作るところから、網にそのタネをつけて海で育てる「育苗」、収穫してから真水で洗って乾燥させ、異物がついていないか金属探知機で厳しく検査し出荷するまでの、海苔の一生について説明がありました。
「海苔は子供を育てるのと同じ」と話す相澤さん。牡蠣殻につける胞子の数は漁師によって好みがあり、育苗の過程で海苔の網棚を海から引き上げて乾かすタイミングも、各人の腕にかかっているそう。「あまりに育苗にはまりすぎて、気になって夜に海に出て船の上で寝ちゃったり。ずっと海苔棚をみてたら海苔の表情が見えてきたこともあって……。いやあ、俺って変ですよね。この話はやめましょう(笑)」とはにかみながら、海苔作りへの熱い思いを話してくれました。

試食タイムがあり海苔を食べ比べましたが、相澤さんの海苔はパリッとしてるのに柔らかく、キメが細かくシルクのよう。潮の香りがしつつも、米の味を引き立てます。あまりの美味しさに「すごい!いつも食べてる海苔と全然違う!」と盛り上がる参加者達。一方で相澤さんは、いいものを作ってもいい値段がつかず、漁師をやめてしまう人もいる現状についても話してくれました。「じいちゃんの時代は海苔の養殖方法を確立して、親父の時にオートメーション化が進んで、すべて環境が揃っているのがうちら三代目。これからは食べる人と作る人をいかにつないでいくかが俺らの課題です。震災があってもなくても、そこをやっていかないと絶対衰退していく。海苔って、作った人や海によって全然味が違うんですよ。だから、皆さんにも地元があるなら、是非故郷の海を大事にして、地元の海苔を食べてほしい」。考えてみればスーパーで海苔を買う時、「どれも味は同じ」と値段しか見ていなかったので、相澤さんの思いを聞いてかなり反省。ちゃんと生まれ故郷・宮城の海苔を買おうと思いました。

「海苔のシーズンは1年に1回。一生で一番旨い海苔を作る」という信念を持つ相澤さん。是非、宮城の豊かな海で育った極上の海苔を味わってみて下さい。
(平沼敦子)
海苔まつり
石巻マルシェは東京・JR大森駅近くの商店街にある石巻のアンテナショップ

海苔まつり
東松島産の海苔とお米「かぐや姫」の試食タイムも

海苔まつり
海苔作りへのこだわりについて語る漁師・相澤太さん

Information
東松島オンライン
相澤さんの海苔が購入できるオンラインショッピングサイト。

石巻マルシェ 大森ウィロード山王店
〒143-0023 東京都 大田区山王3丁目1-6
毎週土曜日10時〜18時営業で、被災地と東京をつなぐ様々なイベントを開催。
相澤太さんの海苔も販売しています。
東日本大震災・写真レポート
「50Days」(その2)
東北まぐが創刊された2011年8月から遡ること3ヶ月半。
私は、震災から50日を経た宮城と福島の津波被災地域に向かっていました。

女川を皮切りに、南三陸町へ北上してから沿岸部を南下し、石巻市を経て南相馬市まで南下しました。

最初は、圧倒的な破壊の惨状ばかりが目に飛び込み、言葉を失うばかりでしたが、やがて、がれきの中でも懸命に生活を建て直そうとする人々の姿が目に入るようになってきました。火をおこして暖をとり、家屋の残骸を撤去し、仲間を励まし合う人たち。東北沿岸の町のあちらこちらで、再起に向けた槌音が響いていました。

被災地に暮らす彼らの声を伝えることで、多くの人々に復旧や復興の熱に加わってもらえないだろうか。そうすることで、微力ながら県外の私たちも、彼らと共に歩むことができるのではないだろうかと考えるようになりました。

東北まぐ創刊の原点ともなった当時の取材を振り返り、震災後50日を迎えた東北沿岸部の町で見た光景と人々の声を、あらためてお伝えしたいと思います。

50Days
牡鹿半島の海沿いを進むと、あちこちで散乱したがれきを撤去する人たちに出会います。地盤沈下で砂浜は姿を消し、波しぶきが道路をぬらしています。

50Days
牡鹿半島にある泊地区を、浜に向かってすすむと、津波が集落の約半分を飲み込んだ現場にたどり着きました。海辺の真新しい家屋越しに、本来は見えるはずのない海が覗いていました。

50Days
「避難先で使えるモノがないかと思ってね」
原形をとどめない家屋の中から、家人が賢明に家財道具を掘り起こしています。

50Days
震災後、早くからボランティアの拠点となっていた石巻専修大学の校庭脇には、全国から寄せられる物資や作業用具が集積されていました。

50Days
会社の有休を使って、石巻にやって来たというボランティア。「何か手伝いができないかと思って、いてもたっても居られずに、東京から来ました」と話してくれました。

50Days
石巻の鹿妻地区では、日本に亡命してきたミャンマー人難民の有志約100名が、炊き出しやがれきの撤去を行っていました。自費や寄付で食材を集め、カレー数100食を用意しました。主催者は「自分たちを受け入れてくれた、日本と日本の人たちには大きな恩義がある。いつもお世話になってばかりなので、今回は少しでもお役に立てるならと思って」と話してくれました。

50Days
「辛くないし、おいしいよ!」地元の中学生が、ミャンマー人ボランティアチームのカレーをおいしそうに頬張っています。地元の人たちの感謝の声を受け、ボランティアチームのメンバーは「また何度でも足を運びたいです。また、必ず来ますよ!」と、答えていました。
岸田浩和
今月のお取り寄せ
会津のたまごぱん 432円(税込)
今月のお取り寄せ
タマゴパックに入ったパッケージが目を惹きます。

今月のお取り寄せ
中にはタマゴ型のサブレーが20個入っています。
東北まぐ編集部
イチオシの理由は?

今回ご紹介するのは焼き菓子、その名も「会津のたまごぱん」です。タマゴパック風のパッケージが何ともかわいらしいこちらの商品を編集部で試食してみました。
「たまごぱん」という名前ですが、ザクッとした食感は少々固めのサブレーのようなテイストです。口に広がるのはどこか昔懐かしい素朴な味わい。国産小麦粉、国産タマゴ、国産バターを使用しており、しっかりとした甘さはあるのですが、甘すぎないので非常に食べやすい印象です。ホットミルクやカフェオレと相性は抜群!老若男女すべてにオススメのおやつと言えるでしょう。ぜひお取り寄せしてみてください。

Information
オノギ食品
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【東北まぐ】 2015/02/11号(毎月11日発行)
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