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株式会社は誰のもの?「モノ言う株主」が知るべきたった1つのルール=山本潤

会社と個人との類似点

当たり前のことが当たり前とは限りません。個人の保有する現金はその個人のものでしょうか。当たり前と思われるかもしれませんが、そうとも言い切れないですね。法律ではそうかもしれません。しかし、実際は、そのときどきの関係者の置かれた状況によるものでしょうね。

たとえば、使い切れない現金をあなたが保有している場合を考えてみましょう。そうですね、たとえば、10兆円を保有している、と仮定しましょう(ありえませんか!?)。

その10兆円は、日本の仕組みでは、遅かれ早かれ、相続税として課税される運命です。多くのお金持ちは、慈善事業に寄付したり、パトロンとして画家や音楽家を援助したりしていますね。個人のお金であっても、それは、結局は、国家のものであったりするのです。

スケールを変えてみます。あなたが10万円を保有しているとしましょう。その10万円は、あなたが自由に使い方を決まられるお金でしょうか。

それも、人が置かれた状況によりますね。子供の学費になる。住宅ローンの返済原資になる。生活費となる。生活費となる場合、家族のために使うのですから、あなたの自由にはなりません。

お金は誰のものであるのか? その答えは、状況次第なんですね。株主会社は誰のものでしょうか? その答えは、そのときどきの社会情勢によるわけです。時代による、ということなのでしょう。

国家は誰のものでしょうか?

国家はそもそも国民が信託した体制です。主権者たる国民が選挙にて、代表を選ぶのです。それなのに、各々の国民には、国家を所有しているという実感がありません。

国家のお金は誰のものでしょうか? 国民のものでしょうね。同時に国家の借金は誰の借金でしょうか? やはり、国民のものでしょうね。

いま、国家は膨大な借金。企業が膨大な内部留保。国家がインフラを整えて、大企業がそのインフラで儲けるから、お金の流れが一方的になります。

個人も国家も企業も、実は表裏一体の存在なはずなんですがね…。わたしは、わたしのものかもしれないが、同時に、わたしだけのものではない。個人は社会の一部です。国家は個人のものであると同時に、他人のものでもある。公園がみんなのものであるのと同様に。個人の存在もみんなのためにあり、社会も個人のために存在する。

つまり、「会社は社会の公器」である。まったく、現実を表しているよい文句ですね。公器。みんなのうつわ。

まあ、会社が株主だけのものでないから、アクティビストが極端な要求をしても、会社は彼らのいうことなんか聞きませんよね。アクティビストの言う通りにしていたら、企業統治は公正さを欠くことになりかねません。

配当を増やして、現金がなくなり、事業リスクバッファが足りなくなる。事業転換や研究費や設備投資ができなくなる。

そうなったら、本末転倒でんがな。

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億の近道』(2016年11月24日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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