日本人も驚き。「英語ができないのは、幸福な国の証」だった

 

日本人の9割に英語はいらない」という成毛氏の主張は、以下の計算に基づく。万人単位で丸めて紹介すると:

まず、3ヶ月以上外国に長期滞在している人数は、この20年の平均で約57万人。平均滞在期間を4年として、人生80年のうち4年間、すなわち人生の1/20の期間を海外で過ごす人が常に約57万人いるとすると、日本人全体で一生のうち4年ほど海外で滞在する人はその20倍、1,100万人ほどだ。

これに外資系企業の雇用者数約100万人と、ホテルやレストラン、交通機関などで訪日外国人にサービスする人口を100万人と仮定すると、合計1,300万人。日本の総人口の約1割となる、という計算だ。

逆に言えば、日本人の9割は外国に長期滞在もしないし、外資系に勤めたりも、ホテル・交通機関などで外国人にサービスもしない、実生活ではほとんど英語を使う必要はないという事になる。

しかし、この1割にしても、本当の英語力が必要かと言うと、大いに疑問がある。現実には外資系企業に勤めていても、マイクロソフトのように97%は本当の英語力は不要であったり、レストランやホテルでも使うのは「ご注文は何にしますか」などと限られた表現だけだ。

海外長期滞在と言っても、英語などまったく通じない国もあるので、全ての人が英語が必要なわけではない。こう考えると、議論や交渉、知的会話などができるレベルの英語力が必要なのは、数%台しかいない、と言えるのではないか。

自国語で大学教育までできる国は珍しい

しかし、国民のうち英語が必要なのはせいぜい数%しかいない、という日本の状況は世界でも珍しい。

たとえば、英語の話せるインド人は9,000万人に上ると言われている。総人口が12.5億人なので、それでも7%台だが、国際会議や交渉の場で、インド人があの変わった抑揚の英語でリードしている場面にはよく出くわす。

…インド人が、日本の大学では日本語で授業が行われていると知ると、驚くのだという。日本人の英語力の低さに驚いているのではない。日本人が母国語で自然科学や社会科学といった高度な学問を学べることに驚くのである。 [p4]

インドの大学では英語で授業が行われる。これは500万人以上の話者を持つ言語が26もあるという多言語国家で、英語が準公用語となっている事と、大学の教科書は英語で揃っているので、そのまま使った方が効率的だと、という事情がある。

そもそも世界で、自国語で大学まで学べるという国はそれほど多くない。ヨーロッパでもドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語などの大言語を除けば、デンマーク語とかアイルランド語とかチェコ語といった話者の少ない言語の国では大学の教科書のような少人数向けの本は出版できないからである。

もう1つは、大学で使う高度な近代的概念用語を揃えた言語もそれほど多くない。たとえば「中華人民共和国憲法」とか「北朝鮮人民民主主義共和国」などでの「人民」「共和国」「憲法」「民主主義」などは、日本の明治の先達が漢字にした概念用語直輸入して使っているだけだ。

輸入品だから、いつまでも憲法や民主主義などが根づかないのだろうと皮肉の1つも言いたい所だが、逆に日本から輸入した概念用語がなければ、中国語や朝鮮語では大学教科書は作れなかったか、作れても何十年も遅れたであろう。

自国語で大学教育ができるというのは、それだけその言語の人口規模が大きいことと、その言語が高度な近代的概念用語を揃えているという必要がある、ということである。そういう言語は世界でも10指に満たないであろう。我が国はそれだけ恵まれた環境にあるのである。

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