過去10年のCMを解析して命令するエラいやつ
ーー2016年5月某日。都内のオフィスにて
タキバヤシ:さすが花輪さん、きっちり5分前ですね。でもここ中目黒ではないですけど、どうなってるんすか?
花輪:きっと本部は見せられないヒミツがたくさんあって……おい、きたぞ。
松坂さん:こんちにわ。MAG2 NEWSさんですね? マッキャンで「AI-CD β」の開発グループを立ち上げた松坂俊と申します。
花輪:さっそくですが、「AI-CD β」は何者なんですか?
松坂さん:な、なにもの? えっとそうですね、簡単に言うとCM制作を行うクリエイティブ・ディレクターです。昨年9月に弊社のミレニアル世代(1980–2000 年前半生まれ)を中心に「クリエイティブ・ゲノム・
花輪:(ゲノム・プロジェクト。なんとなく名前もSFっぽいぞ)いったい誰にそそのかされて、そんな壮大な計画を立てたのでしょうか?
松坂さん:そそのかされて? ええーっと、インスパイアされたのはオンライン定額制動画配信サービスのネットフリックスの事例ですね。
花輪:ネットフリックス!? やはり「ターミネーター」とか「マトリックス」とか「アイ、ロボット」とか、そういう映画に影響されちゃったんですか?
松坂さん:なんの話ですか?(笑)。ネットフリックスは7、8年かけて自社で配信する映画やドラマに独自のタグ付けをして、好まれる作品の傾向やデータを分析・収集したらしいんです。そこでユーザーが最も好きそうなキーワードとして出たのが「ケビン・スペーシー主演」「デヴィッド・フィンチャー監督」「政界モノドラマ」でした。それで100億円をかけて自社制作した作品が「ハウス・オブ・カード」というエピソードを聞いたんですよ。
花輪:「ハウス・オブ・カード」知ってる! 第5シーズンまだですか?
松坂さん:それは知らないですけど(笑)。100億円というのは会社が傾くくらいの巨額な投資だったらしいのですが、このキーワードをもとに制作したら、見事、ネットドラマとしては初のエミー賞を受賞する人気ドラマになったんです。アメリカでは社会現象になったんだとか。
花輪:え、ええ…。
松坂さん:これを聞いて自分たちのCM制作にも活かそうと思ったんです。我々も過去の人気CMを分析すれば、面白いCMの要素がアルゴリズムで出せるのではないかと。それでまず始めたのが国内最大規模のCMコンクール「ACC CM FESTIVAL」の分析でした。テレビCM部門で過去10年分の受賞作品を構造分解し独自のタグ付けをしていったんです。
花輪:ちょっと話がわからなくなってきたのですが、人類補完計画はいつ出てくるんですか?
松坂さん:人類?補完?ああ、確かにタグ付け作業を補完するのは人間です。クリエイターや有識者たちにもお願いして、CMのコンセプトやターゲットや、モチーフ、トーン、見た後にどんな気持ちになるのか、それ以外にも数多くの項目を手動でタグ付けしました。この膨大なデータをもとに新たなCMを生み出すのが「AI-CD β」なんです。
花輪:おいタキバヤシ、俺ちょっと疲れてきたからパス…。
タキバヤシ:(ったくもう。なにが人類滅亡だよ)。つまり広告受賞作のCMをデータベース化して、その情報をもとに新規のCM制作を行う人工知能ということですね。ただCM制作というのは企画のほかにも、演出だったり、撮影だったり、編集だったり、ほかにも手が掛かりそうなのがあるのですが、「新入社員」で「人工知能」の彼にそれができるのでしょうか?
松坂さん:「AI-CD β」の作業はクリエイティブ・ディレクションのみになります。つまり大まかな方向性だけ決める。クライアントからの商材の要望をもらって入力すると、どんなCMを作ればいいかを指示します。
タキバヤシ:新入社員なのに偉そうですね。
松坂さん:ええ(笑)。新入社員ですが、新卒採用とは言ってないですからね(笑)。出された指示をもとに、残りの作業を物理的に進めて行くのは現場の人間たちとなります。
タキバヤシ:なるほど、それは「人類が補完」計画ですね。でも、ということは彼は上司になるんですか?
松坂さん:そうなりますね(笑)。これまでの経験則(データベース)をもとに、瞬時に指示を出す上司です。
タキバヤシ:それにしてもあの指示書は何言ってるかわからないですが。
松坂さん:まだ弊社に入りたてなので、言葉(タグ)の数が少ないのと、データのフィードバックが少ないので指示が曖昧になっているのがあります。でも「AI-CD β」は成長もするんですよ。フィードバックを受けて、より的確な指示を出せるようになっていきます。今回のは多分、名曲の替え歌をBGMにして、山とかを背景に、商品名を連呼するようなCMを作れということじゃないですか?
タキバヤシ:「AI-CD β」が壊れたのかと思ってました。
松坂さん:うーん、確かに壊れてる面もありますね。この業界って「あれとこれとこれをくっつけて◯◯みたいな感じで!あとはよろしく!」ってようなフワッとした指示を出すクリエイターの人も多くて(笑)。天才肌の人に多いんです。「あとはよろしく!」って言われた現場の人たちは、大まかな意味を汲み取りながら必死にカタチにしていく。
タキバヤシ:それにしてもその指示がアームで筆に書くというのがまたわからないのですが。
松坂さん:なんか雰囲気あるじゃないですか? 紙にササッと書いて現場に指示を出す。あえて筆で書くとより威厳が強まるのかなと(笑)。そもそも人気のクリエイティブ・ディレクターって少し近寄りがたい雰囲気があるんですよ。
タキバヤシ:確かに中目黒に住んでるヤツは近寄りがたい。
松坂さん:なんですかその設定(笑)。でも一応社会人なので、名刺も渡せるんですよ。
タキバヤシ:へー。
松坂さん:ここ笑うところです(笑)。でも「AI-CD β」はほかのクリエイティブ・ディレクターにはない感性をもっているんです。
タキバヤシ:感性? AIなのに?
松坂さん:感性といいますか、純粋なところですかね。例えば我々人間が何かアイデアを出すときに「これはないよな」って無意識に除外してるのってけっこうあるんですよ。そういう我々が出さないストレートなアイデアを出してくることに驚きがありますね。そこを人間が素直に受け止めてCMをディレクションするとどういうものが出来上がるのか、今から楽しみです。「AI-CD β」はまだペーペーですがもっと成長して、そのうち、きっとすごいことになりますよ。期待してくださいね。ふふふ。
そして人工知能との戦いが始まる…
花輪:なーんだ、結局、暴走でもなく、5月病でもなかったな。
タキバヤシ:ええなんとなく知ってたし。花輪さんが勝手に盛ったんでしょうが。
花輪:それにしてもわざわざ上司を作り出すって日本人だよなぁ。俺だったら部下を作って、そいつにあれとこれとあれをガーッとやって、あとは「いい感じで」とか言いたいわ。ここの道をまっすぐシューッって行って、最初の通りでキュッと曲がって、とかさ。
タキバヤシ:それ単なる関西人じゃないすか。だいたいデキる部下を人工的に作ったらそれこそ仕事奪われちゃいますよ。それにしても松坂さんの最後の不敵な笑みなんだったんでしょうね……。まさか本当に人間の仕事を奪うことにはならない…、あれ、花輪さん!?
花輪:おい、これを見ろ!またなんか来たぞ!
花輪・タキバヤシ:な、なんだってーーーー!!
おしまい。
※人工知能の5月病や暴走はフィクションですが、この「AI-CD β」は確かに実在します。中目黒か、南青山か、どっかその辺に……。
取材・文/タキバヤシ