孫子の兵法
「100年マラソン」の手段は、かつてのソ連のように、核ミサイルなどの軍事力のみでアメリカを凌駕しようという単純なものではない。
中国の戦国時代に発達した「孫子の兵法」に基づき、諜報、謀略、外交、経済など、すべての手段を使って相手を圧倒することを目指している。直接的な軍事力は総合的な国力の10%以下でしかなく、戦わずして相手を屈服させるのが最高の勝利だと考える。
たとえば2013年の米政府内の調査によれば、中国はパトリオット・ミサイル、イージスミサイル防衛システム、オスプレイなど多くの兵器システム設計にサイバー侵入したと見られている。
サイバー技術は機密情報を盗むだけでなく、攻撃にも使われる。米軍の弱点は、あまりにも最新の情報通信技術に頼りすぎている点にあり、サイバー攻撃によって兵器の通信・制御システムがダウンしたら、米軍の動きは麻痺してしまう点が大きな懸念となっている。
経済分野においても、中国政府のバックアップをうけた国営企業が世界市場でシェアを広げつつある。世界の大企業500社のランキングであるフォーチュン・グローバル500には、2014年に中国企業が95社もランクインした。
その1つ、世界最大の電気通信会社の1つ「華為技術(ファーウェイ)」のネットワークを使うと情報を盗まれる恐れがあるので、米英政府は国内での同社の機器の販売を禁止している。
テロ集団や独裁国家を支援することも、米国打倒の手段の1つである。2001年9月11日の同時多発テロの直後には、タリバンとアルカイダが中国製地対空ミサイルを受けとった事実が確認されている。アメリカの特殊部隊がそのうちの30発を発見した。
アフリカ諸国には2兆ドルもの無条件融資を餌に、反欧米プロパガンダの浸透を図り、独裁政権を支援してきた。さらにその他の地域でもシリア、ウズベキスタン、カンボジア、ベネズエラ、イランなどの独裁国家を手なずけている。パキスタンとリビアに核技術を提供した証拠も見つかっている。
こうしてサイバー攻撃や、国営大企業の世界市場進出、テロリストと独裁国家の増殖により、アメリカの覇権は着々と浸食されつつある。
「100年計画は予定より早く進んでいる」
「100年マラソン」のゴールは2049年だが、近年、GDP(国民総生産)で日本を抜いて世界第2位となり、アメリカの軍事力もあって、中国内では前倒しの可能性が論じられている。
…中国の指導者のなかには、100年計画は予定より早く進んでいると結論づけた者もいる。学者や諜報機関の職員は、少なくとも10年、もしかすると20年も計画より先に進んでいると言いはじめた。こうして中国の指導者たちは、マラソン戦略に戦術的変更を加えるかどうか、つまり、ラストスパートをかけるかどうかを討議するようになった。
(p 4,429)
「ラストスパート」では、アメリカに助けられている伴走者というポーズをかなぐり捨てて、一気にアメリカを抜き去る。近年の尖閣海域での傍若無人ぶり、南沙諸島の軍事基地建設、サイバー攻撃の頻発、AIIB(アジアインフラ投資銀行)設立など、中国が今までの弱者の擬装をかなぐり捨てた可能性はある。
アメリカ側も中国が正面の敵であると認識し始めた。アメリカ外交政策を論ずる大本山である外交問題評議会(CFR)は、従来「親中派」の牙城だったが、今回出した特別報告書ではリチャード・ハース会長が序文にこう書いている。
中国は今後数十年にわたって、アメリカにとっての最も深刻な競争者であり続けるだろう。
中国の経済軍事両面での大きな膨張は、アメリカのアジアにおける利害、あるいは全世界におけるアメリカの利害に対して、大きな危険をもたらすだろう。
従来とは打って変わった敵対的な認識である。
今回のピルズベリー博士の著書も、米世論の急激な転換に大きな役割を果たしているのだろう。
ピルズベリー博士は、中国の「100年マラソン」に打ち勝つための12段階の戦略を展開し、それを行う時間はまだ十分ある、としている。
その内容は、「孫子の兵法」を逆用したもので、いくつかは弊誌852号「孫子に学ぶ対中戦略」で、太田文雄・防衛大学校教授の著書から紹介したものと共通している。特に中国内の環境破壊や汚職のひどさを中国国民にも知らしめ、民主化勢力を支援する事は、中国共産党独裁政権のアキレス健をつく戦術である。
アメリカの強みは、共和党と民主党で目指すべき方向は違っても、いざ国防・国益の問題となったら一致団結するという点だ。中国の擬装が明らかにされた以上、米国は今後、断固として中国に対峙するだろう。