もんじゅ廃炉の裏に、新たな「天下り利権」死守の目くらまし疑惑

 

「もんじゅ」の廃炉が意味することは、以下のようなまとめで差し支えないだろう。

プルトニウムを増やす「もんじゅ」が廃炉になれば、サイクル政策を続ける意味がなくなり、使用済み核燃料が「ごみ」となるおそれがある。最終処分場の見通しはなく、使用済み核燃料の行き場がなくなって、ふつうの原発の運転も立ちゆかなくなる。だからこそ、もんじゅは、成果をあげなくても約1兆円の税金を垂れ流しにして守られてきた。
(朝日新聞「崖っぷちのもんじゅ 夢の高速増殖炉、風前のともしび」より)

「もんじゅがなければ核燃料サイクル政策、ひいては原子力政策全体が立ちゆかなくなる」という文科省の主張もこれとほぼ同じだ。

経産省が高速炉研究継続に具体性を持たせるためにあげるフランスの高速炉アストリッド計画への協力は、いまだ海の物とも山の物ともつかないシロモノである。

このことをいちばんわかっている原子力学会が、「もんじゅなくして高速炉研究を継続するということはありえないと、あらためて主張したとみることもできる。

だが、政府は、使用済み核燃料の再処理で取り出したプルトニウムとウランの混合燃料(MOX燃料)を普通の原子炉で使うプルサーマル発電によって、核燃サイクルはまわり続けると強弁する。

日本が保有するプルトニウムは国内外で計約48トンもあるという。長崎原爆なら4,000発以上も生産できる量だ。プルサーマルのようなものではとても消費できない。

再処理工場というのは原子力発電所以上に危険な施設である。日本にはもともと再処理の技術などない。フランスの技術を導入して六ヶ所村の工場をつくったのだ。

しかも六ヶ所村の再処理工場はいまだ本稼働に至っていない。むしろ稼働させたら、英仏の再処理工場に委託するよりコストが数段高くつくといわれている。六ヶ所村の再処理計画もまた破綻しているのだ。

六ヶ所村で使用済み燃料を再処理し、取り出したプルトニウムを「もんじゅ」で燃やして、より多くのプルトニウムを生み出し、それを資源に原子力発電を続けていくというのは、もはや絵空事にすぎない。

つまるところ、「もんじゅの廃炉は核燃サイクルの終焉であることを認識しなければならない。

核燃サイクルの終わりは、脱原発を完遂するための遠大な事業の始まりを意味する。そしてそれは同時に、再生可能エネルギーをメインエネルギーとするための技術革新をめざすスタートでもある。

image by: Wikimedia Commons

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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