アジアのアルカデヤ(桃源郷)
イギリスの女流探検家イザベラ・バードは、明治初年に日本を訪れ、いまだ江戸時代の余韻を残す米沢について、次のような印象記を残している。
南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕したというより、鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、抑子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人びとの所有するところのものである。
美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。どこを見渡しても豊かで美しい農村である。
(『日本奥地紀行』)
イザベラ・バードは、この土地がわずか100年前には、住民が困窮のあまり夜逃げをするような所であったことを知っていたかどうか。この桃源郷を作り上げたのは、鷹山の17歳から55年にもおよぶ改革が火をつけた武士・領民たちの自助・互助努力だったのである。
美しく豊かなのは土地だけではない。それを作り出した人々の精神も豊かで美しい。病人や障害者は近隣で面倒をみ、老人を敬い、飢饉では富裕なものが競って、貧しい者を助ける。鷹山の自助、互助、扶助の「三助」の方針が、物質的にも精神的にも美しく豊かな共同体を作り出したのである。
ケネディの問いかけ
And so my fellow Americans,
Ask not what your country can do for you.
Ask what you can do for your country.
それゆえ、わが同胞、アメリカ国民よ。
国家があなたに何をしてくれるかを問うのではなく、
あなたが国家に対して何ができるかを自問してほしい。
ケネディ大統領就任演説の中の有名な一節である。国民がみな国家に頼ろうとしたら、国家はもたない。それは社会主義国家の失敗や、福祉国家の行詰りで歴史的にも証明されている。現代日本の財政危機も、ひたすら景気浮揚のための政府公共投資、福祉充実のための予算膨張と、国民が国からの「扶助」のみに頼ってきたツケがたまりにたまったものだ。
国家という共同体が成り立つためには、その構成員が、それぞれ国家のために、お互いのために何かをしよう、という自助と互助の精神が不可欠である。それがあってこそ、国が成り立ち、その中で国民は自由と豊かさを味わうことができる。ケネディが鷹山を尊敬したのは、自助・互助の精神が、豊かで美しい国造りにつながることを実証した政治家であったからであろう。
しかし、我が国の戦後教育は、鷹山公をことさら無視してきた。それは「扶助」のみを訴える戦後の社会主義的風潮からは、「自助・互助」とのバランスをとる鷹山の姿勢は受け入れがたいものがあったからであろう。
財政再建も、また教育や政治の改革も、「自助・互助」の精神の復活が鍵である。それを教えてくれている人物は、我々自身の歴史のすぐ手の届くところにいるのである。
文責:伊勢雅臣
『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3,000人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
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