破綻した旅館をことごとく再生。なぜ星野リゾートの奇跡は続くのか?

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人気ホテルランキングでも上位にランクインし、まだ行ったことのない人には「一度は行ってみたい」、行ったことのある人には「また絶対行きたい」と思わせる魅力をもつ星野リゾート。「テレビ東京『カンブリア宮殿』(mine)では、放送内容を読むだけで分かるようにテキスト化して配信。旅館業のカリスマ・星野社長が考える「真のおもてなし」とは…?

「一度は泊まってみたい」星野リゾートの魅力

四季折々の絶景が楽しめる日光・鬼怒川。歴史ある全国でも有数の温泉地だが、今、その川岸には廃墟と化した建物も。かつては団体客で賑わったが、1993年をピークに客は3分の1以下に激減。全国的にも団体客に頼ってきた温泉旅館の多くが淘汰されている。

しかし最近、鬼怒川の様子が変わってきた。7年前に完成した新名所、鬼怒楯岩大吊橋。絶景の中に浮かんでいるような景観が大人気に。駅前にも長い行列のできる飲食店や土産物店ができている。昔ながらの温泉街は、少しずつ活気を取り戻している。

変わる鬼怒川。そんな勢いを感じさせる宿が、去年の秋にオープンした「界 鬼怒川」。

到着したお客さんが乗り込んだのは、斜めに上り出すエレベーター。すぐに鬼怒川の景色が一望できる。およそ2分で宿に到着。新築の旅館には和モダンな客室が48室。眺めのいい露天風呂もあり、極上のひと時を楽しめる。

そして評判の決め手はやはり食事。晩御飯のメインは、鬼怒川の龍神伝説にちなんだ鍋。地元の食材を800度の焼け石で一気に沸騰させる、ダイナミックな創作料理だ。益子焼の器に盛られた会席料理が楽しめて一泊二食付き3万円から。

界 鬼怒川は星野リゾートが運営する客室の稼働率は73%。日本旅館の全国平均が37%(2015年観光庁調べ)だから、これは驚異的な数字と言える。

この日、赤ちゃん連れの夫婦を出迎えたのは、入社4年目の渡邉茜。宿帳を書いてもらうと、そこに知らない情報があった。新婚旅行だと知った渡邊は、夫婦を部屋に案内すると、お祝いのスパークリングワインをいつの間にか用意。ただ、授乳中の赤ちゃんがいるので、奥さんはアルコールを控えていた。渡邉はどうするのか。夕食のデザートの時に用意したのはノンカフェインの麦茶。ちなみにデザートは新婚さん用の特別バージョンだ。

二人がデザートを楽しんでいる間、渡邉は記念写真に添えるメッセージを書いていた。「そうたくんが大きくなられてお話ができる頃にまたお会いできれば……」。メッセージを読んだ奥さんは、「子どもの名前を覚えていてくれた」と、感動した様子だ。

このように状況に応じて考え抜き最善のサービスをするのが星野リゾート流スタッフ一人一人が女将のように接客することで熱烈なファンリピーターを掴んでいるのだ。

新ビジョン「ホスピタリティー・イノベーター」とは?

星野リゾートが運営する宿泊施設は今や全国に35カ所。高級リゾートの「星のや」、上質な温泉旅館「界」、西洋スタイルの「リゾナーレ」と三つのブランドを持つ。

『週刊ダイヤモンド』が行った日本のリゾート宿泊施設の最新ランキングでは、ベスト10に星野リゾートの宿が四つも。高い人気を獲得している。

星野リゾート代表、星野佳路、56歳。カンブリア宮殿には6年前に一度出演している。その時には「観光はこれから基幹産業になり得る」と、観光業の大きな伸びしろを指摘していた。その言葉通り、星野リゾートの運営施設全体の取扱高は、当時の254億円から、2015年には441億円と、大きく成長させた。当時、1400人だった従業員は、今や2000人を超える大所帯になった。

東京・銀座、星野リゾートの東京オフィス。自転車で出社した星野は、適当に空いている席へ座り、スタッフに話しかける。

「権限を持った人はいますし、誰かがものを決定しなければいけないけれど、別に偉い人がいるわけではないというのが私たちの考え方なんです」(星野)

社内では至る所で星野イズムが見え隠れしている。例えばコーヒーカップにも。コーヒーを飲んでいくと、カップの内側に「経常利益率20%」の文字が。さらに続きがあった。最後まで飲み干すと、カップの底には「リゾート運営の達人になる」という文字が。星野が掲げ社員全員で共有した会社のビジョンだ。

しかし星野は一昨年、そのビジョンを変えた。「ホスピタリティー・イノベーター」。訳せば「おもてなしで革新を起こす」。新たなおもてなしを打ち出すと宣言したのだ。

ビジョンを変えた理由を、星野はスタジオでこう語っている。

「20数年を経て、私たちの競争相手が変わったんです。外国の運営会社が日本に入ってきた。世界の大手と戦っていくためには、彼らのやってないことをやろう、と。イノベーターにならなくてはいけない。違う運営方法、違うサービス、まったく違った生産性。こういうものを提供できるような、今までにない運営会社を目指そうと、変えたんです」

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東京のど真ん中になぜ?~星野リゾート噂の新旅館

東京のビジネス街、大手町。今年7月、星野は新たなビジョンを象徴する宿をオープンさせた。星野リゾートとしては初となる都市型の旅館星のや東京」。おもてなしの粋を詰め込んだ進化した日本旅館だ。現在、利用客の4割は海外からの観光客だという。 

高い天井まで伸びるオブジェのような物は竹製。実は下駄箱になっている。客室へは畳敷きのエレベーターで。客室は84室。海外からの客も快適に過ごせるようにとソファやベッドを置いた和の空間。料金は一泊一室(大人3人まで)で7万2000円から。

各フロアには、日本のお茶の間をイメージしたラウンジも設けられた。ここで夜は、日本酒が好きなだけ味わえ朝はおにぎりと味噌汁が振舞われる

17階の最上階には大浴場も。お湯は茶褐色。2年前、1500メートルの地下で掘り当てた大手町温泉だ。大都会のど真ん中でも、露天風呂の天然温泉が楽しめる。 

 この日はドイツから来た雑誌のライターとカメラマンが。世界で100万部が売れる富裕層向けの情報誌『ロブ・リポート』の取材だ。世界の一流ホテルを見てきた二人は「現代的だけど、その中に本物の日本がある」「ヨーロッパにはこんなホテルはありません」と、舌を巻いていた。

さらに10月、「星のや東京」は「アジア太平洋ホテル投資会議」の、この地域で1年間に開業したホテルの最優秀賞を獲得。過去にはあのシンガポールの「マリーナベイ・サンズ」も受賞した名誉ある賞だ。

「日本に来るから日本旅館なのではなくて、『快適ですばらしいおもてなしを受けることができるから日本旅館に泊まろう』と。こういう市場を世界に作っていきたいと考えています」(星野)

トマム、青森…リゾート再生の秘策は“地域愛”         

これまで経営破綻した数々のリゾートを再生させ、その名を轟かせてきた星野。北海道・トマムのスキーリゾート「星野リゾート トマム」もその一つだ。

冬に集中していた客を夏も呼び込むことで蘇らせた。集客に使ったのは景色。早朝に現れる雲海だ。一望できるカフェテラスを作ると大人気に。実はこのアイデア、もともといたスタッフの発案だった。地元スタッフによる地域の魅力の再発見こそ星野流のキモだ。

「この地域を訪れてくれた人たちに、どんなふうにこの地域を知ってほしいのかということは、現地のスタッフが一番よく分かっているんです」(星野)

地元の社員による、地元感あふれるサービスが評判の「星野リゾート 青森屋」。青森屋は2004年に経営破綻したが、星野の手が入るとわずか5年で黒字化した。

自慢は池の中にぽっかり浮かんでいるような温泉。「浮湯」と名付けた開放感いっぱいの露天風呂だ。もともと団体さんがメインの旅館で、客室は236室もある。料金は1泊2食付きで1万5500円から。

食事は青森らしさを前面に押し出した郷土料理が中心。ぬくもりのあるおふくろの味が振舞われている。迎えてくれるスタッフは、青森らしい津軽弁で。ここで働くスタッフの8割は地元の人間だ。駐車場でお客を出迎えるのはポニー。荷物も運搬する。青森が馬の産地ということで、スタッフが考えついたサービスだ。夜には本物のねぶたが登場。スタッフによる青森押しのサービスが目白押しだ。

スタッフの新しい接客のアイデアは、青森屋魅力会議」で練り上げられている。接客スタッフから、料理長や総支配人まで、総勢20人が参加して知恵をしぼるのだ。上下の立場は関係なく、意見を言い合える。このフラットな組織作りも星野イズム

星野リゾートが入る前から働いているスタッフ、山形徹は「以前はほとんどトップダウンで決まってしまっていたので、我々一般のスタッフの意見というのはほとんど通っていなかった。そこはガラッと180度、変わりました」と言う。

星野リゾート成功の裏側~知られざる父子の物語

順調に夢を叶えてきた様に見える星野。しかし、あまり語りたがらない辛い過去もある。

星野の実家は軽井沢で1914年に創業した「星野温泉旅館」。星野はこの有名な老舗旅館の4代目後継として育てられた。アメリカの大学院でホテル経営学を学び、実家を継ぐべく戻ってきたが、そこで名経営者ではあったが、昔ながらのやり方にこだわる父とぶつかった。

まず星野が問題にしたのが、旅館で使う備品。仕入れ業者は一族の関係者や友人で固められ、割高だったのだ。「見積もりを取って、安くていい品を入れてくれるところに今すぐ切り替えましょう」と訴えたが、父は急激な変革を拒んだ

さらに星野は、「同族社員と一般社員の給与体系を統一しましょう。同族を特別扱いしていたら、優秀な人材が集まらなくなります」と切り込んだ。親子の対立は決定的となり、1991年、星野は同族一族が集まる株主総会の席で社長の交代を提案。6割の支持を集め、父親を解任した。

「大変な決断で、いろいろと人間関係においてはあったけれど、自分の中ではすごくスッキリしていました。矛盾を抱えて、本当は放置すべきでない状態を放置している自分のほうが、私は許せなかったから」(星野)

2013年、父・嘉助さんはこの世を去った。享年79歳。そのお別れの会で、星野はこんな言葉を手向けた。

「事業が今でも継続できていることは、父が長期的な視野で同族会社の良識を発揮したからなのです。これからは、父子としてのいい思い出をしっかりと思い出し、感謝の気持ちとともにいつまでも覚えていたいと思っています」

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星野リゾート世界進出~バリ島極上の宿

東南アジア屈指のリゾート地、インドネシアのバリ島。島には外資系の名だたる高級ホテルが立ち並び、世界中から観光客がやってくる。その島の内陸部に、昔ながらのバリの風景を残す村がある。

 海外初進出となる星のやバリ」。2017年1月にオープンする。茅葺屋根の建物はバリの伝統建築。それがゆったり30室。全室独立したヴィラは200平米前後あり、開放感抜群。それぞれのヴィラには専用プールもあり、それが運河のように伸びて他の部屋のプールとも繋がっている。

ディナーは和食とインドネシア料理をミックスした創作料理。レモングラスが香る海老のつくねやチーズの先付けに、メインはバリ風の味付けで楽しむ和牛ステーキだ。

部屋の外には切り立ったジャングル。よく見ると、鳥かごの様なスペースがあちらこちらにたくさんある。ジャングルの中に身を置き、非日常の世界を感じる場所だ。

いよいよ現地スタッフの研修が始まった。3ヶ月で星野流のおもてなしを身につけなくてはならない。星野リゾートでは接客スタッフが掃除から給仕までなんでもやるのが基本。覚えなくてはならないことが山積みだ。バリの五つ星ホテルから移ってきたスタッフも、「ほかのウブドのホテルとは全く違います。ほかのホテルでは接客と掃除は別のスタッフがやりますが、ここでは一人でできなくちゃいけません」と言う。

基礎訓練と並行して、臨機応変なおもてなしをするための訓練も。実際の場面を想定し、それぞれが役を演じて訓練を積むのだ。

早速2人の女性スタッフが、スタッフ役とお客役になりスタート。客役が「明日は夫の誕生日なんです。夫は遅れて到着しますが、何かサプライズのお祝いはできないかしら?」と、突然のリクエスト。スタッフ役は「明日の夜までに部屋の飾り付けをしましょう。ご主人が着いたら、きっと驚きますよ」と応じた。

やりとりを聞いた研修担当の藤井博章が、「あなたが接客スタッフならどんな飾り付けをしますか?」と問う。スタッフ役の答えは、「紙で輪っかを作ったり、折り紙とか日本のスタイルで飾り付けをしたらどうでしょうか」。すると藤井は、「お客様はバリに来たのだからバリ風の飾りつけを見たいはずです。あなたにしかできないおもてなしをすることが大切です」とアドバイス。こうしてバリでもスタッフのやる気を引き出していく

「自分にしかできないおもてなしを」と言われた女性スタッフが何か考えてきた。実は彼女は伝統的なバリスタイルの絵が得意。この特技を生かし、お客に手ほどきするような時間を作り、一緒に楽しめないかと提案してきたのだ。「お客様にバリの文化を知ってもらえたらとても嬉しいです。それはお客様にとっても素敵な体験だと思います」と言う。

言われたことではなく自分のこだわりを伝える。現地スタッフが一歩、踏み出した。

~村上龍の編集後記~

おもてなし」の心、流行語にもなったが、その定義は曖昧だ。親切心や優しい笑顔などは、他の国にもある。

日本独自の価値観を示すこと、星野さんの考えは明確だった。だが、それは簡単ではない。

日本独自の価値観を再発見しその示し方を相手の側に立って徹底して考える、それ以外に方法はない。

政府は、2020年の訪日外国人目標を4千万人に倍増させたが、そのためには、星野リゾートの「ホスピタリティ・イノベーター」という新しいビジョンを、社会的に共有することが必要なのではないだろうか。

  

<出演者略歴>

星野佳路(ほしの・よしはる)1960年、長野県生まれ。1986年、コーネル大学大学院修了後、シカゴで就職。1991年、家業の星野温泉旅館を継承。

source:テレビ東京「カンブリア宮殿」

テレビ東京「カンブリア宮殿」

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テレビ東京系列で毎週木曜 夜10時から放送。ニュースが伝えない日本経済を、村上龍・小池栄子が“平成カンブリア紀の経済人”を迎えてお伝えする、大人のためのトーク・ライブ・ショーです。まぐまぐの新サービス「mine」では、毎週の放送内容をコラム化した「読んで分かる『カンブリア宮殿』~ビジネスのヒントがここにある~」をお届けします。

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