下町の職人魂が世界を変えた。墨田区の金型職人・岡野雅行の執念

 

みんながやっているような仕事は絶対やらない

岡野さんは、みんながやっているような仕事は絶対やらない。人の仕事を盗るのはいやだし、そんな仕事は値段勝負で儲からない。やるのは、単価が安すぎてみんなが敬遠する仕事と、技術的に難しすぎて誰にもできない仕事だ。中間の仕事は今や、ほとんどが中国や東南アジアに移ってしまっている。

安い仕事の典型は、四角の筒の側面に穴をあけたコイルケース。他の会社が作っていて、一つづつ穴を開けるために4工程を要していたが、これでは儲からないと捨ててしまった仕事だった。岡野さんはこれを一回のプレスでできるようにして、1個80銭で作れるようにした。1万個作っても8,000円にしかならないが、自動化することで儲かるようになった。

こういう仕事をしながら、一枚の鉄板から鈴を作るような技術を磨いていった。この鈴はなんと中国に輸出しているそうな。とことん技術を極めれば、コストでも中国に負けないものができる。

誰にもできない仕事とは、冒頭で紹介した痛くない注射針のような仕事だ。

燃料電池のケースを作ったり、極細の注射針をつくったりするのはうちでしかできない。「岡野さんのところは高いからほかにもっていく」と言っても、かならず戻ってくる。「やっぱり、できませんでした。岡野さんじゃないとできないんです。お願いします。」と言ってやってくる。

安すぎて誰もやりたがらない仕事も、難しすぎて誰にもできない仕事でもこなしてしまうのは、岡野さんの群を抜いた技術力である。

技術というのは、失敗の連続から生まれるもの

岡野さんが誰にも負けない深絞りの技術を身につけたのは、30数年前にステンレス製のライターケースを作ってくれ、という仕事が舞い込んだ時からだった。当時、ステンレスを絞る仕事をやっている工場はほとんどなかった。

ステンレスを絞る仕事は、たしかに鉄を絞るより難しいけど、やればできないことはなかった。だが誰も手を出さなかった。なぜか? 当時は景気がよくて、あえて難しい仕事に挑戦しなくとも、十分儲かっていたからだ。それを岡野さんは「誰もやらない仕事をする」という信念から、あえて引き受けた。そして何度も失敗し試行錯誤を繰り返しながら技術を確立していった。

携帯電話用の電池で、ステンレスのケースが求められた時、ライターケースで悪戦苦闘した経験が役に立った。昔、ステンレスの加工を敬遠した同業者たちは、時代が新たに必要としている技術を持ち合わせていなかった。岡野さんは言う。

どうしてそれだけの技術が身に付いたのか。特別のことじゃない。それだけの失敗をしてきたからだよ。技術というのは、失敗の連続から生まれるものなんだ。挑戦しなければ失敗もないけど成功はもっとない。成功には失敗が必要なんだ。「失敗は成功のもと」といういい言葉があるのに、みんな忘れちゃてるんだよ。…

 

人が出来ない仕事は難しいから失敗もする。失敗の中から何年先か、何十年先になるかわからないが、その失敗が必ず生きてくる。未来に役立つノウハウが必ず生まれるんだ。

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