落語家・柳家喬太郎が「娘を持つ父親」としてハッとしたこと

2017.02.16
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柳家喬太郎さんのチケットはいつも入手困難。売れっ子すぎる落語家として各界から引っ張りだこな喬太郎さんが、53歳にして遂に映画初主演を果たします。演じるのは娘を持つシングルファーザー役。公開に先立って公式上映された東京国際映画祭では、その圧倒的な演技力で海外の映画人から「あれは誰か?」との問い合わせが殺到したという。落語界で様々な愛嬌あるキャラを演じてきた柳家喬太郎さんは、映画『スプリング、ハズ、カム』の中でどんな役作りをしたのか、本人を直撃取材してきました。

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なぜ、映画という異分野で「主演」に挑んだのか?

──映画初主演、おめでとうございます!

柳家喬太郎師匠(以下、喬太郎):いや、もう、お恥ずかしいといいますか、なんといいますか(笑)。一昨年(2015年)の春に撮影をしましてね。その年の秋に、あれは初号試写って呼ぶんですか? 出演者とスタッフの方々が集まって作品を拝見したんですが…。スクリーンを観てても、下手くそな自分の芝居ばかり気になりまして。「このオッサンはなんでいつもこんなに眠そうな目をしてるんだ?」とか「それにしても瞬きばかりしてやがるなあ」とかね。ですから今日も、とても客観的な感想はお話しできそうにない(笑)

──いえいえ、堂々とされてましたよ。それにしても、どうしてまた映画という異分野で「主演」に挑もうと?

喬太郎:挑むなんてエラそうな気分はさらさらないですが、やっぱり好奇心ですかねぇ。ほら、落語家が映画のお仕事に絡めるチャンスなんて、そう多くはないでしょう。僕なんてほら、一部の落語好きの方々を別にすれば、テレビにバンバン露出して顔を知られてるタイプでもないですし。ましてや主演のお話なんて、これを逃したら一生涯ないだろうなと。ただね、面白そうだとは思いつつ、本業じゃないからストレスをためてまでやるつもりはなかったんです。その意味では今回、吉野(竜平)監督が送ってくださった脚本を読ませていただき、池袋の喫茶店でご本人ともお会いしましてね。「ああ、これはなんか、ありがたい」と(笑)。こういう企画の主役に、僕をイメージしてくださったのはありがたいなと、素直に思えたのは大きかったです。

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──『スプリング、ハズ、カム』は、春から大学に通う娘とその父親が広島から上京してきて部屋を探す、そのたった1日を描いた作品ですね。脚本のどういうところに惹かれたのですか?

喬太郎:なにしろ、あったかい話だと感じたんですよね。あったかいんだけど、いかにもハートウォーミング風な押しつけがましさがなかった。そこに惹かれたんだと思います。正直にいうとね、シナリオを読んだ段階では「ぼんやりしてて、よくわかんねーなあ」ってところもあったんです。途中でなにか事件があって、登場人物の人生の歯車が狂ってくわけでもないですし。友だちと飲みにいって映画のあらすじを聞かれても、だいたい5秒で終わっちゃう(笑)。本当にだいじょうぶなんだろうかと。でもね、実際に撮影に参加させていただいて、これでよかったんだと納得しました。起承転結はあくまで、あのお父さんと娘の胸のなかにある。それを観た方が感じてくださればいい。そういう映画なんだなって。

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落語家としてプロの役作り

──今回、喬太郎師匠が演じた「時田肇」はシングル・ファーザー。若くして妻を亡くし、広島で個人タクシー運転手をしながら娘を育て上げたという設定です。撮影にあたって、役作りはどのように?

喬太郎:舞台のお仕事はなんどか経験があるんですが…。役作り、毎回困るんですよ。落語家というのは複数の人物を描き分ける商売で、一人の人間になりきるってことは基本ないですから。でも今回はまあ、等身大の僕に近いのかもしれません。もともと普段の生活から、自分のなかに芸人としての柳家喬太郎と本名の小原正也が共存している感覚があるんですね。なので、「もし俺が落語家になっていなかったら…」というところで演るしかないのかなと。撮影中は意識してなかったけれど、思い返してみるとそんな感じでしょうか。

──ふだん噺のなかで、いろんな登場人物になりきって喋るのとは、また別の感覚でした?

喬太郎:そうですね。落語の人物描写にはある程度、“型”がありますからね。たとえば「少しアゴを引いて、上目遣いでこういうしゃべり方をすれば、酔っ払っいに見える」とか。細かいノウハウがいろいろある。映画だとさすがに、そういうわけにはいかないですからね(笑)。ただ、それとは矛盾するようですけど、落語で裃をつけたお侍を演じるときも、商家の小僧さんになりきるときも、それなりに腹で喋らなきゃならないってところはある。まあそれは、うちが柳家だからかもしれないですけどね。柳家って、そういう一門なので。

──どういうことでしょう?

喬太郎:もちろん例外はあるんですけど、落語界ではよく、「三遊亭は型から、柳家は腹から」みたいな言い方をするんですよ。たとえばここに、タヌキが主人公の噺があるとする。そのとき、「ちょっと口を尖らせて、口を丸めて上目遣いにして、声のトーンをこうすればな、ほらタヌキに聞こえるんだ」って教え方をするのが三遊亭。一方うちの大師匠の(五代目)柳家小さんは「そんなもん、タヌキの気持ちになりゃいいんだ」って考え方です(笑)。実はこれ、どっちも正解なんですけどね。そのバランスこそが、実はいちばん難しい。

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──今回の映画も、その両方の方法論が混ざっていたのでしょうか?

喬太郎:いや……型で演じたところはなかったです。こういうふうに動けばお父さんらしく見えるとか、そんな工夫を凝らす余裕がそもそもなかった。監督が考えた父親のキャラ設定と、撮影当時の実年齢がたまたま同じだったこともあって。「あくまで一人のおじさんとして、自然に存在していよう」と。もしダメならNGが出るだろうから、そのとき教わればいいやと割り切って。実に他力本願的というか、まったくの柳家メソッド(笑)。

落語界とアニメ界の名キャラ共演

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──長回しの撮影も多かったですね。たとえば冒頭、朴璐美さん演じる義理の妹と三人で食事をするシーン。新婚旅行の失敗談を回想する肇さんの語り口が、どこか落語っぽくなっていて可笑しかったです。

喬太郎:独り語りだと、どうしても地が出ちゃうんでしょうね(笑)。慣れない広島弁で、長台詞を一気にまくしたてなきゃいけなかったので。あのシーンはずいぶん撮り直しました。でも楽しかったですよ。朴さんが向かいでケラケラ笑っててくださって、助かりました。朴さん、ほんっと明るく楽しい人でねえ。ごくたまに彼女が間違えて「ごめんなさいー!」って言うでしょ。そうすると内心、「こんなプロでもNG出すんだ」「安心、安心」と思えるんですよ(笑)。どのシーンも楽しかったですけど、あそこは特別気に入ってます。

──同じ親として、子どもの巣立ちを見届ける父親に共感された部分は?

喬太郎:うーん、どうですかね。うちのは男の子なので、この映画で描かれた父親とはまた心持ちが違うだろうし。そこは想像を膨らませて演じてましたね。難しかったのは(石井)杏奈ちゃん演じる璃子って娘が、父親思いのいい子でしょう。これが「お父さんのパンツ、一緒に洗わないでっ!」とかさ(笑)。イカニモな設定だったら、まだイメージしやすかったんでしょうけど。「こういうできた娘さんと父親は、ふだんどう接しているんだろう?」と。いろいろ考えても答えがでないことも、多々ありました。

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──たとえば、父娘のどんなバック・ストーリーを想像されたんですか?

喬太郎:すごく思ったのはね、これって上京して部屋探し二日目のお話じゃないですか。親子二人、高速バスで広島から出てきて。前の晩はどこかホテルに泊まったはずですよ。そのときに別々の部屋をとったのか、それとも同じ部屋だったのか。細かいことだけど、すごく気になりました(笑)。映画のなかの会話を見ていると、この親子がそんなに余裕のある暮らしをしていないことは十分伝わってくるわけです。だから璃子ちゃんならきっと「親子なんじゃけ、うちはダブルの部屋でええよ」っていうに違いない。でも肇さんは肇さんで「おまえも18歳なんじゃけ、お父さん別に一部屋とるよ」っていいそうな気もして…。

──ちなみに、喬太郎師匠の結論はどちらだったんでしょう?

喬太郎:いまだにわからない。どっちでも自然だと思えるんですよ。

──なるほど(笑)。でも、そういう答えのない問いについて思いを巡らせるのが、師匠にとっての役作りだったのかもしれませんね。

喬太郎:うん。そうかも。きっとそうだったんだと思います。

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石井杏奈さんとの共演でハッとしたこと

──石井杏奈さん(E-girls)演じた娘の璃子がとても可憐でした。スクリーンでは本当の親子のように映っていましたが、実際に仲良くなれました?

喬太郎:どうですかねえ。クランクインする前、監督が気を使われたのか、稽古期間を設けてくださったんです。二人してキャッチボールしたり。大学生の設定で、僕が杏奈ちゃんを口説く小芝居をやってみたり(笑)。でも文字どおり、親子の年齢差がありますから。撮影を通して、ある種の“戦友意識”みたいなものは生まれましたけど。実際の現場では、思いだしたようにポツリポツリ会話する感じでしたね。もっと親子っぽくしたほうがよかったのかな? でもまあ、本当に娘がいたとしても、あんな雰囲気なのかもしれないですしね。あ、だけど最近、“父親”としてハッとしたことがありましてね。

──へええ、どういうことでしょう?

喬太郎:撮影が終わって二年近くがたって、いよいよ公開が近付いてきたでしょう。つい先日もこういった取材で、久しぶりに杏奈ちゃんと会ったんですね。彼女はふだんはE-girlsですから、お化粧もしてるし、衣装だってかわいらしい。でもそのとき、気付けば「やっぱりこの子はE-girlsなんだ」っていうことよりも、「璃子、あかぬけたのう」って思ってる自分がいました

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──無意識のうちに、素の喬太郎師匠ではなく、時田肇さんの気持ちで璃子をご覧になっていたわけですね。

喬太郎:そう。まさに『スプリング、ハズ、カム』が描いたあの一日から二年経って、「去年は盆も正月も広島に帰ってこんかったけど、忙しいんじゃろうからしょうがないのう」と思っていたら、大学二年生になった璃子がいきなり帰省してきた感覚(笑)。正直、照れくさかったです。父親として照れくさかった。

──映画の後日談を聞くような。

喬太郎:そうですね。ひょっとしたらあの瞬間、はじめて親子になれたというか。僕のなかでようやく『スプリング、ハズ、カム』という映画の幕が下りたのかもしれませんね。

 

取材・文/大谷隆之

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information 

柳家喬太郎(KYOTARO YANAGIYA)

1963年、東京都出身。’89年10月に柳家さん喬に入門。’99年には新作落語「午後の保健室」で、平成10年度NHK新人演芸大賞落語部門大賞を受賞。さらに、’00年には、12人抜きで真打に昇進し、その実力を不動のものとする。以降も、国立演芸場花形演芸会大賞3年連続受賞(’05〜’07)、文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞(大衆演芸部問)(’06)など数々の賞に輝く。新作落語の代表作は、「純情日記横浜篇」、「ほんとのこというと」、「夜の慣用句」。俳優としては、「ちゅらさん4」「坂の上の雲」などに出演、本作では初の主演を務める。

 

映画スプリング、ハズ、カム

新宿武蔵野館/USシネマ千葉ニュータウンにて2月18日(土)より公開
渋谷ユーロスペースにて2月25日(土)より公開

2017年/日本/102分
監督・脚本・編集:吉野竜平
脚本:本田誠人(ペテカン) 
出演:柳家喬太郎、石井杏奈、朴璐美、角田晃広(東京 03)、柳川慶子、石橋けい、平子祐希(アルコ&ピース)、ラサール石井、山村紅葉
製作:テトラカンパニー/メディア・トレーディング
配給:エレファントハウス
宣伝:アティカス

(C)『スプリング、ハズ、カム』製作委員会

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