日本時代に帰りたい。台湾人女性が語る「美しき幸せな日々」

 

手を取って家まで帰ってくれた宮本先生

楊さんが小学校に入って、最初の担任となったのは宮本先生という美人で優しい先生だった。楊さんは入学したその日から、宮本先生が大好きになった。

学校の裏手にある牧場に連れて行ってくれた事があった。先生が「皆さんは誰のおっぱいを飲んで大きくなりましたか」と聞くと、お父さん子の楊さんは威勢良く手を挙げて「はい、私はお父さんのおっぱいで大きくなりました」と答えた。皆に笑われたので、楊さんは泣き出してしまった。

その日の放課後、宮本先生は楊さんの手をとって家まで一緒に連れてきてくれ父親に成り行きを話した。父親は嬉しそうに「ワッハッハ」と笑った。楊さんは、先生が一緒に帰ってくれるだけで嬉しくて、泣いたことなどケロッと忘れてしまった。

楊さんが落とし物を拾って届けると、宮本先生はまた楊さんの手を引いて家まで来てくれて、父親に色々を楊さんのことを褒めてくれた。父親は目尻を下げて聞いていた。宮本先生に限らず、当時の先生方は生徒に自分の子供のように接しまた親とも緊密な信頼関係を築いていた

一緒に遊んでくれた小谷先生

3年生の時の担任は、小谷先生という男の先生で、楊さんの家の裏に住んでいた。楊さんは放課後、家に鞄を投げ出すと、小谷先生の家に遊びに行くのだった。先生はお話しをしてくれたり習字を教えてくれたりした

台湾神社や開山神社のお祭りや夜市があると、先生は楊さんたちを連れて行ってくれた。浴衣に着替えた先生が迎えにくると、「わー」と先生の腕にぶる下がる。友達が「私も私も」と言うので、かわりばんこにぶら下がった。そして神社に行っては、金魚すくいをしたり、お菓子を食べたりするのが、楽しくて仕方がなかった。

授業では、楊さんは修身の時間が大好きだった。先生は偉人伝の本を読んでくれたり、紙芝居を見せてくれたりした。楠木正成、二宮金次郎、宮本武蔵から、野口英世、東郷元帥、乃木大将、そしてエジソンやキューリー夫人…、これらの人物が艱難辛苦を乗り越えて、立派な人になった、という話に、楊さんは感動して、自分もそうなりたい、と思った。

先生は「我が国には昔こういう偉い人がいた」という具合に教えてくれた。「日本にはとは言わなかった。だから楊さんも「我が国」と覚えてきた。

毎朝の朝会では明治天皇の御製(御歌)などを朗詠するので、楊さんたちも自然に覚えた。その中にはこういう御歌があった。

新高(にいたか)の山のふもとの民草も茂りまさると聞くぞうれしき

新高とは台湾の代名詞である。明治天皇が日本人と同様に、台湾の民をご自分の民として思ってその繁栄を喜ばれている事がよく分かった。

自分の国の兵隊さんは、こんなに素晴らしい

台南には日本陸軍の第2歩兵連隊が駐留しており、年に何回かある記念日には閲兵式があった。その行進の歩調は、イチニ、イチニとピッタリ揃っていて、沿道を埋め尽くした人々が、みな固唾を呑んで見とれていた。

ある日、演習があって、楊さんの家の前の木陰で休んでいた兵隊さんが立ち上がろうとした拍子に銃を落としてしまった。上官がそれを見て、兵隊さんに鼻血が出るまでビンタを張った。ぶたれながらも兵隊さんは気を付けをしたまま、敬礼して「ありがとうございました」と言うだけだった。その敬礼は崩れず、実に格好良かった。

その様子を息をこらして見ていた楊さんは、子供心にも軍の厳しさを感じ取った。兵隊さんでだらしのない人は一人も見たことがなかった。自分の国の兵隊さんはこんなに素晴らしいのだと、楊さんたちは誇りにしていた

兵隊さんに肩車

昭和18年、楊さんが5年生の時には、台南市でも米軍の爆撃が激しくなり、一家で祖母のいる大社村という田舎に疎開し。そこにも日本の若い兵隊さんたちがおり、日本語の話せる楊さん一家に、自然に遊びに来るようになった。

楊さんの母親は兵隊さんたちを自分の子供のように可愛がって、おやつやご飯をたくさん作って、たらふく食べさせた。満腹になって帰って行く兵隊さんたちには「明日もおいで」と声をかけた。

兵隊さんたちは、お礼代わりに、水汲みを手伝ってくれたりまた支給品の三角巾や薬を使わずに持ってきてくれた。中には自分が使っていた立派な万年筆を楊さんの父親にあげようとして断られると、「お願いですから使って下さい」と半ば強引に置いていった兵隊さんもいた。

兵隊さんたちはお互いの間では「おい、こら」などと言っているのに、楊さんに向かうと「喜美ちゃーん」とニコニコしていた。子供にはとても優しかったのだ。

軍隊では時々映画を見せてくれるので、そういう時は「喜美ちゃーん、映画に行かんか」と誘ってくれる。楊さんは「はーい」と言って元気に家を飛び出す。5年生で小さな楊さんは周りが皆兵隊さんばかりで画面が見えないので、いつも肩車してもらうのだった。

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