世界初の超高速鉄道「0系新幹線」と「零戦」の知られざる関係

 

世界の常識に挑戦

親父さんの弔い合戦をやらんか?」。昭和30年の夏、国鉄を退職して住友金属の取締役となっていた島秀雄は、第4代国鉄総裁に就任したばかりの十河(そごう)信二にこう口説かれた。十河は、以後、地元に鉄道を引いて票を得ようとする政治家たちの圧力をものともせず、新幹線計画に金をつぎこんでいく。島秀雄は副総裁格の技師長として、新幹線開発に邁進する。この二人のコンビが新幹線を実現する原動力となった

当時、東海道線の輸送量逼迫に対応するために、従来の東海道線をそのまま複々線化する案があった。これならはるかに低予算で済む。しかし、島の腹は広軌の新線建設に決まっていた。広軌新線を高速レーン、東海道線を低速レーンとして使えば、追い越しのロスも減って効率的なダイヤを組める。新線ならばこそ最短距離で東京~大阪を結べる

もう一つ、島が決めていたのは「電車列車方式の採用であった。当時は「長距離列車は機関車列車方式に限る」というのが世界の常識であった。「機関車列車方式」とは、先頭の機関車が動力を持たない客車を引っ張るという形式である。それに対して「電車列車方式」とは、客車一両ごとにモーターがついていて、それぞれが自走力を持つ。当時のモーターでは騒音や振動がひどく、遠距離の長時間乗車など論外だと信じられていた。

しかし、島は騒音や振動は技術で解決可能だと見ていた。それよりも電車列車方式の数多いメリットを活用すべきだと主張していた。たとえば重い機関車を走らせなくてすむので、線路や鉄橋などの建設コストが節約でき、エネルギー効率も良い。回生ブレーキ(減速時に発電)でエネルギー節約ができる。加減速性能に優れているので、高速運転に向いている。終着駅で機関車を先頭から最後尾につけかえなくて済むので、折り返し運転が容易、等々。

海軍飛行機屋たちの執念

島は戦前からいずれ高速で走る電車列車の時代が来ると読んでいた。昭和20年12月、敗戦からわずか4ヶ月目、海軍航空技術廠の技師だった松平精を鉄道技術研究所に迎えて、こう依頼している。

松平さん。私は、将来、日本に電車形式の高速長距離列車を走らせたいと思います。しかし、いまの電車は振動もひどいし、音もうるさい。とても長時間、お客様に乗っていただく車両とは言い難い。ぜひ、あなたの航空技術の知識、研究を生かして、この振動問題を解決していただきたい。
(同上)

松平精は零戦をはじめ海軍航空機の振動問題を解析するスペシャリストで、35歳の若さですでにこの分野の権威であった。松平は、敗戦の焦土の中でも、将来の日本の鉄道について斬新で具体的なビジョンを語る人物がいることに感銘を受けた。

終戦直後、松平のような軍の技術者が大挙して鉄道に移り、鉄道研究所だけでも職員が500人から1,500人に増えた。これらの、かつて戦闘機を開発した技術者たちが、戦後復興の執念をもって鉄道技術開発に取り組んだのである。

優れた高速車両を作り出すためには、まず車両の振動理論を完成させることが先決」という島の方針に従って、理論好きの飛行機屋たちと、経験豊かな鉄道屋たちが白熱の議論を展開しながら、車両の振動理論を完成させていった。当時、欧米でも、高速電車列車という発想はなく、振動理論も手つかずであった。この振動理論の完成によって、日本の車両技術は欧米に大きく水をあけた。戦後の新幹線には、戦前の零戦などの技術伝統が継承されていたのである。

進め方も「常識破り」

新幹線プロジェクトの進め方も「常識破り」だった。日本の鉄道が出したそれまでのスピード記録は昭和32(1957)年に小田急が作った時速145キロだった。そこから、いきなり時速200キロでの営業運転を狙うという。通常なら、試験運転で250キロ以上の速度を出せる事を確認し、続いて量産試作車を作って100万キロほどの走行試験を行い、信頼性・耐久性を確認した上で、ようやく営業運転に入る、というのが常識であった。

実は高速試験をしたくても、時速200キロを出せる線路がなかったというのが実情であった。昭和37年6月に小田原付近の線路が完成し、ようやく試作車両を使って試運転を始めることができた。4ヶ月後に初めて時速200キロを突破し、翌年3月には256キロの世界最速記録を達成した。

昭和34年3月に国会で約2,000億円の予算を認められてから、昭和39年10月の東京オリンピックまでの5年半で安定した営業運転にこぎ着けなければならない。線路、鉄橋、駅の建設、新型車両の開発と360両の量産、運転管理、信号系、電力供給、運行ダイヤ、、、およそ鉄道に関する一切のシステムを完成させる。工期の遅れや、事故は絶対に許されない。

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