日本の古き良き物を世界へ。視点を変えて蘇らせた2人の女社長

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試行錯誤の末に編み出した「美味しい塩麹」を世に送り出し、今も続く「麹ブーム」に火をつけた大分県の麹店の女将。そして、東大を卒業後、ブータンの首相フェローとして働いていたブータンの地を飛び出し、震災で多大な被害を受けた気仙沼市で手編みニットの会社を立ち上げた才女。「テレビ東京『カンブリア宮殿』(mine)では、放送内容を読むだけで分かるようにテキスト化して配信。二人の女社長が見つめる「日本の未来」とは?

うまい! 体にいい! 知られざる麹の底力

都心のスーパーマーケット、「東急ストア中目黒本店」では最近、力を入れている売り場があるという。売れ行き好調なのが「飲む点滴」と呼ばれる甘酒麹を使ったノンアルコールタイプが注目されブームとなっている。

麹は、タンパク質や脂質を分解する酵素をたっぷり含んでいる。だから消化や吸収を助けてくれるのだ。また、ビタミンやミネラルなども作り出す。

今やスーパーなどに様々な麹の商品が並んでいる。しかしこんな風に麹が身近になったのはまだ最近のこと。きっかけは2011年に始まった塩麹ブームにある。塩麹とは塩と麹で作る発酵調味料。塩代わりに使うと、食材を柔らかくしたり、旨味を引き出してくれる。塩麹は突然世に出て60億円規模の市場を生み出した

塩麹ブームは大分県佐伯市から始まった

いかにも年季の入った店構えの糀屋本店。創業1689年。この地で江戸・元禄の時代から続くという麹の店だ。この店の小さな一瓶から全国的な塩麹ブームは始まったのだ。

その店内で、客に「持ってけ、持ってけ」とお土産を押し付ける女性が、塩糀ブームの生みの親、糀屋本店の浅利妙峰だ。

浅利家は先祖代々、この地で麹の製造販売を家業としてきた。300年以上に渡って麹を作ってきた麹室が今もある。

そもそも麹とは、米や麦、大豆などを蒸して麹菌と呼ばれるカビを繁殖させたもの。醤油や味噌など、日本の伝統調味料は古来より麹の力で発酵させて作ってきた。

糀屋本店の麹作りは昔ながらの手作業。「種麹」と呼ばれる麹菌を蒸した米に合わせ、温度や湿度を徹底管理しながら混ぜていく。これで4日後には米に麹菌が繁殖し、麹が出来上がる。

麹は手仕事の文化だと思います。手をかけ、目をかけ、心をかけていい麹を作る。まさに子育てと麹育ては一緒だと思います」(浅利)

麹ブームの生みの親~危機から大復活の物語

1952年、長女として生まれてきた浅利。当時は多くの家庭で味噌や甘酒を作っていて、どの町にも普通に麹屋があった。しかし時代とともに味噌が買うものに変わると麹は売れなくなり、家計は左前に。苦しかった時代、「お金がなかった頃の食事はずっと茄子だった」と、次男の良得さんは笑う。

浅利はヒントを求めて書物を集め、どこかに復活の糸口はないか、読み漁った。そしてある日、一冊の江戸時代の文献に出会う。『本朝食鑑』。そこに記されていた鰯の料理法には「粕漬や塩麹漬もある」とあった。

「麹の限界は十分すぎるほど感じていました。味噌と甘酒はすでにあるので、そうではないものを探していた。そこに『麹』の文字が入っていた。そして塩は必ず料理に使う。これこそ私が求めていたものだと感じました」(浅利)

塩麹とは、塩と麹を混ぜ水を加えて発酵させたものらしい。さっそく作ってみたが、実際にやってみると塩と麹の配分が難しい。試行錯誤は半年に及んだ

そんなある日、できた塩麹を生のイカに和えてみると、何日も漬け込んだような深い味わいになった。この時の配分が、麹3、塩1、水4。やっと見つけた黄金比率だった。

2007年、糀屋本店はこれを商品化。かつてない麹が主役の調味料が誕生した。

塩麹の発売と同時に浅利は店先で講習会を開きレシピなどを紹介。人気は静かに広がり、4年後には様々なメディアが取り上げるようになった。塩麹は「魔法の調味料」と呼ばれ、麹は見事復活を遂げたのだ。開店休業状態だった糀屋本店もかつての活気を取り戻した。

塩麹が人気になると、「商標登録して独占販売した方がいい」と勧める人もいた。しかし浅利は独占するどころか、苦労して見つけた塩麹の黄金比率や使い方まで惜しげもなく公開した。

「私はたまたま見つけただけで、塩麹は私のものではない。それを『私のもの』と独占するのはみみっちい」(浅利)

その後、大手を含むメーカー各社がこぞって塩麹を発売。全国的なブームが生まれた。味噌のトップメーカー、マルコメもその一つ。塩麹を売りだし、新しいヒットシリーズとなった。マルコメの須田信広さんは「浅利さんの熱意には感服するだけです。麹の事業という柱ができ、大変ありがたい話だと思います」と語る。

地方の小さな糀屋の女将の執念が日本の食卓を変えたのだ。

浅利は麹を広めるために独自のレシピを考案し、これまで7冊の本を出してきた。レシピのために毎日続けていることがある。それが従業員のまかない作り。美味しい麹レシピはそんな積み重ねから生まれる。

塩麹ブームを作った浅利は、さらに麹を広めようと、次の一手を考えていた。

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心温まる感動ニット~200人待ち、気仙沼の奇跡

宮城県気仙沼市2011年の東日本大震災では大きな被害を受けた。あれから6年。復興はいまだ道半ばだが、町は平穏を取り戻しつつある。今、急ピッチで行われているのは地盤のかさ上げ工事。新たな町づくりが進む。地域の主産業である漁業は、魚の水揚げは震災前の7割まで回復。水産加工の会社は9割が再開にこぎつけた。

そんな気仙沼に新たな名所が現れた。丘の上に立つ青い小屋。中を覗いてみると、若者たちが詰めかけていた。彼らが熱心に見ていたのは手編みのニット。全国からわざわざ気仙沼までやってきた客たちだ。

タグには編んだ人の似顔絵が描かれている。実際に編んでいる人も奥にいた。実はこの店のニットはこうした地元のお母さんたちが何十時間もかけて編んでいる

ちなみにエチュード(セーター)は7万5600円。だが客の若者は特別裕福というわけではない。「1年間、よく考えて買おうと思います」「大量生産のものしか着ていないので、1着2着は誰が作ったか分かるものがいいなと」と、口々に語る。

存在感のあるオーダーメイドのカーディガンMM01は看板商品。値段は15万1200円。それがなんと200人待ちの人気を集めている。

この手編みニットの会社は気仙沼ニッティング。2012年6月創業。従業員は二人だけ。ニットを編む地域のお母さんは現在60人という規模だ。

サイズ通りに編めているかを確かめる作業が始まった。もし寸法があっていなければ編み直しとなる。編み手のお母さんたちの真ん中にいたのが社長の御手洗瑞子だった。

経歴は異色だ。東京大学、外資系コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、民主化直後のブータンへ。首相フェローとして国の発展に貢献すべく働いていた。しかし東日本大震災で彼女の進む道は変わる。

今は日本人として日本に帰って東北の復興のために仕事をすべき時ではないかなと」

御手洗はブータンを後にし、被災地へ向かった。そこでは多くの人が仕事を失くし、支援を受けて暮らしていた。自立できず、精神的にも疲れ果てている人達を見て、御手洗は「この人たちが、誇りを持てる仕事を作りたい」と思ったという。

「一時的に支援をするということではなく、中長期的に自らの力で生活していけるようサポートする。そのための種をまいて丁寧に育てる、そういう仕事が必要じゃないかと思いました」(御手洗)

そんな時に御手洗に声をかけたのが、ブータンにいた頃からの知り合い、コピーライターの糸井重里さん。被災地支援に編み物の会社を思いつき、御手洗に社長をやらないかと打診してきた。その糸井さんは「実際に気仙沼に住まないとできないこと。それを含めて、経営や、無理難題が山積みしているときに何とかしていく人が必要だった。そのとき、あのブータンの状況でやってこられたのだから大丈夫だろうな、と。逃げ出さないだろうと思った。そこが一番重要でした」と語る。

そして5年前、御手洗は気仙沼に乗り込み、ゼロから会社を立ち上げた。気仙沼ニッティングは初年度から黒字。気仙沼市に納税も果たしている。

15万円のカーディガン~編み手と客が紡ぐ物語

御手洗は今も、気仙沼の斉藤さん一家のお宅に下宿している。気仙沼に来た当時は、アパートなどほとんどない状態。でも大家族が暖かく迎えてくれた。この家族に気仙沼の風土、そしてそこに暮らす人々の気質を教わり、御手洗は見知らぬ土地に馴染んできたのだ。

最初は編み手探しから始まった。まず手袋の編み物教室を開催し、やる気のある編み物好きのお母さんたちを探し出した。編み手のひとり、小野寺加代子さんは…

震災で何もなくなってしまって針だけで参加できる編み物がいいなと感じました。何もしないわけにはいかないし、夢中になれるものがあったらいいなと思って」(小野寺さん)

ニットのデザインは人気編み物作家の三國万里子さんに頼んだ。お手本にしたのは、しっかりした編み柄のアランセーター。アイルランド・アラン諸島の名産品だ。同じ漁業の町から生まれた世界的セーターを目指したのだ。

編み柄が特徴なだけに、糸にもこだわった。編みあがった柄が立体的な表情になる。そんな毛糸を求め、羊毛の専門家とともにオリジナルの糸を開発した。

「柄が浮き立つようにしながら、重くならず、チクチクしない。肌触りと軽さの両立ですね」(御手洗)

価格は先に15万円と決めた。編み手にしっかり報酬を払い、会社を維持していくために逆算して出した価格。それに見合う価値にすると決めて動き出したのだ。

お母さんたちは普段自宅で編んでいるが、週に一回は事務所に集まり、編み方の指導や商品チェックを受ける。まだ商品は無理というレベルの人も参加。こうして編み手の裾野を広げているのだ。

上級者であるオーダーニットの編み手は10人しかいない。妹の村上秀子さんと姉の松本節子さんの姉妹もそうだ。この日、節子さんはカーディガンの仕上げを急いでいた。4日後に東京からお客が来ることになっていたのだ。

オーダーが入ったのは2年前。節子さんは、注文してきたお客さんと手紙のやり取りまでしてきた。そのカーディガンがようやく編みあがった。早速、御手洗がチェック。寸法が違えば編み直しだが、何度測っても着丈が1センチ短い。4日後には間に合わないのか。

すると御手洗が「わかった! 綴じがきついんだ」。肩と脇の綴じ方がきつかったため、着丈に影響が出ていた。編み直しは必要なく、綴じ直せば大丈夫だった。

そして約束の日、東京からお客がやってきた。お客はカップル。菅原優衣さんは妹の秀子さんが編んだニットをすでに購入、今回見せようと着てきた。「自分が編んだものを実際に着て来ていただくのは初めてなんですよ。うれしい」と、秀子さん。

そして岡田海都さんが試着。手紙のやり取りまでして2年間心待ちにしてきた。「ピッタリだと思います」という岡田さんは語る。

お客さんのために労力も時間もかけてくれる。『そうしなければ』ではなく、『そうしたいからやっている』と聞いて、そんなニットを着させてもらえることがうれしかった」

「こんなに喜んでもらえるとは……」と、節子さん。これが心を込めて編んだニットの価値。東北・気仙沼で編み手とお客、それぞれの物語が日々、紡がれている。

地方の“資源”を再発見~奇跡を起こす女性たち

巨大なミッフィーが着ているのは気仙沼ニッティングの手編みニット。ミッフィー誕生60周年の展覧会のために制作されたもの。真っ赤なミッフィーは全国を回り、大きな反響を呼んだ。

一方、大分の糀屋本店では、浅利が今度は英会話を特訓していた。麹を世界に発信しようと動画を作ったのだ。動画の中で、「愛と麹で世界を良くしましょう」と英語で語りかける浅利。

地方の小さな会社が世界とつながる。スタジオでは、村上龍が2人に将来のビジョンについて尋ねた。

麹の力で世界中の人のおなかを元気にして幸せにしたいという気持ちがあります。戦争など争いで世界が平和になることはないけど、食べ物が美味しくてみんなが笑顔になれば、きっと争いも消えていく。ノーベル平和賞いただけそうでしょ(笑)」(浅利)

「私はお客さんと働く人を同時に幸せにする会社をつくりたいです。そういう会社が少しでも増えていったらいいと思います。お客さんの幸せを考えて働く人にしわ寄せがいくとか、働く人のことを考えてお客さんにしわ寄せがいくとか、それではトータルで見たらその会社は人の幸せを増やしていない。会社は人の幸せの総量を上げていくことができると思います」(御手洗)

~村上龍の編集後記~

「糀」も「編み物」も、昔からあった。古来から必要とされ、親しまれてきたものだ。

浅利さんも、御手洗さんも、それらを活かし、地方で成功し、地域再生にも貢献している。

だが、資源の再発見と活用は簡単ではない。知識と体験を総動員する必要があり、創り出そうとしている商品には需要があるはずだという予測がなければならない。

だが、予測は、確信とは違う。最終的には自らの直感を信じるしかない。

お二人は危機感を失わず考え抜き協力者との信頼を築くことで自身の直感の正しさを証明した

挑戦する女性は美しい

<出演者略歴>

浅利妙峰(あさり・みょうほう)1952年、大分県生まれ。糀屋本店の長女として育つ。2012年から9代目社長。2013年度内閣府男女共同参画局「女性のチャレンジ賞」受賞。

 

御手洗瑞子(みたらい・たまこ)1985年、東京都生まれ。2008年、東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ブータン首相フェローを経て、2012年、気仙沼ニッティングの設立に参画。2013年から代表取締役。

source:テレビ東京「カンブリア宮殿」

 

テレビ東京「カンブリア宮殿」

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