尖閣のトラブルごときで米軍は出ない…「中国脅威論」のウソを暴く

 

産経の激情的な社説

このような専門家の意見を踏まえれば、産経新聞16年8月18日付「主張」が「尖閣奪取に海上民兵/中国は本気だ!/『軍事力』への警戒強めよ」と煽り立てているのは正気の沙汰ではない

尖閣諸島の周辺海域へ今月、中国公船とともに押し寄せた中国漁船に、100人以上の海上民兵が乗り組んでいたことが産経新聞社の調べで分かった。

 

海上民兵とは、一般の漁民に紛れ込み、漁船団を利用する海のゲリラ戦部隊だ。そうした特殊な軍事力を中国は投入してきた。尖閣奪取の事前演習をしているつもりなのか。このような敵対的行動を放置しておくことは許されない。

 

中国の民兵組織は、共産党中央軍事委員会の傘下にある。つまり、軍の構成単位であることを中国国防法が定めている。

 

これは、極めて深刻な事態である。現在、尖閣周辺で警戒にあたる海上保安庁は警察機関の一部であり、外国の軍事組織を取り締まる権限や能力はないからだ。多数の偽装漁船が突然、軍の所属だと名乗り、海保の巡視船を取り囲んだ場合、なすすべもない。偽装漁船から海上民兵や特殊部隊が尖閣上陸を企てようとしても、手出しはできない。

まるで「開戦前夜という切迫感で海上自衛隊が出動すべきであると煽り立てているのだが、その海自の艦隊司令は上述のように「特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画『ランボー』に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が『漁民を装って』潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリー」に溺れることを戒めているではないか。

日経新聞の巧妙な歪曲記事

産経は「右翼のアジビラ」と言われるほどでマトモな新聞ではないから、こういうことがあっても驚かないが、日本経済新聞でも、もっと上品というか、洗練されたやり方で同じような捏造による心理操作は日常的に行われている

16年10月22日付同紙に載った連載記事「習近平の支配/闘争再び・5」は、特に嘘をついている訳ではないのだが、本当のことを抜かすことによって文章全体としては巨大な嘘になっているという、まことに巧妙な仕掛けである。これはちょっと、「作文教室」風に一字一句、一行ごとに検討してみるだけの価値がある。

1.8月上旬、200隻を超す中国漁船が沖縄県・尖閣諸島周辺に押し寄せた。

→これはその通りの事実の記述でノー・プロブレム。

2.漁船には軍が指揮する「海上民兵」がいたとされ、一部は中国公船と日本の領海に侵入した。

→この文章には3つの問題があって、

一、漁船には「海上民兵」がいたのかどうか
二、いたとして彼らは軍の指揮下で作戦任務に就いていたのかどうか
三、「中国公船と」というその「と」は、「一緒に」とか「相携えて」とか「庇護のもとに」とか「共謀して」とかを意味するのか、

──である。

一、上述の山本艦隊司令が言うように「海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたち」であるから、特に調査するまでもなく200隻以上の漁船に乗った漁民の中に海上民兵資格を持った者が多数混じっていたとしても何の不思議もない

二、その海上民兵が一般論として軍の指揮下にあるのは当然として、8月のこの時に軍から組織的に何らかの作戦任務を与えられて尖閣に殺到したのかどうかということである。産経主張はあたかもそうであるかのように言い立てているが、この日経記事はそこを極めないまま「軍が指揮する海上民兵がいた」とサラリと流し、そのあとに「とされ」と伝聞調で逃げてしまっている

この「がなかなか問題で、上述のように「共謀して」といった強い意味のようにも取れるような書き方ではあるけれども、そうなのかと問い詰められれば、「いや『同時に』という意味で『と』と言っているだけで他意ない」と言い逃れられる言葉遣いになっている。

GPS端末は軍事用?

3.福建省泉州を母港とする漁船の船長、周敏(44)も日中衝突の危機漂う現場にいた一人だ。「たくさんの魚が獲れるからだ」。尖閣近海に出向いた理由を無愛想に語る周の船にも、軍事につながる仕掛けがある。中国が独自開発した人工衛星測位システム「北斗」の端末だ。

→これはまた恐ろしくトリッキーな文章である。

一、これに先立つ(2)の文章との繋がりから見て、この記者は、漁船に海上民兵が紛れていたかを確かめるために殊勝にも福建省泉州の漁港まで取材に行った。にもかかわらず、そんな怪しい話の裏付けは取ることができず、この周さんも(他の誰も)「たくさんの魚が獲れるからだ」という以外の出漁目的を語ってくれず、つまり海上民兵が任務を帯びて乗船していたかの産経的デマを裏付ける根拠は掴めなかった。だったら、そう正直に書けばいいんですね。

二、しかし、そこでめげないこの記者は、一転、その周の漁船に「軍事の臭い」を嗅ぎつけて、そこへ矛先を転じる。それが「北斗の端末である。こんな怪しいものを搭載しているのだから、この漁船も軍事任務を帯びているに違いないという印象を生み出そうとする筆の運びである。

4.衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する。「有事」のカギを握る技術だけに、米国の全地球測位システム(GPS )には頼れない。2012年、北斗をアジア太平洋地域で稼働させた。周が「昨年、載せろと命令された」という北斗端末は、すでに4万隻の中国漁船に装備された。

→ここには何も嘘はないのだが、しかしほとんど錯乱的な文章である。

一、「衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する」というのはその通りで、この限りでは何も嘘はない。しかし衛星位置情報システムはミサイルだけでなくカーナビなど民用にも使われている軍民両用技術で、漁船にその端末が備わっていたからといって軍事目的であるかに言い立てるのはおかしい。中国漁船が中国製のGPS を使っていなければその方が不自然である。

二、米国仕様の「GPSには頼れない」というのは、衛星の位置から生じる誤差問題を含めて、中国だけではなく世界中がそうで、そのため欧州も日本も独自のシステムを開発しているのであって、中国だけが米国中心の秩序に従うことを拒否して独自のGPS開発に走っているかのように印象づけようとするのは悪意に満ちている。

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