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アベノミクスが6度目の挫折。政府文書からも「デフレ」が消滅

安倍政権に関して、加計学園疑惑や稲田防衛大臣を巡る問題などばかりがクローズアップされますが、どうやら政権の目玉のはずの「アベノミクス」も絶望的な様相を呈しているようです。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』の著者でジャーナリストの高野孟さんは、達成される気配すらない基礎的収支黒字化や2%の物価上昇等を鑑み、「アベノミクスの虚構はすでに崩壊した」と断言しています。

すでに崩壊した「アベノミクス」の虚構──基礎的収支黒字化も物価上昇2%も無期延期へ?

内閣府は7月18日の経済財政諮問会議で、2020年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリー・バランス)が8.2兆円の赤字となる見通しを明らかにした。政府が財政再建公約として長く掲げてきた20年度の黒字化達成はすでに絶望的であることは明らかだが、さらに絶望的なことは、実際には同年度の赤字幅はこんな程度ではとうてい済みそうにないことである。

なぜならこの試算は、17年度以降20年度にかけて、名目成長率が2.5~3%台で推移すること、また19年10月には予定通り消費税率を8%から10%に引き上げることを前提としている。16年度の名目成長率が1.1%に留まっていたというのに、今年度から急にその2~3倍の成長が実現するというのは、何の根拠もない、希望的観測とさえ言えない架空のホラ話であって、多くの民間予測が示すように今年度も来年度も昨年度並みか0.1とか0.2とかの微増程度に留まり、従って消費税アップも再々延期せざるを得ないということになると、基礎的収支黒字化は事実上、無期延期ということになる。

これに続いて日本銀行は20日、アベノミクスの中心目標である「物価上昇率2%」の達成時期について、これまで掲げてきた「2018年頃」を取り下げて「19年度頃」に先送りすることを決めた。アベノミクスが始まって以来、6回目の先送りで、これはもう「失敗」と認めて政策転換を決断すべき限界を超えている。東京大学受験でも司法試験でも何でもいいのだが、6回続けて落ちて「まだ道半ば。頑張ります」と言っても親兄弟も教師も友達も「いい加減に目を覚ませ」と言うに決まっているだろう。

黒田日銀総裁の発言は意味不明

この20日の日銀会見で黒田東彦総裁が、予想した通りに物価が上がらない理由について「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が、企業や家計に残っている。根強いデフレ・マインドがある」と述べたのは、まるっきり意味不明である。

企業や家計に根強いデフレ・マインドがあるから、それを異次元金融緩和という一種の心理的ショック療法によって揺り覚まさせてインフレ期待マインドに導けば、人々は財布のヒモを緩めて投資や消費にお金を使い始めるという想定に立って、アベノミクスは設計され実行されたはずである。それが4年目を過ぎて、依然としてデフレ・マインドの根強さを克服できなかったというのであれば、

  1. まずは失敗を素直に認めるべきであるし、
  2. 次にそれは目標設定そのものの誤りなのか、目標は正しかったが異次元緩和という手段採用の誤りなのかを、全国民と世界に向かってきちんと説明すべきであるし、
  3. そしてそのことへの自らの責任の取り方について進んで語るべきである。

なのに黒田は「根強いデフレ・マインドがある」と、まるで他人事のように言い放ち、それに対して日銀クラブで記者から何か質問が出たのかどうか分からないが、少なくとも「総裁、ふざけるのもいい加減にして下さい。これはもう完全な失敗ということでしょう。どう責任をとるつもりですか」と食い下がるような記者がいなかったことだけは確かである(いればニュースになっているから)。

官邸記者クラブが菅義偉官房長官の仲良し記者でほぼ埋まっていて、臨時参加の記者が執拗に質問をすると顰蹙を買うことになるのと全く同様に、日銀記者クラブには黒田総裁が不機嫌になるようなことを言う者はいないのだろう。こうやって日本は知的に衰退していくのである。

「デフレ脱却」は達成されたのか?

黒田の言い方では、デフレ・マインドは根強く残っているのであるから、つまり「デフレ脱却」というアベノミクスの中心目標は達成されていないということである。

ところが、多くの人々は気付いていないと思うが、年々の経済情勢に応じて政策課題をクリアに押し出すことを主旨とする「骨太の方針」では、これまで「デフレ脱却を確実なものにする」(15年)、「デフレ脱却に向けて大きく前進」(16年)と記すなど、「デフレ退治」を中心に据えてきたのだが、今年のそれからは「デフレの文字が消滅した

これについて、ダイヤモンド電子版7月13日付の編集部記事「『デフレ』はそもそもなかった? 政府文書から3文字が消えた理由」は、次のように述べている。

内閣府は「この1年余り、消費者物価指数が前年を下回ることはなく、物価が持続的に下落する状況ではなくなった。つまり、デフレは終わったという認識だ」と話す。

確かに、2012年12月からの景気拡大局面は戦後3番目の長さになり、需給ギャップや雇用の指標も改善している。デフレの時代は終わったかに見える。

とはいえ内閣府は「『デフレ脱却宣言』をするにはまだ様子をみる必要がある」という。内閣府が06年3月に作った「デフレ脱却の定義」では、物価が持続的に下落する状況を脱したことに加えて、「再びその状況に戻る見込みがないこと」を挙げているからだ。

この点については、「景気回復のテンポは弱いし、物価もほぼ横這い(前月比0%程度の上昇)の下で、再びマイナスにならないとはいいきれない」と、内閣府は自信なさげ。

それを反映してのことなのか、公式の「デフレ脱却」宣言はまだしないという。こっそりと各文書からデフレの文字を消したというのが実情のようだ……。

これって、何を言っているか解りますか。「デフレは終わった」けれども「再びその状態に戻る見込みがない」とは言えないので「デフレ脱却宣言はできない。それで、昨年の骨太方針では「デフレ脱却に向けて大きく前進」と言ったものの、前進した結果「脱却した」とは言えないし、「引き続き大きく前進」と言うのも変なので、その問題に触れるのを止めてしまったということである。

しかし、他のことならいざ知らず、「デフレ脱却」の成否はアベノミクスの中心的な戦略目標であったはずである。それがどこまで達成されたかを、内閣府も日銀も明言を避け、できるだけ触れないようにしているというこの有様は、一体何なのか。

そもそも「デフレ」は悪いことなのか?

上掲のダイヤモンド電子版記事は、そもそも政府・日銀が「デフレ退治」に必死になったのは、ずばり、デフレの定義を間違えたからではないかと指摘している。

バブル崩壊後の不良債権処理の遅れが景気停滞を長引かせる中で、いくら日銀が金利をゼロ近くまで引き下げても、物価が下がり続けていると、それだけで過剰債務を抱えた企業の収益は改善せず、不良債権処理がさらに遅れるといった悪循環に陥りかけた。

そこで政府は2001年3月、それまで「物価下落と景気後退が同時に進む」としてきたデフレの定義を、「物価の持続的な下落」に変更して、「デフレ」を宣言。日銀も「デフレは貨幣の供給量が足りないからだ」との主張に押し切られるように、量的緩和政策に踏み出すことになる。

それまで、デフレは「不況の結果」というのが一般的な考え方だった。それがいつしか、デフレが「不況の原因」となり、ついには「物価下落はとにかく悪いこと」だというのが共通認識となって、日銀は緩和圧力を受け続けたのだ。

つまり、当初は、不良債権処理を加速させるためにデフレの定義を変更したものの、それが逆に政府や日銀を縛り付ける結果となったわけだ……。

この指摘はなかなか適確である。

第1に、デフレと不況はもちろん同義ではない。

第2に、デフレが物価下落のことであるならば、その限りでは少なくとも消費者にとってはプラスであって、何もドタバタする必要がない。

第3に、不況が進む中でそれと重なって物価が渦巻き状に崩落する「デフレ・スパイラル」のようなことになるのは最悪で、そうなる傾向を目ざとく見つけて対処するという本来の意味でのデフレ警戒論に定義を戻す必要がある。

第4に、それを怠ったために、デフレそのものが「悪の元凶」であるかのような倒錯した意識にのめり込んでしまった。

──ということである。本誌は当初から、「デフレ脱却という目標設定そのものが間違っていると主張してきた(例えば、本誌No.686「アベノミクスは『狂気の沙汰』である」、2013年7月1日号)が、今頃になってダイヤモンド誌もその戦列に加わって来てたということである。

日本の金融構造の機能不全をそのままにしたのでは

百歩譲って、「デフレ脱却」という目標が正しかったとして、それを金融的な異次元緩和で成し遂げようとするのが適切だったのかどうか。

異次元緩和の大略を示せば、

マネタリーベース  13年3月   →→→     17年6月
           138兆        468兆(+330)
日銀の国債保有高   165兆        501兆(+336)
日銀当座預金      47兆        363兆(+316)
銀行預貸ギャップ   214兆        263兆(+ 49)
企業内部留保     306兆        375兆(+ 69)

マネタリーベース、すなわち日銀が供給する通貨の総額は、アベノミクスのスタート当初から今年6月までに330兆円も増えている。日銀がそれだけせっせとお札を刷って、そのほぼ同額の336兆円日銀の国債保有高が増えている。大雑把に言えば、日銀はこの4年余りに刷り増したお札を全部、国債購入に充てたということである。

日銀は直接市場で国債を買い漁ることは出来ないから、銀行の持っている国債を買い上げて、その代金を各銀行が日銀内においている当座預金口座に振り込む。この日銀当座預金は、本来は、各行に何か問題が生じて資金繰りに支障が生じた場合に、たちまち取り付け騒ぎが起きたりしないように適切な準備金を置いておくというのが本来の趣旨だが、実際には日銀と各行とのマネーのやりとりはすべてここを通過する。

で、ここからがアベノミクスの大誤算になるのだが、そうやって銀行に向かって有り余るマネーをシャワーのように浴びせかければ、銀行は居ても立ってもいられなくなって、日銀当座預金から金を引き出して、企業の設備投資資金や消費者の家や車のローンなどの形で回そうとするだろうという想定だったのだが、日銀当座預金の増額分が316兆で、日銀から振り込まれた分がほとんどそのまま滞留している。つまり、330兆円分の異次元緩和は、鳴り物入りで行われたにもかかわらず、すべて日銀の構内での自家中毒的なやりとりに留まっていて、そこから経済の血液たるマネーが全身に向かってどんどん循環して景気が良くなっていくということは起こらなかったのである。

どうしてそうなのかと言えば、それははっきりしていて、需要そのものが減退しているからである。いくら政府・日銀が企業や消費者に金を使わせるようとしても実需がなければ動かない。だから銀行の預貸ギャップ、すなわち預かったお金のうちどれだけを貸付に回したかの差額も増え続けるしかない。加えて、企業自身の内部留保も増えているので、仮に工場新設などの投資が必要になった場合でも、自己資金で賄うことが出来るので銀行の出番はない

こうして、日銀当座預金、銀行預貸ギャップ、企業内部留保という3重のダムに堰き止められて、単にお札を刷り増しただけでは何の効果もないことがますます明らかになってきた。

来年4月のアベノミクス発動から丸5年、それと重なって黒田総裁任期満了で再選があるのかどうなのか。これが秋の臨時国会の重要テーマとなるはずで、活発な議論が期待される。

メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみにください。初月無料です

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image by: 首相官邸

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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