ロス五輪金メダリスト山下が柔道を通して取り戻したい日本の誇り

 

柔道家としての誇り、アラブ人としての誇り

後日、ラシュワンはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)からフェアプレー賞を受賞した。

ラシュワンは、試合開始早々、山下の右足を狙った払い腰を仕掛けてきたが、それは「ヤマシタに右足を警戒させておいて反対側の左足を狙う作戦でした」と、あるテレビ番組で解説した。

怪我をした相手につけ込もうとすれば、すぐに勝負には出ず、前後左右に激しく引きずり回せば、ダメージは一層大きくなる。ラシュワンは、そうした卑怯な方法を選択しなかった

その一方で、怪我をした右足をあえて狙わないという「情け」をかけることもしなかった。怪我に関係なく、正々堂々と勝負を挑んできたところに、ラシュワンのフェアプレーがあった。

後日、ラシュワンは山下と対談した時に、こう語っている。

エジプト柔道連盟の会長が、ヤマシタのけがをした右足を攻撃しろと言ったのです。私はこう言いました。それはできません。私には柔道家としての誇りも、アラブ人としての誇りもありますから。
(『背負い続ける力』山下泰裕 著/新潮社)

柔道家の誇りがアラブ人の誇りと一致するところに、柔道精神の国際性があると言えよう。

柔道の目的は人作り

昭和60(1985)年9月15日、現役引退会見の3ヶ月後、山下は千葉県にある嘉納治五郎師範の墓前で手を合わせた。

嘉納治五郎は講道館柔道の創始者であり、「柔道の父」、さらにスポーツ・教育分野の発展に力を尽くしたので「日本の体育の父」とも呼ばれている。

嘉納治五郎は、柔道で3つの目的を掲げた。

  • 勝負法:実際の試合で勝つこと、悪漢から身を守る護身術
  • 体育法:運動能力を高め、健全な肉体を作ること
  • 修身法:社会に適合し、社会にとって有益な人物になるための方法

すなわち、柔道を通して心身を磨き高め、それによって世に補益する人材を輩出する事を目的とした。

「伝統とは形を継承することを言わず。伝統とは、その魂をその精神を継承することを言う」とは山下の好きな言葉だ。山下は嘉納治五郎の教育者としての魂、精神を継ごうとしたのだ。

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