中国「劉暁波氏の死去」報道せず。強気姿勢を崩さない共産党の思惑

 

先日掲載した「英BBCが「ナチスと中国共産党は同じ」と断じたこれだけの共通点」では、イギリスBBCが「中国共産党が劉暁波氏のような人権活動家のみならず、国民をいかに抑圧してきたか」について論じた記事をご紹介しました。今回の無料メルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「時代を読む」』では著者の嶌信彦さんが日本人ジャーナリストの視線で、秋の党大会を前に焦りを見せる習政権と中国の先行きを論じています。

波乱含み習政権第2期──劉暁波氏 獄中死に批判

秋の中国共産党大会を前に習近平政権がピリピリと神経をとがらせている。特にノーベル平和賞を受賞した人権活動家の劉暁波氏(61)が、7月13日に政府に監禁されたまま亡くなったことについて、国際社会からの批判が高まり外交問題となることに強い警戒心を抱いている。習政権2期目の5年間は出だしから波乱含みだ。

劉氏は1989年6月の天安門事件の直後、研究先のアメリカから帰国し、民主化運動の指導者、「行動する知識人」として先頭に立ってきた。このため何度も逮捕され投獄されてきたが、一貫して筋を曲げなかった。

特に2008年に共産党支配への反対を申し立てた「08憲章」を起草したため懲役11年の刑を言い渡され服役中だった。多くの知識人が民主化運動に挫折したり、海外に出て行ったのに対し、劉氏は弾圧を受けても国内に残り運動を続けてきたことにより、民主化・人権運動のシンボルカリスマ的存在になっていた。しかし、ノーベル平和賞受賞式への出席は中国政府によって許可されず、さらに獄中での病気に対しドイツやアメリカから治療の受け入れ表明があっても出国が認められなかった。死因は遼寧省瀋陽市の大学病院から末期の原発性肝細胞がんと発表されている。

劉氏の葬儀についても遺族と政府の間でもめていた。政府は一日も早く火葬にし、その後は散骨することを求めた。お墓や記念館を作ると民主運動の聖地のようにみられることを嫌ったためといわれる。

「遺骨と遺灰は家族のものだ」と主張した妻の劉霞さんに一時的に渡された。しかし、その後は埋葬は許可されず散骨になったという。夫人の出国についても欧州諸国が出国を容認するよう求めているが進展していない。背景にはEUと中国の貿易額がこの10年でほぼ倍増し5,000億ユーロに達している上、中国からの対EU投資も増えていることもあって、EU諸国は人権問題と経済問題をリンクさせたくない配慮も働いているようだ。

劉氏死去ニュース、中国国内では報道されず

中国政府は、劉氏に関する死亡の情報は厳しく制限しており、外国メディアとの質疑応答も質問は掲載されず、「中国の報道官は各国の批判に対し『雑音だ』と切り捨てた」(7月15日付毎日新聞)としている。5年に一度の共産党大会を前に、まだ江沢民派、胡錦濤派などの勢力が残っているため、習近平氏は一強体制を作ろうと人権派活動家の弾圧を含めて様々な工夫を行なっているようだ。

新公民運動の提唱者・許志永氏や人権派弁護士の浦志強氏、李和平氏、女性ジャーナリストの高喩氏らが次々と摘発され有罪判決を受け、その後も人権・民主活動家の胡佳氏や高智晟氏、丁家喜氏、趙常青氏らが拘束され続けている。

その一方で、ポスト習の有力候補である孫政才重慶市党委員会書記が常務委員候補から脱落して拘束され、側近の陳敏爾を重慶市トップ、胡春華氏を広東省トップ、張慶偉氏を黒竜江省トップに据えるほか、周強氏を最高裁院長──など、後継者争いもまだあいまいにしたままで、習近平主席の力を温存しておくつもりのようだ。

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