「稲田切り」だけでは済まぬ。改めて露呈した安倍官邸の隠蔽体質

 

12月16日、稲田防衛大臣は統幕に日報を捜すよう指示。10日後には統幕内のコンピューターで日報のデータが見つかった。そのことが稲田大臣に報告されたのが1月27日とされているが、これも疑問だ。その間、何をしていたのか。

想像するに、河野議員らが問題視し、メディアも関心を持ちはじめたことから、稲田大臣はそれを逆手にとり、自分のリーダーシップによってようやく日報を発見したという手柄話にすり替えようとしたのではないだろうか。

最初から日報隠しの件を稲田大臣が知っていた疑いもぬぐいきれないのだ。危険が迫っているのを承知で、駆け付け警護を新任務とする部隊を派遣したのも官邸主導なら、今年4月になって突然、部隊の撤収を決めたのも官邸主導である。安倍首相の“秘蔵っ子”とさえ言われてきた稲田氏が、蚊帳の外に置かれていたとは信じがたい。

陸自にもあるのを隠し、統幕で保管されていたことにして2月7日に日報は公表されたが、翌2月8日の衆議院予算委員会で、さっそくこの問題が取り上げられた。

「日報について、これまで廃棄をしていたと説明してきたものが存在していたことが明らかになりました。なぜ、これまでないとしてきたものがあったのか。
情報公開法に対する違法行為であり、稲田大臣の責任は極めて重い」 (民進党、小山展弘議員)

日報の中身は驚くべきものだった。

宿営地周辺での流れ弾、突発的な戦闘への巻き込まれに注意が必要。砲迫含む激しい銃撃戦。ジュバでの衝突激化に伴う国連活動の停止…などとある。国連活動をストップせざるを得ないほどの戦闘が繰り広げられていたのだ。

昨年9月30日の衆院予算委員会において稲田大臣は、7月のジュバの状況をこう説明していた。

「国同士、国と国に準ずるものとの間の戦争があったということではない、戦闘行為というか、武力紛争があったということではないということです」

稲田大臣の「戦闘」ではなく、「武力衝突」だという、まやかしが始まっていた。同じ状況を表現する言葉として「戦闘」を使えば憲法に抵触する。「武力衝突」なら大丈夫。まさに、本質論とかけ離れた言葉の悪戯である。

公開された日報はその答弁の欺瞞性を暴きだしていた。現場の隊員たちは「戦闘」が行われていると認識していた。

しかし戦闘地域にPKO部隊を派遣している事実を知られてはまずい。陸自の中央即応集団司令部が「破棄して不存在」という理由のもとに日報の公開を拒否した理由はそこにある。

この判断が、安倍官邸の意思と無関係であるとは思えない。稲田大臣が知らないうちに、情報隠ぺい工作が勝手に行われていたと考えるのも不自然であろう。

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