まずは、そのように冷徹に見たうえで、なぜ岩田氏が今回のような安倍批判含みの文章をしたためたのか、背景として考えられることを挙げてみたい。
加計学園疑惑についての、NHK政治部と社会部の軋轢がその一つだろう。
加計学園の獣医学部新設をめぐる文科省のメモ文書について、最初に前文科省事務次官、前川喜平氏にインタビューしたのはNHKの社会部だった。しかし、その映像は筆者の知る限り、いまだに放送されていない。
文書を入手したのもNHK社会部が一番手だったが、「官邸の最高レベルが言っていること」の部分が消されて放送された。アナウンサーがそれにふれることもなかった。
NHK報道局長、小池英夫氏の指示だという見方もあれば、今年4月にNHK会長賞を受賞し、局内で影響力を増している岩田氏が安倍官邸の怒りを避けるため、そのネタを握りつぶすよう小池局長に働きかけたのでは、と推測する向きもある。
いずれにせよ、社会部にはスクープを反故にされた恨みや不満が残っているだろう。
岩田氏にしても「安倍首相の御用記者」と、蔑みや妬みの混じった目で見られ、局内で風当たりが強まるのを感じていたのではないか。権力に食い込むのはいいが、権力の走狗となるのは恥ずべきことである。いかに岩田氏でも忸怩たる思いがあるにちがいない。
政治権力と癒着しやすい政治部記者、財界人と懇ろになりやすい経済部記者、警察や検察からネタをもらう社会部記者…それぞれに権力と無縁ではいられないが、岩田氏としては局内外から聞こえてくる「御用記者」の定評を払拭するために、今回の記事を書く気になったのではないだろうか。
安倍首相の天下がいつまでもつか、不透明になってくると、仲良しサークルの記者たちも、先のことを考えざるを得なくなる。これまでは安倍のお気に入りとして局内で優遇されてきたが、色がついたままでは…という計算も働くだろう。
だが、岩田氏の勝負記事「安倍総理『驕りの証明』」は、残念なことに、「御用記者」の域を出るものではなかった。
岩田氏の記事を読んで、安倍首相はどう思うだろうか。エールと受け取るのか、反旗と映るのか。「驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し」。人の世を達観する心の静寂もまた、生き急ぐ人には必要かもしれない。
image by: 首相官邸