名前は聞いたことがあるけどイマイチよくわからない「ゲノム編集」技術。実はこの技術によって、完治は難しいとされてきたエイズの治療や、卵白アレルギーさえも解決するかもしれないのです。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、著者で早稲田大学教授・生物学者の池田清彦先生が、「細菌が備えるゲノム編集技術」について解説しています。
「ゲノム編集」とは何か?
最近、ゲノム編集という技法が開発されて、DNAの任意の場所をピンポイントで編集(その場所の塩基配列を破壊したり、書き換えたり)することができるようになった。この技法は、もともとは細菌がウイルス感染に対抗して備えている一種の免疫システムを、多細胞生物の遺伝子操作として応用したものである。
真正細菌や古細菌の中には、侵入したウイルスのDNAを切断して、DNAの断片を取り込み、同じウイルスが侵入してきた時に、このDNA断片の記憶をもとに、侵入してきたウイルスを素早く撃退する免疫システムを持っているものがある。
ウイルスのDNAを切断するのはCASと呼ばれるタンパク質で、切断されたDNAの断片は、細菌のCRISPR領域と呼ばれるゲノム領域に取り込まれる。このDNA断片のリストはガイドRNAというRNAに転写されて、次に同じウイルスが侵入してくると、ガイドRNAはウイルスのDNAを素早く見つけ出しCASタンパクを使って切断し、ウイルス感染を免れる。
このシステムを応用して開発されたのがCRISPR/CAS9というゲノム編集技術で、まず、ターゲットとなる細胞の特定のDNA配列と対応するガイドRNAを設計する。次にこのガイドRNAを細胞に導入し、ターゲットとなるDNA配列を探し出し、CASタンパク質の一種であるCAS9で切断して、この部位のDNA配列を編集するわけだ。この技術により、きわめて正確に狙ったDNA配列を編集することができるようになった。
この技術を使って、産業技術総合研究所は、卵白アレルギーの原因となるタンパク質をもたないニワトリの作出に成功したと発表した。さらに、この技術はヒトの難治性の病気の治療に役立つことが期待されている。たとえば、今まで完治困難だったエイズを治療することが可能になりそうだ。
エイズウイルス(HIV)は主にヘルパーT細胞に侵入するレトロウイルスの一種で、DNAウイルスではなくてRNAウイルスで、自身のRNA情報をDNA情報に置き換えてホスト(この場合はヘルパーT細胞)のゲノムに侵入する。我々の体内では、通常DNAの遺伝情報はmRNA(メッセンジャーRNA)に置き換えられて(これを転写という)、mRNAの情報をもとにタンパク質が合成される。HIVはRNAをDNAに置き換える逆転写酵素を持っており、ホストのゲノムに侵入できるのだ。ホストの細胞が増殖するとホストのゲノムに寄生してDNAとなっているHIVの情報も同時に増殖し、しばらくすると、ホストの細胞を破壊してHIVが大量に血液中に出てくるのだ。(つづく)
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