高級すぎる「トースター」がバカ売れ。バルミューダが見せた日本家電の意地

 

逆境から生まれた大ヒット商品~成功を支えた出会い

しかし、会社の状況を一変させる出来事が起こる。2008年のリーマンショックだ。世界中に広がった金融危機は、ちっぽけだったバルミューダにも直撃した。

一ヶ月ファックスが鳴らず、『終わったな』と思いました。音楽のときもダメだったけど、またダメだったと思って、俺は成功とは縁がないんじゃないかと思った」(寺尾)

会社は倒産寸前となり、寺尾は泣きたいような気分で一軒のファミリーレストランの前を通りがかった。そこにはリーマンショックなど関係なく、楽しそうに食事をする人たちがいた。そのとき、寺尾は突然、わかった気がした。

なんで売れないのかな、高いからかな、デザインがおかしいのかなと思っていたのですが、あのときはっきりわかりました。お客さんにとって必要じゃないからだ、と」(寺尾)

倒産はすでに秒読みだったが、今からでも「人に必要とされるもの」を作れないか。実は寺尾には、以前から作ってみたかったものがあった。スケッチ画も書き溜めた扇風機だ。

子供の頃、自転車で走ると体に当たる風が気持ち良かった。あの風を再現することができれば……その時、寺尾はある光景を思い出す。それは町工場で壁の方を向いて回っていた扇風機。「壁に当てると風が優しくなる」のだという。

寺尾は流体力学の本を買ってきて、なぜ壁に当たった風は優しくなるのか、どうすれば優しい風を再現できるのかを考えた。そして分かったのは、扇風機の風は渦を巻きながら直線的に進んでいること、しかし壁に当てると渦はなくなることだった。

風を何かにぶつければいい。寺尾が思いついたのは二重構造の羽根だ。これだと速さの違う2種類の風が起き、ぶつかり合うために渦が消え、大きな面の風になる。しかし問題が一つ。この羽根は面積が大きく、従来のモーターでは風が強くなりすぎる。つまり、今までよりゆっくり回すことのできるモーターが必要だったのだ。

それにぴったりだったのがDCブラシレスモーター。電子回路で超低速回転を実現できる。ただし、値段は従来のモーターの10倍以上と高価だった。試作機まではなんとか作ったが、量産するには6000万円かかる。銀行は全く相手にしてくれなかった。

資金がつき、身動きの取れなくなった寺尾はまさかの行動に出る。向かった先は、試作機を作る際、サンプルを提供してくれたモーターメーカーフジマイクロ。寺尾はまだ取引もしていない相手に資金の立て替えをお願いしに来たのだ。

同社の丸山忠作社長(現会長)に「風を浴びてみてください」と迫る寺尾。丸山社長の答えは「いい風だな協力しましょう」だった。この出会いが寺尾の人生二つ目の転機となり、バルミューダは生き残ることができた

丸山さんはこのとき資金を立て替えた理由を、「相手によっては私も受けません。寺尾さんは情熱があったということ。情熱があるし開拓精神がある。私もそういうのが大好きで、波長が合ったといいますか」と語る。

かくして2010年、柔らかな風を生む「グリーンファン」が誕生。累計30万台のヒットとなり、DCブラシレスモーターも大活躍した。

「大量に、想像を絶する量が出ましたので、結果的に儲かりました」(丸山さん)

何も持っていなかった男の決して諦めない心が奇跡のような出会いを生み扇風機の革命を起こしたのだ。

バルミューダ冬の新製品~画期的!?オーブンレンジ

バルミューダのこの冬の新商品、オーブンレンジの開発会議で不思議な光景を目撃した。ホワイトボードに「ポンポンポン」「キキーン」「ジャーン」という文字が書かれていた。

後日、オーブンレンジの試作機が届いた。今回の新商品は至ってシンプルで、機能も最小限だ。ただし、一つだけこだわったことがあった。

「それぞれのモードに合わせて音が鳴ります」(開発担当・比嘉一真)

調理中にはドラムがリズムを刻む音。そして「チンの代わりはギターが鳴るのだ。

ここで寺尾が最終チェック。試作機に問題がなければ量産に入る。ところが、寺尾の目がある所に止まった。寺尾が指摘したのはつまみの塗装。わずかに1ミリ程、はみ出している。進捗は当初の予定より遅れていたが、寺尾はやり直しを指示した。

「だいたい予定通りにいかないのが開発。予定通りにいってないのが予定通りです」(寺尾)

商品発表会にはなんとか間に合った。注目メーカーだけに、会場には多くの取材陣が詰めかけた。まずはレンジなのに、寺尾が音を紹介する。

「これを思いついた理由に朝の殺伐とした感じがあります。忙しくて、子供もいるし、お父さんは出ていくし、お母さんはテンパッている。実際に自宅でこのプロトタイプを使っています。朝起きると、妻はイライラしているのかもしれませんが、こいつが『ドンチ、ドンチ』と鳴っている。『ジャーン』でできる。心なしか妻の顔が怒ってないように見えるのは、私の気のせいでしょうか(笑)」

発表の後には触って体験してもらう時間も。みんな、楽しそうに触っては音を出していく。常識破りの商品がまた一つバルミューダのラインナップに加わる

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