暗殺恐れて首相が電撃辞任。レバノンでいま何が起きてるのか?

2017.11.20
 

ハリリ首相辞任の黒幕は誰か?

私は2008年にヒズボラとハリリ氏の勢力が武力衝突した時にたまたまレバノンの首都ベイルートにいた。ハリリ氏が後ろ盾となっていた政府がヒズボラを抑えようとしたことにヒズボラが反発して、2、3日のうちに市街戦になった。結末はあっけなかった。翌日にはハリリ氏が所有するテレビ局は焼き討ちされ、ハリリ氏の自宅も包囲され、完敗を喫した。

それまで度々、イスラエルによる軍事侵攻に対抗してきたヒズボラの強さを見せつける形となった。さらにシリア内戦が始まって、ヒズボラは内戦に介入し、イランの指揮下でアサド政権支援のために地上部隊を送っている。シリアで実戦経験を積んだヒズボラはさらに強力になっているはずだ。

ハリリ氏にとってヒズボラと戦うことは政治的にも軍事的にも自殺行為である。氏の政治生命が終わるだけでなく、レバノンはヒズボラ支配になりかねない。ハリリ氏としては、ヒズボラと協調しつつレバノンの安定を図るしかない。

ハリリ氏の突然の辞任表明に対して、ヒズボラ指導者のナスララ師は「サウジはレバノンとヒズボラに宣戦布告している」「イスラエルにヒズボラへの攻撃を要請している」と反発した。ナスララ師がイスラエルを持ち出すのは、サウジで実権を握るムハンマド皇太子がイスラエルと関係改善を進めているという情報がアラブ世界で広がっていることを前提としている。

ハリリ氏が首相辞任を発表した4日は、サウジでは、ムハンマド皇太子が主導する腐敗追放委員会が11人の王族を含む約50人を逮捕した日である。サウジでは、すべてがムハンマド皇太子の意向で動いているとされ、ハリリ氏の辞任発言にも皇太子の意思が動いていると考えるしかない。

ムハンマド皇太子

ムハンマド皇太子

image by: WikimediaCommons(Mazen AlDarrab)

ムハンマド皇太子は父親であるサルマン国王が2015年1月に即位し、国防相兼王宮府長官に抜擢された。同4月には副皇太子に任命された。さらに今年6月にムハンマド・ナイフ皇太子が解任され、代わって皇太子に任命された。32歳の若さである。

今回、王族や現職閣僚・旧閣僚、ビジネスマンらを含む有力者を「腐敗追放」の名目で一斉拘束に出たことは、来年初めともいわれる国王就任を前に、反対派を排除して、権力を固める意図があると見られる。今回、逮捕された中には、アブドラ前国王の息子で、一時は有力な国王候補とされたミテブ前国家警備隊相も含まれている。

ムハンマド皇太子にとっては勝負をかけた有力王族排除が始まる日に、ハリリ氏に首相辞任発言をさせて、レバノン危機を演出したことになる。しかし、サウジが動いても、ハリリ氏が率いるスンニ派勢力とヒズボラが戦う可能性は低いと考えれば、サウジがハリリ首相をリヤドに呼んで、首相辞任を発表させたのは、ムハンマド皇太子が有力王族を排除する動きから世界の目をそらそうとする狙いと考えるしかない。

ムハンマド皇太子が、レバノンのハリリ首相を使ってリヤドから反イラン・反ヒズボラのメッセージを発信することに意味があるとすれば、反イランを強く掲げるトランプ大統領の支持とりつけのための措置ということになる。ハリリ氏に言わせることで、自らがイランへの対抗措置をとるというリスクを冒す必要もなくなる。

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