頼りになるのは公的機関しかない。齊藤氏には公的機関から資金を引き出すための大構想が必要だった。その意味では、悪い例だがモリ・カケの経営者たちと似ている。
そこで、齊藤氏がぶち上げたのが「シンギュラリティ」(技術的特異点)というキーワードだ。
人工知能研究の世界的権威、レイ・カールワイツ氏による『ポスト・ヒューマン誕生 コンピューターが人類の知性を超えるとき』という本がNHK出版から2007年に発行されて以来、日本でも専門家を中心にシンギュラリティが話題に上ってきた。齊藤氏は自社のスパコンとシンギュラリティを結びつけて、いわば大風呂敷を広げたわけだ。
カールワイツ氏は、半導体技術の微細化が限りなく進むと、CPUの性能が飛躍的に伸びて、2025年には人間一人の脳と同じ計算能力、2040年には地球上の人類の総数と同じ計算能力に達すると言う。その段階がシンギュラリティなのだが、現在のスーパーコンピュータはまだネズミの脳レベルといわれる。
その発展の先にカールワイツ氏が想定するようなことが待っているのかどうか、「物理的に疑問の個所がまだまだあり、ヒトの脳に迫ることは容易ではない」と疑問視する専門家も多い。
だが、齊藤氏はそんなことおかまいなしに、壮大な未来予想図を吹聴してきた。経済財政諮問会議の「2030年展望と改革タスクフォース」の委員として、昨年10月に発言した内容は以下のようなものだった。
次世代のスーパーコンピュータは、省エネルギー、新エネルギーであり、最終的にはエネルギーフリーに持っていく。食糧問題も、衣食住もフリーになる。安全保障、軍事の議論もここに含まれてくる。やがて保有するスーパーコンピュータの能力が国力という時代が近づいてきている。…シンギュラリティに向けた行程としては、技術的には来年、中国のスパコンを上回るようなスーパーコンピュータの開発が現実的に可能だ。
スパコンは国力そのものにつながるのでわが社に投資を、と呼びかけているようなスピーチである。
だがどうやら、中国をダシにした彼のこういうプレゼンが、ナショナリズムを強く刺激するらしく、技術系メディアのみならず、「正論」や、櫻井よしこ氏と対談するインターネットテレビ「櫻LIVE」にもお呼びがかかった。
そんな場で、中国に勝つためにスパコンが必要だとか、そのために300億円くらいの資金を集めたいなどという趣旨の発言をして保守層にアピールしてきたのだ。
山口氏はかなり前から齊藤氏のスパコン開発に目をつけていたようで、TBSを辞める2か月前の昨年3月、一般財団法人「日本シンギュラリティー財団」を設立した。齊藤社長も理事に名を連ねた。
ただ、財団といっても事務局は東京・恵比寿にある山口氏の実家で、職員がいる様子はない。
一般財団法人は公益性がなくてもよく、300万円の財産があれば設立できる。日本シンギュラリティー財団がどのような活動をしているのか全く不明だが、齊藤氏の会社と政府の間をつなぐ資金パイプづくりをめざしているのではないだろうか。