どん底からのV字回復、マクドナルド社長が語った復活劇の舞台裏

 

6000人調査で客を魅了~執念で生んだ革新的バーガー

復活戦略の象徴が、4月に投入したレギュラーメニューとしては8年ぶりの新商品、「グランシリーズ」だ。ふんだんな新鮮野菜と厚切りベーコン。素材にこだわった具沢山のバーガー。このグランが売れに売れ、発売当初の5日間だけでも300万食を販売した。

グランが客を魅了するのは甘くてモチモチのバンズ。協力メーカーがとんでもない労力をかけて新たに開発したものだ。

埼玉県伊奈町のイナベーカリー。工場で通常のバンズを作るラインは驚くほどの速さで動いている。生産能力は1時間で6万個。日本では最速のスピードだという。ところがグラン用として作られる生地は随分と遅い速度。実は、完全自動化の工場にあって、生地を手でこねているのだ。手で丸めることで、つぶれていた生地に高さを出す。「高さを出すことで焼くときの火の通りも変わってくる。食感に微妙な影響を与えることができる」のだという。

効率重視のマックとしては、今までにない異例の商品作りだという。その理由は、グランが今までと全く違う方法で開発されたバーガーだからだ。

東京・新宿の日本マクドナルドの本社で担当者が見せてくれたのは、開発中の試作販売で集めた客の声。「全国販売の前に、大阪、名古屋など一部の地域でテスト販売をさせていただいた」(戦略インサイト本部・井手舞子)と言う。作った試作品の数は200種類以上聞いた客の声はのべ6000人に及ぶ。

「今までのマクドナルドのハンバーガーのイメージをお客様に聞くと、おいしさに関しては、皆さんあまり期待していないというか、半ば諦めのご意見をたくさんいただいたんです。ただ今回のグランは、ハンバーガーのリーダーシップチェーンとして、本当においしいハンバーガーを提供するという意気込みが、全社員にありました」(井手)

グランで目指したのは日本人が本当においしいと感じるハンバーガー。マクドナルドは世界共通のバンズより、柔らかさを求める日本人のニーズを掴み、実現に挑んだのだ。

グラン開発では、客の声を生かしてオリジナルの包装紙まで作った。バーガーをくるむとき、この包装紙はジャバラのように開く。紙を折り返し、2か所を留めることで、袋状になった部分にバーガーが収まり、こぼれたりすることなく食べることができる

グランシリーズの開発に象徴されるカサノバの信条とは、日々店舗を回り客の声を聞くこと。何の躊躇もなく食事をする客と会話を始める。知りたいのはマクドナルドを少しでも魅力的な店にするヒント。客の本音を引き出していく。

カサノバの改革は、まさに客の声を聞くことから始まったという。就任直後から47都道府県の店を一軒一軒回り、家庭を持つ母親たちの声を徹底的に聞いた。

客の声を経営に生かすために開発したのがアプリコド」。来店した店についての簡単なアンケートに答えていくと、ポテト(Sサイズ)の無料券がもらえるお得なサービスだ。導入以来すでに600万件の声を集め、マックの現場改善に役立てられている。

例えば、レジの横に受け取り専用カウンターを作り、スピーディーに番号で呼び出す仕組みに変えたのも客の声があったから。フロアの清掃が行き届いていないという声からは、来店の多い時間帯に店内を見回る清掃スタッフを配置した。

「私たちの4つの約束は『お客様目線になる』『一緒に取り組む』『現場に行く』『まず行動して積極的に動く』。現場は大好きです。オフィスにいるよりずっと楽しい」(カサノバ)

カサノバは現場で集めた客の声から様々なサービスを改善し、どん底の中から信頼を取り戻していったのだ。

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マック14万人を変えた~カサノバ流「ゲンバ」改革

カサノバの徹底的に客の声を聞くスタイルの原点は来日する以前にあったという。それは1990年代、カナダからモスクワに赴任し、新店を任されたときのことだった。

カサノバは、オープンと同時にやってきた客の行動に衝撃を受ける。なぜか客は椅子に座ったまま。レジまで注文に来ないのだ。「注文の方法を知らなかったのです。ロシアのレストランとは全く違いますから」とカサノバ。彼女はそんなモスクワの人々のニーズを知るため、客ひとりひとりから話を聞き始める。

話を聞くことで彼らが何を求めているのか分かりましたこれが原点です」(カサノバ)

カサノバが耳を傾けるのは客だけではない。日本マクドナルド本社で開かれていたのは彼女が主催する女性社員との交流の場「サラズカフェ」。社員たちのリアルな仕事の悩みに真剣に耳を傾ける。カサノバが常に意識するのは、現場の社員たちとの距離感だという。

別の日にマクドナルド本社で開かれていたのは、全国の店長を集めた研修プログラムハンバーガー大学」。研修が行われている部屋をカサノバがサプライズで訪ねた。全国から集まった店長と会話をするため、少しでも時間があれば顔を出す。

何かの心得を説くというより、自分を身近に感じてもらうためのコミュニケーション。最後は「皆さんに言いたいのは、皆さんの仕事はマクドナルドにとって本当に重要だということです。なぜなら皆さんは、私たちにとって最も重要な2つのものを扱っているからです。まず私たちの『お客様』、そして私たちの『人材』です。皆さんが毎日お客様とクルーを大切にしていることに、心から感謝します」と言って締めくくった。

最も大切にするのは現場との一体感。カサノバは改革を実現させる強い現場を作るため、あるスローガンを打ち出した。それが「POWER of ONE」。グランシリーズの開発リーダー、メニューマネジメント部の若菜重昭は言う。

皆がひとつになって目標を達成しようということです。我々が100でも、他の部門が50なら全体は50になってしまう。0なら0になってしまう。全体の部門が100できると100の完成度でできます。商品開発にしても、メニューだけの問題ではなくて、納入業者からきちんとした原料が手に入るかなど、すべてが掛け合わされてひとつの商品が成功するのだと思います」

そんな「POWER of ONE」のスローガンが、現場の売り上げにも大きな効果を生んでいるという。

大分市にあるマクドナルド大分中島中央店もその一つ。お昼時、次々と注文が入る現場を覗いてみると、70種類にも及ぶメニューの注文を、20人を越えるクルーの連携プレーで、次々にさばいていた。ドライブスルーの客も待たせずに提供。笑顔を絶やさない息のあった連係プレーで商品の提供時間がどんどん短縮している。「メニュー提供に40~50秒かかっていたクルーが、最近では30秒台を普通に出せるようになりました。自然と売り上げも上がっていますチームワークがないとできないことです」と言う。

このチームワークの良さには秘密があった。ある動画がスタッフを一つに結びつけたという。それは全国のマクドナルドで競い合っているオリジナルダンス。実はこれは「POWER of ONE」の一体感を作り出すための仕掛け。日本中の店舗スタッフから、食材の納品業者まで、ダンスを通じてひとつに。14万人の人材が一致団結することこそがどんな危機にも負けないパワーを生む。カサノバが率いる新たなマックの強さだ。

カサノバ改革について、大阪のフランチャイズオーナー、佐藤明さんは「原田さんとサラの違いは、サラは明らかに私たちとコミュニケーションを取ってくれることです」と言う。カサノバは佐藤オーナーと共に闘うため、何度も直接足を運んできたという。

「彼女が一番しんどかったときも来てくれた。この人には付いていくことができる、と思いました。小さなものの集まりが大きな矢に変わっていく。信頼関係がなかったら付いていきませんから」

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