五輪の「微笑み」に油断するな。軍事のプロが見た北朝鮮海軍の実力

 

SLBMを開発しても潜水艦には配備しない

Q:貧弱な海軍力のなかで、90隻以上あるという潜水艦について、詳しく解説してください。

小川:「北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイルSLBMの開発を進めていることは事実で、2015年暮れにも水中に沈めたバージ(平底の荷船、はしけ)からSLBM発射実験をやっています。しかし、私がまず強調しておきたいのは、北朝鮮は、通常動力型の弾道ミサイル潜水艦(SSB=Strategic Submarine Ballistic)や弾道ミサイル原潜(SSBN=Strategic Submarine Ballistic Nuclear 戦略ミサイル原潜)を持とうとしているのではない、ということです。言い換えれば北朝鮮は、SLBMを潜水艦に搭載して第二撃核戦力報復核戦力として使おうとしているわけではないということです」

北朝鮮のSLBM実験は「失敗」 発射後に空中爆発か 専門家分析 (2016年1月13日 AFP BB NEWS)

小川:「現状ではSLBMの実現は、技術的に不可能です。しかし、仮にSLBMを持つことができた(潜水艦に搭載した核ミサイルを問題なく発射できるようになった)としても、北朝鮮には、その潜水艦を密かに遊弋(ゆうよく=敵に備えて船が動き回ることさせておく海がありません

「報復核戦力としての弾道ミサイル潜水艦は、陸上に配備された大陸間弾道ミサイル(ICBM)や戦略爆撃機が敵の第一撃を受けて壊滅しても必ず生き残り、報復して敵を殲滅することができなければ意味がなく、そのような能力を示すことによって、敵の先制核攻撃を防ぐのです。ですから弾道ミサイル潜水艦は、ある程度広く、空中・海上・海中のいずれから攻撃を受けても生き残ることが確実な海域でしか運用しません」

「そんな海域は、大国が自国の勢力圏と見なし、近づく敵の航空機・艦船・潜水艦をすべて排除できるという、確実にコントロールできている海域です。弾道ミサイル潜水艦は、どこにいるか知られないことが報復核戦力としての条件ですから、1000キロ四方というような広さと一定の深さの海が必要なのです」

「それは、アメリカにとってはハワイ以東の西海岸沖ロシアにとってはバレンツ海です。中国南シナ海東側の深い海を、そのような海域にしたいわけです。ところが、北朝鮮には、そんな海域はありません。朝鮮半島沿岸からちょっと離れただけで日米の艦艇、潜水艦、対潜哨戒機などに監視・追尾される海しかないので、弾道ミサイル潜水艦の運用は不可能なのです」

「それにもかかわらず、なぜSLBMの開発をしているかといえば、SLBM開発によって習得した技術を陸上発射の弾道ミサイルに応用したいからです。具体的には、コールドローンチ(圧縮ガスなどで空中に打ち出した後にロケットに点火する発射方法)技術、固体燃料化、コンパクト化などです。各国のSLBMが、陸上発射の弾道ミサイルより背が低く、ずんぐりした形状をしているのは、直径10メートルほどの潜水艦の船体に納めるためにコンパクト化しているからです」

「1964年に核実験に成功した中国は、弾道ミサイルの開発に取り組み、70年代以降にDF-3(東風3号。中国初の国産中距離弾道ミサイルとされる)やDF-4(東風4号。中国初の人工衛星を打上げた長征1号ロケットの原型)など、液体燃料式弾道ミサイルの配備を始めました。その後、即応性に優れた後継の固体燃料式弾道ミサイルとしてDF-21(東風21号)の開発に着手しています。これは2段式固体燃料準中距離弾道ミサイルで、70年代末~80年代半ばに開発され、90年代に配備が確認されました。現在も数十基が陸上配備されていると見られています」

「そのDF-21のうち潜水艦搭載タイプはJL-1(巨浪1号)と呼ばれます。最初の陸上からの試射は82年4月30日に、水中の通常動力潜水艦からの試射は同年10月12日におこなわれています。JL-1の原潜配備(092型原子力潜水艦[夏級]艦番号406に配備)が始まったのは1987年以降です。中国は夏級原潜を1隻しか持っていません」

「しかし、原潜搭載には非常に苦労し、虎の子の夏級SSBNは放射能事故が頻発したため10年近くドック入りしていました。出航しても、渤海よりも遠出したことは確認されていません。そこで中国はDF-21をまず陸上に配備し、そのあとで原潜に配備しようとしたのです。そのような中国の試行錯誤を眺めてきた北朝鮮は、中国が30年以上前にやったことをやろうとしていると考えれば、驚くような話ではありません。むしろ、弾道ミサイル開発の教科書どおりに開発を進めているというべきでしょう」

「繰り返しますが、北朝鮮はSLBMを開発していても、基本的には弾道ミサイル潜水艦を持とうとしているわけではありません。ほとんど動かない潜水艦に核弾頭を搭載した弾道ミサイルを搭載し、国内向けに国威発揚に利用し、国外に対しては『攻撃されたら発射すると威嚇するような使い方はあるかもしれませんがそれ以上のことはないのです」

print
いま読まれてます

  • 五輪の「微笑み」に油断するな。軍事のプロが見た北朝鮮海軍の実力
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け