商社マンからフリーターへ。哲学者・小川仁志を転落へ導く天安門

2018.03.12
 

北京での生活が1年たって東京に戻ると、しばらくして私は会社に辞表を提出しました。当時の上司はとても人望のある人で、親身になって慰留してくださいました。後に社長になる小林栄三さんです。円満に退職できたのも、小林さんのおかげです。私が哲学者になってから著書をお送りしたところ、とても喜んでいただけました。なんとか今活躍できているというのが、せめてもの恩返しです。

将来社会を変えることをメールで宣言し、かっこよく退社した私は、本当のところまだ何も決めていませんでした。とりあえず台湾の陳水扁のように人権派弁護士になって、日本社会を変えてやろうくらいは思っていましたが。資金も用意していなければ、司法試験の学校に行くのでもない。客観的に見ればただのフリーターになってしまったのです。

でも、気持ちは充実していました。人生で初めて自由を手にした気がしたからです。会社で働いてから辞めるのでなければ、あの自由の感覚は味わえないものです。学生が感じる自由とはわけが違います。ただ、その自由の重みに耐えられなくなるのは時間の問題でした。

かつてフランスの哲学者サルトルはこう喝破しました。「人間は自由の刑に処せられている」。この言葉の意味が本当にわかるようになるまでに私は文字通り血を流すことになりました……。(第3回へ続く)

image by: shutterstock.com

小川仁志

プロフィール:小川仁志(おがわ・ひとし)

この著者の記事一覧はこちら

ogawa-photo1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部准教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員等を経て現職。大学で新しいグローバル教育を牽引する傍ら、商店街で「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。また、テレビをはじめ各種メディアにて哲学の普及にも努めている。2018年4月からはEテレ「世界の哲学者に人生相談」にレギュラー出演。専門は公共哲学。著書も多く、海外での翻訳出版も含めると100冊以上。近著に『超・知的生産術』(PHP研究所)、『哲学者が伝えたい人生に役立つ30の言葉』(アスコム)、『悩みを自分に問いかけ、思考すれば、すべて解決する』(電波社)、『突然頭が鋭くなる42の思考実験』(SBクリエイティブ)、『哲学の最新キーワードを読む』(講談社現代新書)等。ブログ「哲学者の小川さん

print
いま読まれてます

  • 商社マンからフリーターへ。哲学者・小川仁志を転落へ導く天安門
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け