引きこもりで精神崩壊。哲学者・小川仁志が陥った自堕落生活

2018.03.19
 

幸い精密検査の結果は、不規則な生活と神経がやられていることによる一時的な出血ということでした。そこで神様からもう一度命を与えられたような気がした私は、祖母に相談します。例のなにくそ婆さんです。一番印象に残っているのは、「30歳なんてまだまだ若いなんでもできる」という激励の言葉でした。祖母が敗戦を迎えたのも若かりし頃です。そして焼け野原から這い上がってきたわけです。それに比べると、私は裕福な時代に生きています。「なにくそで頑張れ」と久しぶりに喝をもらいました。

そうしてもう一度だけ立ち上がることを心に決めたのです。ドイツの哲学者ハイデガーは、死を意識すると懸命に生きられるというようなことをいっていますが、よくわかります。一度は死を意識した私は、ようやく懸命に生きる気になりました。そして図書館で手あたり次第私を救ってくれそうな本を漁りました。宗教、スピリチュアル、心理学、哲学……。まずは心の支えが必要でした。その時一番しっくり来たのが哲学だったのです。何冊か入門書を読んだのですが、自分で考えるということが書かれていて、妙に惹かれました。

オウム真理教の事件を知っている世代ですから、大いなる力に全面的に頼るのではなく、自分でなんとかするという点に惹かれたのです。そして哲学をもっと深く知りたいと思うようになりました。これが私と哲学との出会いです。どうして人生悩まないと哲学に出会えないのでしょう。もっと早く知っていれば違う人生もあったかもしれないのに。そのときそう感じたのを覚えています。きっとそれまで出会った哲学は、つまらないか難しいかのどちらかだったのでしょう。前者は高校の暗記科目の「倫理」、後者は大学の教養科目の「哲学概論」です。

私が今、面白くてわかりやすい哲学の入門書にこだわり手を変え品を変え出版し続けるのは、こうした自分自身の経験があるからです。私自身が救われたように普通の人には超敷居の低いとっかかりが要ることがよくわかっているからです。

ただ、当時はそれを仕事にするなどということは思いもよらず、ただ純粋に知りたいと思っただけでした。そして仕事としては、もともとの目的であった社会をよくすることのできるものを選びました。市役所職員です。まちづくりは社会を変える第一歩ですから。挫折前の私なら、こんな第一歩などという選択は絶対にあり得ませんでした。いきなり頂点に立たないとだめな天狗でしたから。公務員の試験なら、合格さえすればブランクのある30歳でも採用してくれるのではという気持ちもありました。

あの頃はそんなに選択肢はなかったのですが、幸い名古屋市役所を受験することができました。そこで、親戚の家に身を寄せて必死になって勉強し、短い期間ではありましたがなんとか合格することができました。一応法律職で合格したので、その意味では司法試験の勉強が独学ながらも役に立ったのかもしれません。こうして私は東京を離れ、名古屋に行くことになったのです。

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