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国家権力&メディア一刀両断

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永田町異聞メルマガ版
     
      「国家権力&メディア一刀両断」 2010年12月○日号

                         
                  新 恭(あらた きょう)

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   小沢招致への拘りにのぞく菅政権の被害妄想

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公明党と連立の密約でもできているのだろうか。それとも自民党との大連立に
色気をそそられるのか。

岡田幹事長は菅首相、仙谷官房長官と図り、いずれかの党との連携で来年の通
常国会を乗り切るため、なんとしても党として小沢一郎氏を国会招致する体裁
を取り繕いたいようだ。

「隠れ蓑」「駆け込み寺」と揶揄される政倫審に小沢氏を引っ張り出したとこ
ろで、何の解決にもつながらないだろうが、どうやら政権の迷走で平衡感覚を
失っているらしい。

菅政権の評判がガタ落ちし、支持率で民主党を逆転した自民党は政権奪還への
思いが急速にふくらみ、とにもかくにも大政局に持ち込みたいと、気がはやっ
ている。

そんなときこそ、落とし穴があるもので、民主党は冷静に戦略を練るべきなの
だが、いわゆる「小沢カード」で切り抜けるしか思い浮かばぬところが、いか
にも目先しか見えない欲深き政治家の浅はかさだ。

柳の下にいつもどじょうはいないのに、「脱小沢」で世論の支持率とやらを再
び釣り上げれるのではないかと、彼ら自身も半信半疑のまま、危ういところへ
突っ込んでいこうとする。

菅首相は迷い、岡田幹事長は焦り、これでは政権はもつれきった糸を、いつま
でも解きほぐせないだろう。

そこで、冷静さを保てない政権トップの心理状況とはいかなるものかについて
考えてみたい。

丸山真男氏は名著「日本の思想」において「組織体の被害者意識」というもの
に言及している。

「組織体の被害者意識」を、筆者なりにいまの菅政権にあてはめると、こうい
うことになる。

社会の巨大化にしたがって、集団のイメージのぶつかり合いがますます強くな
り、大きな勢力をもつもの、たとえば首相官邸や政権党執行部という組織でさ
え、不思議なことにその中にいる人の目からは、自分たちが小集団であるかの
ように思えてくる。

官邸や党本部の外には、メディアがあり、野党があり、民主党のその他大勢の
議員がいる。そして霞ヶ関、地方自治体、さらには経済界などの諸団体や世間
一般の空気がある。

そうした存在から過剰な圧迫感をおぼえるとき、組織の判断力は微妙に狂いは
じめる。

丸山真男氏は「何か自分たちに敵対的な圧倒的な勢力に取り巻かれているよう
な、被害者意識を、各グループ、とくにその集団のリーダーがそれぞれ持って
いるということになるわけであります」と書いている。

菅首相、岡田幹事長は、ともに真面目だがいささか狭量な面が災いしてか、政
治権力者であるにもかかわらず、周りの人間を思うように動かすことができて
いない。

それぞれに内閣や党をあずかる者としての孤独感を味わい、世論調査の支持率
が下降し、メディアの批判が鋭さを増すにつれて、暴走検察の罠にはまったに
すぎない小沢一郎氏の存在が、自分たちの権力維持にとって邪魔でしょうがな
く見えてくる。

そして、小沢氏を支持する議員から、党執行部や菅官邸に向けられるまなざし
が、とてつもなく強い敵意に満ちているように感じられる。

被害者意識というより、被害妄想というレベルに達しているかもしれない。

小沢国会招致について党の強い意思を示すという道へ“逃避”し、少しでも心
の安寧を得ようとして、あくせくしているのが現状だろう。

政倫審議決は強制的に出席させる効力がなく、小沢氏が出席することは考えら
れない現況から考えて、これは単に、民主党が小沢招致に努力したという、い
わば姑息なアリバイづくりに見られても仕方がない。

しかも自公両党が求めているのは、小沢氏の証人喚問である。政倫審ですむ問
題ではないと両党とも主張している。

岡田幹事長は最後のカードとして「離党勧告」を温存しているといわれ、これ
が菅首相に残された数少ない政権浮揚の一手であるという論評も見受けられる。

「離党勧告」という、党分裂の危険性をはらむカードを切ることも辞さないと
すれば、小沢氏が怒って党を割るとしても付き従うのは「さほど多くない」と
いう、一部議員やメディアの見方が支えになっているのだろう。

しかし、小沢氏は離党する必要もなければ、離党する意思もないであろう。

なぜなら、現在の民主党の苦境、国の危機的状況の政治的責任は、小沢氏にあ
るのではなく、首相である菅直人氏にあるからだ。

岡田幹事長が12月10日、小沢グループの衆院当選1回議員13人に、国会
招致の必要性を唱える理由として「司法の場で明らかにする問題と、政治的な
説明責任は違う」と言ったのは、永田町の権力闘争につきもののレトリックを
弄したにすぎない。

小沢氏の一件は、政治的というより、あくまで政治資金収支報告書の記載方法
が妥当だったかどうかをめぐる、いちゃもんというほかない、検察の一方的解
釈の問題である。

広い意味で、収支報告書への記載のあり方も政治の一部ではあるが、政治的行
為の根幹とは離れた枝葉であることも考慮に入れておかねばならない。

そこで、先述した菅首相の「政治的責任」はどのようなものかということだが、
その前提として、菅首相が鳩山前首相から政権を引き継いだ意味をしばし考え
てみたい。

そのために、意外と思われる方もいるかとは思うが、筆者はあえて権謀術数と
いう、どちらかといえば悪いイメージで誤解されているマキァヴェッリの「君
主論」をひもとくことによって、説明を試みたい。

なぜなら、彼こそが統治者の「政治的責任」を「道義的責任」と区別し、現実
的な統治術を示したからである。

近代政治学の古典といえる「君主論」(佐々木毅訳)の第六章の記述に、世襲
などではなく自らの実力によって君主となった者の根源的な困難を描き出した
部分がある。

古今東西、権力にからむ人間の行動や心理は共通している。自民党から政権を
勝ち取った鳩山・小沢体制を、その君主に置き換えて読んでみると、現代日本
における政権交代という出来事の後に起こったことが何であったかが見えてく
る。

◇◇◇

君主権獲得に伴う困難は新しい制度や統治様式の導入が不可避となることから
生ずる。そして自ら先頭に立って新しい制度を導入することほど実行しがたい、
成功の覚つかない、実施にあたって危険を伴うものがないことは明らかである。
それというのも、旧制度の利益を享受していた人々がすべて敵にまわり、新制
度の受益者と思われる人々は味方として頼むに足りないからである。この頼り
なさは一方で旧来の法を握っている敵に対する恐怖と、他方で人間の猜疑心と
の結果である。(君主論)

◇◇◇

鳩山政権において、「旧制度の利益を享受していた人々」とは自民党政権時代
の政官財トライアングルと呼ばれる特権勢力や、彼らをを理論や情報の援護射
撃などで支え、さまざまな俗世間的恩恵にあずかってきたジャーナリスト、学
者、シンクタンクなどの人々ということができよう。

彼らが、検察の捜査を促し、小沢、鳩山の「政治とカネ」ネガティブキャン
ペーンを繰り広げるとともに、米軍産複合体の利益にかかわる海兵隊基地問題
で、鳩山政権を容赦なく追い詰めたことにより、改革理念で輝いていた新政権
はあえなく崩壊の憂き目にあった。

一方の「新制度の受益者と思われる人々」は、まだ実際に新制度がほとんど成
立していないがゆえに、「頼むに足りない」というより、存在しなかったとさ
えいえる。

さらに「旧来の法を握っている敵」としては、まさに特捜検察があてはまるの
ではないか。

鳩山政権は「新しい制度や統治様式の導入」に至らず、菅首相にその実現を託
したわけだが、仙谷官房長官とのコンビは、検察がつけねらった小沢氏の影響
力を政権から排除するため「脱小沢」内閣を編成。それで内閣支持率が急上昇
したことに菅首相はにわかに自信を深め、長期政権への野望を抱いた。

そして、鳩山政権のような改革遂行のリスクを避けようと、政権交代時に掲げ
た「脱官僚依存」「生活重視」を放り出し、早々と財務省を中心とする官僚組
織など旧体制の受益者たちと手を結び、中小零細企業や低所得者にしわ寄せが
避けられない消費増税路線を唐突に打ち出した。

マニフェストに期待して民主党に票を投じた国民への明らかな裏切りだった。

案の定、民主党は参院選で惨敗し、参院の主導権を野党に奪われる「衆参ねじ
れ」を生んで、衆院で3分の2を確保していた自公政権の末期よりもさらに厳
しい国会運営を強いられることになった。

その結果、消費増税ばかりか、TPPへの参加など、菅首相が花火のごとく打
ち上げては先送りされる政策が目立ち、政権交代時の約束であったマニフェス
トの多くが実現されないままになっている。

ここで、もう一度、マキァヴェッリの教訓を読み返してみよう。新しい制度や
統治様式を導入するさいには、旧制度の利益を享受していた人々はすべて敵に
まわり危険は避けられない、という、考えてみればあたりまえの原理に対する
鳩山の姿勢と、菅の対処の違いはどこにあるのか。

言うまでもなく、鳩山は改革実行内閣としての使命を果たそうと「旧制度の利
益享受者」を敵に回したことにより、メディアや検察に潰された。

一方の菅は「旧制度の利益享受者」と手を握ったために、「国益期待者」であ
る多くの一般国民に見放されたということであろう。

菅政権のこの不作為の政治こそが、説明すべき政治責任と呼ぶにふさわしいも
のであり、小沢氏の国会招致などは、菅政権の政治責任を別の問題にすり替え
るために使われた過ぎない。

さて、真摯に求められれば菅政権に協力を惜しむことはなかったであろう小沢
一郎も、自分を排除したうえでこれほどに菅政権が自民党化し、挙句の果てに
「小沢切り」によって公明、もしくは自民と手を結ぼうとする気配を見せてい
るからには、黙っているわけにはゆくまい。

このところ、「このままではお国が危ない」などと発言し、グループをまとめ
たり、支持団体や地方の県連をまわるなど、来るべき「権力闘争」の決戦を見
据えたかのような動きを強めていることは周知の通りだ。

強制起訴されても、無罪となる自信があるからできる行動といえる。

小沢抹殺をたくらんだ東京地検特捜部でさえ起訴に持ち込めなかった事件で、
検察審査会の「市民感情」によって、気の毒にも、即席検察官に任ぜられた弁
護士がどんなにがんばっても、特捜の捜査資料以上の判断材料を見つけるのは
困難であり、「市民感情」が優先された法治国家の不条理に苦しめられるのは
火を見るよりも明らかである。

小沢氏の「完全無罪」は時間の問題と考えるのが常識だ。「早ければ来年夏に
も判決が出る」という法務省関係者の見方もうなずける。

今後の小沢氏の動きについて、小沢当人に最も信頼されている政治ジャーナリ
スト、渡辺乾介氏は週刊朝日誌上で次のように復活シナリオを描いている。

「巷間言われるとおり年明けに強制起訴され、裁判の見通しがつけば、(小沢
は)堂々と表に出てきます。菅首相が政権を投げ出せば、公判中であっても代
表選に打って出て、菅政権への怒りのマグマを噴出させるでしょう」

通常国会で予算を年度内に成立させねばならない来年3月、もしくは大苦戦が
予想される4月の統一地方選後に、菅内閣が総辞職に追い込まれる可能性は十
分考えられる。そのさい、裁判の経過が有利に運んでいれば、小沢は代表選に
出馬するだろうという見立てだ。

いま、民主、自民両党の大連立による「救国内閣」を、読売グループの渡邊恒
雄氏らがさかんに働きかけているようだが、リーダー不在で、党の利害が対立
する大連立にどれほどの政策遂行力があるだろうか。

われわれ国民は、政治を一点の曇りもないクリーンで美しくあるべきものと絶
対視する幼児的な幻想を捨て、誰のどのような政策がより国益にかなうのか、
あるいは誰に任せたほうがより政策実行力があるのかという、相対的な視点で、
コトの軽重をはかり、政権のありようを考えていかねばならない。

その意味で、いま最も政権に求められるのは、使い古された言葉ながら「決断
と実行」であり、それを可能にするリーダーを選択するよう、世論が仕向ける
ことが肝心である。

いま日本の政界を見渡してみて、乱世を乗り切るリーダーを探すとしたら、や
はり政権交代の立役者である小沢一郎をおいてほかにいないのではないか。

民主党政権の原点に戻るためにも「小沢救国内閣」をつくり、再スタートする
必要がある。

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国家権力&メディア一刀両断
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  • 2012/05/24
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