今日の東京新聞(2012年5月16日付朝刊)の第1面に「東電値上げに異議」「国民感情納得できない」という記事が載っている。「東京電力が申請した家庭向け電気料金の値上げの妥当性を検証する経済産業相の諮問機関電気料金審査専門員会の第1回会合」で「批判や異論が相次ぎ値上げへの市民の抵抗感が色濃く反映された」というものだ。
委員の一人である東京消費者団体連絡センターの矢野洋子事務局長は「東電救済のための税金負担で協力しており、(値上げは)さらなる負担を強いることになる」と東電の姿勢を強く批判している。
おっしゃる通りだ。どうも東京電力という会社は今回の原発事故に関しての責任感が、とくに中央の経営陣には異常に低く、一人の逮捕者も出なかったことをいいことに国や消費者を甘く見ているような気がしてならない。
そんなことを考えていて昔を思いだした。
実は私は昔、この東京電力の広報委員という仕事をやったことがある。もっともこういう言い方をするとPR要員のように聞こえるかもしれないがそうではなく、テレビ局の番組審議委員のように東電の経営姿勢や問題点などについて外部からの意見を述べる、いわゆる有識者の集まりであった。
福島の原発事故が起こってから、学者や文化人がいわゆる「東電マネー」をどれぐらい受け取っているか、告発合戦のようなことが起きたが、残念ながらと言うか広報委員の報酬は「お車代」程度で、とても一財産築けるようなものではなかった。だからこそ逆に言いたいことが言える場であったともいえる。
確か任期は2年間だったように記憶しているが、その間数回開かれた当時の社長も臨席する委員会で、私が言ったことはほとんどたった一つだった。それは「真夏にオフィスでネクタイをしめるのはやめましょうよ」ということだ。当時はもちろんクールビズなどということもまったくなく、官僚もビジネスマンも真夏というのにきっちりと長袖のシャツにネクタイを締め、その代わりに極端に冷房温度を下げていたのである。
私はずっと前からノーネクタイ派で、冬はともかく真夏にネクタイをしめるのはエネルギーの無駄遣いだとずっと思っていたので、そのことばかりを言っていたのだ。そう言えばお分かりだろうが、1回目の会合で東電側がそれを受け入れてくれたならば、次の会合で言う必要はなくなる。つまり東電は私の提言を無視し続けたわけだ。
要するに「ご意見拝聴」というのはポーズだけで、相手の提言をまともに検討しようとは夢にも思っていないということなのである。官僚が主導する政府機関の諮問委員会にはそういう例は結構あると聞くが、民間会社でそういう慇懃無礼なところは私の狭い経験では東電だけだった。
だから「いずれこんな事故を起こすと思っていた」とまでは言わない。そこまで言えば嘘になる。しかし東電という会社は民間会社とは思えないような官僚的な体質を持っているということははっきり認識できたし、それ以後そういう会社とは一線を画していこうと思ったのは事実である。
それにしても昔は、といっても十数年前だが、真夏にネクタイをしめるのはおかしいという常識すら通らない、日本はそういう社会だったのである。いや今もそうかもしれない。
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