「真」党議員・石川ともひろの汚名返上!
/ 2012年11月25日発行 /  いよいよ選挙戦突入。 何があっても不撓不屈! Vol. 058
 

■石川知裕の決意

▽「十勝党」に力をください!

こんな展開、誰が予測できたでしょうか。

3年3か月前の2009年8月30日。 あの晩、私は再選させていただき、バンザイをして以来、このような民主党政権、そして波瀾万丈の人生になるとは思いもしませんでした。

与党を2期ぐらい経験して、再び野党になったら、また政権を奪還して、自分は・・・というような夢を描いていました。 もちろん政界では一寸先は闇、常在戦場だということは覚悟の上です。

再選の喜びに酔えたのもわずか1か月半ばかり。 読売新聞一面の報道から私は検察が作りこんだストーリーに巻き込まれることとなりました。 そして、逮捕、起訴、民主党離党──。 第2の故郷ともいえる岩手県は大震災と津波に見舞われました。

希望が見えはじめたのは2011年の夏。 友人の勧めで自著『悪党』を上梓してから、人生にグッと前向きになりました。 本は3か月で5万部の大ヒットを博し、自ら有権者に潔白を訴えて汚名を返上すべく手ごたえが得られました。 一審の有罪判決にもめげずに、日々の政治活動をアピールする努力もいたしました。 このメルマガの読者のみなさまから寄せられるメッセージにもいつも励まされました。

読者のみなさまに、あらためて感謝申しあげます。

石川本
【怒涛の情報発信】『悪党』にはじまり、1年半で共著も含めると5冊の自著を上梓いたしました。 感謝の気持ちでいっぱいです!


また、裁判闘争の間、国会活動は1期目以上に精力的にこなしてまいりました。 農業者戸別所得補償制度の確立や予算獲得など選挙区のために尽力してきましたので、なんとかご評価いただけると思っております。


十勝と国会を行き来する中で、たびたび思い浮かべたのは信念の政治家、斎藤隆夫の生き様でした。 1940年、当時の帝国議会で衆議院議員だった斎藤は、軍国主義に突き進む政府を堂々と批判した、かの有名な「反軍演説」を打ちました。

「ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し、曰く国際主義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、かくのごとき雲をつかむような文字を並べ立ててそうして千載一遇の機会を逸し国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない」

斎藤はこの演説で衆議院議員を除名されます。

彼は共産主義の反戦活動家ではありませんでした。 思慮深い現実主義者でした。 当時は石油の輸入量の85%をアメリカに依存していましたから、日本の国力を考えた末に反戦を掲げた。 除名後は食うや食わずの生活を強いられましたが、1942年に行われた翼賛選挙では軍部の妨害にもめげずに当選を果たしました。 兵庫県出石郡の「斎藤党」が支えたのです。

斎藤は戦後、初入閣も果たしました。

第三極がどうなるか、次期政権の枠組みがどうなるかは投票箱を開けてからでないとわかりません。 しかし、日本屈指の農業地帯である十勝生まれの私としては、「尊農開国」の美名に隠れて日本の農業を崩壊させ国家百年の大計を謝りかねないTPP参加に対して断固反対を唱え、とにかく十勝のための「十勝党」でがんばります。

これから準備を含めて大変ですが、選挙戦では新党大地・真民主の鈴木宗男代表、松木謙公幹事長とともに、不撓不屈の政治家・斎藤隆夫を見習いながら己の信念を貫きます。

読者のみなさま、どうか「十勝党」の石川知裕に力をください。

必ず勝って、12月23日の午後5時半に再開するメルマガ「汚名返上!」で、笑顔でお会いしましょう。

石川知裕

石川机
 【国会事務所の机です】十勝のみなさまの思いを政策としてここから発信させていただきました。 必ずこの机に戻ってきます!

 


 


■「汚名返上!」編集部より読者のみなさまへ

 
▽次号から臨時休刊いたします。

来る総選挙期間中に立候補者がインターネットを通じて新たな情報を配信することは公職選挙法に抵触するため、当メルマガは臨時休刊させていただきます。 投開票日後のはじめの日曜日である12月23日から配信を再開する予定です。

一号のみの配信となります12月分の購読料にかんしては無料といたします(「まぐまぐ」の方で自動引き落としがされません)。

なお、「内容にかんする意見・問い合わせ」のメールアドレスを通じた石川本人に向けたメッセージは休刊する間も受け付けております。 「ホットライン」としてご活用ください。