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元AUTOSPORT編集長 町田英明の「海外フォーミュラ入門」

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元AUTOSPORT編集長 町田英明の「海外フォーミュラ入門」

~レーシングカート、S-FJ、FCJから本気でF1を志す貴方へ~

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇(サンプル号)

こんにちは。元AUTOSPORT編集長のマッチこと、町田英明です。

今回のメルマガ(サンプル号)では、僕のヒストリーと、このメルマガで書いていきたいことを紹介します。
少し長めですが、最後までぜひご一読ください。



日本を代表するレース雑誌、AUTOSPORT誌が創刊した年に生まれた僕は、
まさにAUTOSPORT誌の成長とともに生きてきました。

AUTOSPORT誌編集部員から、レース番組のピットレポーター、
そして伝説のF1速報誌「AS+F」の編集長、F1 RACING日本版の創刊編集長を歴任し、
日本で最も歴史のある自動車関連出版社、三栄書房で、最年少の常務取締役編集局長に就任しました。

そしてイギリスのAUTOSPORT誌を発行するヘイマーケット社のアドバイスを得て、
当時はライバルだったニューズ出版(その後、三栄書房と合併)と共同出資を仰ぎ、
レース媒体を束ねた日本最大のモータースポーツ出版社、株式会社イデアを設立。

初代代表取締役最高経営責任者に就任して、
AUTOSPORT誌、RACING ON誌、
F1速報、AS+F、F1 RACING日本版、WRC+、AUTOSPORT-WEBのすべてを仕切る、
日本最大のモータースポーツ・メディア会社を作り上げたのです。

若くして会社役員となり、そのまま生活していけば、引退するまで平々凡々とした、安定した暮らしが待っていました。

でも、自分の中に、ふつふつと沸く「何か」が止められませんでした。
モータースポーツの情熱を取材し、伝えるという仕事を通じて、自分の中に沸き上がる何か。
それは自分自身、もっと本格的にモータースポーツに挑戦したいという、夢でした。

そして過去6年間に渡ってF1グランプリを取材旅行しつつ、感じた違和感。
それはメディアとしてF1グランプリを取材するのではなく、
チームの一員として転戦したほうが100倍楽しそうだという、もうひとつの夢でした。


もともと12歳の時に偶然AUTOSPORT誌を立ち読みし、
レーサーに憧れ、18歳で運転免許を取得すると、草レースに参戦しはじめた僕です。

サラリーマン生活を卒業し、会社役員としてそこそこの収入が得られるようになったのを機に、
再びモータースポーツへの情熱が沸いてきたのです。

自らステアリングを握り、30代の後半で本格的にレースデビュー。
アジアF2000、国内F4、スーパーF4、そしてアジアF3で表彰台を獲得し、
頼み込んでF1の試乗もさせてもらいました。
夢だったF1のテストドライブは、ある意味、アマチュア・レーサーの頂点を究めた瞬間でもありました。

さらに当時突然降って湧いたようにスタートしたモータースポーツのオリッピック、
「世界選手権A1グランプリ」にも、使命感にかられて1億円をかき集め、
「TEAM JAPAN」を結成して、参戦。
会社役員をやりながら、役員会すら欠席して、チームマネージャーとして無謀な世界旅行へと旅立ったのです。

メチャクチャでした。ある意味、好きなレースの世界で、好き放題やってました。(多少は反省しています)

そして、そんな時に、ある出逢いがあったのです。

AUTOSPORT総編集局長として、あるキッズ・カートのイベントでトロフィーを手渡す仕事を受けた時に、
そのトロフィーを渡した少年が、いま僕がヨーロッパでマネージメントする、レーサー桜井孝太郎選手です。
当時、確かまだ9歳でした。

レース後に、抜いた年上のお兄ちゃんレーサーのところに走っていき、
「お兄ちゃんはヘヤピンで突っ込みすぎなんだよ。
だから、立ち上がりのアクセル開けるところが遅くなるから、続くストレートで僕に抜かちゃったんだよ」
と解説してたのが印象的な、小生意気な男の子でした。


当時、僕は個人的に、レーサーとしての自分の中では最後の挑戦となる
「アジア・フォーミュラ・ルノー3.5シリーズ」に参戦を企てつつ、チームやスポンサーと交渉していたのですが、
そのスポンサーが開幕直前に倒産。
これを機に、自分のレース活動に区切りをつけようとしていた時期でした。

「年齢も年齢だし、そろそろ若手育成を本気でやってみようかな。
やるなら、F1ドライバー育成を目指すしかないな。
自分の過去の人脈には、すべてのレースカテゴリーの様々なレースチームのオーナーがいる。
自分で走ったチームの仲間たちもいるし、取材した仲間たちもいる。
この仕事は、ひょっとしたら天職かもな?
日本人で、こんな仕事ができるのは、きっと僕しかいないだろうし.....」
と考えるようになってしまったのです(笑)。

愚かです.....。
どう考えても、愚かです。

普通に考えたら、会社役員の収入や地位を捨ててまで、そんな伊達や酔狂に走りません。

しかし、毎日早朝に出勤し、デスクの書類に目を通して、決済の印鑑を押し続ける日々に、飽きがきていたのも事実です。
10年後、20年後の将来の自分が見えた気になっていました。

どうやら本気でモータースポーツの若手育成を仕事にしたいと考えるようになってしまったのです。
当時はA1グランプリも、ちょうど面白くなってきた頃でした。

結局、会社を辞めて、独立の道を選んでしまいました(笑)。
有限会社 ランブラスの誕生です。


その後、A1グランプリは消滅し、
むしろ自然の成り行きかも知れませんが、
知人の紹介であらためて桜井孝太郎選手のマネジメントを請け負うことになりました。

マネジメントを請け負った当時の桜井孝太郎選手は、まだ華奢でひ弱な子供でした。
腕立て伏せは1回か2回できるくらい。懸垂にいたってはぶら下がったまま動きません(笑)。

そんな彼に、最初にアドバイスした言葉はいまも覚えています。
「いいか、孝太郎。モータースポーツの世界には、お金で買えないものがふたつある。
それは、語学力と体力だ。このふたつだけは、お金ですぐに買えるものじゃない。
だから、長い目で先を見て、いまからしっかり勉強し、トレーニレングしよう」

桜井孝太郎選手との、二人三脚のレース生活が始まりました。


これから先の具体的な育成方法は、これからのメルマガで書き綴っていきたいと思っています。


さて、その後、桜井孝太郎選手は.......。

レーシングカートからアジア・フォーミュラBMW選手権へとステップアップ。
そしてニュージーランドでのトヨタ・レーシングシリーズを転戦し、イギリスF3選手権へ挑戦。
初年度に30戦15勝を挙げ、ルーキークラス最年少チャンピオンを17歳で獲得しました。

現在はイギリスを生活のベースに、
F1グランプリのサポート・イベントである登竜門、GP3シリーズに二人三脚で挑戦しています。

ふたりが目指す目標は、F1。それは夢ではなく、現実的な、目の前の目標です。

すでに幾多の試練や涙が枯れてしまうような苦難は、山のように体験してきました。
でも、そんなの関係ありません。失敗や挫折が、僕たちを強くしてくれるのです。

そんな過去の経験と、そして未来の挑戦をもとに、このメルマガを書き進めていきたいと思っています。


しかし、このメルマガを発刊するにあたり、とても悩んだことがあります。

いま、モータースポーツは必要とされているのか? 
本気で海外でレース活動をしようとしている潜在人口は、どれくらいいるのか?
つまり、読者そのものがマーケットとして存在しないのではないかという不安です。

しかし、フェイスブックを見る限り、多くのカーターたちが頑張っています。
16歳や17歳で、海外カート挑戦している選手もいます。

そんな彼らが、回り道をすることなく、お金をむしり取られることなく、
最短距離でモータースポーツの、フォーミュラの世界でステップアップの階段を駆け上がって欲しいと、
僕は本当に心からそう思っています。

つまり、ひとりでも誰かのお役に立てれば、
このメルマガの存在意義はあるんじゃないかと、そう考えるようになりました。

ちまたでは、詐欺まがいな商売として、海外フォーミュラを悪用している業者さんがいるようです。
残念なことですが、知識や情報がない若者たちは、食い物にされてしまいます。

とくに国内ですでにFJやスーパーFJ、FCJを走っているドライバーにとっては、
アジアのフォーミュラ・ルノー選手権や、フォーミュラ・ピロータ・チャイナ選手権は、
ある意味手軽な海外への挑戦に見えます。
それは事実ですし、ちゃんとした道を歩めば、コストパフォーマンスにも優れたレースだと思います。

逆に、知識なくして参戦すれば、いろいろなトラブルに巻き込まれることもあるわけです。

そんなトラブルを未然に防ぐためにも、モータースポーツ界の評判を落とすことがないように、
皆さんにいろいろな海外フォーミュラ事情をご説明していこうと思っています。

場合によっては、このメルマガ読者には直接個人的なご質問にもお答えすることも考えています。

乞ご期待ください。

最後にこのメルマガの発行サイクルですが、
自分が子供の頃に憧れていたころの雑誌AUTOSPORT誌の発売日、
そして自分が新人時代の雑誌AUTOSPORT誌の締め切り日を思い出して(笑)、
毎月1日、15日の月2回刊としていきたいと思っています。

それでは、皆さん、今後ともよろしくお願いします。

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編集後記

出版社時代、締め切りがある生活しか知らなかった自分。
モータースポーツ・マネジメントの世界では、締め切り=レース費用の支払日だ(笑)。
この締め切りは絶対に落とせないのだが、現実に落としてしまうと、サーキットでとても寂しい思いをしなければならない。
レースの世界にグレーはない。お金があるか、ないか。
チェッカーフラッグは白と黒でグレーがないのは、ある意味、それを象徴しているのかも知れない。

久しぶりにメルマガという、新しいメディアに挑戦しようと思ったのは、
自分が50歳という年齢に達したからだ。
ひとりでも多くの読者の皆さんのお役に立てる本物の記事を、実体験を、末永くレポートしていきたいと思っている。



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元AUTOSPORT編集長 町田英明の「海外フォーミュラ入門」
発行:有限会社 ランブラス
発行責任者:町田英明
発行元:〒107-0062 東京都港区南青山2-2-15 ウィン青山ビルUCF9F
公式サイト:http://www.perfectshine.jp
ブログ:http://ameblo.jp/hideakimachida/
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  • 2018/05/15
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