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三浦清恵津の小品盆栽入門

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三浦清恵津の
小品盆栽入門

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こんにちは、仙台の盆栽園、清松園園主、三浦清恵津がお届けするメールマガジン、「三浦清恵津の小品盆栽入門」です。
このメールマガジンでは、小品盆栽歴60年の経験から培った栽培ノウハウや盆栽に対する考え方などを紹介したいと思い
ます。小品盆栽を楽むしために少しでも役立てばと願い、このメールマガジンをお届けします。

今月のテーマ:ボンサイとは?
■ ボンサイは日本独自の趣味と芸術
■ 繊細で独自の感覚がボンサイのルーツ
■ 細やかな神経と優しい心
■ ボンサイはモノ言わぬ小さな命
■ 盆栽と鉢植えの違い
■ 水石と盆樹を同列にするのは?
■ 道楽とはすべからく金がかかります。
■ 編集後記

ボンサイとは?

 ボンサイを漢字でかくと「盆栽」となります。「盆」とは鉢や石などの盆樹を植えるものをいいます「栽」とは鉢に植え
られたもの〈植物〉を指します。
盆栽という字をそのまま当てはめると「栽盆」となりますが、それでは何かしっくりしない。そこで栽盆を逆さにして
「盆栽」となったと私は思っています。
それはともかくとして私たち日本に生まれ育ったものは「盆栽」と聞いただけで心の原風景を想起して「奥ゆかしさ」と
「気品」を感じる。そして何故か懐かしいのです。

■ボンサイは日本独自の趣味と芸術
 歴史に登場する「盆栽」は鎌倉時代以降からですが、実は数千年も前から日本人は盆栽らしきものを愛でてきたはず、と
いうのが私のボンサイのルーツに対する考え方です。
 数千年も前の日本人は世界中の多くの人々と同じように「狩猟民族」でした。その頃の日本人は、食糧を求めて各地を渡り
歩いていました。日本人が定住した最初の痕跡が青森の「三内丸山遺跡」にあります。それは、今から約5-6千年前と言わ
れています。狩猟民族だった頃は、落ち着いて暮らすことができなかった、定住してみると気候や環境が良く見えてきた
はずです。春夏秋冬という四季によって変わりゆく風景、そこには信じられないような季節のドラマがあり、その自然美が
見る者を魅了して、原始的盆栽へと繋がった、と私は考えております。そのドラマは、冬から春へと移り行く姿は、枯れ木の
ようだった木々が緑に変わり、秋には綺麗な紅葉に変わる。はっきりと変化する四季は温帯地方独特の自然現象です。しかし、
日本以外の国々には盆栽は生まれませんでした。

■繊細で独自の感覚がボンサイのルーツ

 季節ごとに激しく変化する環境は、植物にとって辛い試練だったでしょう。そして「盆栽」はそんな季節の変化を見事に捕らえ
ています。定住しても食糧を得るために、人間は高い山や渓谷、川、海、島などを毎日探し歩いたはずです。そして、小さな岩や
石の上に小さな松や紅葉樹などが自生していた。これを持ち帰って家の周りに植えた、或いは石や大木のウロ等の「鉢もどき」
に植えて楽しんだ。これが私の考える盆栽のルーツです。
 盆栽が歴史に登場するのは「鎌倉時代以降」で、その始まりは「唐(現在の中国)から支那鉢が輸入されたため」と言われて
いますが、私はその説に異を唱える者です。と言うのは、鉢があったとしても、それを樹木に植える民族は居ません。ましてや、
手のかかる盆栽を育てることなど考えられなかった、としか思えないのです。支那鉢の本家である中国も、その隣の韓国(朝鮮)
にも「盆栽」は存在しなかった。むしろ、支那鉢とは関係のない欧米で、盆栽が普及しはじめたのが現在の姿で、現実は皮肉に
できているようです。


■ 編集後記
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 これからも、ご利用いただいている皆さんに役立つ情報を提供していきます。 
 ご感想・ご意見、またご質問は、お気軽にご連絡ください
では、また次号をお楽しみに   
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メールマガジン 三浦清恵津の小品盆栽入門

☆発行責任者 インフォストーン株式会社 /清松園
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