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続異文化理解のすすめ 第0017号
ALOHA!
日本の神奈川県では朝夕の空気がすっかり冷えてきましたが、
皆様の地域ではいかがですか?
菊の花の可愛らしげな花びらに、日本の小紋柄が重なります。
秋たけなわの日本ですが、
そんな秋の一時をご一緒くださいね。
ノブコ タカハシ ムーア
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1.地球と共に呼吸しよう(時事エッセイ) ~第二の終戦~
2.自分のカルチャーを形成する、血統、地域、時代 (カルチャー体験記)
地域編 ~家族しか通じない会話~
3.不思議な国ニッポンの明日(社会コラム) ~数字の魔力~
4. コミュニケーションの力を増強中(事例講座)~銀行の窓口で~
5.お知らせ
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1.地球と共に呼吸しよう ~第二の終戦~
日本で終戦と言えば、「第二次世界大戦のあと」との認識がほとんどだと思いますが、
どうも私には、
あの時と同じような終戦状況が、現在の日本を覆っている気がしてなりません。
60年以上も前に、「この戦争に必ず勝つ」と信じ込まされ、
勝っていると思い込まされ、耐えることばかりを国民に強いてきたあの戦争。
心も身体も、生きるエネルギィーも総て、戦争の嵐に巻き込まされた、あの戦争。
そして、あの戦争の後の復興とばかりに国土開発がすすみ、バブル経済が膨らみ、
日本人の勤勉さが生み出した経済力は世界第2位の掛け声に舞い上がり、
一億総中流の言葉に踊らされて、気ずいたときはすでに暗い雲が社会に漂っていた、
この戦争。
暗い社会から立ち上がるのには、何よりも家族の絆が支えなのに、
その家族にさえ辛さを打ち明けられない閉塞感。
確かに、昨年の世界金融不安は日本だけでなく、
世界中に経済不安を巻き起こしました。
でも、90年代のバブル経済破綻後の金融危機から立ち直ったはずの日本から、
世界に発信された言葉、
HIKIKOMORI(引きこもり),KAROUSHI(過労死), JINSHINJIKO(人身事故)
などは、今もって立ち直っていないどころか、益々深刻化し、
社会不安の材料となっています。
そんな暗い戦後から抜け出す為には、
先ず家族です。
社会の最小単位の家族の心がばらばらのままでは、
健全なる社会の明日はありえません。
家族同士が、心を開いて語り合える、誉めあえる、そこに
本当の笑いが蘇り、明るいエネルギィーが生まれるはずです。
政治が変わっても、政策が変わっても、
家族に明るい笑いのない社会は、
土台の腐ったもろい社会なのです。
さあ、あなたから、
愛する人に、堂々と愛を伝えましょう。
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2.自分のカルチャーを形成する、血統、地域、時代
地域編 ~家族しか通じない会話~
私の父は、2009年10月17日に永眠しました。
昨年の9月に日本に来て以来、
この1年で父と交わしたコミュニケーションは150時間余り。
その密度たるや、
私の今までの人生総ての父とのコミュニケーション以上の濃さでした。
何しろ米国の変革を、オバマ大統領当選演説を父と一緒にテレビで見た時には、
父が突然英語で“オールドブラックジョー”の歌を歌い私を驚かせました。
日本の民主党政府誕生のニュースは、脳梗塞がすすみ言語障害が悪化した父に、
新聞の活字を見せると、「ほお~」と言って、父は目を見開きました。
今年の1月、脳梗塞後入居した老健で、
言語障害のある父が発する音は、周囲の人達に理解できなくても、
私には理解できる音が沢山ありました。
それはお互いが、家族と言う共通カルチャーをもっていればこそ、
理解が可能になるものでした。
外国語の通訳同様、父の言葉を私の言葉でもう一度確認すると、
父は首を立てにうなずくか、横に振って、私とコミュニケーションをはかりました。
私自身、言葉のわからない国に住んだ経験や、言葉の異なる人達と交流した体験や、
様々なコミュニケーションのスタイルを学ばされたことも役立ったようです。
父との交流は、米国本土の異なる州にいる私の3人の子ども達にも、
随時メールで報告していました。これは、子ども達が自分の親達(主人や私)との
関係を深める為にも、重要な私の役目だと痛感しました。
何歳になっても、子どもは親を鏡として育ちます。
だから、親も鏡をしっかりと磨く努力は必要なのですよね。
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3.不思議な国ニッポンの明日(社会コラム) ~数字の魔力~
以前私は、「移民の国アメリカの価値観は何かにつけ数字で表している」と、
ハワイからのメールマガジンで発信したことがあります。
「あなたの仕事は年収いくら?」
「あなた家は、いくらの価格?」と言った具合で、
“様々なカルチャーをバックグランドに持つ、
移民者達によって構成されている国では、
数字が平等な価値判断となるのだ”と理解したからです。
ところがそれと同じような現象が、
日本国内でも起こっているのに、
驚きました。
日本人の価値観が、多様化したために起こっていようです。
さらにコンピューター時代になってからデーターが集めやすくなり、
物事の具体化に数字が表しやすくなった理由もありそうです。
でも、数字って読んでもその判断をするのは、人間の頭脳なのですよね。
判断する人間の頭脳がどのように反応するのか、、、、、、、、
特にビジネスや政策の場合、数字を活用する仕方には要注意です。
それなのに、それなのに、
日本のマスコミはこの数字を、簡単に入手出来る情報として飛びつきがちです。
そして、情報の受取手は、何の疑いも持たずに、
その数字から判断されるであろう情報をそのまま信じてしまう。
せめて1人くらい、同じ数字の情報を流さず、
あえてその数字の裏側の情報を追求する、
又は異なる判断をする日本人ジャーナリストはいないのかしら、、、、、と、
思ってしまいます。
例えばこの「もし世界が100人の村だったら」の話のように、、、、、、、、、
http://www.lifestudies.org/jp/tero08.htm
どのように数字を読むかは、
私たち一人一人に投げられた「問い」なのではないでしょうか。
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4.コミュニケーションの力を増強中(事例講座)~銀行の窓口で~
日本の銀行で私が良く行く窓口では、私の顔を知っている行員が手伝ってくれます。
何しろ機械が嫌いなので、手書きの手間の掛かる方法でやるのですが、
相手もとやかく言わずにスムーズに対応してくれます。
ところがある日、初めて会う行員さんがそこにいました。
いつものように私が動くと、窓口で彼女が
「キャッシュカードをお持ちではないですか?」と言われました。
「持っていたら、あちらの機械から引き出せますよ」と、
長い列の出来ているATMを指差しました。
「キャッシュカードは持っていますが、使うのは嫌いです。
(ハワイでは常時使用していて、全く貯まらなかった。)
それにこちらの方が空いているでしょ。」と言うと、
彼女の雰囲気は冷たくなりました。
もしも彼女が、その時
「そうですね。こちらでお手伝いいたしますよ。」と微笑んでくれたなら、
私にはスムーズに次の言葉が出たと思います。
「なんよりもATMは、あなたのような素敵な笑顔をしてくれませんからね。」と。
でも彼女の雰囲気から、
これは皮肉に聞かれてしまいそうであると、察した私は、
最後の言葉を飲み込みました。
ハワイで私が上記の最後の言葉を言ったなら、きっと
「オオー、サンキュウ!」と、より大きな笑顔が返ってくるはずですが、、、、、、。
それに、気の利いた人なら、
さらに一言「あなただからスマイル出来るのよ。」とか、
「あんたのお陰で今日一日素敵な日になりそうです。」とか、
「あなたのお手伝い出来ることは、私の喜びです。」とか、
「いつでもどうぞ!お待ちしていますよ。」とか、
「あなたのスマイルこそ素敵ですよ。」とか、
色々な表現が返ってくることでしょう。
こういうのが会話です。
それは人間関係の潤滑油として、とっても大切な要素ではないでしょうか。
その日私は、良い気分になる要素を、残念ながら逃してしまいました。
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5.お知らせ
11月号よりこのMMの内容が一部変更となり下記のようになります。
1.地球と共に呼吸しよう (時事エッセイ)
2.自分のカルチャーを形成する、血統、地域、時代(カルチャー体験記)
3.“不思議な国ニッポンの明日”(社会コラム)
帰国子女の目、在日外国人の目、在外日本人の目を持つ著者の複眼を通して、
新しい時代を迎えた日本の明日のあり方を読者と共に考える。
4.コミュニケーションの力を増強中(事例講座)
海外生活や国際結婚から学ばされたコミュニケーションの力のノウハウを、
日本での日常の具体例と比較しながら読者とシェアする。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
URL: http://www.shihawaii.com
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日本の秋を彩る柿の実が、あちらこちらに目につきます。
葉が落ちたせいもあるでしょうし、柿の実りが良かったせいもあるのでしょう。
この柿木は、昔女性が結婚の時に持ってきて、嫁ぎ先に植えた時代があったそうです。
子どもの成長期には、その実を子どもに食べさせ、
嫁が老いて死を迎えると、その柿木で屍を荼毘にしたそうです。
つまり嫁ぐ女性の一生を見守った木だったそうです。
そんな話を思い出すと、日本のあちらこちらの庭先に見られる柿の色鮮やかさに、
何か一抹の悲しみさえ感じられます。柿木は丈夫そうでも大変もろい木で、決して
実をとるために柿木に登ってはいけないと、幼い頃教わりました。
でも、あの色と味は、忘れがたいものを心に残してくれますよね。
次号まで、お元気で!!!
ノブコ T.M.
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