奈良検定お勉強日記

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奈良検定を受検するに当たって勉強した内容+αをメルマガにしてお届けします。問題に関する雑談なども取り混ぜてお送りしたいと思っていますので、既に合格された方にも読み物として読んでいただけるよう心がけてゆきます。

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メルマガ名
奈良検定お勉強日記
発行周期
ほぼ 週末刊
最終発行日
2019年01月07日
 
発行部数
352部
メルマガID
0001000511
形式
PC・携帯向け/テキスト形式
カテゴリ
行政・政治・地域情報 > 地域の情報 > 関西

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◆奈良検定お勉強日記◆          2019.01.07   Vol.521
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奈良検定関係のおベンキョウをした内容をメルマガにしてお届けします。

過去問を中心としたお勉強が中心ですが、問題に関する雑談なども取り混ぜて
お送りしたいと思っていますので、既に合格された方にも読み物として読んで
いただけるとうれしいです。

発行人は
2010年(第4回)に2級、
2011年(第5回)には1級、そして
2012年(第6回)にはソムリエに合格をしました♪

■□■ 本日の内容 ■□■

<< 奈良まほろばソムリエ検定 2018年 2級 問51~100 >>

問51 薬師寺の寺宝である平安時代の国宝絵画に描かれているのは誰か。
ア.夢窓国師 イ.理源大師 ウ.一遍上人 エ.慈恩大師

問52 唐招提寺御影堂の障壁画を描いたのは誰か。
ア.上村松園 イ.横山大観 ウ.東山魁夷 エ.村上華岳

問53 吉野山の竹林院にある池泉回遊式庭園の名前はどれか。
ア.識名園 イ.群芳園 ウ.依水園 エ.吉城園

問54 正倉院について次のうち正しいのはどれか。
ア.正倉院の管理は奈良国立博物館が行っている。 
イ.第1回正倉院展は昭和21年(1946)に開催された。
ウ.正倉院に伝えられた宝物はいずれも国宝に指定されている。 
エ.名高い螺鈿紫檀五弦琵琶は 3 年ごとの正倉院展に展示される。

問55 奈良市内にある万葉地名はおよそいくつあるか。
ア.約150 イ.約250 ウ.約350 エ.約450

問56 問57 "志貴皇子が詠んだという次の歌の(  )に入る言葉はどれか。
「( 56 )の 袖吹き返す( 57 )都を遠み いたづらに吹く」"

 問56 ア.大君 イ.群臣 ウ.采女 エ.旅人
 問57 ア.明日香風 イ.この夕 ウ.藤波の エ.飛火が岡に

問58 「巨勢山の つらつら(  )つらつらに 見つつ偲ばな 巨勢の春野を」
(『万葉集』巻 1 - 54)の(  )に入る花はどれか。
ア.桜 イ.椿 ウ.牡丹 エ.馬酔木

問59 古典文学作品のうち、執筆当時に盛んだった長谷寺詣の様子が描かれているのはどれか。
ア.『更級日記』 イ.『土佐日記』 ウ.『平家物語』 エ.『奥の細道』

問60 吉野山の奥深くに庵を結んだ中世の文人は誰か。
ア.藤原定家 イ.西行 ウ.鴨長明 エ.吉田兼好

問61 高取町にある壷阪寺を舞台にした世話物浄瑠璃『壺坂霊験記』に登場する
妻と夫の名前の正しい組合せはどれか。
ア.梅川・忠兵衛 イ.真知子・春樹 ウ.お里・沢市 エ.三勝・半七

問62 昭和初期に奈良市の高畑で自ら設計した邸宅に住んだ文学者は誰か。
ア.芥川龍之介 イ.志賀直哉 ウ.江戸川乱歩 エ.直木三十五

問63 堀辰雄が『大和路 信濃路』の中で「此処こそは私達のギリシアだ」と賞賛した寺院はどれか。
ア.薬師寺 イ.唐招提寺 ウ.秋篠寺 エ.西大寺

問64 天川村洞川地区の特産品として知られる「陀羅尼助」の製法を伝えたとされる人物は誰か。
ア.行基 イ.空海 ウ.役小角 エ.鑑真

問65 奈良墨の起源とされる「油煙墨」が最初につくられた寺院はどれか。
ア.元興寺 イ.興福寺 ウ.東大寺 エ.薬師寺

問66 南都出身で、侘び茶の方式を創始し「茶礼祖」と仰がれるのは誰か。
ア.武野紹鷗 イ.村田珠光 ウ.今井宗久 エ.山上宗二

問67 幕末から明治期にかけて活躍した一刀彫の作家は誰か。
ア.清須美源四郎 イ.住吉屋平蔵 ウ.森川杜園 エ.奥田木白

問68 吉野町国栖周辺で江戸時代から農家の副業として盛んに作られてきたものはどれか。
ア.団扇 イ.火鉢 ウ.武具 エ.和紙

問69 奈良県内で金魚の養殖が盛んに行われている市はどれか。
ア.大和郡山市 イ.香芝市 ウ.葛城市 エ.五條市

問70 奈良漆器の装飾技法のひとつである「螺鈿」に使われる材料は何か。
ア.ガラス イ.ヒスイ ウ.碧玉 エ.貝

問71 葛城市や平群町が産地で、産出量日本一の種類もある観賞花はどれか。
ア.バラ イ.カキツバタ ウ.キク エ.フクジュソウ

問72 野球用具のうち、奈良県が全国的なシェアを誇るのはどれか。
ア.グローブ イ.硬球ボール ウ.金属製バット エ.ピッチングマシーン

問73 奈良市の率川神社で執り行われる通称 「ゆり祭り」 の正式名称はどれか。
ア.鎮花祭 イ.三枝祭 ウ.天長祭 エ.御田植祭

問74 奈良市の奈良豆比古神社に伝わる国の重要無形民俗文化財指定の芸能はどれか。
ア.翁舞 イ.太鼓踊り ウ.蹴鞠 エ.田楽

問75 「癌封じささ酒祭り」が行われる奈良市内の寺社はどれか。
ア.伝香寺 イ.采女神社 ウ.大安寺 エ.漢国神社

問76 毎年2月の第一日曜日に飛鳥坐神社で行われる、お田植行事のことをなんというか。
ア.行者祭り イ.砂かけ祭り ウ.おんだ祭り エ.采女まつり

問77 東大寺二月堂修二会の本行は何日間にわたって行われるか。
ア.3日間 イ.7日間 ウ.14日間 エ.30日間

問78 當麻寺の練供養会式はある人物の極楽への往生を再現しているが、その人物は誰か。
ア.中将姫 イ.聖徳太子 ウ.法然上人 エ.光明皇后

問79 唐招提寺の「うちわまき」で撒かれるうちわの形はどれか。
ア.菱形 イ.ハート形 ウ.楕円形 エ.三角形

問80 鹿苑で雄鹿の角を切る「角きり」は毎年何月に行われるか。
ア.4月 イ.6月 ウ.10月 エ.12月

問81 奈良公園一帯に多数のろうそくを灯す夏の行事はどれか。
ア.なら燈花会 イ.花燈火 ウ.花灯路 エ.バサラ祭り

問82 法隆寺が世界遺産に登録されたのはいつか。
ア.昭和60年(1985) イ.平成元年(1989) 
ウ.平成5年(1993) エ.平成8年(1996)

問83 世界遺産「古都奈良の文化財」を構成する資産の数で正しいのはどれか。
ア.3 イ.8 ウ.15 エ.25

問84 修験者が根本道場として開き、世界遺産に登録された吉野山から熊野に達する参詣道はどれか。
ア.大峯奥駈道 イ.小辺路 ウ.中辺路 エ.大辺路

問85 夕日観音や朝日観音などの石仏がある滝坂道はどの街道の一部であるか。
ア.柳生街道 イ.暗越奈良街道 ウ.竹内街道 エ.龍田越奈良街道

問86 次の古い街並みのうち、門前町の性格を色濃く保つのはどれか。
ア.宇陀市松山 イ.高取町土佐 ウ.桜井市初瀬 エ.大和郡山市稗田

問87 万葉の世界をテーマにした「奈良県立万葉文化館」はどこにあるか。
ア.奈良市 イ.斑鳩町 ウ.明日香村 エ.高取町

問88 国営飛鳥歴史公園で、平成28年(2016)に開園した地区はどれか。
ア.祝戸地区 イ.甘樫丘地区 ウ.高松塚周辺地区 エ.キトラ古墳周辺地区

問89 近鉄生駒ケーブル宝山寺線の車両につけられた愛称はどれか。
ア.はるかぜ・すずかぜ イ.ブル・ミケ ウ.ドレミ・スイート エ.かえで・さくら

問90 観光用路線バスの「かめバス」が走っている市町村はどこか。
ア.斑鳩町 イ.吉野町 ウ.奈良市 エ.明日香村

問91 石上神宮は大和朝廷の武器庫であったといわれるが、そこを管理したという氏族はどれか。
ア.大伴氏 イ.蘇我氏 ウ.物部氏 エ.秦氏

問92 石上神宮は花の名所とも知られている。境内に約600本が植えられているのは次のどれか。
ア.ソメイヨシノ イ.アジサイ ウ.ヤマモモ エ.ボタン

問93 山の辺の道の沿道にあり大和国の「一の宮」とされるのは次のどれか。
ア.大和神社 イ.大神神社 ウ.石上神宮 エ.檜原神社

問94 大神神社のご神体である山はどれか。
ア.葛城山 イ.鳥見山 ウ.三輪山 エ.二上山

問95 『万葉集』に「三輪の檜原」と詠まれ、山の辺の道の歌枕ともなっている檜原神社の別名はどれか。
ア.今熊野 イ.治道宮 ウ.新日吉 エ.元伊勢

問96 巻向川の北側に鎮座する穴師坐兵主神社の摂社にまつわる説話は次のどれに関するものか。
ア.相撲 イ.蹴鞠 ウ.霊剣 エ.妖怪

問97 4月1日に大和神社で行われる祭りはどれか。
ア.ちゃんちゃん祭り イ.でんでん祭り ウ.すすつけ祭り エ.でんそそ祭り

問98 石上神宮のすぐ南に位置し、明治のはじめに廃絶した真言宗の大寺はどれか。
ア.山田寺 イ.平等寺 ウ.内山永久寺 エ.妙楽寺

問99 長岳寺には狩野山楽が描いた大幅の絵画があるが、その絵は何を題材としているか。
ア.阿弥陀来迎 イ.旧境内 ウ.地獄 エ.仏涅槃

問100 かつて大神神社の神宮寺であった大御輪寺にまつられ、慶応4年(1868)、
聖林寺に移された国宝の仏像はどれか。
ア.地蔵菩薩像 イ.十一面観音像 ウ.薬師如来像 エ.阿弥陀如来像

==解答======================================================
 51-エ 52-ウ 53-イ 54-イ 55-イ
 56-ウ 57-ア 58-イ 59-ア 60-イ

 61-ウ 62-イ 63-イ 64-ウ 65-イ
 66-イ 67-ウ 68-エ 69-ア 70-エ

 71-ウ 72-ア 73-イ 74-ア 75-ウ
 76-ウ 77-ウ 78-ア 79-イ 80-ウ

 81-ア 82-ウ 83-イ 84-ア 85-ア
 86-ウ 87-ウ 88-エ 89-イ 90-エ

 91-ウ 92-ア 93-イ 94-ウ 95-エ
 96-ア 97-ア 98-ウ 99-ウ 100-イ
===========================================================

■さあ、では、お勉強しましょう♪■

★問51は、薬師寺の寺宝である平安時代の国宝絵画に描かれているのは、慈恩大師。
(公式テキストP72)

”寺宝の絵画には、宝亀三年(772)の制作とされ、光明皇后の画像とも伝えられる吉祥天画像や玄奘の弟子で
法相宗の開祖とされる慈恩大師の肖像(平安時代)があり、いずれも国宝。”
P73

★問52は、唐招提寺御影堂の障壁画を描いたのは、東山魁夷。
(公式テキストP73)

”御影堂には旧開山堂から移した鑑真和上坐像を祀り、
堂内の障壁画「山雲」「涛声」は東山魁夷の代表的作品である。”
P74

★問53は、吉野山の竹林院にある池泉回遊式庭園の名前は、群芳園。
(公式テキストP220)

”池泉回遊式庭園の群芳園は當麻寺中之坊・慈光院と肩を並べる大和三名園。”
P220

選択肢の依水園、吉城園はともかく、識名園ってどこ?って思ったら…。

識名園(しきなえん)は沖縄県那覇市識名にある琉球庭園の一つ、だそうです。あらら~。
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%98%E5%90%8D%E5%9C%92)

奈良検定関係ないので深追いは無しです。

★問54は、正倉院について次のうち正しいのはどれか、
だから、第1回正倉院展は昭和21年(1946)に開催された、が正解。

”昭和21年(1946)2月には、戦後最初の特別 展観「京都御所宝物展」が開催された。
そして同年10月には「第1回正倉院展」が開催され、交通事情や食料事情の悪いなか、
22日間に約15万人という 多数の入館者を迎えることができた。”
(→https://www.narahaku.go.jp/03.html)

★問55は、奈良市内にある万葉地名はおよそいくつあるか、だから約250。
(公式テキストP318)

”(前略)万葉の時代に限っても四十九年の長きにわたっており、
それゆえ、奈良市だけで延べ約二百五十におよぶ万葉地名が数えられ、
県下の全万葉地名数の四分の一を越える。”
P318

★問56は、問57 "志貴皇子が詠んだという次の歌の(  )に入る言葉はどれか、
だから、
「( 采女 )の 袖吹き返す( 明日香風 )都を遠み いたづらに吹く」"
(公式テキストP325)

”明日香宮より藤原宮に遷居りし後に、志貴皇子の作らす歌。”
としてあります。

★問58は、「巨勢山の つらつら(  )つらつらに 見つつ偲ばな 巨勢の春野を」の
(  )に入る花は、椿。
(公式テキストP327)

”右の一首は、大宝元年(701)秋九月、太上天皇(持統天皇)が紀伊国に行幸した時、坂門人足が
作った歌である。椿の咲く時期ではないが、名高い巨勢の椿咲く春野の景を偲ぼうというのである。”
P327

★問59は、古典文学作品のうち、執筆当時に盛んだった長谷寺詣の様子が描かれているのは、『更級日記』
(公式テキストP129)

”神護景雲2年(768)に称徳天皇が長谷寺へ参詣し、
平安時代には観音信仰の興隆につれて京都からの参詣者も増え、
『蜻蛉日記』の作者である藤原道綱の母や
『更級日記』の作者である菅原孝標の娘などをはじめ、
貴族の女性も多く参詣した。”
P129

『土佐日記』は
”平安時代に成立した日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事をジョーク
を交えて綴ったもので、成立は承平5年(935年)頃といわれる。”
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BD%90%E6%97%A5%E8%A8%98)

『平家物語』は
”鎌倉時代に成立したと思われる、平家の栄華と没落を描いた軍記物語である。”
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%89%A9%E8%AA%9E)

『奥の細道』は
”元禄文化期に活躍した俳人松尾芭蕉の紀行及び俳諧。元禄15年(1702年)刊。”
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%81%9D%E9%81%93)

ということで、平安時代に描かれたものは土佐日記があるけど、
”紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を描いたもの”
であるならば、長谷寺詣でのことは書いてないはず。
ってことで、更級日記でよろしいかと。

★問60は、吉野山の奥深くに庵を結んだ中世の文人は、西行。
(公式テキストP225)

”金峯神社前の坂道を登って右方への道をたどると、やがて左手に下がる道が分岐する。
付近は奥の千本、桜林の中を下ると南向きの台地にささやかな西行庵がある。かつてを偲んでの
小さな庵である。『新古今和歌集』の代表的歌人として知られる西行法師(1118~1190)が
俗界を避けて三年ほど隠棲したところと伝えている。”
P225

★問61は、高取町にある壷阪寺を舞台にした世話物浄瑠璃『壺坂霊験記』に
登場する妻と夫の名前の正しい組合せは、お里・沢市。
(公式テキストP164)

”盲目の沢市と、その眼を治そうと壷坂寺の千手観音に通い詰めた献身的な妻お里の
人情話を描いた世話物浄瑠璃「壺阪霊験記」でも知られ、眼病平癒の祈願に訪れる参詣者も多い。”
P165

★問62は、昭和初期に奈良市の高畑で自ら設計した邸宅に住んだ文学者は、志賀直哉。
(公式テキストP78)

”小説家の志賀直哉が奈良在住の友人に勧められて、京都の山科から奈良市幸町に来住したのは、
大正十四年(1925)、四十二歳の時。やがて、奈良公園に近く春日の森が望まれる高畑町に
屋敷地を求めた。直哉自らが設計、京都の数寄屋大工の棟梁に依頼して新築した住居に移ったのは、
昭和四年(1929)四月で、昭和十三年に東京に転居するまで在住した。”
P78

★問63は、堀辰雄が『大和路 信濃路』の中で「此処こそは私達のギリシアだ」と賞賛した寺院は、唐招提寺。
(公式テキストP329)

”実は昭和期に奈良に遊んだ堀辰雄もまた唐招提寺について、『大和路信濃路』の中で、
「此処こそは私達のギリシアだ」(「十月」)と記している。”
P329

★問64は、天川村洞川地区の特産品として知られる「陀羅尼助」の製法を伝えた
とされる人物は、役小角。
(公式テキストP341)

”大峯登山者の土産物としてよく知られる陀羅尼助は、役小角がその製法を熟知していて、
吉野山・洞川に伝えたといわれている。陀羅尼助は仏教用語からきており、僧侶が陀羅尼を
学ぶ時に往々眠気を催すので、その時キハダの樹皮を煎じて飲むと、強い苦みに目が覚めた
というところから、名付けられたという。”
P341

★問65は、奈良墨の起源とされる「油煙墨」が最初につくられた寺院は、興福寺。
(公式テキストP332)

”奈良墨は、室町時代に興福寺の二諦坊で、たまった灯明のススを集めた油煙墨が起源といわれている。”
P333

★問66は、南都出身で、侘び茶の方式を創始し「茶礼祖」と仰がれるのは、村田珠光。
(公式テキストP60)

”茶礼祖と仰がれる村田珠光が住して禅を学んだことから、獨盧庵(通称、珠光庵)という茶室があり、
毎年五月十五日の命日に珠光忌法要が営まれる。”
P60

★問67は、幕末から明治期にかけて活躍した一刀彫の作家は、森川杜園。
(公式テキストP333)

”奈良人形の成立は、室町時代に遡る。春日若宮社の祭礼(おん祭)に参列する田楽法師が頭上につける
花笠の台座と饗応用の島台を飾る小さな人形(尉と姥)がその始まるとされる。岡野松寿家の代々は
江戸時代を通じてよく知られた奈良人形師であった。また幕末から明治期には、森川杜園が活躍した。”
P333

★問68は、吉野町国栖周辺で江戸時代から農家の副業として盛んに作られてきたものは、和紙。
(公式テキストP337)

”この国栖郷をはじめ近郷の村落では、主に江戸時代以降、楮皮を原料にして寒冷期に手漉きの上質和紙である
国栖紙(宇陀紙とも呼ばれる)や森下紙、それに吉野紙(漆漉紙)などを漉きだして世に聞こえてきた。”
P337

★問69は、奈良県内で金魚の養殖が盛んに行われている市は、大和郡山市。
(公式テキストP339)

”大和郡山市では金魚の養魚が盛んに行われている。古くは江戸時代の後半から郡山藩内で観賞用の金魚に
関心が持たれ、その養魚の方法が研究され始めていた。やがて、明治時代になると元藩士が村人に養魚法を
指導し郡山の産業として発展した。”
P340

★問70は、奈良漆器の装飾技法のひとつである「螺鈿」に使われる材料は、貝。

”奈良漆器の特徴である螺鈿は、夜光貝、アワビ貝、チョウ貝などを
模様の形に切り、桧木地に貼り、漆で埋めて研ぎ出すという、漆芸
の加飾技法の1つです。”
(→http://www.pref.nara.jp/1399.htm)

★問71は、葛城市や平群町が産地で、産出量日本一の種類もある観賞花は、キク。

選択肢に薔薇とあったから平群かと思ったけど、
”出量日本一の種類もある”という文言からキクなんだそうですわ。

”平群町と葛城市は全国でも有名な奈良県の菊の産地です。これらの地域は大阪や京都といった都市圏に
近いという地理的条件と、西側に山が迫っていて朝日が早く当たり、西日が早く沈むという地形的条件を
生かして花の栽培が盛んに行われています。
 平群町は「小菊」の大産地で、夏秋期の生産量は日本一です。小菊の畑が白いネットに覆われているところを
見ることができますが、これはネットハウスと言って、少ない農薬でも小菊を虫の害から守ることができる
ようにしてあります。
 葛城市では1本の茎に2つの花をつける「二輪菊」の生産が行われており、生産量は日本一です。
二輪菊は主として生け花に使われており、秋の花材として重宝されています。
二輪菊生産の振興のために農業総合センターでは「千都の輝(せんとのかがやき)」という品種を育成しました。
これまでの二輪菊の品種では茎の先端部につくつぼみを上から2つ残して、残りのつぼみを全部手で取り
除かなければいけませんでした。この作業をしなくてもいいように、「千都の輝」にはわき芽の発生しにくい
性質を持たせてあります。”
(→http://www.pref.nara.jp/36429.htm)

★問72は、野球用具のうち、奈良県が全国的なシェアを誇るのは、グローブ。

”三宅産グラブの輸出量は当初の165万個から、最盛期の70年には587万個にまで増加。地元には北海道から
沖縄まで全国から労働者が集まり、三宅町商工会などによると、同町だけで全国シェア6割を誇った。
近隣の河合町、桜井市を含む奈良県全体では実に9割を占めたという。"
(→https://www.nikkei.com/article/DGXMZO21929740V01C17A0960E00/)

★問73は、奈良市の率川神社で執り行われる通称 「ゆり祭り」 の正式名称は、三枝祭。
(公式テキストP53)

”六月十七日に行われる例祭は『神祇式令義解』に「率川社の祭りなり。三枝(ユリの古名)花をもって
酒樽を飾る祭。故に三枝という」とあり、当日はユリの花で酒樽を飾り祭典を行うのでゆり祭りの名がある。”
P53

★問74は、奈良市の奈良豆比古神社に伝わる国の重要無形民俗文化財指定の芸能は、翁舞。
(公式テキストP54)

”十月八日の宵宮に奉納される翁舞は国指定重要無形民俗文化財。”
P54

★問75は、「癌封じささ酒祭り」が行われる奈良市内の寺社は、大安寺。
(公式テキストP316)

”桓武天皇が父帝である光仁天皇の御忌を大安寺で営んだという「続日本紀」の故事に由来する。
太い竹筒に入れた酒を青竹の盃で受ける。笹酒は、癌封じに薬効があるという。”
P316

★問76は、毎年2月の第一日曜日に飛鳥坐神社で行われる、お田植行事のことをなんというか、だからおんだ祭り。
(公式テキストP301)

”現在では正月から五月にかけて行われるお田植行事も、もとは正月にかけて行われることが多く、
オンダと呼ばれて、農耕の模擬行為が行われる。
飛鳥坐神社(高市郡明日香村飛鳥)のおんだ祭(二月第一日曜日)は、奇祭などと称され関心を呼ぶが、
天狗とお多福の交合するという構成を見れば、稲の穂孕みを期待する巧みな演出であることがわかる。”
P301

★問77は、東大寺二月堂修二会の本行は何日間にわたって行われるか、だから14日間。
(公式テキストP304)

”東大寺二月堂では毎年三月一日から十四日まで修二会が執り行われる。”
P304

★問78は、當麻寺の練供養会式はある人物の極楽への往生を再現しているが、
その人物は誰か、だから中将姫。
(公式テキストP307)

”この行事は、観音菩薩・勢至菩薩などのいわゆる二十五菩薩に扮装した人々が、西方極楽浄土に模した
曼荼羅堂から、人間世界にあたる娑婆堂へ赴き、中将姫を蓮台にすくいあげて再び浄土へと帰る
来迎引接のさまを、目のあたりに見せる宗教劇である。”
P307

★問79、唐招提寺の「うちわまき」で撒かれるうちわの形は、ハート形。
(公式テキストP307)

”奈良時代、唐から鑑真和上を迎えて創建された唐招提寺では、五月十九日に梵網会が行われる。
40センチほどの細竹の上部にハート型のあおぐ部分を取り付けた独自のうちわ(宝扇)が撒かれるため、
一般には「うちわまき」と称して親しまれている。”
P308

★問80は、鹿苑で雄鹿の角を切る「角きり」は毎年何月に行われるか、だから10月。
(公式テキストP317)

”寛文十二年(1672)、牡鹿の角による危険防止のために始まった。
一回に五、六頭の牡鹿を角きり場に入れ、勢子によって取り押さえられ、
のこぎりで角をきり落とす。”
P317

★問81は、奈良公園一帯に多数のろうそくを灯す夏の行事は、なら燈花会。

”「なら燈花会」はゆったりと時の流れる 世界遺産の地、
奈良に集う人々の祈りを ろうそくの灯りで照らし出します。
1999年に誕生した「なら燈花会」。
古都奈良にろうそくの灯りがとけ込み、 人々の心にさまざまな感動を与えてきました。
夏のたった10日間だけ、 広大な奈良の緑と歴史の中にろうそくの花が咲きます。
「燈花」とは、灯心の先にできる花の形のかたまり。 これができると縁起が良いと言われています。
「なら燈花会」を訪れた人々が幸せになりますように。 そんな願いを込めてろうそく一つ一つに灯りをともします。”
(→http://www.toukae.jp/)

★問82は、法隆寺が世界遺産に登録されたのはいつか、だから平成5年(1993)。
(公式テキストP298)

法隆寺地域の仏教建造物(平成五年登録)←平成五年は1993年ってことでこれが正解。

現在の所奈良県内の世界遺産に指定されたものは
・法隆寺地域の仏教建造物(平成五年登録)=1993
・古都奈良の文化財(平成十年登録)=1998
・紀伊山地の霊場と参詣道(平成十六年登録)=2004

奈良県内の世界遺産登録年は、平成の5・10・15+1 年と覚えましょう♪

★問83は、世界遺産「古都奈良の文化財」を構成する資産の数で正しいのはどれか、だから8。
(公式テキストP299)

”「東大寺・興福寺・春日大社・元興寺・薬師寺・唐招提寺・平城宮跡・
春日山原始林の八つの資産で構成されている。”
P299

★問84は、修験者が根本道場として開き、
世界遺産に登録された吉野山から熊野に達する参詣道は、大峯奥駈道。
(公式テキストP300)

”大峯奥駈道は、役行者が八世紀初めに開いたとされる修験者の修行の道である。
吉野山から熊野まで山上ケ岳、弥山、八経ケ岳など二〇〇〇メートル近い山々の尾根が
連なる修験道の根本道場と言われ、紀伊山地の中で最も奥深い山道である。”
P300

★問85は、夕日観音や朝日観音などの石仏がある滝坂道はどの街道の一部であるか、だから柳生街道。
(公式テキストP82)

”滝坂道
◎奈良市
柳生街道の一部で、奈良市高畑町から春日山と高円山の間を流れる能登川上流沿いに石切峠まで通じている
石畳の坂道をいう。”
P82

★問86は、次の古い街並みのうち、門前町の性格を色濃く保つのは、桜井市初瀬。
(公式テキストP292)

桜井市初瀬は長谷寺の門前町。

その他の選択肢は。
ア.宇陀市松山は、近世城下の商家町から在郷町へと変遷したところ。
イ.高取町土佐は、高取城の城下町。
エ.大和郡山市稗田は環濠集落。

★問87は、万葉の世界をテーマにした「奈良県立万葉文化館」はどこにあるか、だから明日香村。
(→http://www.manyo.jp/access/)

場所は飛鳥寺の東南。
飛鳥池工房遺跡の上に立つという立地。

★問88は、国営飛鳥歴史公園で、平成28年(2016)に開園した地区は、キトラ古墳周辺地区。

”【平成28年9月24日】 国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区の開園式典に田中副大臣が出席”
(→http://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_004995.html)

★問89は、近鉄生駒ケーブル宝山寺線の車両につけられた愛称は、ブル・ミケ。

”生駒鋼索線は、鳥居前と宝山寺を結ぶ0.9キロ(複線)と、
宝山寺~生駒山上間1.1キロ(単線)からなります。”
(→https://www.kintetsu.jp/kouhou/Rireki/A40011.html)

で。
鳥居前から宝山寺の間を通っているのが宝山寺線で、
宝山寺から生駒山上の間を通っているのが山上線。

そしてようやく答えへ。
宝山寺線を走っているのは「ブル」と「ミケ」であり、
山上線は「ドレミ」と「スイート」です。
なのでブル・ミケが正解。

その他の選択肢は。
ア.はるかぜ・すずかぜは、葛城山ロープウェイの車両。
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E9%89%84%E8%91%9B%E5%9F%8E%E7
%B4%A2%E9%81%93%E7%B7%9A)

エ.かえで・さくらは、吉野山ロープウエーの車両。
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8E%E3%83%AD%E3%83%BC%
E3%83%97%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4)

現在ロープウェーは休止中だそうで…。
今年の春は乗れるのかしら?

◆そして残り10問。今回の特集問題は 山辺の道の寺社に関する問題でした◆

★問90は、観光用路線バスの「かめバス」が走っている市町村は、明日香村。
(→https://asukamura.jp/kame_bus/)

フリーパスを買うとお得に乗り放題ができますが、そんなに本数があるわけではないので、
ご利用は計画的にね!って感じです。

★問91は、石上神宮は大和朝廷の武器庫であったといわれるが、そこを管理したという氏族は、物部氏。
(公式テキストP124)

”祭神の布都御魂大神は出雲の国譲りの際に武甕槌神が帯びていた神剣で、神武天皇東征の折、武甕槌が熊野の
高倉下命に降して邪神の毒気にあった神武天皇を蘇らせた霊剣である。(中略)
崇神天皇七年に宇摩志麻治命の子孫・伊香色雄命が、宮中より現地、石上布留高庭に移し、土中深く鎮め
石上大神として称え祀ったのが当宮の創めと伝えられ、以後代々、物部氏が祭祀をした。”
P124

★問92は、石上神宮は花の名所とも知られているが、境内に約600本が植えられているのは、ソメイヨシノ。
(公式テキストP242)

桜の頃に石上神宮に行ったことがないのですが、
テキストによれば、ソメイヨシノの名所だそうです。

★問93は、山の辺の道の沿道にあり大和国の「一の宮」とされるのは、大神神社(おおみわじんじゃ)。
(公式テキストP125)

一宮巡りをしている方のサイトにあった、由緒書きの看板の文面を参考に。
(→http://msw316.jpn.org/07ichinomiya/kikoubun/14yamato/yamato_ichinomiya.html)

★問94は、大神神社のご神体である山は、三輪山。
(公式テキストP125)

”(前略)本殿はなく、奥津・中津・辺津の磐座を神の依代として、神体山である三輪山を
拝む古来の信仰形態を今日も継承している。”
P126

★問95は、『万葉集』に「三輪の檜原」と詠まれ、
山の辺の道の歌枕ともなっている檜原神社の別名は、元伊勢。

万葉集にある「三輪の檜原」を読み込んだ歌は、
”鳴神(なるかみ)の音のみ聞きし巻向(まきむく)の檜原(ひばら)の山を今日見つるかも”
巻七(一〇九二)
(→http://manyou.plabot.michikusa.jp/manyousyu7_1092.html)

意味は
”雷のように耳にだけ聞いていた巻向の檜原の山を今日は見ることが出来たよ”
だそうです。

で。
問題はそこらへんではない。

Q.山の辺の道の歌枕ともなっている檜原神社の別名はなにか、だから…元伊勢。

”元伊勢(もといせ)は、三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮(皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮))が、
現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社・場所。”
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E4%BC%8A%E5%8B%A2)

”伊勢神宮内宮の祭神・天照大御神は皇祖神であり、第10代崇神天皇の時代までは天皇と「同床共殿」で
あったと伝えられる。すなわちそれまでは皇居内に祀られていたが、その状態を畏怖した同天皇が
皇女・豊鋤入姫命にその神霊を託して倭国笠縫邑磯城の厳橿の本に「磯堅城の神籬」を立てたことに
始まり、更に理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、第11代垂仁天皇の第四皇女・倭姫命がこれを
引き継いで、およそ90年をかけて現在地に遷座したとされる。”
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E4%BC%8A%E5%8B%A2)

その最初の立ち寄り地が大和の笠縫邑の檜原神社。
てことで、檜原神社の別名は、元伊勢、でした。

で。
◎この問題、奈良検定の出題傾向でよくあるパターンですのでちょっと解説
(ってほどのものでもありませんが)

問題は、
 『万葉集』に「三輪の檜原」と詠まれ、山の辺の道の歌枕ともなっている檜原神社の別名はどれか。

でしたが、答えを導くのに必要な個所は、”檜原神社の別名はどれか。”だけです。
檜原神社が元伊勢(のひとつ)であることを知っていれば、
・万葉集に詠まれた、だの、
・山の辺の道の歌枕ともなっている、だのは知らなくてもいいのです。

しかし、この形式の出題は、いろんな情報を含んでいるので、
「Aとも呼ばれ、Bで有名な、Cなお寺はどれか」と出されたら、
Cが判らなくても、AやBが判っていれば、正答が導かれる場合があります。

ちょっと具体例を探すのが面倒なので探しませんが(をい)
今までに何度もこのかたちの出題がありました。
このように情報量の多い出題問題文はめっけものですから、
一読して「?」な問題でも、よくよく読んでみると、知っている情報、
わかる情報、そして文章を読めば予測できるような文章があれば、
正答を知らなくても、山カンが有効活用される問題です(笑)

今でも強烈な印象を残すのはうろ覚えですが、祭りを問う問題で、
「山上ヶ岳山頂付近に位置する大峯山寺で行われる、戸開式に使うものは何か?」
という問題がありました。
正答は知らなくて、わからないのだけど、その文章から素直に読み解けば、
『戸を開けるんだから、鍵なんじゃね?』と思ったら選択肢に「鍵」があり、
それが正解だったことがありました。(ホントのハナシ)

問題文がをぱっとみ、わからなくても、二度三度読むと推理できるような
良い問題(笑)もありますので、投げないで解答してみてくださいね。
以上ワンポイントアドバイスでした。

★問96は、巻向川の北側に鎮座する穴師坐兵主神社の摂社にまつわる説話は次のどれに関するものか、
だから、相撲。
(公式テキストP126)

”巻向川の北側に鎮座する。もとは弓月岳上にあって上社とも称したが、天明二年(1782)の
『穴師神社由来書』には応仁の乱の際に焼失したので、下社の穴師大兵主神社の現社地に遷座したとある。
(中略)
有名な野見宿彌の相撲の説話が当社にある。”
P126

★問97は、4月1日に大和神社で行われる祭りは、ちゃんちゃん祭り。
(公式テキストP301)

”春の祭りは多くはないが、天理市の大和神社のちゃんちゃん祭(四月一日)がよく知られる。”
P301

大和のお祭りは、
4月1日のちゃんちゃん祭りに始まって、
祭り納めは、おん祭りってことになっているそうです。(おん祭は12月17日)

いや、でも一月一日に繞道祭 (にょうどうさい)ってお祭りがあるじゃないか。
(→http://oomiwa.or.jp/saiten/01-nyoudousai/)

それはどうなんだ?と問い詰めたいですが…先を急ぐので、この辺でやめときます。

★問98は、石上神宮のすぐ南に位置し、明治のはじめに廃絶した真言宗の大寺は、内山永久寺。
(公式テキストP131)

”内山金剛乗院の院号をもつ真言宗古儀派の大寺であった。永久年間(1113~18)に鳥羽天皇の勅願
により大乗院本願隆禅法印の弟子である頼実法印が建立した年号寺で、平安時代には多くの堂塔坊舎をかかえた。
(中略)
廃仏毀釈によって明治八年(1875)前後に廃絶して現在は廃寺と化したが、
鎮守社の拝殿が石上神宮の出雲建雄の拝殿(国宝)として再利用されている。”
P131

★問99は、長岳寺には狩野山楽が描いた大幅の絵画があるが、その絵は何を題材としているか、だから地獄。
(公式テキストP128)

”江戸初期の狩野山楽の筆になる大地獄絵九幅は横幅11メートルの大画面が圧巻。
毎年秋に開帳される。”
P128

★問100は、かつて大御輪寺にまつられ、慶応4年に聖林寺に移された国宝の仏像は、十一面観音。
(公式テキストP130)

”(前略)客仏ではあるが、木心乾漆十一面観音立像は代表的な天平彫刻であり、国宝に指定されている。
大神神社の神宮寺であった大御輪寺に祀られていたが、慶応四年(1868)に寺の廃絶とともに当寺へ移された。”
P130

以上、駆け足で後半の50問でした!

■編集後記■

あけましておめでとうございます。
奈良検定本番まで一週間を切りましたね。
皆様のお勉強の総仕上げはいかがでしょうか。

とりあえず、やっつけ仕事ではありますが(をい)2018年の2級の後半分を解いてみました。
皆様はこんな風になっちゃ駄目ですよという反面教師としてお使いください。
受験勉強は計画的にねってことです。
(今頃そんなことを言われてもね…皆様は大丈夫ですよね)

年末年始は仕事仕事で終わり、年明けは一般参賀にかけつけたり、
実家に弾丸ツアーで帰ったりして終わり、自宅に戻ってこのおベンキョウ。
私の日常は来週の三連休以降に戻ってくると思います。

その頃、皆様は試験本番…。
どうか、皆様が試験当日に実力を発揮して、試験を楽しく受けて下さることをお祈りしております。

では、吉報をお待ちしております。


★★ 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。★★


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