城福浩の『今魅せる!城福ノート』

城福浩の『今魅せる!城福ノート』

  • ピッチで起きている駆け引きがわかるようになる!
  • もっとサッカーの試合が楽しめるようになる!
  • 直接メールで、メッセージや質問が送れる
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

メルマガを出そうと思ったきっかけを教えてください。

個人的な特殊な事情なんですけれど、去年の秋に、JリーグのFC東京の監督を解任になりました。チームが勝ち星に恵まれず苦しい状況が続いたので、クラブは監督交代の決定をしました。 Jリーグというのは他のプロスポーツと違って、降格という制度があるんです。トップリーグのJ1には18チームあるんですが、下位の3チームが下部のJ2の上位3チームと入れ替わるんです。前年リーグ戦の成績が5位で、ナビスコカップに優勝し今年は更なる高みをメンバーとともに目指しましたが、様々な要因が重なり勝てない時期が長く続き、秋に順位的に降格圏内まで落ちたのです。

J2のリーグに降格するということは、マーケティング的にクラブとしては大変厳しいものがあります。もちろんチーム自体は存続するのですが、スポンサーとの契約など含めて、経営母体としては大変なことなんですよ。

もちろん僕は選手たちの力を信じていましたし、まだまだ残り試合も多かったので、一緒に苦境を乗り越えたいという一心でしたが、クラブの判断では仕方がない。サッカーっていうのはそういうものですから。でも、解任されたからすぐに就職活動を、という気にはなれませんでした。ついこの間まで一緒に戦っていたチームが、残留争いをしているわけですよね。いろいろとお話はいただいたんですが、僕の心境としては、チームの白黒がつくまでは、次の仕事を見つける気持ちにはなれなかったんです。

でも世の中って、当たり前ですけど翌年のことっていうのは、何カ月も前にスタートするじゃないですか。結果的にチームは降格してしまったんですが、それが決まったのが12月。そうなると、いろいろなことがtoo lateだったんです。それではどうしようかと思った時に、メルマガの存在を思い出したんです。

そこでメルマガの世界を見てみると、スポーツのジャンルだとジャーナリストやライターの方が出しているものはたくさんあるのですが、プロの選手や監督を経験した人間は誰一人やっていなかったんですね。競技のインサイドで、最も大きな情報を持った人間が、誰も発信してないんですよ。そこに魅力を感じたんです。

ライターの方っていうのは、おのおのの感性があって、おのおのの情報網があると思うんですが、僕はインサイドで戦ってきた人間なので、そういう人間がどういう目線でものを見ながら日々戦っているかというような、インサイドの人間ならではの情報を発信できるなと思いスタートさせました。

城福浩さん

城福さんとサッカーとの出会いは?

僕らの小さい頃は野球世代で、特に僕の出身地の徳島は野球王国なんですよ。そんな中で、兄貴がサッカーをやっていたこともあって、小学校3年生くらいから遊びでサッカーはやっていました。遊びといえば野球という世界でしたから、珍しい方だったと思います(笑)。

小学生時代は自分一人で全員抜きにかかるような選手で、中学・高校は県内では強豪でした。それでも全国大会や国体では1回戦で負けていたので全く自信がなかったのですが 自分で「俺、けっこうやれるのかな?」と思ったのは、1979年に日本で開催されたFIFAワールドユース選手権(現・FIFA U-20ワールドカップ)の日本代表の候補選手として呼ばれた時です。高校3年生でした。そこには僕らの世代のトップクラスがいるわけですよね。それですごく刺激を受けて、どうしても中央でやりたいという気持ちが沸き起こりました。その後、たまたま早稲田大学に行くわけですけれど、そこでも意識の強い人たちと一緒にプレーすることで、「あ、自分は社会人でもやりたいな」とか、少しでも高いレベルでやっていきたいと思うようになりました。

ちなみに、僕が候補に選ばれた時のワールドユースで優勝したのはアルゼンチンで、大会MVPはマラドーナでした(笑)。彼とも同世代といえば同世代なんです(笑)。最終的に僕は代表として選ばれなかったんですが、候補に入っただけでもありがたいことでしたし、そのおかげで中央の世界というものを垣間見られた。それが「よりレベルの高い場でやりたい」と思ったきっかけです。

メルマガのタイトルに「城福ノート」とありますが、これはいつごろからつけられているんですか?

会社を辞めて「S級ライセンス」というプロの監督になれる資格を取る研修を3か月受けたのですが。その時からつけ始めてはいました。プレーや戦術のことばかりではないです。自分が今、何を考えているのかだとか、この前の試合、自分はどう感じたかだとか、こいつはどうだったとか。これはちょっと外には出せませんけれど(笑)。そのほかにも、今度のミーティングでは選手にどういう話をしようとか、今日のロッカーアウト寸前には選手を何て言って送り出そうだとか。

ただ、それを書いたからその通りになるとは限らないし、むしろそうならないことの方が多いです。ただ、そういうふうに自分の思考を追いかけていったり、自分の考えを整理したり、あるいは書くことで頭に刻んだりするためにノートを取るようにしています。

今回はサッカーの現場にいた方がメルマガを発信するということなのですが、意識していることなどがあれば教えてください。

メルマガを始めた時にも公言しているんですけど、僕はまたどこかのチームのベンチに座ることが最大の目標なんです。サッカー界の立ち位置というのは、ベンチとピッチで戦っている現場と、スタンドで応援しているお客さんと、メディアの三つがあるんです。僕はどこの人間かというと、現場の人間なんですよ。

これは決して批判ではなく、ゲームや選手を評論するのがメディアなんです。つまり、ぜんぶ結果論で物が言える。評論っていうのは、結果から逆算して書いたり伝えたりできるんですよ。だからダメだ、って言っているわけじゃないですよ。メディアというのはそういうものだと思うんです。

でも僕は現場の人間だから、そのスタンスは 極力 取りません。評論家に徹する時には勿論結果も踏まえて物を言いますが、それでも極力 そのスタンスは取らずにいかにサッカーっていうスポーツを伝えていくのか、表現していくのかっていうのは、たぶん新たなチャレンジなんですよ。結果論だけで 物を書いてしまったら、僕は現場にはもう戻れないと思っています。

ただ、今まで現場経験者が何故、誰もやらなかったのかというのを、今思い知ってますけど(笑)。それくらい自分で書いて人に伝えるということが難しいことだって痛感はしています。

城福さんにとってサッカーとは?

平べったい言い方としてしまえば、「人生そのもの」です。

というのは、サッカーって手を使えないので、ミスを前提とした競技なんですよ。だから、人のミスをカバーしてあげなければいけない。そういうメンタリティがなければだめだし、自分を示せる特徴、たとえばヘディングが強かったり、ドリブルが凄かったりというものもなければいけない。

そういう競技ですから、1点の重みも大きく、あれだけ喜んだりくやしい思いをしたりするわけで、人生の縮図、社会の縮図そのものだというふうに思っています。「ボール一個あればできるから世界で人気がある」という言い方もできるけれど、僕は、サッカーが人生や社会の縮図だからこそ、世界で最も人気のあるスポーツという地位を維持し続けていられるんだと思っています。

実は、世界で活躍している選手よりももっとサッカーがうまいのだけれど、でもプロになれない人間っていうのはたくさんいるんですよ。なぜかというと、人の失敗をカバーできない人間はプロにはなれないんです。一番ワールドワイドなスポーツだから、たとえば南米にだってアフリカにだって、プロ選手よりもうまい人はいるんですよ。もっと言えば、ジーコよりうまい人だっていっぱいいましたからね。でも、社会性がないとダメなんです。プロにはなれない。

ワールドカップ南アフリカ大会で、なぜ日本がカメルーンに勝てたかというと、個人として闘い、且つチームとしてカバーすることが徹底されていたからです。普通の一対一だったら、絶対に勝てないですよ。

城福浩さん

今、サッカーをやっている小さい子や若い子たちに伝えたいことは?

サッカーを通じで、達成感とか、勝利の楽しさとか、負けた時に悔しさなどを存分に味わってほしいと思います。今、喜怒哀楽ってあまり出せない社会じゃないですか。教育的にも、運動会で順位をつけちゃいけないとか。でも実際の社会に出たら、そんな甘いものじゃありませんよね。

だからこそ、勝ったら喜べ、負けたら悲しめと伝えたいです。喜んだり、悲しんだりできるくらいに、チームメイトと一緒にベストを尽くす。それが社会に出た時に必ず役に立つから、存分にサッカーを楽しんでほしいと思いますね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

城福浩さんプロフィール

1961年、徳島県生まれ。元サッカー選手・監督。早稲田大学卒業後の1983年、富士通に入社し、川崎フロンターレの前身の同社サッカー部で活躍。現役引退後 数年間社業に専念した後 コーチとしてサッカー部に復帰し1995年には富士通川崎フットボールクラブの監督に就任。チームのプロ化に伴い、再び 富士通の社業に戻り管理職試験を受け工場統合の実行責任者として働くが、東京ガスサッカー部(現東京FC)の招聘を受け、1998年に退社。2002年 ~ 2007年 U-15、U-16及びU-17日本代表監督を経て、2008年よりFC東京の監督を務めた。学生時代から理論派として知られる。

  • 対談
  • ジャーナリズム
  • ビジネス・経済
  • エンタテインメント
  • ライフ
  • スポーツ