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ウクライナの教訓…日本が学ぶべきは「自国防衛の覚悟とリーダーシップ」(元統合幕僚長の岩崎氏)【実業之日本フォーラム】

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ロシアによるウクライナ侵攻は、日本にも多くの教訓を示している。特に重要なのは、「国民の自覚と覚悟」と「リーダーの資質」だ。台湾有事のリスクや、北朝鮮の度重なるミサイル威嚇など、日本の安保環境は厳しい。国民一人ひとりに自国の安全を守るための意識改革が必要であるとともに、国民を率いて鼓舞するリーダーシップが求められる。

本稿執筆時点の11月21日で、ロシアがウクライナに侵攻してから約9カ月が過ぎたが、一向に収束する気配はない。ロシア軍は、キエフ(キーウ)を含むウクライナ全土に対する無人機やミサイルによる攻撃を散発的に行っているが、一進一退の攻防が続いている。ロシアはウクライナ東部4州の併合を宣言したものの、ウクライナ軍の反撃に遭い、東部地域ではロシア軍が劣勢だと連日報道されている。

最近では度々、ロシアのウクライナにおける「核の使用」が噂されている。ロシアのプーチン大統領は、2014年のクリミア半島併合以来、事あるごとに「核も選択肢の一つ」と発言しているし、今回のウクライナ侵攻に当たっても同様だ。もし核が使われるとすれば、極めて深刻な事態である。

このようななか、インドネシア・バリ島で20カ国・地域首脳会議(G20)が行われた。プーチン大統領は欠席したが、米国のバイデン大統領、岸田文雄総理大臣、中国の習近平国家主席はじめ各国が参加した。議論の中心は当然、ロシアのウクライナ侵攻であり、台湾海峡危機への備えであった。

ロシアからは大統領代理としてラブロフ外務大臣が出席し、ロシア側の主張をした。議論の中では、ウクライナ侵攻が「戦争」と表現されるなどロシアへの非難が強調される一方で、対ロ制裁への異論が出されたことも併記する形で、「G20首脳会談宣言」が採択された。宣言は基本的に全会一致であり、ロシアの合意を取り付けるための配慮が感じ取られる内容だった。ウクライナのゼレンスキー大統領は、会議冒頭における演説(オンラインによるオブザーバー参加)の中で、ロシアの核使用への懸念を述べたことから、「核使用や核による威嚇は許されない」との文言も宣言に盛り込まれた。

●厳しさ増す内外の安保環境

わが国では、年末に向け、いわゆる「戦略3文書(国家安全保障戦略・中期防衛力整備計画・防衛計画の大綱)」の策定に向けた議論が佳境を迎えている。このうち国家安全保障戦略(NSS)は、2013年12月に初めて閣議決定された「戦略」で、今回がほぼ10年ぶりの改定となる。

日本を取り巻く内外の状況は、NSS策定時の約10年前と比較して急激な変化を遂げている。内なる変化は、2015年の「平和安全法制」の制定や、安全保障における抑止力・対処力の強化を図った「日米防衛協力指針(ガイドライン)」の見直しなどである。他方、外的変化は、中国との関係性だろう。2012年の尖閣諸島の国有化以降、中国は同島周辺での活動や同島への領海侵犯を恒常化させている。中国による海空軍機の東シナ海や西太平洋での活動が活発化していることに伴い、対中国機へのスクランブルも急増している。

中国は南シナ海において、環礁や岩礁を埋め立て、滑走路を造り、対空警戒レーダーや防空火器を配備するなど、同海域を自国の内海のように扱っている。習主席は、国家主席3期目就任に伴う演説や今回のG20で「台湾問題は中国の核心的利益」「台湾問題は中国の国内問題」と述べ、他国からとやかく言われる筋合いではないと言明している。今年8月には、米国のペロシ下院議長の台湾訪問に反発し、台湾を取り囲むような演習を堂々と行った。この演習の中で、中国の弾道弾が日本のEEZ(排他的経済水域)に落下する事態も起こっている。「台湾海峡危機」の現実化に向け、事態は極めて深刻化しつつある。

また、北朝鮮は弾道弾等の発射を繰り返しており、その中の一発は日本上空を通過、約4600キロメートル飛翔し太平洋上に落下した。北朝鮮がこれまで実際に飛翔させた弾道弾の中で最長飛距離である。北朝鮮からグアム島までが約3400キロメートルであることを考えれば、北朝鮮は「グアムはわれわれの手中にある」ことを米国などに示した格好である。

浜田靖一防衛大臣は北朝鮮に関し、既に「核の小型化」に成功している可能性があると述べた。北朝鮮はこれまで少なくとも6回の核実験を行ってきており、既に核保有国と見なされている。今回の防衛相発言はそこから一段階進み、「核の小型化」、すなわち各種弾道弾への核搭載が可能になったとの認識を意味する。わが国のみならず、国際社会に対する直接的な脅威である。

さらに極東ロシアは最近、特に日本周辺で、中国軍との艦艇や航空機による共同演習や共同警戒監視任務・示威行動などを行っている。また、オホーツク海の「聖域化(核搭載潜水艦の隠れ場所)」に向け、北方領土のみならず、千島列島の幌筵(パラムシル)島、松輪(マトゥア)島にも地対艦ミサイル部隊などを展開しつつある。

今回改定する「戦略3文書」は、将来の日本の安全保障の根幹をなすものだ。特に今回は、自衛隊の抜本的強化のみならず、「国力」の観点から、わが国の安全を総合的に確保しようという考えで議論している。素晴らしい取り組みである。

防衛省・自衛隊の能力強化に関しては、「反撃能力(スタンドオフ能力)」「総合ミサイル防衛能力」「無人アセット能力」「継戦能力向上」「領域横断能力」、宇宙・サイバー・電磁波能力の向上」「指揮統制・情報能力」「起動展開能力」などがテーマとなっている。結果としてNATO(北大西洋条約機構)が指標とする「GDP比2%」を念頭に、防衛費の増額を図る方向で議論がなされている。また、自衛隊の能力向上のみならず、国家として必ずしも十分に手当てしてきていない分野、例えば国民保護、国全体としてのインフラ強化(サイバー防衛)等々に関しても、早急に手当すべきだとしている。

●日本国民にウクライナのような「覚悟」はあるか

わが国は長い間、平和な時代が続き、安全保障や危機管理にさほど関心がなくても国民の安寧が保たれてきた。「日本では水と安全はタダ」と言われた時代もあったほどだ。大東亜戦争(太平洋戦争)後、米国の庇護の下、わが国は経済発展に全精力を費やし、目覚ましい経済的発展を遂げることができた。そして、瞬く間に世界有数の経済大国になった。

しかし21世紀に入る頃から、われわれを取り巻く環境は急変した。中国は、急成長を遂げた経済力をテコに軍の近代化に努め、すさまじい勢いで軍事大国化し、日本周辺はもとより、南シナ海、西太平洋での活動を活発化させ、台湾に対する威嚇を堂々と行うようになった。今年に入ってからは、国連安全保障理事会の常任理事国・ロシアがウクライナを侵攻する事態が起こった。

このウクライナ「戦争」から、わが国が学ぶべきことはたくさんあるものの、私は「国民の自覚と覚悟」および「リーダーの資質」に関して述べたい。

ロシアによる侵攻当初から連日、ウクライナでの被害が報道された。ウクライナでの惨劇を見て、当初、日本では「ウクライナが抵抗を止めれば、戦闘は中止され、被害が起こらないのでは」という意見もあった。元国会議員からも同様な発言があったとき、私は天地がひっくり返ったかと思うほど驚いた。他国から蹂躙(じゅうりん)されているのに抵抗しない方がいいという声には、情けない気持ちで一杯になった。しかし、ウクライナ国民は、軍事的に圧倒的優位なロシア軍にひるむことなく果敢に戦いを続けている。それを伝える報道を見て、「わが国は、はたしてウクライナ国民と同じような行動ができるのか」という疑問が湧いた。

ひとたび日本に対する侵略が起きれば、当然、自衛隊が最前線で戦うことになる。しかし、日本は「専守防衛」であり、原則的には他国で戦うことはしない。たとえ相手国が敵基地攻撃能力を保有しようが、自衛隊が他国に乗り込むことはない。自衛隊はあくまで日本の国土および周辺海空域で戦う。これが「専守防衛」だ。現状のウクライナとほぼ同じである。侵攻するか否か、日本のどこを攻撃するのか、いつ攻撃を開始するのか——これらは相手国が決めるのだ。日本国民がこのことを認識しているのかやや疑問である。

われわれは、「専守防衛」や「非核三原則」といった防衛政策の基本も含め、日本の安全保障の根幹からの議論を徹底的に行い、これらの政策のメリット・デメリットをしっかり「自覚・認識」し、リスクに対する「覚悟」をするべき時が来ている。ウクライナ国民の「絶対、相手国(ロシア)に屈しない」との「覚悟」を見習う必要がある。

●リーダーの強い意志が国民を団結に導く

今回のウクライナ侵攻以降、同国のゼレンスキー大統領の不撓不屈の態度、指導力には感服する。危機管理を考える上で、リーダーには必須の要件である。政治においては大統領や首相、軍では指揮官のリーダーシップは、任務遂行上極めて重要な要素だ。危機に際し、いくら優秀なスタッフや軍隊があっても、リーダーの強い意志と明確な指示がなければ国民に安全・安心を届けることはできず、軍を勝利に導くことはできない。

リーダーや指揮官は、組織が大きくなればなるほど、明確な意志(意思)表示が必要である。「阿吽(あうん)の呼吸」だけではうまくいかない。この意志表示で一番効果的で即効性のある手段は、「演説」である。ゼレンスキー大統領は、国連や各国の議会、そしてわが国の国会でも演説した。大変素晴らしい内容で、話し方も巧みであったことから、多くの国々から共感を得ることができた。彼の演説により、ウクライナ軍の士気は高く、国民の団結も固く、大国ロシアの侵攻にひるむことなく対抗できていると考えている。

わが国周辺の情勢に鑑みれば、ウクライナから見習うべきことじゃ多々ある。教訓として認識するのみならず、早急に、日本国民一人ひとりの意識改革が必要であり、体制を構築しないといけない。残された時間はそれほど長くない。

岩崎茂
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングス顧問(現職)。

写真:ロイター/アフロ

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